第十六話 『わたしの光』
三年前。
「見てた、あすちゃん? あのあたしの大活躍を?」
「うん見てたよ! 一位になるなんて結衣は凄いなぁ」
「えへへ~ そうだろうそうだろう! テストで負けても競走大会はあたしのほうが上だね!」
「次はわたしが勝つね!」
「あすちゃんは相変わらず負けず嫌いだな……上等だこらぁ!」
「おい! 急に不良にならないでよ!」
「ごめんっ」
「もう……よし、わたしもいっぱい練習するのだ!」
「それでも次もあたしが勝つからね!」
「やってみないとわからないよ」
「でもさ、あたし達いいコンビなんじゃない? あすちゃんは成績トップで、あたしは競走一位で」
「春乃は?」
「ほら、はるはるは応援係で」
「いや春乃だって成績二位じゃないか! 結衣ももっと頑張れよ!」
「ごめん……っていうかそいう話じゃないだろう! あたしが凄いって話だろう」
「そうだっけ?」
「そうだよ! いやぁ勝ってよかったねぇ一位ってなかなかできるもんじゃないねぇ」
「調子に乗りすぎ」
「あたし、頑張るよ! 桜ヶ丘に入ってもいっぱい大会に出て、いっぱい勝ちたい! 見てろ、あすちゃん!」
「わたしも、応援するね。きっと結衣なら出来る」
「ありがとう!」
「わたし、結衣の走ってる姿好きだね。凄く一所懸命で、綺麗で、本当に絵になってる」
「えへへ~」
「普段はあんなにテキトーで、だらしないのにねぇ」
「それ褒めてないよ!」
※ ※ ※
わたし、結衣が好きだった。
一所懸命走っている結衣でも、笑顔でイタズラを考えてる結衣でも、不安の声で将来を語っている結衣でも、心の底から好きだった。
結衣のことを考えていない日が一日もなかった。
この世界に来てからのすべては結衣と春乃のためだった。
もちろんサリアも、エルちゃんも大好きだけど、凄くかわいいと思うけど、わたしの幼馴染ではない。
わたしが十年以上も親友として一緒に過ごしたわけではない。
結衣は別に何か間違ってたわけではなくて、ただ運が悪かっただけ。
わたしが第14区の畑に飛ばされてサリアに出会ったのに、結衣はコルタルシ領に飛ばされてエルフ達に捕まえただけ。
いや運かどうかわからないけど。
まったくランダムの地点に飛ばされたなら、それは空中じゃないと、宇宙じゃないとおかしいだろう?
なんでこの人間が生きる世界にいるのか、まだ全然わからないけど。
でも今それを考えてもしかたがない。
重要なのは結衣の状態。
結衣の安全。
結衣の身体。
結衣の心。
この世界にも医者はあるけど、それはもちろん地球の千年前の技術レベルで、精神病はほとんど研究されていない。
わたしも、勉強は物理学中心だったから、できることが悲しいほど少ない。
今、結衣は赤ちゃんのようにぐっすり寝ているけど、起きたらまた苦しむだろう。
立つことすら出来なくて、監獄で過ごした日々を思い出して恐怖に震えながら泣き喚くだろう。
できれば、今から戦争なんかやめて、結衣と一緒に静かに暮らしたい。
結衣に子守唄を歌って、わたしの手作り料理を食べさせて、結衣がわたしの目の前でゆっくり治っていくのを見たい。
わたしがずっと側にいることで、結衣の癒やしになるのを信じたい。
でもいくらやりたくても、いくら心の底からその平和な、幸せな生活を望んでも、できない。
できるわけがない。
だって、結衣とまったく同じくらいに、わたしは春乃のことも好きだ。
結衣はこんなふうに見つかったから、春乃もこの世界のどこかにいると考えて大丈夫なはずだ。
結衣より安全な場所に飛ばされたことを祈るしかない。
オークの森とか、飢饉中の北の領とかじゃないどこかといいね。
だから春乃を助けるために、春乃が安全に暮らせる世界を作るために、この戦争を続くしかない。
次はセレクタス領、その後はカント領とクリオファス領。
最後に帝都テラシアに挑んで、そこで勝ったらアルナリア帝国は全部わたしの支配下になるだろう。
勝算はある。味方はある。
銃と大砲を抱えているフィンラとタルノの人軍。
火属性の魔法を操っているエルちゃんのエルフ軍。
サリアと結衣。
そして、先日解放して連軍に入れさせたコルタルシ領の人間達。
我々は勝利するのだ。
わたしは、わたしの大切な親友を助けるのだ。
「えっと、アスカ? ちょっといいか?」
「ああ、フィンラか? はい、なんだ?」
「コルタルシ領の帝国軍の生き残りはとりあえず捕虜に取ったんだけど、これからどうしよう?」
「そうだね……あいつらは絶対連軍に入らないよね?」
「そう、ダリアン領と違ってコルタルシ領の兵士達は領主じゃなくて皇帝陛下に忠誠を誓っているから、我々には従わないわ」
結衣を見つけた時の気持ちを思い出した。
あのショック、あの絶望、あの後悔。
あれはライナー領主がやっただけではなくて、彼の部下も参加した。
コルタルシ領の兵士達が結衣と、他の憐れな人々を捕まえて、永遠に苦しめた。
なにか目的があったわけではない。
単純に好きだから、楽しいから、わたしの親友を壊した。
ただ命令に従っている兵士もいるだろう。
悪意があるわけでもなくて、でも他にできることもなくて、領主に言われたとおりにやっているだけかも。
それでも、許せない。
結衣はわたしの光。
わたしの愛しくて、かけがえのない親友。
「全員、殺せ。わたしに従ってくれないなら、生かす理由がない」
「……えっ?」
「これは命令だ。コルタルシ領の兵士達を一人残らず死刑にする」