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 ざぁざぁ降りしきる雨の中、ゼノがやっと自宅まで辿り着くと、そこにはなんだか見慣れないものがあった。

 雨でグチョグチョに濡れてる良く分からない、泥塗れの塊。両掌の上にちょうど乗りそうなサイズのソレは、嫌がらせの様に扉の真ん前にある。


「なんだこれ? 人ん家の前にごみ捨てんなよなぁ……」


 生憎と我が家の扉は外開きのため、その塊が邪魔でこのままでは家に入れない。ただでさえ外套に染み込んでくる雨にイライラしているのだが、ここでさらにその泥塗れの塊を退かすために手を汚さなくてはいけないなど、腹立たしくて仕方ない。

 はぁ、と特大のため息をつきながらソレを摘んだ。


 むにょん。


 持ってみると、なんだか不思議な感触がする。首を傾げながら持ち上げると、みょーん、と伸びる。


「は……?」


 意味が分からないソレを目の高さまで持ち上げてみると、ごみと思っていた塊は塊ではなかった。

 雨と泥とで汚れまくっているが、ソレは小さな小さな、子猫だった。


「なんでこんなトコに、こんなチビッこいのが居んだよ……」


 チッと舌打ちをしながら、ゼノは子猫ごと家の中に入る。


 比喩でも何でもなく、この家は陸の孤島と言える場所にある。三方は崖で、残りの一方も魔物がウジャウジャ生息する森が広がっている。安全に辿りつくには、転移魔術が必須という場所だ。

 こんな場所に子猫が居ることは謎だが、とりあえず放置も出来ない。置いとけばきっと餌だと思った魔物が寄って来る。

 そんな面倒事はご免だと家に入れ、そして泥で汚れた子猫を放置しては家が汚れるから、とその体を洗ってやり。そしてここまでしてやったんだから死なれては腹が立つ、と毛布で包んで温め、さらに色々手を尽くして栄養を取らせ。


「……手間掛けさせやがる」


 洗ったことで金色の毛玉になったその子猫の背を撫でているゼノの表情は、眉間に皺を盛大に寄せながらも大変優しいものだった。


   § § § § §


「次またこんなくだんねぇ用事で呼びだしたら、この国滅ぼすって、先視さきみばばぁに言っとけ!」


 ガタガタと震えながらゼノを見送る年若い国王にそう言い捨て、転移魔術を発動させる。


 つい先日も大雨の中呼び出され、大型の魔獣退治を手伝ったのだが、今日は王城にある転移陣の補強を手伝うハメになった。この程度ならば、国に仕える魔術師で事足りるはずなのだが、先視の巫女の命と言われると断りにくい。

 腹いせではないが、新たにいくつか術式を組み込んで、より大人数を運べるようにしてやっていた。


 ゼノは、この国――ヒュメール王国に仕えているわけではない。ただ彼の住処がこのヒュメール王国の国土内にあるため、依頼があれば手伝うという契約を交わしているに過ぎなかった。それなのに、最近は何かと理由を付けて呼び出されることが多い。

 そんな訳でかなり機嫌の悪かったゼノは、実行する気はサラサラないが、脅しのつもりで捨て台詞を吐いたのだった。


 だが、ゼノは一人で一国を滅ぼすのも容易い程の実力を持った『賢者』であり、さらに人嫌いとしても有名であった。

 そのため、人嫌いの『賢者』ならばあっさりと国を滅ぼしかねない、と彼が去った後の王城はものすごい騒ぎとなっていた。


 一方、そんなことを知りもせず、さらに知っていたとしても気にするような性質たちではないゼノ。彼は転移魔術にて自宅前まで跳ぶと、気持ちのいい青い空を見上げて大きな欠伸を漏らしていた


「せっかくの良い天気なのに、洗濯し損ねたじゃねぇか……」


 そうぼやきながら、若干傷んでいる中途半端な長さの金茶の髪を掻き回す。こんな辺鄙な場所に暮らしているため、ガラの悪そうな見た目に反して、ゼノは炊事洗濯等の家事全般得意だったりする。そんなゼノにとって、洗濯日和の日に洗濯し損ねるなど許しがたいことだった。

 より一層機嫌が悪くなった彼は、舌打ちをしながら扉を開ける。そしてそのまま家の中に入ろうとし、ピシリ、と硬直した。


「やっと帰ってきおったか!」

「な……!?」

わらわを待たせるとは、いい度胸じゃ!」


 そう喚きながら小さな指をゼノに突き付けるのは、シーツを体に巻き付け、部屋のど真ん中で仁王立ちしている幼い少女だった。

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