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04


 結局、本当に一年の平野は授業がイヤになってエスケープしていただけらしい。

 彼の幼馴染である天野が他の人にバレないよう協力していたのだと後に説明してくれた。

 怪しい行動をとって申し訳なかったと平野は頭を下げた。


「あ。そういえば先輩たち、一つ俺は気になる事があるんですよ」

 厩舎で事情を説明していた平野が、そう最後に申し出てきたのだ。


「なによ」と鬼瓦。

「えーと、でも、これ言っても良いのかな」

「はよ言え」

「いや、あの、その……」

「おーい、鬼瓦、先輩のお前にそんな強く問い詰められると、後輩の平野も喋れなくなるだろ」

「ふん」


 秋山は深くため息を吐いた。


「なあ、もしかして平野が言おうとしているのは、この間の教室のヤツか?」

「あ。そうです。秋山先輩も変だと思っていたんですか」

「まあな。引っかかりはした」

「ですよねぇ。明らかに俺も変だと思ったんっすよ」


「え。何の話し?」

 鬼瓦は一人キョトンとしている。


「いや、あれだよ、あれ」

「アレですよね」

「まあ、犯人の証拠って訳じゃないけどな」

「でも、皆が、ん? ってなりましたよ。普通なら知ってるはずなのに」

「まあな。決めつける訳じゃないけど、今までの会話の中で一番変だった、かな」


「え、ほんとにマジで何の話よ。教えなさいよ」

 鬼瓦は仲間はずれにされてるみたいで少し悲しくなってきていた。


「マジでわかってないのか」

「ですね」

「お前、本当に畜産農家の跡取りかよ。他の皆は分かってるぞ」

「うるせぇー! 早く教えろよぉ」

「先に釘を刺すが、これは別に変なことを口走っただけだぞ。まだ、彼が犯人って訳ではないからな。それ忘れるなよ」

「うんうん」


 軽い返事だ。

 本当に理解したのか怪しかったが、これ以上、焦らしていると子鬼モードとなって鬼瓦が暴走しかねないと思った。秋山は違和感の元となった顛末を渋々ながらも説明を仕出していた。それは、この間、連絡係の柴田が『ドラゴン殺し』と書かれた紙を発見した時のことであった。


「あー、このまえ仲間の中に犯人がいるかも、とか言い出した時ね」

「そう。まあ、そこまでは普通。問題なのは肥育ホルモン剤を口から摂取させたと柴田が言い出した所だよ」

「え」

「なんで犯人が実行した方法まで知ってるんだ。俺達は『ドラゴン殺し』が散布されたとしか聞かされてないんだぞ」


「という事は犯人!?」


「いや、まだ違うよ」

「なんだ」

「……誰だって、間違う事もあるだろ。だが、そうだとすると、今度はホルモン剤を口から摂取させた、という点が引っかかる訳だよ」

「ですね。畜産に関わる人間ならホルモン剤は大抵は注射だと知っていますからね」と平野。

「仮に錠剤タイプを手に入れられたとしても、草食の牛に死ぬほどの量の固形物を無理やり飲ませるのは難しい。粉や水にしても『ドラゴン殺し』は無味無臭じゃない上、毒の成分があるから普通なら牛は吐き出している。こんな事は誰だって分かる事だろう」


「えーと、つまり?」

 鬼瓦はキョトンとした。


「まともな畜産農家だったら、クスリを飲ませて牛を殺すなんて考えないんだよ。注射のほうが圧倒的に手間もかからない。早く終われば目撃者も出ない。牛用の注射器も手に入りやすい。それなのに、なぜ柴田は犯人が牛にクスリを飲ませたと勘違いしたのか……」


「つまり、自分がした犯行だから事実を知っていた、って事ですよ」

 平野は言った。


 ただ、三年の代表として、その結論は受け入れがたく。

 秋山は納得のできない様子で頭を掻いていた。


「……俺は、まだ柴田を犯人だとは思ってないぞ。仲間を疑うのなら証拠が先だ」

「でも、先輩。グスグスしていたらドラゴンが殺されてしまうかもしれないんですよ。そうなったらどうするんですか」

「むぅ」

「柴田先輩を問い詰めるぐらいなら、俺達でもやっていいんじゃないですかね」

「けどなぁ。証拠もないのに仲間を疑うのは好きじゃない。仮に話しを聞くとしても、他の人間から悪い噂が出ないよう配慮するべきだろう。せめて時間と場所をちゃんと用意しないとダメだ。もし俺達が間違っていたら柴田の人生は狂ってしまうかもしれないんだぞ」

「……たしかに」


「そういう訳だかから、お前も簡単に動くんじゃない……ぞ」

「え」

 秋山と平野の二人が振り返ると、そこにはもう先程まで居た筈の人影すらなくなっていた。ピューという透き通った風の音が響き、二人の背後では巨大なドラゴンが何事もなく地鳴りのようなイビキを立てて眠っている。


