追撃
遮蔽物に体を隠すように走りながら、俺は近くのドラム缶に向けて二発の銃弾を放つ。火花が引火して爆発が起こると、側にいた連中の何人かは、火だるまとなって地べたでのたうち回り始めた。悲痛な叫び声とともに、燃え盛る炎が辺りを明るく照らし出す。四人の敵を撃ち抜き、俺はリロードせずに手持ちの閃光手榴弾を投げると、テントの側にあった木箱の山に隠れた。弾丸が空を引き裂く音が、左右から止めどなく訊こえてくる。焦ることなく、俺はずらして空になったシリンダーに弾丸を確実に装填していく。
「奴らが来やがった! あの男は囮だ!」
テントを挟んだ前方から、男の叫び声が訊こえてきた。銃撃によって裂けたテントの隙間から前方を見やると、こちらを見ていた何人かが身体を撃ち抜かれて倒れている。俺を砲撃しようとしていた戦車は砲塔を旋回させ、エルマーたちがいる方角を向いたと思うと、砲撃を行った。俺は見張り台に立っていた男を撃ち殺し、サーチライトの操作を奪うと、さきほど砲撃した戦車に向ける。緑と茶色の標準的な迷彩を施された反政府勢力の戦車は、まごうことなきイーリス軍が正式採用しているものと同型だった。だが、わざわざ危険を冒してまで敵戦車を照らしたのは、車両のタイプを知りたかったからではない――。
数秒の間を置いて、照らされていた戦車から身を乗り出していた男の頭が吹き飛ばされた。間髪入れず、北から飛んできた砲弾が砲塔の付け根に当たり、敵の戦車は沈黙する。サーチライトが攻撃地点の指定の役をうまく果たしてくれた。もう一両の戦車が反対側に健在であることを確認し、俺は懐に忍ばせていた信号銃を取り出しながら見張り台を降りる。
すでに丘から多数の味方が突入してきていた。迎撃しようと撃ち続ける六人の敵を黙らせるため、俺は手榴弾をすかざす投げ込む。ひとりはいち早く気づいてその場から離れたが、残りの五人は破片と爆風によって細切れになった。血しぶきが爆風によって運ばれ、赤い霧となってしばしのあいだ空中に留まっている。数こそ勝る反政府勢力だったが、戦闘態勢に入っていたのは実質半分ほどであり、まして奇襲を掛けられたとなると、劣勢になるのは明らかだ。
銃声、砲撃音、薬莢同士が当たる音。戦場で流れてくる死の音楽に乗って、反政府勢力、そして味方が、ひとり、またひとりと、糸が切れたように体を、夜の暗く、冷たい地面に預けていった。この場にいるすべての人間に、死は平等に降り注いでいた。革命戦争を必死で生き抜こうとあがいてた当時の自分が、鮮明に脳裏に思い浮かぶ。どれだけ技術が進歩し、時代が移り変わっても、戦いの形は変わらない。俺は走り出し、再び物陰に隠れると、別の男の鬼気迫る声が訊こえてきた。
「ミレイユの狙撃による援護はどうしたんだ!」
「わからん! 森林地帯から援護するとか言っていたが、さっきの一発以降、まったく撃っていない!」
あの狙撃手のことだ――。俺が手にかけたアンゼルムのように、今回はミレイユという名前のあの女が彼らにとっての精神的支柱だったのだろう。いや、あの若さでそのような立場に立っていたと考えるには早計かもしれない。いずれにせよ、この混乱を利用しない手はなかった。
二両目の戦車の位置を知らせるために走ろうと目線を向けたが、味方がすでに撃破していた。隙間から炎を噴き出し、ただの鉄塊と化している。こちらにも被害は出ているが、微々たるものであり、この状況はどう見ても一方的だった。こちらに状況が傾いていく中、俺はリボルバーで、ときにコンバットナイフで敵を殺し続ける。動きに精彩を欠いた民兵など、脅威にはならなかった。いま敵対している連中は、完全なアマチュアでもなければ、プロでもない。連携の大事さを理解しているが、それを実践するための技術には長けていない。
