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日の光届かぬ鬱蒼した森、「悪夢の森」はこの夫婦をその悪意に飲み込まんとしていた。
「しかし、嫌な予感しかしない森だな・・・化け物しか住んでないんじゃないのか?」
「ふふ・・・怖がりですのね。でも、確かに気味の悪い空気を感じます。これがこの森の正常な状態なのかしら?テレーズ様のおっしゃっていたような、気高いエルフが住んでいるとは到底思えませんわね。」
あのツンデレ領主様の話しによれば、エルフってのは俺達の持っているイメージに近い存在だった。
美しく誇り高い、若干高慢な性格を持つ種族。まさにザ・エルフ・・・
「ま、もっと奥地まで行けば、聖域とかがあったりするんじゃない?」
「そうなのかもしれませんわね。それにしても、ドラゴンはどの辺りにいるのかしら・・・あなた、出番ですわよ。」
「はいはい、じゃ~・・・こっちの方向で。」
「ええ。(・・・本当に、さすがの直感ですわね。悪しき空気を感じる方角、これは当りで間違い無さそうですわ。)」
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「はぁ・・・はぁ・・・クソッ・・・」
不味い・・・こんな事になるなんて・・・・
「待って・・・兄さん・・・」
「リーンベル!辛いのはわかる!でも今は死ぬ気で走るんだ!」
「・・・うぅ・・・どうして・・・」
若きエルフの兄妹は死にもの狂いで森を駆ける。
一刻も早くこの場から逃れねば、小さき二つの命は、今にもその瘴気に犯されんとしているから。
「ッ!・・・?止まって、前に誰か・・・いる・・・」
あれは、人?・・・こんな時に!・・・・
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「あら?前から何か・・・エルフ、かしら?」
ん?・・・ホントだ。わ~・・・すっげえ美形。
てか耳長!やべぇ!生エルフ!女の子の方、超可愛い!
「エルフじゃん!本当にいたんだな~。」
「おい!人間!お前達こんな所で何をしている!」
女の子を庇うように、こちらに威嚇してくる青年。
「何してるって・・・えっと、ドラゴンを討伐しにきた!」
「何!?嘘を言うな!!」
嘘じゃねぇよ・・・
「事実ですわ。あら?後ろの子、怪我をしていますわよ?」
言われてみれば・・・てかなんだアレ?黒い靄みたいなのが二人の先から・・・・
「!?くッ!お前達もここから離れろ!瘴気が来る!」
瘴気・・・?あの靄の事か?
「イリス・・・よくわからんけど、あの靄なんとかなる?」
「・・・・試してみましょう。」
妻の取り出したるは、それをこの目にするのは二度目となる神槍。
「あ~君達。ちょっと俺達の後ろに下がってなさい。巻き込まれちゃうぜ?」
「一体何を・・・」
言ってる最中に神槍は、徐々にその輝きを増していく。
「10秒待てイリス!だああ、もう!ほら!いいからこっちおいで!」
慌てて駆け寄り、二人を両脇に抱え、イリスの背後に戻る。
「ひゃッ・・・」
「おい!妹に触るな!!」
バシバシッ!
こらこら坊主、人の顔をそうむやみに叩くもんじゃありませんよ?
「いいぞ!」
『ハヴァマール!』
キイイイイン・・・・・・・ゴッ!!オオオオ・・・・・
「は?・・・・」
「え?・・・・」
力をセーブしたのかな?こないだよりは派手じゃな・・・うん、気のせいか・・・・
森林破壊で訴えられませんかね?靄だけじゃなく割と色々消し飛びましたけど・・・
「ん・・・対処完了ですわ。」
「お見事。」
イリスさん久々の誇らし顔です!やっぱり君が一番可愛いよ!!
