最後の晩餐 前編
「もちろん、このことについて説明してくれるんだよな?」
セレーヌ・アデライードと名乗る女性にここで少し待つようお願いし、俺は博士とふたりで、少し離れた場所で話し合う。彼女は護衛と談笑しているようだ。
「さっきも言っただろう? 男のひとり旅とは退屈だ。華でも添えてやろうかと思ってな」
博士に限って、そんな小粋なことをするわけがない。
「見え透いた嘘をつくな。アデライードと言えば、イーリスの貴族だ。そこの娘が非正規作戦に従事するなんてことは、よほど特異な事情があるんだろ? 正当な説明がない限り納得しないぞ」
イーリスは、共和国になるまえは王国。その王政を守っていたのが貴族たちだった。中でもアデライードは代々軍人を輩出する家柄で、その多くが将校になっている。華々しい経歴を持つそんな貴族が、このような汚れ仕事に関与するはずがない。軍との関係が深いことから、今回の作戦を知っていたのは想像がつくが、だからこそ理解できなかった。
「アデライード家直々に要請があったんだ。昨今は平和で、戦いはほとんどない。軍人の家系である以上、軍事研究を総括する私に接近しておくことで、今後のアデライード家の未来を担保しておきたいのだろう」
だからと言って、自分たちの家名を汚すようなことをするのだろうか?
「博士の差し金ではないんだな?」
「ああ」
「本当だな?」
「この状況で嘘は言わんよ。お前に任務を降りてほしくないからな」
「……そもそも、未経験者を戦地に連れて行けということに無理がある」
実戦を経験していない者を作戦に同行させるのは自殺行為だ。“よりによって”、アデライード家の当主がそのような決断を下すとは。
「実戦なんだぞ? 弾が当たれば痛いし、一発でも受ければ大抵あの世行き。死にそうになっても、敵と自分のあいだに割って入るレフェリーなんていない」
気づけば、セレーヌは周りの護衛全員を集めて楽しそうに話している。
「その通りなんだが、今回の要請に当たって、それなりの金額を受け取っていてな。断るに断れないんだよ」
「勝手なことを……」
申し訳なさそうに話す博士だが、絶対謝罪の気持ちなど持ち合わせていない。表情には表れていないが、思いもよらぬ研究資金が手に入ったことで、彼は夏休みを目前に控えた子供の如く喜んでいるはずだ。
「旅行じゃないんだがな。どうしたものか……」
「彼女は軍の基本課程を修了している。戦闘訓練も十分で、成績はかなり優秀らしいぞ」
「そういう問題では――」
俺の反論を予期していたかのように博士は話す。
「お前は彼女を守らなければならないと考えているようだが、それは違う。今回の作戦に参加するに当たって、セレーヌ・アデライードの身の保障は一切しなくていいそうだ。当主のエルキュールからはそう聞いている」
「は?」
アデライード家は彼女に死ねと言っているのに等しい。セレーヌは、なにかしでかしたのだろうか?
「だから、お前は作戦の遂行に集中すればいい」
「……」
俺がさきほどの言葉に衝撃を受けて沈黙していると、博士は会話を止めてセレーヌの元へ戻る。
「待たせて申し訳ない。ちょっと作戦の確認を取っていたんだ」
「いえ、お気になさらず」
彼女は健気な笑顔で答える。
「今日はカニアの軍施設を使って準備をしてくれ。明朝7時に作戦を決行する。ロイ、彼女を頼んだぞ」
もう時計は十九時を回ろうとしており、あまり悠長に構えてはいられない。そう思っていると、博士と護衛、セレーヌを連れてきた者は車へ乗り込み、走り去ってしまった。
「ええと、セレーヌさん――」
「セレーヌでけっこうですよ。ロイ少佐。あなたと私は軍人なのですから」
「君も俺のことはロイと呼んで構わない。今回の作戦は非公式、なにもかもが例外なんだからな。格式に囚われる必要はないだろう」
「わかりました。ロイさん」
柔らかな物腰、美しい出立ちは、まさに貴族と呼ぶにふさわしかった。つくづく軍人とは思えない。
「アリを避けて歩いてそうだな」
「え? なにか言いましたか?」
思わず口に出たつぶやきに、セレーヌが訊き返してくる。どうやら聞こえていなかったようだ。
「いや、なんでもない。それより施設へ行こう。準備もそうだが、聞きたいこともある」
失言を聞かれなかったことに感謝しつつ、俺は彼女ともに“歩いて”軍の施設へと向かった。