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 『賢者』というものは、ゼノからしてみれば呪われた存在と同義であった。


 世界中の叡智(えいち)を手に入れ、膨大な魔力を身に付け、万象(ばんしょう)に干渉しうる。そしてその力によって人の(ことわり)から外れ、永遠を生きる者。

 それが、『賢者』というものなのだ。


 だからこそ、『賢者』であるゼノは死ぬことは無い。死ぬことが、出来ないのだ。

 大切なものや好ましい者は消えて行くのに、終わることのない己の生。それに絶望し、自ら命を断とうとしても終わらせることの出来ない生。

 そんな事実に壊れそうになるけれど、しかし『賢者』であるために壊れることすらも許されなかった。そういう、存在なのだ。


 それでも。

 疲れて果てて、擦り切れているはずなのに、人と触れ合えば心は震え、求めてしまうのだ。だが大切なものを失えば心が軋む。

 そして、やはりどんなに絶望しても、壊れることも死ぬことも出来ないのだった。


 そんなことを繰り返し、もう大切なものを作りたくなくて、人との付き合いを最低限にしていたのに。

 そんなゼノの心に強引に押し入り、居着いてしまった存在(ミネア)

 鬱陶しくもあり、腹が立つことも多いが、共に居るだけで心が暖かくなる。日々が、楽しくなる。



 でも、共に歩むことは出来ないのだ。



「やっぱり、俺はお前の(つがい)にはなれねぇよ」


 そう言って立ち上がり、ミネアの腕を一瞬で治療する。ジェルドに強く握られたせいで付いた、痛々しい痣までは消せなかったが、骨はつながったはずだ。

 そしてほんの少し、涙に濡れる目元を拭ってやる。後から後から零れる涙に意味はなかったが、泣くな、と言う意味を込めて触れた目元に、ミネアがふにゃりと表情を崩す。


 やはり少し、離れがたかった。それでも、もう共には居られない。

 身を翻し、ミネアから離れる。


 ジェルドが突き破ったはずの腹には既に傷はなく、破れて血に塗れた服が無ければ、先程まで倒れていたことも嘘のようだ。何も変わっていないように見えるのに、その後ろ姿は完全にミネアを拒絶している。

 少しフラつきながら離れて行くその姿に、しかしミネアは迷わなかった。


 一切の力加減なく、全力のタックルの勢いで抱きつく。


「ぐぁっ!?」

「ゼノよ、待つのじゃ!」

「てめ、ミネア! 何しやがるっ!?」


 表面上、傷は塞がっている。しかし、中身までは完全に治ってはいない。しかも、失われた血が戻ってくるわけではないので、立っているのもやっとの状態だった。

 そこに全力で突っ込んで来られ、ゼノは倒れかかったが意地で踏ん張る。そして腰にぶら下がるミネアを睨みつけると、満面の笑みを返された。


「そなたは、やはり(わらわ)(つがい)になるべきなのじゃ!」


 それを聞いたゼノは、思いっきり顔を顰める。


「はぁ!? だから、無理だって言ってるだろ」

「なぜじゃ?」

「だから……! 俺は、死ねない。…………お前と、同じ時を生きられないんだよ」


 最後は絞り出すように言うゼノは、ミネアから顔を反らす。とても、見せられる表情ではない。

 だが、そんな空気も読まないミネアは、獣人らしい身体能力でゼノの身体をよじ登り、無理やり顔を掴んで向き合う。


「そんなこと、気にする必要など無い!」

「お前が気にしなくても、俺が嫌なんだよ!!」


 思わず怒鳴り返せば、にんまりと笑ったミネアがゼノの目じりを拭う。


「じゃから、妾の番となれば、その様な心配は要らぬ。妾は、獣王の系譜ぞ?」

「は……?」


 ぽかん、とミネアを見据えると鼻で笑われる。


「そなたにも知らぬことがあるのじゃな。なにが、世界中の叡智を手に入れた『賢者』じゃ。嘘ばっかりじゃな」


 そして語られる獣王の系譜、という一族についての話。


 獣王の系譜は、獣人であって獣人ではない。能力や魔力、成長スピード。そして寿命までもが獣人とは異なるのだ。

 そして、さらに獣王の系譜においての番は、ただの獣人の番とは大きく意味が違う。次代を作るための存在ではなく、生涯を共に歩み、互いに支え合うための存在なのだ。

 だから、獣王の系譜の番は魂の契約を結び、誓う。



 獣王の系譜と同じ時を歩み、そして共に生を終わらせる(・・・・・・・・・)ことを。



「そんな、都合のいいことがある訳……」

「じゃが、そなたは獣王の系譜の番の事を知らなかったのであろう? つまり、そなたの知識とて完璧ではないのじゃ! じゃから、『賢者』の生が終わらぬとも限らぬ。可能性があるのならば、試さぬ手は無かろう? なにより、妾はそなたを番に望んでおるのじゃから」


 一度、そこで言葉を区切ったミネアは、じっとゼノの瞳を見据える。

 その金色の瞳は、珍しく不安そうに揺れていた。


「どうか、妾の番となっておくれ?」


 懇願するような響きを持ったその言葉に、ゼノは思いっきり顔を顰める。そして、深い深いため息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁ。……………俺の負けだ、ミネア」


 そう言ってゼノは、足の力のみで自身の身体にしがみつくミネアを引き剥がし、ギュッと抱きしめる。

 まだ小さな、子供だ。

 しかし、一切迷うこともせず、狙ったものは決して諦めない立派な獅子だ。


 そして、長く心を閉ざし、一人暗闇に留まっていたゼノを照らしてくれた希望ひかりだ。


「…………………………ありがとう」


 小さな小さな呟きの様なその言葉は、しかし獣人であるミネアの耳にはしっかりと届いていたのだった。

ちなみにゼノの年齢は約1,000歳。

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