 閉じていた筈の旧厩舎の引き戸は開けっ放しになっていた。


 何かを察した一年の平野の顔はひきつった。

「ま、まさか」

「そのまさかだろ。アイツ止まらないか」


 東北環境専門学校ドラゴン科、三年の代表、秋山は大きくうなだれるしかなかった。この後の行動が手に取るように分かっていたからだ。まず少しでも理性の働く人間だったら、今が授業中という事を利用して犯人らしき人物の自室に忍び込んで証拠の品を探そうとするだろうが、あの子鬼がそのような器用な真似をするわけもなく。


 教室に乗り込んで、柴田、本人の口から事実を吐き出させようとするだろう。 


 例え、どんな汚い手を使ったとしても。

 警察沙汰になったとしても。


「……一人で責任とらせる訳にもいかねぇや」

「え」

「さっきの推論が間違ってたとしても、俺とアイツのクビが飛べば何とかなるだろう」

 秋山は重い腰を上げた。


 そして慌てて二人は鬼瓦が向かったであろう教室に走り出したのだった。どんな最悪な結末だとしてもアイツを素直に受け入れようと思っていた。他に味方がいない状況だけは作らないようにしようと考えていた。自分の将来を捨ててまでもドラゴン達の命を守ろうとしている少女を見捨てるなんて、できるワケなかった。


「お」


 ただし、たどり着いた教室で見た光景は、秋山の想像していたものとは少し違っていた。


 そこに立つのは、固く拳を握りしめている鬼瓦。

 彼女にビビって、ひれ伏す柴田。

 あまりの行動に驚いて近寄れない教師やクラスメートたち。


 ただ、その場には血の一滴すら流れていなく、どこをどう見渡しても暴れた様子すら無かったのだった。彼女は頭に血が上ったまま犯人に殴りかかった訳ではなかった。窓から暖かい陽光が入り込んでおり、まるでスポットライトが照らしているように鬼瓦は光り輝いていた。


 秋山が呆然と見ていると、輝く所から鬼瓦が振り返った。


「遅かったじゃない。脅したら、もうコイツがやったって吐いたわよ」

「そうか。身内から犯人が出て残念だけど、よくやったな」

「まあね」

「……お前は、やんなかったんだな」

「別にコイツに気を使った訳でもないし、自分の将来を心配した訳じゃないわよ」


「へぇ。だったら、なんで殴らなかったんだ」

「アンタの想像通りに行動するのが悔しかったからよ。どう、読めなかったでしょ」

「そんな理由かよ。はは、たいしたもんだよ」


「当たり前じゃない。私は貧乏なドラゴン畜産農家の跡取り娘よ。こんなやつと一緒にしないでよ」

 鬼瓦はニッと笑っていた。

 その笑顔は雪解けした水のようにどこまで透き通っていた。


 それは、秋山が一番好きな顔だった。


 ※


 後日、警察の取り調べによって、柴田が犯行に及んだ理由は自分の未来を変えるための行動だったと語ったらしい。


 今のままだと借金を抱えた貧乏牧場を継がなければならず。

 かといって現状の生活から逃げ出す度胸もない。


 そこで問題を起こし、このドラゴン科そのものを潰そうとしたのだ。

 牛が死んだのはミスであり、脅迫文は誰かに罪を着せたかったとの事だった。


「……ぜんぶ悪気はなかったんだよ。だいたい戦争の道具としてもドラゴンは使われてたんだ。兵器を殺そうとして何の問題があるっていうんだよ」と警察で主張しているらしいが。

 そんな言いぶんが通るわけがないと鼻で笑われていた。


 ※


「……殺された牛からすれば、どうでもいいクソみたいな理由よね」

 道端で鬼瓦はふんぞり返ってた。


 一応、彼女にも問題が無かったワケではない。暴力を使わなかったが問題行為だと学校を管理する委員会から注意が入り、数日だけだが停学処分が鬼瓦には言い渡されたのだった4。犯人を見つけ出してくれたのに申し訳ない、と校長や教師たちもしきりに謝っていた。


「もう捕まったし、どうでもいいだろう」と秋山。

「そうね」

「それより俺達には仕事が待ってるぞ」

「私って、いちおう停学中なんだけど」

「停学中だろうとなんだろう、畜産農家に休みはない」

「はぁ。ブラックそのものじゃない」


「イヤだったら止めればいいじゃん」

「イヤなワケないでしょ」

「ほう」


「だって、私の夢はドラゴンのレースを再開することなんだから」

「おい、それ俺の夢!」

「なによ」

「……なんでもないです」


 立ち上がった鬼瓦はドラゴンが待ってる旧厩舎まで走り出し。

 その後を、項垂れている秋山が干し草用のクワを二本担いで歩き出したのだった。


 END



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