第十八話 『世界人権宣言』
「それじゃあ、どうする?」
我々連軍は緊急の作戦会議を行っている。
「やっぱり引き返すしかないか……しかたないわ。コルタルシ領に戻って、そこからクリオファス領に侵攻しましょう」
フィンラの提案には一理あるな。我々の目的は帝都テラシアであって、無理にでもセレクタス領を占領する必要はないかもしれない。
「いやダメだ。セレクタス領を確保しないとこの大軍の兵站を維持し続けるのは無理だろう。ダリアン領からの支援には限界があるぞ」
でもそう、さすがダリアン領の元領主。連軍の食糧消費量を考えると、この農業が盛んな領土はアルナリア帝国との戦争に勝つためには必要不可欠だ。
「それでは、エルカルサ姫の代案を是非聞かせてください」
「問題はコルネリア領主だ。あいつがヒュウ……人間達を唆されているだろう。だからあいつを仕留めれば、他のみんなは自然に逃げるか降伏するぞ」
フィンラとエルちゃんは敵同士のままのように熱く議論してるけど、お互いも連軍のことを第一に考えているから大丈夫。多分。
「保証はあるんでしょうか? 逆に報復で私達に攻撃するんじゃない? それだと人間達を撃つしか何もできなくなるわ」
「それはないと思うぞ。帝国軍の絶対忠誠とは、命令があれば何でもするけど、命令がないと全然動けないから、リーダーを狙えばいい」
「仮にそうだとしても、どうやって敵の領主を暗殺するつもり? 何か、確実な方法はあるんでしょうか?」
「それは、まあ、考え中ということで……」
これでは埒が明かないな。
「えっと、ちょっといいでしょうか……?」
サリアは恐る恐る手を上げて、まるで小動物のような上目遣いで私達を見上げた。
凄くかわいいけど、もちろんこの作戦会議でもわたしの補佐であるサリアに発言権はある。
「セレクタス領の人間達と話し合うのはどうでしょうか? もしかしてアスカさんなら、みんななら説得できるかもしれません。だって、私達も最初はアルナリア帝国の言いなりでしたよ。この人達にも真実を教えたら、自由の素晴らしさを見せたら、きっと納得すると思います」
「そういえば私も反対だったな昔は……」
「やってみる価値はあるな……」
確かに出来たら最善だけど、念のためわたしの代案も用意しておこう。
「よし、サリアの案でいこう」
※ ※ ※
「絶対に諦めない。これは私達が決めたことだ」
目の前の女は人間達の代表として名乗っている。
「崇高なるアルナリア帝国に何が不満? 世界中を探しても、これ以上の幸せな国はいないだろう! 暖かい家も、美味しい食事も、やりがいのある仕事も与えてくれるよ!」
「我々には不安も不幸も不平もない! 好きな人と一緒に幸せに暮らせるのはこの素晴らしい国のおかげだ! だからこの国を、この領を守る!」
アルナリア帝国には『金』という概念がない。
エルフでも人間でも、日常生活に必要なものはすべて国から提供され、その代わり国のために働かなければならない。
共産主義の一種と言えなくもない。
「でもあなた達には自由がないではないか! 与えられている仕事をやりたくなくても拒否権はない! 自分の未来を自分で選びたくないのか? あなたは満足でも、不満の人は苦しんでもいいのか?」
「そして平等でもないよ! 人間よりエルフのほうが上なのは認めない! 認めるはずがない! だって、我々人類には知能も、心もあるのではないか! どうしてエルフの言いなりにならなければならない?」
「わたしは違う世界から来た者だからこそ、何よりも『人権』を信じている!
『すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。』
その世界が欲しくないのか、人間達よ!?」
わたしはこの人達を説得できるだろうか。
帝国主義より民主主義のほうが優れていることを示せるだろうか。
自分達が生まれてきたこの国を否定させられるだろうか。
「ああそうだとも。あんたの言う『自由』なんて、いらない」
「選択肢があっても、間違ったらどうする? 自由があっても、どうすればいいのかわかるわけないじゃない! 私は、私達はただの人間じゃないか!」
「崇高なるアルナリア帝国は信頼できるよ! 千年も続いたこの国は効率的に、論理的に社会を管理しているよ! まったくの見ず知らずのあんたの国を、言葉ばかりの自由の世界を信じろとでも? できるわけないじゃない!」
「平等じゃなくてもどうでもいい! エルフの支配下でも、私の大切な人と一緒に過ごすこの生活が安全で、快適で、幸福なら、何も問題ないじゃない! だから私達は絶対に、何と言っても、諦めない!」
やっぱり無理か。
でもね、名も知らない女よ。
わたしも、大切な人と一緒に幸せに暮らしたいよ。
人権ももちろん大事だけど、わたしの一番の目的ではない。
わたしは春乃を探して助けるんだ。
わたしは結衣が安全に暮らせる世界を作るんだ。
わたしには夢がある。
だから、あなた達は邪魔だ。
「射手、射撃用意っ!」
「いや待てっ」
「何するのよっ?」
これはわたしが事前に決めたことだ。
「撃てーー!!」
人間も、エルフも、大砲の凄まじい威力の前にはアリも同然だ。
一瞬で、敵軍は吹き飛ばされ、地面に死体が激しく衝突した。
エルちゃんの言う通りだった。
セレクタス領の領主を仕留めれば、残りの兵士たちは簡単に屈服する。
「アスカ! これは何よ!」
フィンラは青い顔で目の前の人間達の死体を眺めている。
「必要犠牲だ。人間でも、敵は敵だよ」
「我々は人類を解放するために戦っているんだよ! 人間を殺すならアルナリア帝国と変わらないじゃない!」
「あくまで手段だ。平等の世界を作るために、こういうことをしなくてもいい世界を作るために、しかたのないことだ」
そしてセレクタス領は我々の支配下となった。




