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03


 数日後の教室内。


 ある教師が質問した。

「ドラゴンを見分けられる最大の特徴とはなんでしょうか?」

 と。


 秋山は手を上げた。

「はーい。かっこいい所です」

「廊下に立ってなさい」


 鬼瓦が手を上げた。

「はーい。(秋山は)かっこ悪いです」

「廊下に立ってなさい」


 追い出した二人を無視して教師はため息を吐いていた。

「いいですか、主な違いは鱗と角の形です。殆どのドラゴンはミミズなどと同じ雌雄同体であり、他の生物のように交尾して種を増やすわけではありません。一昔前までは鶏と似た原理だと思われていましたが、それは誤りですね。体内で自らの細胞から子をなすのです」


 三年の誰かが手を上げた。

「ぜんぶDNA検査で分かるんじゃないんですか?」

「良い質問ですね。それがドラゴンの面白いところで、成長していく段階で遺伝子は別物になり姿形すらも似ていなくなってしまうのです。それが世界中のドラゴンの個体差が複雑化している理由です。唯一、過去を判断できる材料が鱗と角の形状というわけです。鯉の模様と似ていますね」

 

 そう廊下に立たされている秋山と鬼瓦の二人にも教師の声が聞こえてきた。

 どうやら本当にフザけただけと思ったらしい。


 秋山と鬼瓦は授業を邪魔するつもりなどはなかった。ただ、牛が殺されて以来、こうやってコッソリと授業を抜け出しては校内を見回りをするようにしていた。ドラゴン科の人間に話せば他の人間も授業をサボってやると言い出しかねないので黙ったままやることにしたのだった。


 ただ、本当なら秋山一人だけのつもりだったが。

 隣には小さな鬼瓦がヒョコヒョコ付いてきていた。


 二人は揃って歩きだす。

「……畜産の娘が授業サボっていいのかよ」

「アンタだってサボってるじゃない」

「俺は良いんだよ。俺の両親は普通のサラリーマン。外様だから。でも、お前は跡取りだろ」

「関係ない」

「低い成績で卒業したら親御さん悲しむぞ」

「別に両親のためにここに来たわけじゃない。私は私のやりたいようにやるだけよ。今はこのムカつく犯人を取り押さえたいだけ」


 警察に止められようがなんだろうが鬼瓦はマジで犯人をぶん殴るつもりなんだろう。秋山は雰囲気だけで察していた。口は悪いが、本当のところ誰よりも畜産について熱すぎる気持ちを持っているのは鬼瓦であった。


「……その犯人についてなんだが、本当にやるのか? 下手したらお前が警察に捕まるぞ」

「やるわ」

「即答かーい」

「生物の命を自分勝手に奪うやつは好きじゃないの。殺したんだったら責任もって食べなさいっつーの。あ、もちろんお金を支払ってね」

「そうか」

「ええ」

「だったら一つお前に頼みたい事があるんだが」

 と、秋山が言いかけたときだった。

 近づいていた旧厩舎の方角で変な音がしたのだ。


 二人は何も言わずに同時に走り出していた。

「犯人かしら」

「かもな」

「さっき何を言いたかったの?」

「たいした事じゃない。後でな」


 ガラッと激しい音を立てて扉を開けると、そこにはいつもの様に寝ているドラゴンの姿が二つあった。その他に異変はない。唯一、気にしなければならなかったのは強張った顔をした一年の平野が立っていた事だった。あの夜、ふて腐れた態度で飛び出していった彼が、今日の作業は終わっているというのに旧厩舎で何をしているのだろうか。


 二人は訝しんだまま近寄っていく。

 その間、平野は呆然と立ったまま動かなかった。

 手には紙切れを握りしめていた。

 そこには赤い文字で。 


 『ドラゴン殺し』


 と書かれていたのだった。

 それに気がついた鬼瓦の目の色が変わった。

 コイツが犯人だと直感したのだ。もしそのクスリを散布されたら、この瞬間にでも本当にドラゴン達が殺されてしまうかもしれない。早く犯人を取り押さえないといけない。理解した鬼瓦の拳が固く握られた。


 闘争本能にスイッチが入ったのだ。 


 体躯は小柄であり、圧倒的に筋肉が劣る鬼瓦が男性を一撃で沈めるのは難しい。だが、ピンポイントで相手を狙える技と目があるのなら、これほど強い武器は人の体には存在しない。回転踵下段蹴り、ヴァレリーキックの名前で知られているカカトで相手の脆い箇所がある膝を粉砕する荒業である。

 とりあえず足腰立てなくしてやる。

 鬼瓦の目が更に鋭くなった。


「待ったぁぁあああ!」

 本当にやりかねないと判断した秋山は、強引に小柄な鬼瓦の背後から抱きついたのだった。できればこれはしたくなかった。だから、秋山は事前に相談しようと思っていたのだ。この前は余裕があったから腰と口を抑える事ができた。しかし今は余裕が無い。余裕が無いのに背後から抱きついて止めるということは……。


