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01

 

 ドラゴンが人間の手によって飼育され出して、一万と三千年。


 その歴史は犬をペットとして飼いだした時代よりも少し後と記されてる。



 ※


秋感が漂う午後の頃。


「うー、今日は冷えるなぁ」

 東北環境専門学校ドラゴン科、三年の代表、秋山は校舎から出ただけで涙目になっていた。

 ぶ厚い防寒着の下にはヒートテックを二枚も重ね着しているというのに、それでも今年の寒さは骨にまで響くようであった。


 いっそ、七味唐辛子を靴下にふりかけてみようかと悩んでしまう。

 これは昔から伝わる防寒であり。

 お金をあまり使わず体が暖かくなるので金のない学生には助かる方法ではあった。



「……でも、それやると足と靴が臭くなるんだよなぁ」 


 いくら寒さの前ではオシャレなど二の次になる東北地方だとしても。

 もし足が臭いと数少ない農業系女子にバレた日にはショックで寝込んだとしても不思議ではない。

 特に学校を卒業後も地元に残る人間としては変なウワサは後の結婚にまで響きかねないのだ。


 流石に生涯独身という文字は秋山にとって重かった。



 すると、秋山の隣を歩いていた、同科補佐、三年の鬼瓦シズエから口の悪さが飛んできた。


「……つーか誰がアンタの足の臭いなんて嗅ぐのよ。そんな心配必要ないでしょ。バカなんじゃないの」


 身長140センチと、かなりの小柄な体型である。

 ただ、親子三代は続く由緒正しいドラゴン畜産農家の一人娘。

 空手も嗜んでいる事からその迫力は凄いものがあった。

 男子たちからは影で小鬼と呼ばれているのは秘密である。


 秋山は言う。


「でもさ、もし俺を好きな女性がいたとして、足が臭かったら幻滅するかもしれないだろう」

「ないわね」

「いやいや、可能性は常に無限大だよ」

「なら誰よ」

「え」

「この畜産農家の集まりの学校で女子なんて全部あわせても十人ちょっとよ。具体的に誰か思いつかないのなら、具体的な心配なんて必要ないでしょ」


「むぅ」

「むぅじゃないわよ」


「お、おまえ相変わらず心のない一言を言うやつだなぁ。漢の気持ちってものが分からないのかよ」

「ふん」

「もしかしたら誰か好きになってくれるかもしれない、という思いが大切なわけじゃん。それがあるから今日を生きていける、俺」

「ムリね」

「えー」

「思いというか、まず女子が先に惚れてくれるかもしれない、って考えの所がアンタの思い上がりなのよ。自分から女に惚れさせるぐらいの行動とりなさいよ。行動もとってないのに嫌われる心配してるんじゃないわよ」

「……えぇぇ、そこ突っ込むの? 俺の心をズタズタにするつもり?」

「そうね。ズタズタなのは今の服装だけで十分だったわね」

「お前は鬼や。鬼の生まれ変わりや。なんで、そこで追い打ちかけられるのよ……」


 肩を落として炉端を歩く秋山と楽しそうにテクテクと歩く鬼瓦。

 もう太陽が沈みかけていく時刻なので、虫や動物の音は今日の寒さに飲み込まれてしまっていた。生物の気配はない。風によって震える木々の泣き声だけがこだましていた。遠くの方で、唯一、畜産の授業が終わった学生たちが数名、道に残ってる牛のフンをスコップですくい上げては猫車で運んでいる所が見えていた。飼育している動物を移動させた後のよくある光景であった。


「……そういえば、もう厩舎の消毒は終わったのかしら?」と鬼瓦。

「産廃は昨日の内に出したし、清掃業者さんは午前中に来てたからもう終わってるだろ。連絡してから昨日の今日で来てくれたんだから感謝感謝だな」

「まあね」

「の、割には納得してないお顔だね」

「当たり前よ。私がムカつくのはこんなマネをした犯人よ。ほんと、どこのどいつがクスリなんて運んできたのかしら。もぅ、マジでムカつくわー」

 小さな鬼瓦は今にも犯人に噛みつきそうなほど怒っていた。


 それは、ほんの数日前のデキゴトである。

 東北環境専門学校の管理下にある牛舎から三頭の雄牛が死んでいるのが発見された。

 あまり過去に例がない死に方だったので国に連絡したところ、安全をチェックした保健所から特殊なクスリが少し撒かれているという報告があったのだった。


 そのクスリの名前は、ドラゴン殺し。


 いわゆる牛やブタを早く太らせるために使うような肥育ホルモン剤の一種なのだが、あまりに強烈な効き目なので他の生物には毒にしかならず。ドラゴンにも、脳の萎縮が現れて感情が奪われるという酷い副作用が出るクスリなのであった。

 ゆえにドラゴン殺しと一般的には呼ばれていた。


 そのクスリが誰かによって散布された痕跡を発見した、と警察から報告されたのだ。


 動機についてまではまだ分からないらしい。

 自分たちが育てたものが他人の手によって壊されてしまう、この事実は畜産や農業に関わる人間なら鬼瓦ではなくても怒って当然だった。しかも、ドラゴン殺しを使うなんて、ここにケンカを売ってるとしか思えなかった。


「ま。お前が怒る気持ちも分かるよ、鬼瓦。だから、今回は学校側も重く考えて監視カメラの導入を検討してくれてるだろ」

「それじゃあ遅いのよ」

「この学校は何ヘクタールあると思ってるんだよ。東京ドーム三十個分の敷地だぞ。その中には山も川もあるし、全部を網羅するのは不可能だよ」

「私の気がすまないのよ」

「まさかぶん殴るとか言わないよな。仮にも君は女の子よ」

「なに言ってるのよ。私は人をぶん殴るために空手やってんだもん」

「わーお。すげぇ事言うな」

「空手をやってる殆どの人はそうだと思うわよ」

「すげぇ偏見だな」

「まあ見てなさいよ~」


 犯人を捕まえようと一人で燃え上がっている鬼瓦と共に秋山は厩舎の見回りを続けていった。人の足で確認できる範囲などは限られているが、それでも生徒たちは協力して寒い中でも監視するために努力を惜しまなかった。いつもよりも余計な仕事が増えて、きつい事はきつい。


 それは事実だろう。


 ただーーー


 見回りを終えた秋山と鬼瓦の二人は、最後に煌々と明かりが灯っている木造の旧厩舎に足を運んでいた。戦前に建てられた古い建物だったが、その広さは一つの小さなビルが収まってしまうほどの巨大な空間であった。


 彼らはそのど真ん中で寝ていた。

 満足そうなイビキと低音の唸り声が響き。

 寝相が悪いからから、時々、折りたたんでいる翼を天井にまで広げていた。

 その旧厩舎では二匹のドラゴンが幸せそうに寝ていたのだった。


 件の事で仕事が増えたので辛いことは辛い。

 ただ、こいつらを守るためなら頑張れる。

 無言のまま秋山と鬼瓦は暫し入り口で足を止めていたのだった。




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