キャタピラの駆動音を轟かせながら味方の戦車が丘を越えて入り込んできたのを見計らい、俺はすぐに射線から身を引く。乗り上げた車体の前面が地面に叩きつけられ、小さな地鳴りが起こった。擦れる音とともに砲塔が銃座で発砲を続ける者たちに向けられ、鼓膜を破かんばかりの轟音が響き渡る。挙動のひとつひとつに音が宿る眼前の戦車の動きは、さながら動物のようだった。着弾地点に目を向けると、そこには金属と衣類のかけらしかなかった。大きな砲弾は、物体もろとも、命を余さずに削り取った。
ひと段落ついたところで、俺はエミールの安否が気になり、戦火に包まれた辺りを見回した。エミールは幼かったが、彼だって戦士だ。もしかすると、すでに一線を越えているかもしれない。それでも、そうだとしても、子供が戦場で死んでいい道理など、絶対ありはしないのだ。さきほどの男の言葉を借りるなら、難しい問題は、大人に任せておけばいい。
目を凝らすと、比較的原型を保っていたテントの簡易ベッドの下で、何者かが動いているのがわかった。簡易ベッドと地面の幅は狭く、成人はまず潜り込めない。俺は銃撃音が弱まったのを見計らい、全速力で彼の下へ駆け寄った。ベッドの下を覗き込むと、エミールが身体を小刻みに震わせながらうずくまっていた。涙に濡れた両目は固く結ばれ、両手に持った自動小銃を力いっぱい抱きしめている。
「エミール」
俺の声に、彼は驚きをもって応えた。目を見開いて俺をつぶさに観察している。
「……誰?」
「君を助けに来た」
俺の身体を覆っていた草は、戦闘によってすっかり抜け落ちていた。草と土が混ざり、戦闘服はひどく汚れている。エミールは俺の身体を少しだけ見つめた後、差し伸べた手につかまり、外へ出た。銃撃は散発的になっており、近くには投降した十数人の人間が、兵士と警察の監視の下で地べたに座り込んでいた。
エミールをベッドに座らせ、俺は腰につけていた水筒を渡す。たくましく上下する小さな喉仏を見て安心していると、アタッシュケースをふたつ抱えたエルマーが息を切らしながら走ってきた。俺も彼に歩み寄る。
「……少佐!」
俺の目の前に来るやいなや、彼は肩を大きく揺らして息を整える。みすぼらしい俺の姿を見て驚いているのが見て取れたが、その表情には安心の色も混ざっていた。
「ご無事で……何よりです!」
エルマーは歯切れのいい口調で話し始める。
「残存する敵の数は、残り二十八名。うち十五名は捕らえ、十三名は逃亡中です。後始末はこちらにお任せください」
“こちらに”という言葉が出るのは、アルバーン中将から話を訊いていたからだろう。逃げた連中の追跡は彼らに任せるべきだ。
俺はエミールを指差し、
「わかった。それと、あの子も頼む」
「あの子は……迷子ですか?」
エルマーは怪訝な表情で訊ねる。
「いや、反政府勢力の一員だ。身辺を調査して、可能であれば家に帰すか、児童施設に行かせてやってくれ」
すると、自分を話題に出されたことに気付いたのか、エミールはベッドに両手をついて立ち上がると、首に水筒をぶら下げ、両手を背中に組みながらこちらに近づいてきた。疲れが溜まっているのだろう。その足取りはふらついていた。
「エミール」
名前を呼ぶが、彼は気に留めない様子だった。歩くペースが徐々に早まり、小走りになる。エミールとすれ違った兵士のひとりが彼を見ると、とたんに血相を変えた。
「そいつ背中にナイフを隠し持ってるぞ!」
エルマーと話を交わしていた俺に向かって、エミールは全速力で走り出す。さきほどの様子とは打って変わって、得物を前にした獰猛な肉食動物のようだ。俺と彼の距離は、もう三メートルもなかった。エルマーが咄嗟に身を挺してかばおうと動いたが、間に合わない。背後から小さなナイフを取り出すと、エミールは俺の腹部を目掛けて刃を突き出した。
