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春過ぎて  作者: 菊郎
32/75

虎穴へ


 警察と反政府勢力の武力衝突発生 警察の被害は軽微


『十月二十四日の深夜、カスラ州から五キロメートルほど離れた場所にある、宿屋と飲食店が併設されている地が、猛烈な銃火に晒された。軽装甲車二輌、反政府勢力十四名が襲撃を行ったが、偶然居合わせた、カスラ州管轄の警察官六名が迎撃と市民の避難誘導を試み、反政府勢力側は全滅。市民、警察側の死者はゼロという最善の結果となった。今回の一連の事件には、関係者以外の目撃者はいなかったが、カスラ州・ロントを拠点に活動している、犯罪組織のリーダー、ルーカス・リーの姿を店内で見たという避難客からの意見が相次いで出ており、警察側は犯罪組織と反政府勢力が協力関係にあると見て、捜査を続行する模様だ――』

 

 カスラで発行されている新聞の一面を見ると、そこには前に起こった事件の振り返り記事が掲載されていた。まさか、生身で装甲車を無力化させたなど、夢にも思わないだろう。

「作戦は、さっき伝えた通りだ」

 ロント最大の酒場で『元軍人が、犯罪組織か反政府勢力に入りたがっている』と情報を流し、連絡が来るのを待つ。接触してきた相手を締め上げて、根城の所在を聞き出す――作戦内容は至って単純だ。

「そんな簡単に引っかかってくれるかしら」

 会食を行うための大きな部屋で、俺、セレーヌ、ルイーゼの三人は朝の食卓を囲む。そんな折、ルイーゼは俺が発案した作戦に疑問を投げかけた。

「犯罪組織も、反政府側も、元軍人という肩書は魅力的に映るはずだ。きっと食いついてくる」

 徹底して情報の漏洩を防いでいるのなら、相手側から隙を見せてくれるような策を取るしかない。構成員を捕まえてしまえば、あとはこっちのものだ。情報を引き出す手段など、腐るほどある。

 向かい側で、ナイフとフォークを器用に使い分けながら食事を口に運んでいたセレーヌは、食器を置くと、俺の左腕を見て心配の言葉をかけてきた。

「もう左腕は大丈夫なんですか?」

 この二日間を療養に費やした結果、身体は元通りになっていた。左腕に感じた違和感は、もう一片たりとも残っていない。

「完治したよ。対戦車ライフル(得物)だって、軽々とぶっ放せるさ。……ルイーゼ、ロントでいちばん大きな酒場は、ここから南に二キロメートルほど下ったところにあるんだよな?」

「ええ。白の光る看板が目印だから、すぐにわかると思う」

 今回は、セレーヌの出番はない。こちらの仲間だと勘ぐられた場合、相手が尻尾を出さない可能性があるからだ。

「それにしても、まさか玄関で出迎えてくれた人が、密偵の人間だったとはな」

 療養中、驚くべき事実が判明した。それは、ルイーゼに連れられてこの屋敷を訪れた際、玄関で俺たちを出迎えた女性が、ルイーゼの調査を行っていた“元”密偵だったことだ。暇つぶしに庭へ出かけた時、彼女が植木をいじっていたため話しかけてみると、いきなりその事実を告白された。密偵・エリィは、ルイーゼの、貴族としての責務(ノブレスオブリージュ)を真摯に全うしようとする人柄にほれ込み、自らメイドとして志願したと。セレーヌとともに軍の施設へ向かい、カスラ州・ロントに入ったこと、これまでの経緯を博士に伝える際、ルイーゼとの一時的な協力体制になったことよりも、エリィのことに彼は驚いていた。報告事態は滞りなく行われていたらしく、個人の生活自体など、知る由もなかったのだろう。

「ロイ様、このような事実を申し上げず、大変申し訳ございません……」

 部屋の片隅で待機していたエリィが謝罪する。正直に言うと、密偵としての任務を遂行しているなら、本人がどのように生きていようが構わない。調査対象に味方していたことは、さすがに予想できなかったが。

「気にしないでいい。おかげで博士の驚いた声が訊けたし、おあいこだ」

 エリィも含め、4人でしばらく会話を楽しんだ後、装備の点検などをするため、俺は部屋へ向かった。技師がいるから、彼らに任せていいとルイーゼは言っていたが、自分の装備は、できるだけ自分で整備したかったので、断った。それに、酒場が開店するまでには時間がある。暇つぶしにもなるだろう。

「ロイ、気を付けてね。身の危険を感じたら、無理せず戻ってきて」

 ルイーゼからの見送りの言葉を聞いて俺はすぐ返答した。

「仮にそうなったとしても、途中で戻って来ることはない」

「……どうして?」

「引き返すほどの余裕は、俺たちに残されていない」





 日も傾き始めた頃、俺は屋敷を発った。療養後のリハビリも兼ねて目的地まで歩いていくと、ルイーゼの言っていた酒場が見えてきた。白く光る看板は、現在地から五百メートルほど離れたこの場所からでもはっきりと視認できる。人ごみの中をかきわけるように進み、酒場の中へと入った。

「いらっしゃいませ」

 中に入ると、目の前にカウンター席があった。さすがは最大の酒場。開店直後に行くようにタイミングを計ったが、すでに席は満員に近い。俺はマスターにジンを注文すると、そのまま席に座った。

