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最後の夢の彼方へ ~for the light of tomorrow~  作者: edwin
第二章 雷火と硝煙
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間話二   『西帝国の戦争』

 同時刻 帝都テラシア


「大臣アリアナ、只今参りました」


 先日と同じように、先年と同じように、青空の神様は銀色の鎖で魔法石に縛られ、アルナリア帝国の皇帝陛下はその前に神々しく降臨している。


「ラムゼルはどこだ」


  一つ違う点を挙げるなら、跪いているのは帝国議会の大臣アリアナのみであり、帝国軍の大将軍ラムゼルは不在だ。


「申し訳ありません、陛下。存じておりません」


 大臣アリアナの美しい顔は直感的な恐怖と深い悲しみに包まれている。


「まあいい。とりあえず報告を」


「畏まりました。我々の調査団によると、ダリアン領の人間(ヒューマン)達が本格的に反乱を起こしたようです。エルカルサ姫は反逆者に捕らえているが健在かと思われます。その人間(ヒューマン)達は他の領にも襲撃を行っている模様です。なお、北の領に送った食料は大変――」


「そっちはいい」


 一瞬、北の領で飢えている子供達を強く想っている大臣アリアナが躊躇した。


「――はい」


「お前のせいだ。北の領に軍隊を派遣し過ぎたからこうなっている。やっぱり全軍を呼び戻して、この反逆者達に対応してもらおう」


「……僭越ながら、陛下。今でもトーライン領は崩壊寸前の状態にあります。ダリアン領を取り戻すのは言うまでもなく非常に重要ですが、だからといって北の領の人々も見逃せるわけには――」


「だからそっちはいい」


 大臣アリアナはトーライン領の小さな町に生まれ、子供時代は他の孤児と一緒に必死に食べるものを探しているだけだった。数十年かけてやっと帝国議会の大臣まで上りあげた今でも、自分も愛しい娘に恵まれた今でも、その腹痛で眠れなかった夜を忘れたことは一度もなかった。


「――申し訳ありません」


 それでも、皇帝陛下に逆らうことは考えもしなかった。


「まずはこの反乱を潰して、エルカルサを救ってやろう。その後にでも北の領の生存者のことを考える暇はあるだろう。それにしても、ラムゼルは――」


 テラシア城の長い階段から、足音が微かに響いている。


「やっとか」


 木造の扉が開いた瞬間、大将軍ラムゼル・コロサリア・テイレエカが跪いた。

 その紅色の男は動悸息切れで、汗にずぶ濡れで、目は赤く腫れている。


「遅いぞ、ラムゼル」


「謝罪の前にまず自分に報告させてください」


「……まあいい。言え」


「オークに、負けたであります。西帝国全体はかつてないほどの大勢のオークから同時に襲撃を受け、我々の帝国軍が敗れました。崇高なるアルナリア帝国の()()()()であります」


「……バカな……ゴリアレ将軍は何やってんの! サンラ要塞から軍隊を派遣しオークを排除しろ! 我々がオークなんかに負けるはずが――」


 一瞬、怒りに似た感情が大将軍ラムゼルの目に湧いた。


「僭越ながらわかっていないと思います、陛下。ゴリアレ将軍は戦死しました。フェランダ将軍も、カレスト卿も死にました。サンラ要塞とトウラ要塞は陥落され、常駐の軍隊は完全に全滅しました。アリオンも、ファフノもオークに占領され、わずかな逃亡者を除いて国民の男は殺され、女や子供はオークの奴隷にされました。現在、北西と南西の両方からオークの軍勢は無防備なセリアーへ向かっています。セリアーの百万人の人々には逃げる時間も、助ける時間も、もう残っていません。Let the(世界中) lord of(にカオ) chaos(スを ) rule」


「…………」


 真っ青な顔の大臣アリアナの目から、一粒の涙が床にゆっくりこぼれ落ちた。


「そんな……妾の娘が……妾の国民が……」


「すまなかった、アリアナ。自分は大将軍なのに、役に立てなくて、アリアナの娘を助けられなくて、本当にすまなかった」


「ファフノにどれだけの無罪の人々、どれだけのかわいい子供達が住んでいると思ってるかしら……妾だけじゃなくて、どれだけのエルフが娘を失ったかしら……」


「自分のせいだ。自分が状況を十分に理解出来てなかったせいで、自分が無力なせいで、サンラ要塞とトウラ要塞に必要な支援を送れなかったせいで……」


「オークの奴隷になるなんて……死んだほうがマシわ。そんなの酷すぎる……酷すぎるよ! 助けられないの? 本当に今でも最速で西帝国に帝都テレシアの軍を走らせても、間に合わないかしら!?」


「……すまない。西帝国は、セリアーは遠すぎるであります。もちろんカリアンにはできるだけ我が帝国軍を配置するけど、セリアーを助けるには到底足りない」


「そんな…………なんて残酷な…………」


「……………………」


「……………………」


「く、くく……」


 突然、静まり返った部屋でアルナリア帝国の皇帝陛下が不気味に笑いだした。


「ふはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」


「陛下……」


「いいだろう! いいだとも! オークがなんだ! 人間(ヒューマン)なんかしるか! 我々は崇高なるアルナリア帝国だぞ! 最強の、永遠の千年帝国だぞ! 何があっても、誰が相手でも、我は負けない!」


「そろそろ面白くなってきたね、オークども! よく我が西帝国を攻略出来たね! 褒めてやろう! でもさ、我は女神アテラに選ばれた四十八代目の皇帝陛下だ!」


「セリアーは今のところ諦める。北の領は滅んでもいい、忘れろ。まずは軍隊を集めて、ダリアン領の人間(ヒューマン)どもの小さな反逆を潰そう。まああれは所詮家畜だそれは問題ないだろう」


「その次に、全領の人々を徴兵するのだ。かつての皇帝ゼニバーより巨大で、強力で、天下無双の帝国軍を作ってやろう! オークどもを焼き殺して、西帝国を奪還して、そしてオークの森にも侵攻して、オークっていう種族を全滅するわ! はっはっはっはっはっはっ!」


 その笑い声は数分間、大臣も大将軍も青空の神様も声を出さずにテラシア城の最上階に響き続いた。

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