どうして私は生まれてきたの
愛した人には捨てられた。
信じた友人には裏切られた。
大切な家族はもういない。
「どうして・・・どうして私は生まれてきたの。」
誰も答えてはくれなかった。
今だけは自分が世界で1番不幸な気がした。
女は空に笑いかけ・・・落ちていった。
誰も女の生きる意味に答えないまま、女は長いような短いような一生に幕を閉じた。
女は暗い暗い所にいた。僅かな明かりさえなく、何も見えない。
自分がどこにいるのかも、どうなったのかも分からないまま、ただただ暗い部屋で膝を抱えた。
何日も何十日もたったような気がした。
ここが地獄なのか、そんなことを女は考え始めた。
何日も何日もたった気がした。
もしかしたら、数時間だったのかもしれない。
それでも女には、とても長く感じた。
体を動かすことも叶わず、周りは暗く、ここから出ることも出来ない。
しかし、本気でここから出ようとしないのは女が外の世界に希望など残していないからだろうか。
何年も何日も何時間も、たったようなある日、光がさした。
「やぁーっと生まれたわぁ。これでまた稼げるわ。」
久しぶりの光のある世界。
眩しくて目を開けない中、女は産声をあげた。
私は奴隷。生まれてすぐに親に売られたらしい。
「よし。今夜はお前だ。」
「はい、ご主人様。」
今日は私がご主人様にお声をかけられたから私の番。
ご主人様の使用人達が私の体を綺麗にしてくれる。
「お待たせ致しました。」
「早くこっちに来い。」
「はい、ご主人様。」
私達はご主人様の『もの』
『もの』なら『もの』なりの扱いがある。
ご主人様には奥方様もお妾様もいる。
ご主人様は彼女達をとても大事にされる。
だから、私達のような『もの』が必要。
ご主人様はいつものように私の体に触る。
ご主人様はいつものように私を嬲る。
ご主人様はいつものように私を放す。
ぐちゃぐちゃにされた体を全力で動かし、私は部屋を出ていった。
「どうして私は生まれてきたの・・・。」
呟いても、誰も答えてはくれなかった。
「え?アレを買いたい?」
「ええ。あなたの提示する価格でよろしいので、譲っては頂けませんか?」
「いいですとも!ですが、アレは中古ですよ?あなたともあろうお方ならもっといい買い物を他所で出来るでしょうに。」
「あの子じゃダメなんですよ。」
私のご主人様は変わった。
“旦那様”と呼ぶように言われた。
新しい環境で多少は不慣れだろうが、私のやることは変わらない。
そう思ってた。
私は旦那様に、今夜部屋に来るようにと呼ばれた。
旦那様の使用人らしき人達が私の体を綺麗にし、渡された服を着て、旦那様の部屋の前まで連れてこられた。
「失礼致します。旦那様。」
「待ってたよ、こっちにおいで。」
旦那様が私を優しく自分の傍に呼んだことに少し驚いたが、そういうのが好きなお方なのかと思った。
「怖いかい?」
「いえ、何も。」
「そうか。」
旦那様はそれだけ言うと横になられた。
そんな旦那様に私はいつものように擦り寄った。
「そんなことしなくていんだよ。」
「えっ・・・?」
「ほら、来なさい。」
旦那様はそう言うと、私を抱き締めたまま寝息をたてはじめた。
こんなことは初めてでどうしたらいいのかわからなかった。
旦那様がどうしたいのかもわからなかった。
久しぶりに触れた優しさが、よくわからなかった。
わからなかったけど、何故だか涙が出た。
私はこの家に来て初めての晩。
旦那様の腕に抱かれたまま、そのまま夢の中に落ちていった。
何の夢かは思い出せないけど、懐かしい夢だった気がした。
旦那様は毎日のように私を部屋へ呼んでは、抱き締めながら寝た。
どうして抱き締めながら寝るのか、それ以外には何もしないのかは私にはわからなかった。
何年も月日がたったが旦那様は変わらなかった。
毎日のように私を優しく抱き締めながら眠りについていた。
夜にお部屋に呼ばれる以外では旦那様との接点はなく、私の仕事もこれといってなかったが、旦那様のお屋敷での生活は幸せだったと思う。
「おやすみ、いい夢を。」
「おやすみなさいませ、旦那様。」
旦那様は今日も私を優しく抱き締めながら眠っていった。
旦那様の温もりを感じながら、私は旦那様の腕のなかで眠りに落ちていった。
「どうして私は生まれてきたの。」
誰も答えてはくれなかった。
涙が頬を流れていく感触がした。
旦那様が目を開くことは、もうなかった。