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春過ぎて  作者: 菊郎
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最後の晩餐 後編

「懐かしい場所だ」


カニアのイーリス軍基地に向かった俺たちは、事情を知っている人の案内で武器庫を訪れていた。日も暮れてきたせいか、昼間と比べて人の出入りはかなり少ない。ここに来るまでに何人かの知り合いと会ったが、みな俺のことを退役軍人として扱っていた。まあ、事情を知っている者はほんの一握りである以上、当然なのだが。


「君のことは大体わかった。だが、まだ釈然としないことがある」


 基地に着くまでのあいだ、セレーヌ本人のことを色々と聞いた。彼女が正真正銘、アデライード家の人間であること、同家が、情勢の安定化に伴って活躍の場を失いつつあること、作戦に自身が参加するという話は本当であること、性格は努力家であり、若干天然が入っていること、年は二十一歳であること、金髪は地毛ということなど。


「それはいったい、どのようなことでしょう?」


「君が今回の作戦に参加することとなった経緯だ」


 俺は武器庫の一角にある椅子に腰かけ、セレーヌに問う。


「博士から聞いた話では、アデライード家は作戦に参加する君の身の安全を求めていないらしい。もちろん、実戦である以上、死ぬ可能性は必ずあるが、それでも、部下の身を案じるのは上司として当然のことだ。発言も問題だが、君のような貴族が、なぜこのような汚れ仕事を請け負うんだ?」


 博士の説明を受けたときから疑問だったことを問いかける。血筋や名誉など、貴族の家柄は一筋縄ではいかない、厄介な問題を多々抱えていることは想像に難くない。プライベートな質問でもあると思うが、作戦を遂行するにあたって、なるべくお互いのことを知っておきたかった。


「どうしても、お話ししなければなりませんか?」


 予想通り、セレーヌは複雑そうな顔をして尋ねてきた。


「秘密を打ち明けたり、本音をさらすことでも、意外と信頼関係というのは築けたりする。少人数で行動する場合、互いの信頼関係がもっとも重要だからな」




「わかりました。では、お話しします」


 セレーヌは少しの沈黙を置いて、言葉を紡ぎ始めた。


「私は、アデライード家の主である父、エルキュール・アデライードと、一般の女性のあいだに生まれた子供なんです。このことを知っているのは家内の者だけ」


「なるほど。不義の子ということか、単純にして深刻だな」


 立派な歴史を作ってきたアデライード家に貴族と一般人の隠し子がいることが世間に知れたら、権威は失墜、同家は終わりだろう。信頼と言うのは、高く積み上げられるほど崩れやすくなる。エルキュール・アデライード元イーリス軍大将は有能な指揮官であり、革命戦争時には総司令官として活躍していた。英雄色を好むとは言うが、実際に訊くと、やはりショックだった。


「私は、言わばアデライード家の汚点。昔から兄弟姉妹から疎まれていましたが、昨今の情勢の影響で家の未来が不安定になってくると、それもより顕著になっていきました」


 身の安全を保障しなかった点を踏まえると、徐々に全容が見えてくる。


「“いつ爆発するかもわからない爆弾”を処理するため、アデライード家は今回の作戦への参加を表明し、君を送ることに決めたんだな」


「……作戦の詳細を知らされたのが三日前。革命戦争の英雄である≪五つ子≫のひとりと行動をともにできると聞いて、正直嬉しかったんです。ですが、作戦が非公式であること、そしてその内容を聞いていくにつれて気づきました。私は捨てられるのだと」


 早くに両親を亡くした俺にとって、家族の大切さはいまいちわからない。だが、かつては俺も博士のことを慕っていたように、セレーヌにとって、父は大切な存在であるのは明白だ。大好きな人から突き放されるということが、どれほどの痛みを伴うか、想像に難くない。


「私にとっては、学校こそが家でした。立場上、士官学校では偽名を使っていましたが、一般人として過ごしていたこともあってか、周りの人たちは気さくに私に接してくれて、とても嬉しかった……。友達がいたからこそ、私は学業を頑張れたんです」


 学校生活は充実していたようで何よりだった。だが、セレーヌは俺と正反対の経緯でこの場にいることを思うと不憫でならない。俺はかつて戦場に必要とされていたが、彼女は自分の家で誰にも必要とされていなかった。そして、都合がいいタイミングがきたので捨てられる。アデライード家にとって――大将の個人的な考えは別として――彼女は道具以下の存在なのだろう。


「君は誠実な人間だ。きっと、貴族という身分を明かしたとしても、変わらず周囲から好かれていただろうな」


 秘密を打ち明けてくれた彼女に、せめてものフォローをする。効果があるかどうかはわからないが。


「作戦への参加は、ほとんど決まっていたようなものでした。ここで拒否しては、きっと家での生活がさらに苦しくなると。そうなるくらいなら、せめてアデライード家の者らしく、軍人としての責務を全うして死にたい。ですから、私はあくまでも、自分の意志でこの作戦に加わることを決めました」


