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 「なんだったんだ、あれは……」


 小さくなっていく先視(さきみ)の巫女の背中を見送りながら、ゼノは小首を傾げる。

 普段彼女が居るのはこの場所から結構離れた、先視の巫女専用の塔だ。彼女が先視の能力を発現し、この城に連れてこられた幼少の頃からずっと住まいとしている場所だ。

 年を取り、近頃は歩くのも億劫と笑っていたくせに、わざわざこんな離れた場所まで一人でやって来て話したのは、大したことない雑談のようなもの。一体何をしに来たのだろうか。


「巫女殿は、妾に助言をくれたのじゃ」

「助言って、さっきのヤツか?」

「そうじゃ。もとより、妾は諦めるつもりなど、ないのじゃ!」


 わざわざ階段を数段上ってゼノと目線を合わせ、ミネアはふんす、と胸を張る。まだまだ子供なくせに、意思だけは無駄に固いようだ。

 ゼノは呆れたように息を吐くと、ミネアに近寄って小さな頭を撫で、その横を通り抜ける。


「ぬ! ゼノ!! どこへいくのじゃ」

「あー……。そろそろアルジュマ国から来た使者殿も起きてるだろ。顔を見せてやれ」

「それはそうじゃが、ゼノ、妾の言うことを真面目に聞いておらぬだろう!」

「だから、そういう事は成体になってから言えって何度も言ってるだろ」

「妾も、本気じゃと何度も言っているのじゃ!!」

「うっせぇよ、てか(まと)わりつくな!」

「いやじゃ! 離れぬのじゃ!!」


 歩くゼノの腰に器用にしがみつき、ミネアは半ばぶら下がるようにして移動していく。一纏まりになってぎゃいぎゃいと騒ぐ獣人と『賢者』に、城の人間は目を丸くしつつ遠巻きに見送るしかなかった。


 そしてしばらくした後、結局折れたゼノはご満悦なミネアと手を繋ぎ、とある客室に訪れていた。


「あぁぁ、姫様! ご無事で何よりです!!」

爺様(じじさま)のおかげで、この通り妾は何事もないのじゃ」


 ベッドから滑り落ちる勢いでミネアの足元に(すが)り、泣き崩れるのは(はやぶさ)の獣人である青年。彼は、アルジュマ国からここまでほぼ休みなく飛び続け、急ぎ知らせを届けた後、疲労から倒れていたのだ。

 今朝がた訪れた時もまだ眠っていたのだが、再度訪れてみれば目を覚ましており、そしてミネアを認めた途端にこの状況だ。


 青年からしてみれば、安否が不明だった守るべき姫君が無事で、感無量なのだろう。しかし、傍から見れば少女の足元でむせび泣く男の図だ。結構ドン引きものだ。

 しかしミネアもあまり気にした様子もなく、大義であった、と青年を労っている。

 これが王族か、と変なところでミネアの器に感心しつつ、いい加減話も進まないので声を掛ける。


「えーと、あんた……」

「は、あぁ、申し訳ない。私のことはファーズとお呼びください」


 顔を涙でぐちゃぐちゃにしながらも、ゼノに向き直った黒髪の青年――ファーズは、ペコリと頭を下げる。どうもやりずらく、金茶の髪を掻きながらゼノはベッドを指さす。


「あー、じゃあ、ファーズ。とりあえずベッドに戻ったらどうだ? まだ体調も万全じゃねぇだろ」

「いえ、姫様もいらっしゃるのに、そんな……」

「ミネア、体調が万全でない家臣を床に這いつくばらせたいか?」

「そんなわけないのじゃ! 妾の品位が疑われるではないか!」

「だってよ。大人しく寝とけ」


 そう言いながら、ファーズを助け起こしてベッドへ戻るのを手伝う。

 ただ、細身に見えたが、やはり獣人だ。十分に筋肉の付いた体は重く、肉体労働に向かない『賢者』であるゼノは結局支えにもならず、ファーズほぼ自力でベッドに辿り着く。

 そしてゼノとミネアも部屋にあったソファーに座り、ようやく話が出来る状態になる。


「もう聞いてるかもしんないが、明日ヒュメール国は要請に応じてアルジュマ国へ向かう。『賢者』である俺もな」

「なんと……! 『賢者』殿まで」

「そんくらい力の差は歴然だろ。それよりだ、ミネア以外の獣王の系譜はどこに居る? ミネア以外皆無ってことはないだろ?」

「それは……」


 他国に国の内情を詳しく説明するなどあり得ないのだ。ファーズは言い淀むが、すぐさまミネアが口を開く。


「伯父上や従兄弟たちは、大抵地方を治めているのじゃ。普段であれば、何人かは帝都にいるのじゃが……」

「……ちょうど、帝都近くに魔獣の群れが見つかり、討伐に向かわれたタイミングでした」

「ふーん、皇帝とミネア以外は全部出払ってたってことか」

「はい。魔獣討伐には少数精鋭で向かい、大多数の兵は帝都守護のために残しておりました。しかし、その軍を使ってジェルドがあんなことをするなど……」


 獣王の系譜は普通の獣人よりも圧倒的に強い。獣人とは相性の悪い魔術を使いこなし、さらに長い年月を生きるため、戦闘技術も磨かれていくのだ。

 しかし、いくら獣王の系譜といえども老いるものだ。老いれば体力や筋力は衰える。

 そして確か、皇帝はかなりの年だったはずだ。しかも、幼体のミネアを逃す必要があった。


「多勢に無勢か……。いっくら獣人選民主義とやらが不満を持っていたって、そこまでするかね?」

「ジェルドは、獣王の系譜でこそありませんが、カリスマ性というのでしょうか。兵や民衆を惹きつけるのが上手かったんです。皇帝含め、獣王の系譜の方々は皆穏健派だったこともあり、獣人選民主義の者たちはこぞってジェルドを信奉していたようです」

「獣人選民主義の英雄ってことか」


 吐き捨てるようにゼノが呟くと、隣に座るミネアがきゅっとゼノの袖を掴む。へにょりと耳と尻尾をへたらせ、悔しそうな顔で俯いている。

 なんとも言い難い感情を胸に抱きつつ、ゼノはミネアの金色の髪の毛を掻きまわす。


「他の獣王の系譜に知らせは?」

「私以外の鳥系獣人が何人か各地に飛んでいます。恐らく、知らせは無事に届いているかと」

「とはいえ、陸路じゃそうすぐには帝都まで辿りつけねぇか」

「えぇ。それに、国境付近からはあまり兵は動かせません。各地から獣王の系譜の方々や兵を集めても、帝都に駐留している軍の方が兵力は勝ると思います」

「軍の中枢だけあって帝都に兵力集中してんのかよ……。ヒュメール国の兵は帝都近くに送れるが、アルジュマ国軍の大軍に真っ向から当たるのは無謀の極みだしな」

「じゃが……! 皆が皆、ジェルドの信奉者ではなかろう!?」


 ミネアが小さな拳をソファーに叩きつけ、主張する。金色の瞳は、悲しみに濡れながらも、怒りの炎も燃えていた。

 ゼノが(なだ)めるように軽く頭を叩き、ニヤリと笑う。


「だろうな。それに、『賢者』の俺が力を貸すんだ。安心しろ」

「ゼノ!」

「おいっ、潰すな!」


 ミネアは狭いソファーの上でゼノに伸し掛かり、尻尾まで巻き付かせて全力で抱き着く。そしてぐりぐりと頭を押し付けながら、小さく呟くのだった。


「ありがとう、なのじゃ」

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