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春過ぎて  作者: 菊郎
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始動 後編



 太陽が照り付ける屋外、孤児院の前で、ヴィンセントは右手の親指と人差し指で録音機をつかみながら俺に語り掛けた。太陽の光を鈍く反射し輝いている録音機を見ていると、判明した事実と、不明な点が浮き彫りになってきた。外にいた三人の護衛たちは、俺たちのやり取りを黙って見ている。

――イーリスで流通している録音機は、強力な電波に近づくと中身が引っ張られて、電波の方向へ飛んでいってしまうという厄介な代物でな。

 ラインハルトが待つ教会へ向かう際、オウムの芸を見て、セレーヌに語った自らの言葉を思い出した。

「お前は、<五つ子>がいる州に入った後と、標的を殺した際、必ず無線を入れるよう言われていたはずだ」

 そうだ。作戦開始前、博士は俺にそう言った。そして、作戦内容を伝えるため、セレーヌたちと事前に話し合うようにしていた。いま思えば、具体的な動きを通信で伝えた後、実行に移すという流れのくり返しだった。

 情報が漏れたタイミングが、あの無線で通信していたときということになるが、“その必要”がどこにある? 現状もっとも怪しいのは、ジェラルド博士、そしてエルキュール大将を含めた上層部の人間だが、彼らなら自分から動かなくとも無線の内容くらいは報告されているはずだ。そもそも、いったいどのタイミングで、バッジの中に録音機が仕込まれていたのだろうか。

「お前たちの会話内容は、録音機を通して電波に乗っていた。つまり――」

 不意に背後から銃声が鳴った。俺はヴィンセントをかがませ、近くの車に隠れさせる。振り向くと、二両の武装車両と、銃を手にした二十人ほどの人が近づいてきていた。

「……そうか、さきほどの伏兵は……そういうことか」

 ヴィンセントがぼやく。

「どういうことなんだ? あいつらは、お前の味方じゃないのか?」

「いや、違う。どうやら、計画は変更になったらしい。お前のせいでな」

 通信の件だけでなく、ヴィンセントたちの計画にも、俺が関っているというのか。

「全員、戦闘態勢!」

 満身創痍のヴィンセントは、自身が重傷であることを微塵も感じさせないようなはっきりとした声をあげた。護衛たちは全員が外に出てきたかと思うと、車から武器を取り出し、準備を進めていく。俺は彼に問い詰めるのを中断し、迷彩服を脱いだ後、念のため対物ライフルの動作確認を行った。雪が機構に入り込んでいないか、しっかり確認する。接近戦を挑むのは、彼我の距離を十分に詰めてからだ。それまでは、狙撃で可能な限り数を減らす。

 バイポッドを調節し、車のボンネットに銃を固定する。俺はスコープを覗き、一キロ以上離れている標的に狙いを定めた。レチクルの中で、これから待つ出来事を知るはずもない男がこちらに向けて歩いてくる。先頭を歩く男のひとりの胴体部分に向かって弾丸を叩きこんだ。しかし、弾は少し右にずれ、小さなクレーターをつくる。俺はスコープを左にずらし、逃げようとする標的にもう一度銃弾を放った。対象は上半身を吹き飛ばされ、血をまき散らしながら絶命した。周囲の敵は散発的に反撃しつつ、障害物や車に隠れる。

車両の運転席にいる敵を撃つため再び引き金を引いたが、次弾は発射されなかった。鈍い金属音に気付いて排莢口を見ると、薬莢が挟まっている。弾詰まり(ジャム)だ。

「屋上にある私の銃を使え」

 俺はヴィンセントに返事をするまでもなく、一度屋上へと登る。長大な狙撃銃を両手で担ぎ、近くにあった予備のマガジンを車の近くにあらから落とした後、すぐに戻って来た。

 ヴィンセントが長年使い続けた専用の狙撃銃は傷だらけだったが、新品以上に輝いて見えた。ボルトアクションという点以外では、俺の対物ライフルとほとんど変わらない。シンプルなフレームに、高倍率のスコープ、そして斜め右に至近距離用のアイアンサイトがあるほかに、目立った特徴はなかった。フスレの気候を考慮してか、迷彩は白だ。そっとグリップを握ると、確かな違和感を感じる。ヴィンセントの体格、クセ、撃ち方に合わせて徹底的なカスタマイズが施されている証拠だった。これが“彼の世界”だった。