 高潔な性格だ。皮肉かもしれないが、セレーヌの周囲を取り巻いていた過酷な環境こそが、今の彼女の精神を生んだのだろう。


「今回の作戦で、君には嫌でも役に立ってもらうことになる。君の助けが必要だ」


「……はい!」


 俺の言葉を聞いて、セレーヌは満面の笑みで答える。ドロドロとした家庭内事情がうかがえる貴族の中で、よくもこんなにも純粋に、真っ直ぐに育ったものだ。


「ともあれ、話してくれてありがとう。今度は俺のことを話さなければな」


「その必要はありませんよ」


 彼女が心の内をさらけ出してくれたことのお礼に、俺も過去のことを話そうとしたが、その返答は意外だった。


「ロイさんのことは、事前に調べさせていただきました。だいたいのことは把握済みです」


「機密情報の塊である俺のことを知り尽くしていると?」


「もちろんです」


 得意げな口調で同意する彼女だが、正直信ぴょう性は低い。俺の過去を知っている人物は本当にごくわずかなのだ。資料も必要最低限の物しかないし、セレーヌが作戦のことを聞いてから情報収集をし出したことを考えれば、期間は三日。とてもじゃないが、有益な情報が手に入るとは思えない。


「では、ご教授を。ロイ・トルステンとは、いったいどういう奴なんだ?」



 セレーヌは大きめに息を吸い込むと、ロイ・トルステンの紹介を始めた。


「年齢は三十歳で、最終階級は少佐。十五歳のときにイーリス士官学校に入学し、科目の成績は真ん中ほどですが、実戦形式の訓練はつねに最上位をキープしていました。三年の時を経て学校を卒業後、イーリス軍の正式な兵士となった年に“革命戦争”が勃発。ロイさんは訓練の正式が飛び抜けて良かったことから、少尉の階級を与えられ、部隊を指揮していきます。最初は異例の待遇に不満を漏らす者が多かったものの、実力と結果によって徐々に支持を獲得。地方の局地戦などでは順調に戦績をあげますが、ガリムの機械化部隊が投入された重要な戦いでは、戦車の圧倒的な性能の前に手も足も出ませんでした――」

「イーリスが窮地に立たされていたところ、ヨハネス・ジェラルド博士が、銃と戦車の生産と並行して、超人的な身体能力を持った人間を生み出す|“ニムロデの子供たち”《五つ子》計画を実行に移します。当時博士の孤児院で生まれ育った、ロイさんを始めとする五名の若い兵士が強制的に実験台とされ、途方もない資金と努力の末、見事計画は成功を収めます」


 一息ついて彼女は話し続ける。


「戦車の数が四百輌を超えたころには、≪五つ子≫の調整も完了し、すでに実戦投入のタイミングを待っていました。ガリムに与える衝撃は、大きければ大きいほどいいという軍上層部の判断で、≪五つ子≫とイーリスの機械化部隊は、同じタイミングで初陣を飾ります。その初陣を飾った戦いが、革命戦争中最大規模の戦いとなった“ミディレルの戦い”。イーリスとガリム双方合わせて五百輌以上の戦車、八十万人の兵士が投入されたこの戦いで、≪五つ子≫は獅子奮迅の活躍を見せ、戦いはイーリス側が勝利しました。その後、機械化部隊の普及や、≪五つ子≫の活躍を目の当たりした兵士たちは奮起し、士気も爆発的に向上します。ここから戦局は一転してイーリス側に傾き、その勢いのまま、戦線を国境まで押し戻すことに成功しました」


 綿密に調べているからか、情報量が多く、まるで歴史の授業でも受けているかのようだった。


「常識離れした身体能力と戦闘力によって、戦車をも単騎で撃破可能な兵士がいるという話を聞いたガリム側は、未知の脅威を恐れ、イーリス側に対して和解を提案。継戦能力に限界が来ていたイーリス側の陣営は提案を受諾し、ここに、二年続いた革命戦争は終結を迎えました。そして、戦争終結後に、≪五つ子≫の情報を隠すために、彼らはそれぞれの故郷へと帰らされていきます。また、自身が必要となるような戦争が来たときに備えて」


 セレーヌは大きく息を吐き、安堵したような様子でこちらを向く。


「いかがでしょう?」


「大したもんだ。 僅か三日でここまで細かく調べられるとは」


「この時だけは、アデライード家の家柄に感謝しました」


 称賛の言葉を聞いて笑顔を見せるセレーヌ。本当に将来有望だ。しかし――


「ひとつだけ、重要なところを間違えてるな」


「どこでしょう?」


「俺たちが計画の実験台になったのは、自分自身の意志だ。強制されたわけじゃない」


 国境を接する国同士が仲良くできるはずもなく、イーリスとガリムの関係はつねに険悪だ。そんな地理の国に生まれ、かつ軍事研究部部門総括の男に育てられた時点で、俺が軍に入ることはほとんど決まっていたのかもしれない。

 入隊式の日、命を懸けると豪語したはいいが、やはり実戦は怖かった。

だが、人はどんな環境でもある程度は適応できるもので、革命戦争を生き抜き、仲間を死をまのあたりにしていくうちに、感覚は次第に麻痺していった。兵士として経験を積み、生き残る力をつける一方で、機械のように冷静に死を受け入れるようになった自分に嫌悪感を抱いていた。いまだってそうだ。

 一時退役を命じられて、シオンやレアールとカニアで過ごす平穏な日々は、最初は戸惑いこそあったが、いつしか俺にとってかけがえのない心の依り代となっていた。


「……申し訳ないです」

 彼女は律儀に頭を下げた。


「いや、そんなに気にしなくていい。参加することになった経緯なんて傍から見れば些細なことだしな」


 ずいぶん長くおしゃべりしてしまった。早く準備を済ませなくては。


「さあ、早く準備を済ませよう。明日はブルクを通って、クルスへ向かう。寝坊するなよ?」


「もう大人ですし、大丈夫ですよ!」


 その後、必要最低限の武器と弾薬を揃え、食堂で談笑しながら食事を取った。腹も膨れたところで、ほかの部下が用意してくれた仮眠室でそれぞれ床についた。





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