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春過ぎて  作者: 菊郎
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断罪 前編



 

 被害者の男を連れ出すため、私兵部隊の隊員一名とともに、一足さきに脱出させることにした。ルイーゼが選んだ隊員がひとり歩み出て、男性を連れて外へ出る。

「ボスは国を憎んでいる」

 ふたりが出た後、白衣の男が話すと、俺を含めた全員が彼の方を向いた。

「ボスは、自分を、自分たちを見捨てた今のイーリスを心の底から憎んでいる。私たちのビジネスは、彼の思い描く復讐が具現化した姿なのだ」

 復讐は、感情に突き動かされてするものだ。リスクを考えたとしても、必ずその前にはやり返したいという憎しみがある。ルーカスは、軍隊を軽視する現在の風潮を嫌い、退役を決めた。そこには、国への復讐心もあったのだろう。

「詳しいな」

「すべて彼の口から聞いたことだ。ボスは仲間を大事にしている……おそらくお前のこともな」

 俺を見て、彼は言った。

「襟につけたバッジ、見えにくいが、お前は軍人だろう?」

「……そうだ」

「なら、きっとそうだ。彼にとっての戦友は、家族同然だからな」

「そうかよ……ロイさん、もう行こう。時間が惜しい」

 フィリップの提案に俺はうなづき、出口へ向かった。

「私がボスの部下である以上……たとえ敵に家族がいても、彼の命を危険に晒すわけにはいかない」

 小さなつぶやきを訊き、俺は彼の方を振り返る。懐に忍ばせていたのであろう小さな拳銃を縛られた右手で引きずりだし、真横に無理やり構えていた。

「やめろ!」

 俺の怒声もむなしく、白衣の男は真横の壁を撃ち続けた。何発かが跳弾し、彼の身体を容赦なく襲うが、本人はまったく気にしていない。スライドが引いた状態でロックされ、弾倉が空になったことを告げられると、彼は血まみれのまま、満足そうに眼を閉じた。

 続いて聞こえてきたのは、遠くから聞こえる騒ぎ声と、ドアが乱暴に開かれる音だった。白衣の男は、銃声を警報代わりにして、周囲に危険を伝達したのだ。

「てめえ……よくも!」

 フィリップが銃を向けようとしたところで、俺は止めた。

「もう瀕死だ。弾は敵戦闘員たちのためにとっておけ」

 彼を説得し、俺たちは全員で外へ出た。アタッシュケースから対戦車ライフル(得物)を二丁取り出し、背中に装着させていく。最終手段として持ってきたはずだったが、もう悠長に構えてはいられない。セレーヌとルイーゼ以外の面々が目を丸くして俺を見つめる中、俺は装備を整え終えた。

「もと来た道を戻って脱出しましょう」

 ルイーゼが提案した。籠城は最悪のパターンなので、彼女の言い分が現実的だろう。

「ほかの被害者たちはどうしますか?」

 セレーヌが言った。

「今回の一件を片付ければ、警察も動くはずだ。彼らに任せよう。俺とクルト以外は戦闘に参加するんだ。脱出できるなら、そのまま外へ出てくれ。俺とクルトはルーカスを見つけ次第、彼を連れて向かう」

「ロイさん、俺も連れて行ってくれ!」

「ダメだ。戦力はひとりでも多いほうがいい。脱出経路の安全を確保するために、お前も協力してくれ」

 フィリップの申し出を断り、彼をルイーゼたちに協力するよう話す。信じていないわけではないが、ルーカスを前にして、また暴走しないとも限らない。

 フィリップと話し終えた直後、俺の視界に、曲がり角から出てきた、武装した構成員が映った。俺はすかさずリボルバーを向けて引き金を引き、敵を撃つ。心臓を撃ち抜かれた男は、壁を背にして座り込むと、そのまま動かなくなった。