「私がなぜ、孤児院を経営しているのか、話していなかったな」

 車椅子から離れ、俺の左側に座っていたヴィンセントがつぶやいた。

「それは後でいい!」

 五十口径を吐き出した薬莢が、ボルトの後退とともに右へ飛び、乾いた音を立てて転がっていく。ときを同じくして、護衛の男たちも応戦を始めた。連続した銃撃音が、針葉樹林を吹き抜ける風に乗って響き渡る。彼らの動きには一切の無駄がなく、まさに訓練された者の動きだった。

「私は、戦いを渇望するのと同時に、平和を求めた。戦いにすべてを捧げたと思いきや、結局、身も心も鬼になることはできなかった」

 俺は無言で攻撃し続けた。ヴィンセントは、返事など求めていないかのように、淡々と話す。

「自分の精神の助けとして、子どもたちと接せられる孤児院を開いたが、予想以上に好評でな。孤児たちの世話をしているうちに、私の心は穏やかになっていった。こういう生き方もあるのだと、そう思ったよ」

「なら、反政府勢力に入る必要なんてなかったはずだ!」

 銃声にかき消されないよう、大声でヴィンセントに答える。排出された薬莢同士がぶつかり、軽い金属音を鳴らした。

「孤児たちから過去を訊いていくうちに、穏やかだった私の心に疑問が芽生え始めた。革命戦争のときのような悲劇は、もう二度と生んではいけない。そのために、私、私たち(五つ子)にはなにができるのかと。そして、私は戦うことを決めた。世界を仮初の平和で塗りつぶさんと画策するお前たち(政府)と」

 マガジンを変えようと、俺は一度屈む。ヴィンセントは弱々しい表情でこちらを見ていたが、両目は野望に燃えているかのように鋭かった。

「すべてはバランスで成り立っている。世界は“矛盾していなければならない”のだ。どちらか一方の考え方だけが受け入れられる世界に、生きる価値などあると思うか? 私は思わない。ロイ、私たちがいるのは、理想と現実という、永遠に消えぬふたつの思想が、殺され、ときに殺すというながれを永遠にくり返す、螺旋で彩られた戦場だ。終結もなければ、勝利も、敗北もない」

 スコープの中にいた敵がロケットランチャーを構えた。俺は相手の肩部を狙う。武器をつかんだままの右腕が吹き飛び、苦悶の表情を見せながら男は地に伏した。

「そんなことはわかってる!」

 俺は思わず叫んでいた。

「だが、俺はお前たちとは違う道を歩んだ」

 たとえこの戦いに勝ち、反政府勢力を駆逐したとしても、その憎悪を温床にした存在が再び生まれるだけだ。俺もまた、<五つ子>を率いる者として、軍人として、男として、反政府勢力とは異なる考えをもって戦いに臨んでいる、政府側の中の、その他大勢のひとりに過ぎない。

 政府側も、反政府勢力側も、互いの主張を押し潰すために戦う。同じ戦場にいる時点で、両者は同じ穴の(むじな)だ。いまを生きる人が息絶えても、世代を超えて、思想や主義は受け継がれていく。それは、対立構造さえ違えど、革命戦争のときからわかっていたことだった。

「だからこそ、私はお前の考えを否定しない。ラインハルトとルイーゼを殺したお前を、これから私を殺そうとするお前を、糾弾しない。お前の本心について問い詰めることもしない。ロイ・トルステンは“私たち”とは別の道を歩んだ、ただの敵だ」

 眼前に迫る敵は、あと二百メートルほどの地点まで迫っていた。だが、武装車両は一両しか残っておらず、武装した民兵の数は最初の時と比べて半分ほどに減っている。武装車両のうちの一両は、護衛のひとりがロケットランチャーで破壊していた。