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「お前ら一体なんなんだ・・・」
「人に尋ねる前にって言葉を知らないのかねぇ。俺はツヨシ、こっちは妻のイリス。「エルロンド」って街からドラゴンを討伐しに来た。そっちは?」
「な、なんで教えてやる必要が!」
「兄さん?この方達には、多分お話しして大丈夫です。助けていただいたんですから。」
「ぬぐ・・・、わかったよ。僕はカイム、こっちは・・・」
「妹のリーンベルです。助けていただいて本当にありがとうございます。」
「どういたしまして、リーンベルちゃんは良い子だねぇ、是非そのまま大人になりなさい。」
「?・・・ありがとうございます。あの!痛ッ・・・」
「リーンベル!」
「大丈夫です・・・。」
おっと、怪我を放っておいちまった・・・
「イリス、お願い。」
「ええ。『ヴェルスパー』。」
「え?きゃッ!」
「うわッ!」
宝玉の輝きに視界を奪われる二人。
「これは・・・傷が・・・!」
「治りました・・・。痛く・・・ありません。」
「魔法さ。」キリッ
「嘘だ!人間が僕達エルフの知らない魔法なんて使えるわけない!」
やべ、魔法使いで通そうと思ったのに・・・
「あなた・・・。」
ごめん、調子のった。反省。
「悪い悪い、あのな?俺達は・・・・・」
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「女神様に、転生者?・・・嘘もいい加減に!」
「待て待て、これは嘘じゃねぇよ。イリスの力、見ただろ?」
下手な嘘をつくのはやめましょう。信頼を失います。
「う・・・、そうだけど。」
「悪かったって、話をややこしくしたくなかっただけだよ。」
「兄さん?もうツヨシさんは嘘は言ってないと思います。」
リーンベルちゃん・・・決めた。イリスの次に、この子を守ろう、何が何でも全力で。
「まったく、困った旦那様ですわ。それで、あなたたち?今のこの状況を説明してもらえないかしら?私達はついさっきこの森に入りまして、まだ事態を把握しておりませんの。」
「は、はい!えっと・・・何からお話しすれば・・・」
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「屍の龍、ですの?」
なるほどね・・・ドラゴン【ゾンビ】ときたか。
「うん・・・。僕達は聖獣様にご飯をあげに来たんだ。そしたらいつもの聖域にいなくて、辺りを捜してる途中で・・・・。」
「出くわした、と。」
「はい・・・。」
聖獣様ってのはグリュフォーンの事だろうな。
つまり、討伐目標のドラゴンが何故かゾンビ化し、森を荒らしまわっていて、聖獣様は俺達と遭ったあそこまで逃げてきちゃった、と。
で、この子達は運悪くゾンビと遭遇、命からがら俺達と合流したわけか。
タイミングが良いのか悪いのか、俺の運の影響じゃない事を祈りたいね・・・
「なるほど、理解出来ましたわ。意外と簡単な話でしたわね。つまり、その屍を滅してしまえば良いのでしょう?」
「良いのでしょう?て、そりゃ良うございますけれどさ。」
もうイリスのこの感じは楽勝ムードかな?ドラゴンって結構強いよね?しかもゾンビだよ?
「なら、早急に片付けてしまば良いのでなくて?あなたたち、案内してくださらない?」
「イリス様!それは無茶です!さっきの槍はすごかったですけど、あんな恐ろしい魔獣・・・」
あれ?イリス様?俺の事はさっきツヨシさんだったよね?リーンベルちゃん?
「そうだよ!確かにイリス様はお強いけど・・・危険すぎる!」
こっちもか・・・そりゃね?初めて会う人はそうなるよね・・・
今まで認めたくなかったけどさ・・・「ヒモ」じゃん?俺。
「問題ありませんわ。ドラゴン程度、何十匹と殲滅してきましたもの。」
俺がちょっぴり心にダメージを負ってる時に、嘘か真か、そんなセリフを言ってのけるマイハニー。
「嘘・・・、でもイリス様なら・・・。」
嘘だ!にならないのね・・・お~い、俺もいるよ?
「大丈夫。私に任せておきなさい。さあ、行きますわよ?」
「「はい!」」
女神の威光はエルフにも通ず。あ、置いてかないで~・・・
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グルルルル・・・
「あれです・・・。」
「・・・口から瘴気が漏れていますわね。先程のアレは息吹だったのかしら?」
黒い巨躯、所々爛れた鱗から覗く骨、動くたびに周りの木々を枯らし、徘徊するソレ。
「うわ~・・・気持ち悪い。っていうか臭い・・・。」
シティボーイには刺激が強いぜ。
「なら、あんたはこのまま隠れてなよ。」
この坊主・・・
「へいへい。で、どうするイリス?」
「先程とやる事は変わりませんわ。・・・黒鱗ってどれかしら?」
黒鱗?・・・・ああ!依頼の証!忘れてたよ・・・・
「・・・ああ、爛れてない綺麗なヤツを適当に持って帰ればいいんじゃない?じゃ、ひとつよろしく。」
「はい。」
スタスタと普通に近づいていくイリス。
こちらに気付くドラゴンゾンビ、咆哮をあげ襲いかかってくる!
「その息は臭いますわ。さっさと散りなさい・・・・」
「『ハヴァマール』!!」
ゴオ!・・・・・
貯めなしビーム!はい、さような・・・は?
ボン!
