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02


 ドラゴン科に在籍する生徒の朝は早い。


 まず、四時に起床する。

 一日をほぼ睡眠で終わらせてしまうドラゴンが唯一厩舎から出て体を動かしたり羽を伸ばすのが日の出であり、それよりも前から行動し始めていないと厩舎の掃除もままならないからであった。


 ドラゴン科に在籍する数十人ばかりの生徒が一斉に寝床である藁をかき集め。

 汚れを洗い流し。

 また新しい藁を敷き詰めていく。

 という簡単な重作業を、いかに効率よく最短で動けるかが最大のポイントであった。


 しかも、朝飯前からの労働なので大半の生徒は腹ペコで殺気立っている。

 今日も早朝とは思えない鈍い怒号が響き渡った。


「そっちのゴミを早く運べぇ。こっちが進まないだろ」「ちょっと待ちなさいよ。ちゃんとクソ片付けないとダメでしょ」「もう放牧されたドラゴンが帰ってきちまうだろ」「だったらこっちを手伝いなさいよ」「自分の仕事をやるので精一杯なんだよ」「こっちだってそうよ」「なんで遅い清掃当番のヤツの為に時間をムダにしないといけないんだか」「はぁ? そっちの仕事が雑なだけでしょ。雑にやってる奴が偉そうにしないでよ」


「……お、お前ら喧嘩してないで手を動かせぇ」

 東北環境専門学校ドラゴン科、三年の代表、秋山が申し訳なさそうに注意をすると渋々だが皆は作業に戻っていった。

 一見険悪そうな雰囲気に思えるだろうが先ほど表立って言い争っていた二人は恋人同士だった。しかも、朝食を済ませたら普通に仲良くなってしまうので、男女の関係とは秋山には不思議に思えて仕方なかった。


 好きで付き合ってるならケンカなんかせんでええのに。

 と言いたくなるのを秋山はグッと我慢していた。


「そりゃお前が童貞だから分からんのじゃ」

 心を読まれたらしく、隣で作業する鬼瓦の辛辣な一言が飛んできた。


「どどどとどどどどどど」

「分かった。黙れ」

「……はい」

 うなだれる秋山だった。



 午後六時。朝食。男子は汚い格好のまま食べるので食堂の端か地べたに座り、女子はシャワーを済ませてから現れるので中央のテーブルに集まることが多かった。


 午後八時。それまでに仮眠、ゲーム、宿題など個人のプライベートな用事を済ませ、時間になると学校での授業が開始される事となる。主な内容は一般的な教養に農業や畜産の歴史と技術、実施、そしてドラゴンについての生体と歴史などを中心に勉強していくのだった。更に選択科目として獣医や食品などの専門的な職業に必要な知識を選ぶ生徒もいた。


 午後十二時。食堂が嵐と化す。

 午後十三時。授業は全て終了したのだが、それぞれが学びたい所に自由に向かう。

 というのが東北環境専門学校の流れである。


 

 昼飯を済ませた秋山と鬼瓦の二人は、いつも通りドラゴン科がメインで使う教室に戻ってきたのだった。特にする事がない生徒は基本的にここに集まってから、午後の行動を決めることが多かったからだ。

「ちわー」

「あ。秋山と鬼瓦ちーす」

「秋山、後で西側の柵の確認を頼むわ。あの結び目なら野良犬も入ってこないと思うんだけど」

「鬼瓦さん、かわいいスカート買ってきたの。はいてみない?」

 次々とクラスメートが二人に話しかけてきた。


 立場的には他の生徒と変わらないのだが、まとめ役という事で細かい確認の雑務が回ってくるのだった。下手に教師に質問しに行くよりか二人に聞いた方が楽というのもあったが、この二人なら間違った判断はされないという皆からの信頼の証でもあった。

 変な質問も混ざってくるけど。


「……ところで秋山、またこんな紙が厩舎に置かれてたぞ」

 一通りの対応が終わった頃を見計らい、連絡係の柴田が深刻そうに話しかけてきた。それを見ると「ドラゴン殺し」と赤いペンキで書かれていたのだ。以前だったら誰かの悪ふざけだと気にも止めなかったが、そのクスリを実際に使われて牛が三頭も死んでいる今の状況では無視できなかった。