「少佐!」
俺は中腰になり、エミールの持っていたナイフの側面を左手で思い切り殴ると、手首ごと真横に捻った。落ちたナイフが石に当たって乾いた音を出す。痛みに顔を歪ませて態勢を崩した彼を、右手で突き飛ばした。ほんの一瞬の出来事で、エミールは地面へ仰向けに倒れ込む。心配するエルマーに、大丈夫だ、と俺は答えた。仰向けに倒れたまま動こうとしないエミールの側まで歩み寄ると、彼は視線だけをこちらによこした。
「裏切り者……」
俺の戦闘服の胸部には、イーリス軍のワッペンが縫い付けられている。さきほどまでは汚れのせいで見えなかったが、ベッドからエミールを引っ張ったときに擦れたのだろう。いまでははっきりとわかる。彼は、俺の嘘に早々に気づいたのだ。目の前にいる男は“自分たち”ではなく“彼ら”の味方なのだと。いっしょに戦っていた大人たちに死を振りまくためにやってきた存在なのだと。
近くで燃え盛る火がエミールの瞳に映り込む。まるで、幼い彼が抱く曖昧な憎しみを助長しているかのように見えた。
「嘘をついてすまなかった。だが、そう言ってくれないと君はあそこから出てこなかっただろう? この暗闇でうかつに動けば、撃たれていたかもしれない」
「どうして……お兄さんが銃を向けるべきなのは“あの人たち”なんじゃないの?」
エミールの視線がエルマーたちに移る。俺は表情をこわばらせた。エミールはワッペンを見て、俺の嘘を糾弾したかったわけではない。彼は――。
「そのワッペン、お父さんが付けてたのといっしょだよ。いまのとは違うやつ。だから、すぐにわかった」
エミールの目尻から涙があふれてきた。
「お兄さんは――」
「ロイだ」
「……ロイさんも、お父さんといっしょに戦ったんでしょ? お父さんは、陸で敵と戦うのが仕事だって言ってたよ」
声を震わせながら、エミールは必死で言葉を紡ぐ。
「ならきっとそうだ。十年前の戦争で、俺と君のお父さんはいっしょに戦った」
「だったら――だったら、どうしてぼくらを攻撃するの……? お父さんは、イーリスの偉い人たちに見殺しにされたんだ……! お父さんだけじゃない、お父さんの友達だって、兵士じゃいられなくなったってこの前言ってたんだ。一生懸命戦ったのに、いまもみんなを守ろうと頑張ってるのに、なんでひどい扱いをうけなくちゃいけないの……?」
俺も、エルマーも、周囲の兵士や警察、捕まった者たちも、みな少年の叫びを黙って訊いていた。
「どうしていっしょに戦ってくれないんだよ……! ロイさんの昔の仲間が、こうしているあいだにも大変な目にあってるのに、どうしてそんな普通にしていられるんだ! ぼくは悔しいよ! ぼくがロイさんだったら、仲間を傷つけるような奴らはみんな殺してやる! そこにいる兵士も、警察も! お父さんたちが頑張った証を、絶対に忘れさせやしない!」
慟哭とともに空に放たれる訴えは、星が瞬く夜を一層暗いものとしていた。燃える木々が裂ける音だけが虚しく響く。エミールは、それっきり叫ぶのを止めた。体力が限界のようだった。
「お父さんが自殺して、ショックを受けたお母さんも死んじゃったんだ。……お父さん……お母さん……」
エルマーが持ってきた俺のコートを手に取り、バッジを外すと、エミールの前に差し出した。
「いらないよ。そんなの」
「今は火があるからあまり寒く感じないが、明け方はとくに冷えるから着ておくといい。予備ならいくらでもあるから、好きに使って構わない」
少しばかりの沈黙の後、エミールは起き上がって差し出されたコートを受け取った。俺の顔をしげしげと見つめたと思うと、コートをマフラーのように巻きつけ、テントへ戻ろうとした。
「……僕たちは、ロイさんの敵なんでしょ?」
「そうだ」
「じゃあ、どうして泣きそうな顔をしてるの?」