「ど、どこ触ってるのよ、ばかぁああああああああああああああああ!」

 意識を失う前、秋山は最後に顔を朱色に染めた鬼瓦からの鋭いアッパーが見えたのだった。手には程よい感触があるなどと言おうものなら三途の向こう側までふっ飛ばされるかもしれない。末代までの秘密にしようと秋山は心に決めたのだった。



「って、気絶している場合じゃないな」

 三分後、倒れていた秋山は体を起こした。

「お前はカップラーメンかよ」

「今は平野だろ」

「平野はそこにいるでしょ」

 見ると一年の平野は申し訳なさそうに目の前に立っている。

「いたのか」

「ずっと居ましたよ、先輩」

「悪い悪い」

 って、なんで助けた俺が謝っているのだろうか。ふと湧き上がる疑問をかき消して、秋山は気になった質問を投げかけることを優先したのだった。それは、なぜお前が『ドラゴン殺し』と書かれた紙を持っていたのか、という点である。


「……こ、この紙は、ここに落ちていたんです。それを偶々見つけました」

 それが平野の言いぶんだった。

 本当っぽくもあるし、嘘のようにも聞こえた。当然、頭に血が上っていた鬼瓦は簡単には信じられなかった。そもそも今は授業中であって本来なら生徒は居ない筈の時間である。それなのに、どうして平野はここにいるのだろうか。


「信用できないわね」

「ほ、本当ですよ。信じてください、先輩」

「だったらなんで、ここにいるのよ」

「それは……」

「ほら言えないんじゃない」


 鬼瓦に強く言われると平野は押し黙ってしまった。

 この小さな子鬼の迫力は秋山も身を持って知っているだけに少し同情にも似た気持ちになった。

 

 冷静に考えれば平野の言いぶんにも一理あるのは確かなのだ。


「……よし、良いやつか悪いやつかは、ちゃんと顔を見れば分かる。平野、お前はドラゴンが好きか?」

 秋山は眼の奥を覗き込むようにしてを質問していた。


「え」

「ドラゴンが好きかと聞いているんだよ」

「……それは」

「答えられないような質問なのか?」

「そ、そんな事はないですよ。好きです。ドラゴン好きですよ」

「じゃあ、お前は犯人じゃないな」


 安直な判断に場を見守っていた筈の鬼瓦が驚きの声を上げていた。

「ええぇえええええええええええ」

「ドラゴン好きに悪いやつはいない」

「ちょ、ちょっと、そんな簡単に決めていいの?」

「簡単じゃない。俺はコイツを信じた。だから犯人じゃない」

「それを簡単って言うのよ! アンタ、バカじゃないの!」


 うるさく鬼瓦は騒ごうとしていたので、秋山はヒョぃっと抱きかかえると口をふさいでいた。

 今度はお腹の辺りにちゃんと腕を通して抱き締めているので殴られはしないだろう。


 まだ、秋山の質問は終わっていなかったのだ。


「で、平野、ドラゴンのどこが好きなんだ?」

「え」

「好きなんだろ。具体的にどこが好きなんだ」

「それは……」


 返事を待たず秋山はまっすぐ言った。

「俺はドラゴンが飛んでいる所が一番好きだ。自由に大きく羽ばたいている所を見るのがカッコイイと思ってる。歴史や経済があるから食肉にされるのは仕方ないが、気持ちだけで言うなら本当ならそれも好きじゃない。せめて農場じゃなくて自由に生きているドラゴンと、正々堂々と対峙して食したい。それが本当の礼儀なんじゃないかって思う時があるよ」

「……」

「そして、俺の夢はドラゴンのレースを復活させることだ。最近のテロや航空事情によって禁止されている地域は多いが何とか復活させられないかと俺は目論んでいる。だってカッコイイじゃないか。大空を羽ばたくドラゴンが何頭も揃って競い合うレースなんて想像するだけで楽しくなるよ」

「……先輩」


 秋山の紛うことなき純粋な気持ち。それを聞いて平野の顔は高調していた。ふて腐れた態度ではなく、まっすぐ、握手をしてきそうな程近い距離まで近づいてきたのだった。

 

 一年の平野は言った。


「お、俺もです、先輩。今みたいに工場でドラゴンがさばかれるだけの所を見るのが辛くて。嫌で。だから授業を抜け出してきたんです。でも、俺だって本当はドラゴンが大好きなんですよ。世界中の色々なドラゴンを見てみたいし自分で育ててみたいんです」

「そうか」

「でも、なんか皆、機械的にドラゴンを処理するのが普通みたいな感じでいるし。そうするのが当たり前みたいな空気があって。今の本当の気持を言えないのが辛くて」

「わかってるよ、平野」

「はい……」

 初めて本心を吐き出して我慢できなくなった平野の眼には涙が薄っすらと滲んでいた。


「ナニコレ」

 開放された鬼瓦は、男二人が抱き合っているような感じに呆れていたのだった。



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