神槍の神威は放たれ、屍の龍は滅した・・・が、死体が爆散し辺りに死をまき散らす。
ちょ!こっち飛んでくる!・・・ん!?
「リーンベルちゃん!危ねえ!!」
「え・・?きゃあ!・・・」
ボトボトバチャバチャ・・・シュー・・・・
マジかよ、地面、溶けてんぞ・・・・
「リーンベル!」
クソッ!・・・マズイ!当る!!
「・・・おおおお!!」
夢中で駆けだした。
「オラァ!!」
飛来する死の肉片を全力で殴り飛ばす・・・
ジュ・・・ッッ痛ぅ!痛・・・・ってぇ・・・
殴りつけた時に欠けた破片が、その身に降りかかる。
「ツヨシさん!」
「・・・・よお、リーンベルちゃん、間に合った・・・かな?当って・・・ない・・・よね?ラッ・・・キー・・」
イリス、悪い・・・早めに回復よろしく・・・・
「・・・・あなた!・・・・」
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「まったく・・・焦らせないでください。ヴェルスパーは死者には効きませんのよ?倒れられた時は、肝が冷えました。」
「ごめんごめん、もう夢中でさ。あはは。」
「笑いごとじゃありませんわ。本当に・・・」
いやまぁ、さ。嫁がいるとはいえ、やっぱ女の子は守らないとね。
「・・・・・・・・・でも、格好良かったですわよ。」
「ん?」
「なんでもありません。それにしても、迂闊でしたわね。中途半端に威力を殺した結果、ああなってしまうなんて・・・」
「あ~、まさか爆発するとはねぇ。これはしょうがないでしょ。」
「いいえ、全力で消滅させるべきでしたわ。」
いやぁ・・それはどうでしょうか・・・どのくらい消し飛ぶかわからないじゃん?
「まあ、でもハヴァマールで良かったんじゃない?グリームニルだと、イリスに被害が出たかもしれないし。」
「あの!!」
「ん?ああ!リーンベルちゃん。無事だった?」
「は、はい!大丈夫です!!その、ありがとうございました!!」
「どういたしまして。無事なら良かったわホント。」
「はい、あの!お兄様こそ大丈夫ですか?どこか痛いところとか・・・」
お兄様?おいおい、カイム君怪我したの?ごめん、リーンベルちゃんしか見てなかったよ。
「カイム君も怪我したの?」
「え、僕はしてないけど・・・」
「兄さんの事じゃありません!お兄様の事です!!」
誰だよ、お兄様・・・まさか・・・俺か?
「この子、回復している時、ずっと隣におりましたのよ?何やら不思議な光を手から放ちながら。ふふ・・・少々妬けてしまいますわね。」
「へぇ・・・回復の魔法でもかけてくれてたのかな?ありがとう、リーンベルちゃん。」
「そんな、私の力なんて・・・。」
わぁお、頬をほんのり染めちゃって。
いやぁ・・・イリスとはまた違った可愛さだこと。
「いやいや兄ちゃん、少しとはいえアンデットドラゴンの躯を浴びたんだよ?普通なら呪いで即死なんだけど。」
「うえ!?そうなの?」
「うん。リーンベルがかけてたのは浄化の秘法。エルフにしか使えないから、人間の魔法使いじゃ知らないはずだよ。」
マジかよ・・・下手すりゃ即死でござった。
「そっか・・・本当にありがとうね。」
なでなで・・・
「「!?」」
「あ・な・た・・・!」「・・・はぅ・・・。」
え、二人とも何その反応。
え?イリスさん?麗しきお顔が、見たことない表情になってますよ!・・・
リーンベルちゃんも綺麗なお顔が真っ赤っかで・・・・
「えっと、僕も話しに加わっていい?」
ウェルカムだ、坊主。
妹助けてやったろ?今度は俺を助けろ。出来れば、今すぐ!
