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ミネアを捕らえていたジェルドを倒したのは、勿論ゼノだった。かなり強めな雷撃の魔術を叩き込み、昏倒させたのだ。
しかしジェルドは肉体的にとても強靭な獅子の獣人だ。いつまでも気絶しているとも限らないため、ヒュメール国の兵たちによって厳重に拘束された。そして翌朝早々に合流したミネアの叔父たちに引き渡され、そのまま帝都へと向かうこととなった。
帝都に入る際には、首謀者であったジェルドが正統な帝位継承者である獣王の系譜たちに拘束されている事もあり、特に問題も発生しなかった。そして直ぐにジェルドは死刑となった。
謀反、前皇帝の弑逆、獣王の系譜であるミネアを害したこと、ミネアの番候補であり友好国ヒュメール国の縁者でもある『賢者』を害したこと、どれ一つだとしても死刑とされる大罪だ。情状酌量の余地など一切なく、刑は執行された。
なお、後に判明したことであるが、あの夜ジェルドが一人でゼノたちを襲ったのは、ヒュメール国の使者によってミネアが戻った事を知ったからだという。人間の兵と幼体のミネア、あとは居ても伝令である鳥の獣人だけならば、自分一人で殲滅も可能だという判断からと思われる。
『賢者』という想定外が居なければ、実際にジェルドがミネアを攫うことは容易であっただろう。
ヒュメール国の使者として派遣された兵は、捕らえられていたが、無事だった。
ジェルドは直ぐに殺そうとしたらしいが、冷静な部下が止めたのだ。おかげで、ヒュメール国とアルジュマ国はこの先も、平和的な友好関係を保つことが出来る。
そしてミネアの番となることを認めたゼノは、アルジュマ国の宮殿で療養していた。
本当は、事態が落ち着いたことを見届けたら直ぐに、一人で自宅に帰ろうとしていたのだ。しかし、そのことを本能で察知したミネアが全力でゴネ、引き留めたのだった。
それからかれこれ5日。
いい加減ベッドの住人から卒業出来る状態にもなり、ゼノはいつまでも纏わり付いているミネアの頬を引っ張っていた。
「何するのじゃ!!」
「あー、悪い悪い。で、お前はいつまで引っ付いてるんだよ」
ゼノの手を払いのけて食ってかかるミネアに、ゼノは全く心の籠らない謝罪を口にした。そしてこの5日間、何回も聞いた問いを口にすると、相変わらずミネアは胸を張って同じ答えを返す。
「番の契りを交わすまで離れぬ!」
「だから、そういう事は成体になってから言えっつんだよ」
「じゃが、ゼノは妾の番になってくれるのではないのかえ? それなら今、番になって欲しいのじゃ!」
「巫山戯んな。今お前の番になったら、ジェルドと変わんねぇだろ。俺は変態じゃねぇから、成体になるまで待て」
「じゃが…………」
ぽんぽん、と頭を撫でてやるが、ミネアは不満そうに俯く。尻尾をゼノの足に絡め、小さな手で服の袖を掴んだ姿は、どこか不安そうだった。
柔らかな金の髪に指を絡め、小さくため息をつく。
「……ミネア、お前は何焦ってんだ?」
「ゼノは……、家に帰るのじゃろ?」
「まぁ、そうだな。宮殿は性に合わない」
「家に帰ってしまったら、ゼノは、滅多に妾に会いに来てはくれぬだろう!?」
「いや、そんなことは……」
あるかもしれない。
宮殿の姫君の元へ足しげく通うなんて、柄じゃない。
思わず目線を反らせて言葉を濁せば、ミネアはぷっくり頬を膨らませた。髪に触れていたゼノの掌に、ぐりぐりと頭を擦り付け、上目遣いで見上げてくる。
「そしたら……、きっと、ゼノは、気が変わってしまうかもしれぬ。妾はまだ子供じゃ。力もないし、ゼノを誘惑出来る魅力もない……。なのに、何も証がないのは、不安じゃ」
「…………。そう、か」
揺れる金の瞳で見つめられ、ゼノは少し後悔する。口約束だけでは、不安になるのは当たり前だろう。
しかしゼノとしても、幼体の間は、ミネアの番にはなるつもりはない。
それだけは、決して譲れない。
だから、自身の記憶を掘り返し、何か手はないかと考える。そして、亜空間から一つの魔石を取り出すと、ミネアの掌に乗せる。
その魔石は、ミネアの小さな片手には余る程の大きさの、無色のものであった。
「……? 無属性の魔石かえ?」
「あぁ。これは、今はない俺の生まれ故郷の習慣なんだがな。お前は魔力も多いから、多分出来るはずだ」
そう言いながら両手で魔石を握らせると、ミネアの手を覆うように掌を重ねる。
「魔力を掌に集めるように意識しろ。あとは、俺が誘導するから、従えよ?」
「分かったのじゃ」
何をするのかは全く理解していないようだが、ミネアは素直にゼノの言うことを聞く。
そのあり方に小さく笑うと、ゼノも集中する。
自分の魔力とミネアの魔力を撚り合わせ、魔石の中に注いでいく。そして注いだ魔力を魔石の中で円を描く様に、回し続ける。
金と、淡い緑の魔力が程よく混ざり合いながら、魔石の中に満ちていく。
そして魔力が満ちた魔石は、とろりと形を変えていく。その形を導く様に、言葉を紡ぐ。
「我ら、誓いを結ぶ者。破れぬ誓いの円環を求めん」
その言葉が終わった途端、掌の間から眩い光が溢れる。
そして光が収まった時にはーー。
「手、開いてみろ」
「……っ!? ゼノ、これは……?」
「誓いの円環、てやつだ。特別な力があるわけじゃねぇけど、誓ったことの証明として、使うもんだ」
ミネアの掌の上には、淡い緑がかった金色の輪が、2つ出来ていた。小さなミネアの手には少々大きいが、大人になれば丁度良い大きさだろう。
ゼノはひょい、と片方を取って自身の腕に着ける。そしてその腕を見せながら、にやりと笑う。
「これで良いだろ?」
「っ……!! ゼノっ!!」
「っおい!」
至近距離から全力でミネアに抱き着かれ、腹に少なくないダメージを食らったゼノは、しかし小さく笑ってミネアの頭を優しく撫でる。
決して言うつもりはないが、誓いの円環は、遠い昔に滅んだ生まれ故郷では主に、結婚の約束のために作られたものだ。これ以上に相応しいものはないだろう。
「ミネア、お前にはデカいだろうから、チェーンにでも通しておけ」
「もちろんじゃ! 決して無くさぬ!!」
本当は今回が本編最終話の予定だったけど、思ったより甘めな展開になって締め方を見失いました……。
本編はもう1話続きます。




