フィードバック
鈴木氏は部屋で、一人寝転がっていた。
その日は仕事が休みであったが、遊びに行く友人は皆仕事があったし、まして恋人などはいなかったために、暇だったのだ。かといって、やることも無い。ただ、呆然と将来について考えていた。
彼は、もうすぐ三十になる。同僚達は次々と結婚して、子を持ち始めていた。しかし、自分には子供、いや、恋人さえもいないのだ…何が悪いのだろう。かおは十人並と言える。コミュニケーション能力に著しく欠ける訳でもない。長い一人暮らしのせいで、金は存分にある。まだ会社には独身の女性社員はいるし、彼女らの焦りを見ると、自分がどうしてモテないのだろう。
やはり、あれか…いや、誰にも公言はしていない。
鈴木氏は本棚から本を取り出し、開く。
五分程経ち、それに没頭し始めた時、奇妙な音がどこからか聞こえてきた。
しかし、本に集中していた彼は気にもかけない。
すると、「やあ、若いなあ」という声がした。これには鈴木氏も飛び起きた。
目の前には自分よりはるかに若い男がいた。
目を丸くして驚いた鈴木氏とは正反対に、男は落ち着いて、部屋を見回していた。「へえ、こんなせまっ苦しい所にいたんだ」と物珍しそうに見ている。
「お前は、誰だ」
鈴木氏はその男に聞く。男は、振り向いて「やあ、お父さん」と笑った。「お父さん?」
「そうさ、僕は未来から来た、あなたの息子だよ」
鈴木氏は半信半疑、いや、ほとんど彼の言うことを信じていなかったが、「じゃあ証拠を見せてみろ」と聞く。
その男はうーんと言ったあと、そうだ、と手を叩いた。「お父さん、ずっと何かの病気でしょう?確か、14の時からだ。お母さん…あ、未来の奥さんね。に教えてもらったんだ」
鈴木氏はそこで、たまげた。なぜなら、その病気のことは家族以外は知らないからだ。しかも、その家族も今、この世にいない。
未来に時を越える技術があることは信じられなかったが、しかしそうと思わなければ、説明がつかない。
鈴木氏は男の言葉を信じることにした。
「やい、お前、父親に何の用だ」
「ちょっと、僕、未来で困っていてね。ちょっと過去を弄って、良い方へと向かわせようかと」
「そうは言うが、過去に干渉して、大丈夫なものなのか」
「フィードバックって知ってる?結果がその過程に影響するってやつ。あれと同じでね、未来という結果が過程、つまり過去に干渉したって問題はないんだよ。ちょっと、上手くいくように調整されるだけさ」
「ううむ。よくわからないが、そういうものなのかもしれない」
息子と名乗る男の真意は読み取れなかったが、したいようにさせてみよう。ボロを出せば、とっちめてやる。鈴木氏はそう決意した。
「で、何をしたい」
これに男は答えた。「そうだね。調べた結果、お父さんがもうちょっとモテてたら上手くいくはずなんだ」
「そうはいってもだな」
「大丈夫。僕が色々と用意しといたから」
彼はそう言って小さな袋を取り出した。そこに手を突っ込んで、何かを取り出した。その様子を見て、鈴木氏は再び驚いた。そこからは、その袋の大きさからは考えられないサイズの雑誌が出てきたのだ。しかも、一冊や二冊ではない。
そして、本棚にあった本を1冊取り出し、「こんな難しいものはダメだよ」と全ての本を捨てた。
「これから流行するファッションの載ってる雑誌だよ。これを読んで服装を整えるんだ。それから、この女性向け雑誌なんだけど、女性の気持ちをこれで勉強して、この会話術の本も参考に」
どの本も、鈴木氏は見たことがなかった。それもそのはずだ。男は「どれも未来のものだから、間違いなしだよ」と言う。
半ば強制されるかたちだが、鈴木氏の女性にモテるための特訓が始まった。男は居候する気らしく、ずっと付きまとってきた。しかし、役にはたった。行先行先で最前の選択をしてくれる。それもそのはず、彼は未来から来たのだ。
そして、一週間が経って、男のくれた本を全て読み終え、モテるための技術を習得した。
「もう大丈夫だね」と男は言う。
実際、自信が漲るようだった。かつてのモテない自分からは考えられないほどだった。
「じゃあ、僕はもう帰るよ」男は腕時計をいじくった。タイムマシンのようなものなのだろう。
「や、待ってくれ。お前は、いったい、未来をどうしたいのだ」鈴木氏はずっと気になっていたことを聞いた。
「ああ」男は言った。「カッコよくなりたくてね。お父さんがモテたら、もっと美人と結婚するはずなんだ。」
そうして未来の息子を名乗る男は消えた。
1人残された鈴木氏は考える。いつの時代もモテたい人でいっぱいだ。しかし、まあ彼の言いたいことはわかる。
暇になってきたので、本でも読もうと思うが、それはないのだと思い出す。いまさらだが、勝手に捨てられたことに怒りを覚えた。
全く、親の心子知らずとは、この事だ。
血の繋がりはないのだろうが…
鈴木氏は無精子症に悩まされている。
結婚すれば、養子を貰おうかと考えていた。