「急げ!」

 俺とクルト、そしてルイーゼたちは、別の方向へ向けて駆け出した。





「どうして俺を連れて行くんだ?」

「どうせ、清算するだの言って、結局ついてきただろう?」

 その通りだったからか、クルトは苦笑した。俺たちは、まず白衣の男が言っていた、物置に向かう通路の手前の分かれ道を曲がった。両開きのドアを開けると、奥に豪奢な装飾が施された別のドアが見えてきた。

「ルーカスがいるかもしれない」

 ドアを思い切り蹴破ると、横長の机と、背もたれが長い、いかにも高級そうな椅子、両端に設置された本棚が視界に飛び込んできた。まさに、指令室という感じだ。しかし、目的の人物はいない。となれば、怪しいのは物置だった。

 俺たちは全速力でさきほどまでいた通路まで戻る。あの忌々しい部屋のドア付近までたどり着き、物置へ向かおうとしたほんの一瞬、俺は、ルイーゼやセレーヌたちのことが心配になり、彼女たちの走っていった方向を見た。すでにその場にはおらず、遠くから銃声が散発的に聞こえてくる。全員が無事に脱出することを祈って、クルトとともに物置へ向かう。

 鉄製のドアを開けると、そこは白衣の男が言う通り物置だった。バケツやモップといった、日用品が所狭しと並べられている。想像とは裏腹に、非常に整理整頓されているのが印象的だった。注意深く床を観察していると、灰色の中でも少しだけ薄い部分を見つけた。手前に少し陥没している箇所がある。

 指を引っかけて持ち上げると、下には階段が続いていた。かなり先まで伸びており、奥がどうなっているかはわからない。俺はフラッシュライトをつけながら、クルトを先導する形で階段を降り始めた。二十メートルほど降りると、床との接地点に着いた。周囲をすかさず警戒したが、照明くらいしかなく、害が及ぶようなものは見当たらない。十メートルほどさきには、どこの家にもありそうな、ごく普通の木製のドアがあった。あまりにこの施設と合っていないため、俺はトリックアートなのかとも推測したが、ドアノブは明らかに金属製で、目を凝らすとドアの表面にも所々に窪みがあり、立体的なデザインになっている。

 拳銃を構えたまま進み、慎重にドアノブを捻ると、鍵が開いていることに気づいた。中からは紙が擦れるような音が聞こえている。

「行くぞ」

 クルトが後ろにいることを確認し、俺は中へ入った。





 数多の人々を誘拐し、売りさばいた男は、目の前の椅子に座って、机に頬杖をつきながら本を読んでいた。側に置いてある照明のせいか、カスラへ向かう途中に寄った飲食店で見たときよりも、顔のしわが強調されていて、さらに老けて見える。黒いスーツに身を包み、威風堂々とした姿には、尊敬の念すら抱きかねない。

「人の個室に入るときくらい、ノックをしたらどうだ?」

 ルーカスは、やや呆れた様子で読んでいた本を閉じると、低い声で言った。深く背もたれに腰かけていて、抵抗の意志は見られない。

「ずいぶんと余裕だな」

「組織の頂点に立つ者は、つねに落ち着いていなくてはならない――たとえ命の危機に瀕しようとも」 

「……檻に放り込まれる前に、なにか言い残す言葉はあるか?」

 ルーカスは、俺の脅しを含んだ言葉にも、まったく怯える様子も見せなかった。

「……人間は群れる生き物だ。ひとりでは生きていけないからこそ、社会を形成する。では、社会から爪弾きにされた者は、どうすれば生きていけると思う?」

「自給自足でもすればいい」

「自然に身を任せられるのは、心身ともに強靭な者だけだ。集団から落ちた者に、それだけの力はない。文明化された生活に慣れている今の私たちならばなおさらだ。社会とのつながりを断たれた者が、その関係を修復せずして生き永らえる方法はなく、彼らを擁護する声は、戦争を忘れ、平和な時代へ無理に突き進もうとする風潮に押しつぶされる」

 社会から弾かれた者――ルーカスの言うその者たち――は、彼のこれまでの行動からして、戦災によって人生を再起不可能までに破壊された人々のことを指しているに違いなかった。小難しい言葉を並べてはいるが、要は、自分の今までしてきたことを正当化――悪く言えば言い訳をしているに過ぎない。