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「あったよ~!ドラゴンの黒鱗!」
経緯を話し、二人にも証の捜索を協力してもらう事にした。
リーンベルちゃんは何故か俺の傍を離れんのだが・・・
イリスがちょ~っぴり不機嫌なのよね、今もちょっと離れたとこ行っちゃったし・・・そんな所も可愛いよ、ハニー。
「ありがと。助かったよ。」
「いいって、むしろこっちのがたくさん助けられてるんだからさ!」
坊主。素直になれば良い子じゃないか。あ、そうだ・・・
「なあ?カイム君。リーンベルちゃん。君達、「月光の雫」と「精霊の涙」って知らない?」
「え、なんで兄ちゃんがソレ知って・・・」
「お兄様?その二つ宝石は、悪夢の森の最深部にある「月影湖」の畔に、そして私達エルフの隠れ里の秘宝としてそれぞれ存在しています。」
「おい、リーンベル!」
「大丈夫です。お兄様達、特にイリスお姉様は略奪者には見えません。」
たいした信頼だね。悪い大人に騙されないか心配だわ。
「そうだけど・・・」
「お兄様?どちらでそのお話しを?」
「・・・ああ、実はね・・・」
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「へぇ~、兄ちゃん、カッコいいじゃん。でも一人で集められるの?」
「うっ・・・それを言われちゃうとな~・・・」
「ふふ、「精霊の涙」を手にするのはとっても難しいですよ?」
秘宝だもんね。素材、代えられないかなぁ・・・・
「いいなぁ・・・イリスお姉様・・・」
「何がですの?」
「ひゃ、お姉様!おどろかさないでください!」
「驚かしたつもりはないのですけれど・・・なんのお話でしたの?」
「い、いえ。イリスお姉様は本当にお兄様に愛されているんだな、と・・・」
ナイス!良い機転だ!リーンベルちゃん!!
「あら・・・ふふふ・・・。ええ、それはもう。紛うことなき事実ですわ。」
「む~・・・」
ふてくされないで!さっきの秘密にしててね!お願いだから!!
「はぁ・・・。ん!(あきらめません!エルフの女は強いんです!お嫁さんがダメなら・・・。)」
「そういえばイリス、随分遠くまで行ってたんだな、何してたんだ?」
「いえ、少々掃除を・・・・」
掃除?
「あの~兄ちゃん達?そろそろここ離れない?ちょっと死臭がキツイんだけど。」
カイム君、君は君で空気が読めるね。坊主からカイム君に昇格してあげよう。
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「魔王様!一大事でございます!!」
「何事じゃ騒がしい・・・妾は今、この子豚と遊んでおるのじゃ、邪魔をするでないわ。」
「・・・ブヒィ・・・ブヒィ・・・うう・・・・」
魔王はこの青年がお気に入りである。
一体何人目の玩具か・・・彼に明日は約束されていない。
「失礼しました!申し上げます、かのアンデッドドラゴンが、消滅いたしました!」
「なんじゃと!!」
グチャ!!
「ギャアアアアアアア!・・・・」
「豚が!やかましいわ!」
ボゥ!
「馬鹿な・・・・あのドラゴンが、じゃと?、エルフの全軍を持って討ったとしても早すぎる!」
「は!報告では、敵勢は少数だったとの事ですが・・・」
「ありえぬ!どんな奴らだというのじゃ!」
「それが・・・偵察部隊、全滅しておりまして、恐らくドラゴンを討った者の仕業かと。」
「わからぬ、と申すか。」
「ひッ!即刻調査して参ります!!」
自分も殺されてはたまらぬ、とばかりに逃げるように立ち去る兵士・・・
「おのれ・・・妾の計画を・・・」
「失礼いたします、陛下。」
「アスモディアか・・・」
先ほどの兵士と入れ替わり、紳士風の魔族が現れる。
この者、三魔神将が一角、魔王軍最高戦力の一柱、魔人アスモディアである。
「ご報告申し上げます。グラスヘイム山脈の制圧。完了しましてございます。」
「ふん、そちらは上手くいったか。」
「は、現在はドワーフ共の奴隷化を進めております。」
「大義であった。」
「恐れ入ります。」
「アスモディア、悪夢の森の制圧に失敗したそうじゃ。」
「なんと?アシュタロッテが放ったアンデッドドラゴンが破られたので?あの女・・何をしくじって・・」
「良い、アシュタロッテには既に別命を出しておる。」
「しかし!」
「エルカへの挟撃は失敗じゃ。お主はグラスヘイムの防備、と・・・・」
「・・・・かしこまりました。」
「うむ、そうさな・・・・アロン!」
「御前に。」
次に呼ばれた者は、三魔神将、悪鬼アロン。
武力において並ぶ者なし、常に魔王の守護を命とする、最強の一柱である。
「アロン、アスモディアから要請が出た場合、手を貸してやるがよい。」
「御意。」
「アンデッドドラゴンを単身で倒す者がおるようじゃ。双方、心せよ。」
「「はッ!」」
「何者かわからぬが・・・。妾にたて突くなぞ・・・身の程を教えてくれる。」
怒りの魔力が城を包み込む。
魔城べべルスブルグに希望は無い、立ち入ったら最後、終焉は音もなく訪れるのだ。
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