「コイツ何が目的なんだ」

「さあな」

「人騒がせにも程が有るぞ」

「秋山、もう騒がせてるだけじゃないじゃん。実際に牛が死んで警察も動いてるんだから」

 と軽くローキックをしてくる鬼瓦。

「ゴメンゴメン、そうだった」

「アンタは甘いのよ」


「とにかく、そんな紙が誰にもバレずに置けるって事は、この学校の関係者が犯人かもな」

 他の人間には聞こえないよう連絡係の柴田はヒッソリと呟いた。

「んー」

「どうした、秋山?」


「俺は仲間を疑うようなマネは好きじゃない」


「そうは言っても実際に……」

「でも好きじゃない。もし仲間を少しでも口に出して疑いたいなら証拠を先に用意するのがスジってもんじゃないか。回りのヤツに疑いだけ広げてもしょうがないだろう」

「……確かにね」

 秋山の一言を助けるように鬼瓦は頷いていた。疑心暗鬼な状態をわざわざ身内から作り出す必要はなかったし、既に警察の捜査は始まっているのだから後は専門家に任せておいた方が良いに決まっていた。この話しを聞いていた他の生徒たちも「そうだ」と頷いてた。


「べ、別に仲間を疑えって言ってるんじゃなくて、俺は牛に『ドラゴン殺し』のクスリを飲ませたやつを捕まえたいだけだよ」

 ただ、連絡係の柴田は納得がいっていない様子だった。彼の実家は小さな牧場を経営しているだけに被害にあった人達の気持ちがより理解できるのだろう。怒りの強い感情が目からでも伝わってきそうであった。去っていく最後までブツブツと文句を口にしていた。


「それより一年の平野はどこにいる?」

 秋山はザッと教室の中を見渡し、集団の和とは別の所に座っていた彼の所に向かったのだった。

「なんっすか、先輩」

 平野という男の目はドンヨリと曇っていた。昼メシを食べた後だからではない。全身から溢れる気だるさを隠そうともせず、話しかけてきた人と視線すら合わそうとはしていなかった。


「……平野、おまえ昨日のドラゴンを移動させた時、ちゃんと便を集めなかっただろ」

「全部集めましたよ」

「いや、少し車道からそれた所に残ってたぞ」

「道の中央じゃないっすよね。なら別に良いじゃないですか」

 一年平野のふて腐れたような態度に鬼瓦の方が先に怒りだそうだったので、秋山は慌てて背後から手で口を塞ぐようにしてギュッと抱きしめたのだった。ついでに小柄なのでそのまま持ち上げておいた。


「糞を残しちゃダメに決まってるだろ。道路を使う他の人に迷惑がかかる」と秋山。

「迷惑ですか?」

「ドラゴンは基本的に雑食だ。草食類と違って便には油や他の成分も混じりやすい。そんなのが凍ってみろ、そこを通行した自転車や車がスリップする可能性だって高くなる。溶け出したら溶け出したで不衛生にもなる」

「う……」

 正論を口にされて何も言い返せないのか、一年平野は押し黙ったまま椅子から立ち上がっていた。そして、逃げ出すように何も答えずに教室から出ていこうとしたのである。

「あ。平野」

「分かってますよ。今から行ってきます。それでいいでしょう」

 平野からは、もう何も言うなという雰囲気がヒシヒシと感じられた。とても注意された人の態度ではなく、牛が殺された状況と重なって教室内の空気は重苦しいものに変わっていったのだった。


 すると、それを察した一人の女子生徒が皆に頭を下げていた。それは両親が加工食肉会社を経営している天野サキであった。先程の平野の幼馴染でもある。

「……平ちゃんが失礼な態度を取って、すいませんでした。私も平ちゃんと同行していたので同罪です」

「いや、天野はドラゴンの誘導係だろ。便は後ろの人間が処理するんだし悪くないさ」

「私たちには班としての責任もあると思います。平ちゃんだけが全て悪いという事は……」


「まあ、別に俺は平野だけを悪者にするつもりはないよ」

「え」

「誰だって機嫌や調子の悪い日はあるだろうさ。毎日完璧にやれなんて俺は思わないね。しかも、こんな時だから特に誰かを悪者にしちゃいけないんじゃないかな」

「……すいません。ありがとうございます」

「いや、気にするな」


 秋山の良識的な判断を聞いて天野は少し涙目になっていた。

「ありがとうございます。ただ、本当に」

「……」

「平ちゃんも悪気はないんです。先輩や皆さんのこと、本当は尊敬しているんです。昔は少なくてもそうでした」

「むかし?」

「はい。昔はドラゴンが大好きだったんです。どうも平ちゃん、今のドラゴンの境遇が嫌みたいで」

「あー……」

 