「もう話すな」

 ヴィンセントは話の続きをもって、俺の言葉を拒否した。

「もし、私がお前の立場だったら、きっと同じことをしただろう」

「励ましのつもりか?」

 彼は笑った。

「ここでの戦いが済んだら、ラスペン州の、デイヴのもとへ急げ。……現地では、絶対に誰とも協力するな」

 ヴィンセントは俺に耳打ちし、同時にデイヴ(デイビッド)の住所を伝えると、そのまま気を失った。





「拳銃を一丁貸してくれないか!」

 敵の反撃が止んだ後、近くにいた護衛のひとりに、俺は大声で訊ねた。すると無言で一丁を俺に手渡す。

「俺が前に突っ込み、敵を引っ掻き回す。お前たちは遮蔽物から出てきた敵を撃て!」

 誰もうなづかず、顔を向けることもない。護衛は、六人のうちふたりが負傷していた。それでも、銃弾は貫通しており、致命傷ではない。

 俺はヴィンセントの狙撃銃を手放し、懐からリボルバーを取り出す。両手の拳銃に弾がしっかり装填されていることを確認し、銃撃が止んだタイミングを見計らい、全速力で前に飛び出した。狙撃手が突っ込んできたことに驚いた敵が怯む。リボルバーを前に突き出し、前方の敵の頭に向けて引き金を引く。男は声をあげることなく倒れた。死体がひとつ増えるごとに、真っ白な大地が、鮮血によって赤く染め上げられていく。左からの銃撃を受け、俺は横に飛びのいた。地面の雪を思い切り蹴り上げて敵の目くらまし、両手の拳銃で最後に目撃した地点に向けて連射する。雪のカーテンの向こう側では、ふたりの男が骸となって横たわっていた。

 左の車両の天井部に備え付けられた重機関銃が射手の手によって唸る。俺は車両を跳び越すように跳躍し、すれ違いざまに手榴弾を落とした。数秒後、まばゆい爆炎とすさまじい轟音をあたりにまき散らしながら、武装車両は鉄屑となり果てた。最後の武装車両を撃破された敵の士気は、明らかに落ちていた。針葉樹、窪地、岩、遮蔽物に隠れていた敵の誰もが、後退を始めていた。だが、それでも戦う意志は消えていない。

 散り散りになった敵を、背後からの援護射撃が襲った。ある者は脚を撃たれて雪上に倒れ、ある者は肩を撃たれ、銃を落とした。すでに戦況はこちらに傾いている。敵もそれを悟ったのか、銃を捨て、負傷者を担ぎながら、一心不乱に逃げ出した。俺は周囲を索敵し、潜んでいる敵がいないか念入りに確認した後、ヴィンセントのもとへ戻った。

 孤児院の壁や窓には弾痕があったが、室内への影響はごくわずかだった。窓越しに、怯えた表情でこちらを見つめる子どもたちが見える。ヴィンセントにはラスペン州へ行くよう言われたが、俺にはまだやるべきことあった。胸につけていた鞘からコンバットナイフを引き抜き、ゆっくりと彼に近づく。

 いちばん近くにいた護衛が、俺に拳銃を向けた。紺碧色の瞳が、まっすぐ俺を睨みつけていた。よほどの力を込めているのか、銃を握っている指のさきが白く変色している。銃が震え、ときおりフレームとスライドが当たって小さな音を立てる。俺は密かにリボルバーに手を掛けた。最悪の事態に備え、目線は合わせつつも、勝つための思考を巡らせる。

 やめておけ、と言おうとした瞬間、彼は銃を下ろした。“先生”と“教え子”のあいだに、どのような絆があったのか俺はわからない。だが、いまの行動が、ここにいる者たちの総意であることは事実だった。

 俺は侵略者だ。十年の年月をかけて形成していった兄妹たちの世界を、一方的に破壊する侵略者。話し合うこともせず、ただ手にした武力を差し向けて、歯向かうものすべてに死を与える。

――もし、私がお前の立場だったら、きっと同じことをしただろう。

 ヴィンセントは気を失う前にそう言い放った。その言葉に、幾分か心が楽になったのは事実だ。だが、ヴィンセントが俺を許したとしても、俺は俺を許すつもりはない。手にかけた者たちに恥じぬよう、最後まで彼らの立派な敵としてふるまい続け、そして死ぬ。兵士であり、侵略者である俺の、せめてもの償いだ。

 ヴィンセントを肩に担ぎ、俺は孤児院の裏手へと向かう。子どもたちに、これから起こることを見せるわけにはいかない。護衛の男たちは、ただ黙ってついてきた。冷たい雪の大地に、ヴィンセントを横たわらせ、ナイフを彼の首に近づけた。動脈を深々と傷つけ、失血死させるのだ。













 

 





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