放浪との邂逅
その日、ゼノはまたしても宮殿から抜け出してきたミネアに引っ張られ、庭の花壇を眺めていた。
「見るのじゃ、ゼノ! 妾が育てた花が咲いたのじゃ!!」
「あーそうだな」
「心が籠ってないのじゃ! 美しいじゃろ?」
「まぁ綺麗だが……。お前、種埋めただけだろ。世話したのほぼ俺なんだがな」
呆れたように見下ろせば、ミネアはプックリ頬を膨らませて腰に手を当てる。
「妾とて、栄養剤をあげたのじゃ!」
「あーそうだな。最高級品な……」
ミネアの小さな頭をぽんぽんと撫でながら、件の植物用の栄養剤を思い出す。
あれは一般にはほとんど出回っていない代物だった。普通、あの栄養剤は育成の難しい希少な薬草などを育てる際に使うものだ。
宮殿の庭師の好意なのか脅し取ったのかは知らないが、そんなものをミネアは惜しげもなくこの花壇に振り撒いたのだ。ちょっと手を掛けてやれば問題なく花を咲かせる、ただの観賞用の花に。
どんでもない無駄遣い思い出し、軽い頭痛を覚えた時だった。
ごうっ、と生ぬるい風が吹き荒れた。
すぐさまミネアを背後に押しやり、鋭く崖の先を見据える。
「なんじゃ……!?」
「……っち、面倒な奴だ。ミネアは前に出てくんじゃねぇ」
ゼノの背中から顔を出したミネアが、好奇心に駆られてうずうずしているのを感じながら、ため息を吐く。
ゼノの家が建つ崖の少し先には、空飛ぶ船が浮かんでいた。そしてその船の甲板から一人の少年がふわりと飛び上がり、ゼノ達の少し前に降り立つ。
そしてその少年はにこやかにゼノに挨拶をする。
「やぁ、久しぶりだね」
「……お前とはそんなに親しい仲じゃなかったと思うが? 放浪の賢者」
「あっはっは。ほんと、キミはめんどくさいねぇ。伴侶を決めたらしいから、面白くなったのかなと思ったのに。ねぇ、ロリコン賢者?」
「はぁっ……!?」
あんまりな呼称に、ゼノは一瞬理解が出来なかった。そして一瞬呆けたゼノに、放浪の賢者はケラケラと笑う。
「知らなかったの? 放浪してるボクにも聞こえて来るくらいだから、結構有名な話なんじゃないかなぁ?」
「何言って……」
「だって、キミの伴侶ってその後ろに居る子でしょ? まだ子供じゃん」
「ぬ? 妾を愚弄するのかえ?」
「おい、ミネア!」
ずい、とゼノの前に出て来たミネアに慌てて手を伸ばす。今はご機嫌に笑っているが、放浪の賢者は気まぐれだ。何がきっかけで攻撃してくるか分からない。
後ろから抱きかかえるようにミネアを捕まえれば、その様子を見た放浪の賢者は手を叩いて笑う。
「あっは! 随分過保護になったねぇ。うん、良いんじゃないかな~」
「……何がだ?」
「執着出来るものが手元にあるのは、良いことだよ。今までのキミはさ、つまんないヤツだと思ってたんだ。せっかく手に入れた叡智を使うことも罪だと思い、ずっと失ったものばかり見つめて、いっつも壊れることを望んでる」
そう告げる放浪の賢者は、少年の姿だが纏う空気は長い時を歩んできた者特有の老成したものだった。
放浪の賢者は、悠久の時を生きる原初の賢者とも呼ばれている。歴史上一番最初に『賢者』と成り、今現在まで在り続けている存在なのだ。
そんな彼は、ゼノのことを手のかかる弟を見るような目で見つめ、優しく微笑む。
「今のキミは面白いよ。数少ない仲間が幸せなのは良いことだよね」
そう言うと放浪の賢者は唐突に手を振り、透明な水晶のような素材でできた小さな鈴をミネアの目前に出現させる。
ふわり、と浮くそれに思わずミネアが手を伸ばすのを頭を叩いて止めると、ゼノは鋭く放浪の賢者を見やる。しかし放浪の賢者はそのゼノの様子に楽しそうに笑うだけだった。
「終焉に向かって歩き出したキミたちに、ご祝儀だよ」
「ご祝儀?」
「そう。キミたちの終焉が近付いたとき、その鈴は鳴るよ。どんな終焉になるかはボクも分からないけど、悔いを残さないようにね」
それだけ言うと、放浪の賢者はふわりと浮き上がり、空飛ぶ船に戻っていく。
呆気に取られてその姿を見送っていると、いつの間にか腕の中のミネアが鈴を手に取っていた。そしてその鈴を片手に、放浪の賢者に全力で手を振る。
「素敵なご祝儀をありがとうなのじゃ! ゼノのことは妾に任せるのじゃ。必ず幸せにするのじゃ!!」
「あっはっは、強いお嬢さんだね。うん、よろしくね!」
何故だか勝手に身内感を出してくる放浪の賢者は笑顔でミネアに手を振り返すと、忽然と船ごと消える。
「ふぬ!? 消えたのじゃ」
「ミネア、お前は……」
呑気に驚いているミネアの頭を軽く叩き、ゼノはため息を吐く。
「何をするのじゃ!」
「お前は不用心すぎる。迂闊にそんなモンに手を出すんじゃねぇ」
ゼノを振り返って憤るミネアに、手の中の鈴を指して叱りつける。
ミネアは躊躇いなく手に取ったが、その鈴に呪いや災いが付加されていたら、取り返しのつかない事態になったのだ。いくら放浪の賢者がご祝儀、と言っていたとはいえ、もっと警戒すべきなのだ。
しかしそんな説教をされたミネアは不服そうに頬を膨らませると、金色の瞳で鋭くゼノを睨みつける。
「妾とて、警戒はしておる! じゃが、ご祝儀といった放浪の賢者殿には祝福の気配以外はなかったのじゃ。そんなことも分からぬゼノに怒られる筋合いはないのじゃ!」
「……は? そんな訳」
「あるのじゃ! きっと、放浪の賢者殿はわざわざお祝いのために来てくれたのじゃな」
「まじか……」
思わずしゃがみ込んで呆然と崖の方を見つめていると、隣に立ったミネアにくしゃりと髪を撫でられる。
「思いがけず、気にかけてくれる人も居るのじゃな」
「そう、だな……」
ミネアの掌の上に乗る水晶の鈴は、陽の光を浴びて虹色に輝いていた。