 秋山を含めた三年生たちは天野の言いたいことが直ぐに理解できていた。ドラゴンという名前の付く学校に来ると、現場の酷い現実を知ってしまって嫌気を溜め込んでしまうようなタイプが毎年数人はいたのだ。物語や伝説でのイメージが良すぎるのかもしれない。


 皆も同じような経験があるだけに、平野の気持だけは理解することができていた。

 三年生は誰しもが愚痴りだす。


「そういや俺もここに来た時は本物のドラゴンに会えるってだけで興奮したなぁ」

「そうそう。んで食肉可能されてると知ってガッカリしたっけな」

「しかも程度の低い魚肉ソーセージ以下」

「昔は競馬みたいなレースもあったらしいけど危険とか騒がれて、今やドラゴンを食肉以外で取り扱うのは一部の動物園のみ。それも珍しいか綺麗なヤツだけだ」

「まあ、肉の価値は低いからな」

「牛が約2年で700キロ成長して、豚は8ヶ月で100キロ、海外産の安いやつだとホルモン注射でそれよりも多く太るし」

「早い大量生産には勝てないよ」

「ドラゴンは出荷できるようになるまで最低3年だからな。採算はあわないな」

 

 教室内はシーンと静まり返ってしまった。

 普段は勉強に取り組むため考えないようにしていた先の見えない産業事情を、いま全員が思い出して暗くなってしまったのだった。ただでさえ愉快犯みたいなヤツに狙われている状況でクタクタに疲れているというのに、この儲かりにくいという現実は想像以上に全員の肩に重くのしかかっていたのだった。


 ただし、一人を除いて。


「お前ら、すぎた事をいつまでも言ってんなよ」

 東北環境専門学校ドラゴン科、三年の代表、秋山だった。成績は中の上、問題行為も多いが、その責任感と前向きな性格を買われて代表に選ばれたのだ。


「確かにドラゴンの肉は売れてない。

 ただ、食肉加工されるようになったのは殆ど戦後の話しだろ。

 まだ品種改良が進んでいないだけさ。

 それに、もっと良いドラゴンを育てるためにお前らはこの学校に来たんだろ。今の酷い現状は今の大人が作ってるんだよ。いま大人じゃない俺達が酷い現状を見て未来を勝手に諦めるなっつーの。俺達が良くすればいいだけだろ。

 例えば、イチゴの品種改良を初めて一年で優勝した人だって現実にはいる。お前個人がやりたくないなら、やりたくないと言えよ。理屈を語って他人の夢にケチ付けるんじゃねーよ」


 シーンと。

 秋山の言葉を聞いて教室は静まり返っていた。

 ただし、先ほどとは意味が少し違う。確かに何もせず愚痴るのはよくないと、自分に嫌気が差したのだろう。三年生たちだけではなくドラゴン科に籍をおく殆どの人間は再びやる気になっていた。

 全員の目に光が灯っていったのだ。


 そんな時、ふと一年の天野が心配そうに呟いた。

「……ところで秋山先輩」

「なんだ?」

「さっきから鬼瓦先輩がグッタリとして動いてないんですが」

「ああああああああああああああああああああああ。忘れてたぁぁぁあああああああああああああ」

 ずっと口をふさがれたまま抱きかかえられていたので呼吸ができなかったのだった。

 鬼瓦は完全に白目を向いていた。


 この後、何とか意識を取り戻した子鬼から、強烈なボディーブローを一発もらったのは致し方ない話なのであろう。皆の眼を輝かせるも、秋山自身の目からは光が消えていたのだった。



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