「その社会で生きていけなくなった人々はもう価値がないから、大人はおろか、年端もいかぬ子供たちを売り、ときには臓器をくり抜いたと?」

「その通り。そして、これは復讐なのだ」

 握っていた拳に、自然と力が入る。元とはいえ、軍人が一般人を犠牲にするなど、絶対にあってはならないことだ。この男は、ラインハルトや、アンゼルムとは似ても似つかない存在。国のため、民のために戦う、軍隊という集団そのものの尊厳を踏みにじっている。

「復讐だと?」

「革命戦争で被害を受けた人々を対象にすることで、政府や世間にあの戦争を思い出させるのと同時に、俺やお前(戦士たち)を裏切ったこの国に、復讐してやりたかった。命を賭けて戦う意志を見せた戦友たちの居場所を、確保してやりたかった。……いつから、戦争がこの世から消えたというのだ? 革命戦争も、歴史の流れで見れば、数ある戦争の一部に過ぎない。平和を望むのなら、軍隊を増強すべきだというのに」

「そのために被災者を利用したのか?」

「彼らは少数派(マイノリティ)であり、圧倒的多数派の前では政策も援助も後回しにされてしまう。平和と、平和な世界を望むイーリスは、悲痛な声を無視して未来へ進もうとしている。それを止めるために、私はあらゆる手を尽くした。無論、反政府勢力との協力も含めてな」

 強烈なメッセージを起こすために、もはや社会的な価値を持たない被災者を利用したというのが、彼の言い分なのだ。目的は手段を正当化する。しかし、彼の行動は、正当化の余地を一遍も残さないほどの狂気に満ちていた。

「私の行動のすべては、戦友たちを思ってのことだ。ともに戦い、笑い、泣いた友たち。彼らのいるところこそ、そして彼らが必要とされる戦場こそ――私のいるべき場所なのだ」

「無差別に人々を巻き込んでおいて、そんな言い分は通用しないぞ」

 瞬間、彼は面食らったような顔になった。

「無差別……? ふざけるな。無関係の人間を巻き込むほど私は落ちぶれていない」

 ルイーゼの説明と食い違っていることに、俺は違和感を覚えた。

「……いずれにせよ、守るべき対象を自分の復讐に利用するのは、誰の目から見ても尋常ならざる所業にほかならない。お前は、凶悪犯罪者として永遠に歴史に名を刻むんだ」

 時間が惜しいと考えた俺は、彼の背後に回って手錠をかけようとした。

「アンゼルムは、志の高い男だった」

 俺は咄嗟に動きを止めた。

「私が目を付け、反政府勢力の話をしたとき、あの男は、祖国を正しい姿に戻さんと奮起する、若き革命家の表情をしていた。私とは住む世界が違うと、すぐに確信したよ。彼のような人間こそが、世界を引っ張っていくべき人材なのだと」

「……」

 ルーカスは続ける。

「彼は、イーリス軍の元戦車長だった。戦車は、車長を始め、通信手、装填手といった、複数の人間が同乗することで初めて機能する。ともに戦うことの大切さ、チームワークの尊さを、アンゼルムはよく知っていた」

 俺は、アンゼルムが死ぬときのことを思い出していた。自身を忘れないでほしいと懇願していたあの痛切な表情が脳裏に浮かぶ。

「私とお前は同じだ。私は時代に抵抗するため、お前は時代に求められ、取った行動そのものに、こうして首を絞められている――哀れな時代の遺物だ」

 罵詈雑言のひとつでも浴びせてやりたかったが、彼の言うことは正しかった。俺は、時代が、国が求めたからこそ、自分の身を捧げた。だが、巡り巡って、革命戦争の勝利が、この国や大陸に平和をもたらし、<五つ子>だけではない、戦いに生きる多くの者たちの居場所を奪った。これが因果応報なら、俺はいるかどうかわからない神に問いかけたい。なぜ、正義感で為したことが自分たちを追い詰めてしまったのかと。












 

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