「最近は寒い日が続くな」

 無難な話題を振ると、マスターは律儀に反応し、言葉を返してくれる。

「ええ。十月でもけっこうな寒さですから、今年の十二月などは、考えただけでも鬱になりますね……。あまりに寒いと、客足も遠のいてしまいますし」

「外出も億劫になるほどの寒さは、俺も勘弁だな。このままだと、反政府派の人たちも動きにくいだろう」

 少し大きめの声で話すと、酒場が少しだけ静かになった。グラスの反射を利用して背後や周囲を確認すると、俺の方を見ている人が何人か確認できる。俺の言葉に聞き耳を立てているのだろう。ひとりでも多くの人に話を聞かせるのが目的だったが、これなら事は一層スムーズに進みそうだ。

「ここへ来る途中、彼ら(反政府勢力)がデモをやっていたのを見ましたか? 毎回メンバーは違うんですが、よくもまあ、何度も開けるものですね」

「彼らには彼らの考える正義があるんだろう。それを、ルールに則ったうえで主張するなら何の問題もない」

「三日ほど前に、カスラの近くで警察と反政府勢力の衝突がありましたよね? ご存じですか?」

「もちろん知ってる。……ああいうのはよろしくないな。どんなに正当な主張も、武力に訴えれば、テロリストと何ら変わらない。ただ、そういう無法者(デスペラード)どもに惹かれてしまった大馬鹿野郎が友人にいるんだ」

 無論、友人とは俺自身のことに他ならない。

「ずいぶんと冒険好きな友人ですね……まさか、自身も無法者になりたいとでも?」

「何度か話を聞いているが、どうやらそのようだ。その友人は、元軍人でね。最初は反政府側に入りたいと言っていたんだが、犯罪組織と反政府側の協力関係が浮かび上がったということを新聞で知ると、今度はその犯罪組織も悪くないとか言い出す始末だよ……。知り合いにいたら、ぜひとも連絡をくれと。本当に、困った奴だ」

「私はこの店を営んで二十年になります。革命戦争中は、非番で、一時の楽しみを求める兵士たちのため、今表示されている値段の半分で酒を振る舞っていましたよ」

「兵士たちからは、さぞかしありがたがられただろう」

「ええ。あの時の彼らの笑顔は、私にとっての生きる活力そのものでした。不謹慎かもしれませんが、革命戦争のおかげで知名度が上がり、今があるのです。あの戦争で名を馳せた、アルバーン大佐やエルディー中佐には、ごひいきにしていただいていました」

 ふたりの名前に、俺は違和感を覚えた。

 俺の怪訝な表情を読み取ったのか、マスターはすぐにふたりの階級を訂正した。

「ああ。そういえば、確か現在は、アルバーン“中将”、エルディー“大佐”でしたね」

 なるほど。戦時中の階級だったか。俺は心の中で納得したが、武人と言う言葉の具現化したような人間のあのふたりが、酒場に入り浸っていたということに驚きだった。戦争中は、よく指揮の方法や、戦術について教えてもらっていたものだ。

「ちなみに、機会はめっぽう減ってしまいましたが、今でもにたまに顔を出しくれます。毎度貸し切りにするので、その姿を見れる者は、私以外にはいないのですが」

 そいつは凄い。今度無線で話す機会があれば、からかってやろう。その時があればだが。

「あの戦争で失った者もいれば、得た者もいるということだな」

「言いにくいことですが、その通りです。みな、お互いの立場を知ることができれば、きっと今の状況も解決できると思うのですが」

 空を飛ぶ鳥は、水中を泳ぐ魚のことは理解できないが、俺たちは同じ人間同士だ。立場や気持ちを、共有したり、考えたりすることはできる。主義や主張は、俺たちの理性を邪魔して止まない困った要素だが、それを克服できるのも人間だ。

「それができれば、きっと革命戦争も起こらなかったかもしれない」

 ガリムの開戦理由は、イーリス主導の包囲網による、安全保障上の懸念によるもの――という嘘で塗り固められた、資源の強奪だった。イーリスは山脈や湖、森林など、豊かな自然に囲まれており、漁業や農業といった、第一次産業も盛んで、国力を外国に依存していなかったのだ。一方のガリムは、山岳地帯や荒れ地が目立ち、第一次産業が育ちにくい。結果、第二次産業に活路を見出したものの、それはつまり、外国への輸出に、自国を託すということに等しかった。祖国が行った対ガリムの包囲網は、貿易を重視するガリムにとって死活問題であり、彼らが武器を取って立ち上がるというのは、至極当然の流れだった。

「あの戦いで散っていった兵士や市民たちが助かるのなら、私はこの店を喜んで畳んだでしょう」

 しばしの沈黙が、ふたりを包んだ。

「……湿っぽい話はこれくらいにしよう。困った俺の友人は、根気よく説得するさ……この店のオススメ料理は、何がある?」

 これで十分だ。俺は話題を変え、マスターと話し続ける。大体四十分ほど経ったあたりで、店を出ようと決めた。“友人”のことを話したのは、マスターとの会話の中で最初の数分だけだった。俺を見ていた連中に伝えた情報は、志願者が元軍人で、そいつは俺を通した連絡を待っているということのふたつ。奴らが人員を欲しているのなら、そう時間もかからずに、俺と接触を図ろうとするはず――あと一押しだ。

「そうだ、まだ名前を教えてなかった。俺は“ジェラルド”。ロントには旅行で来てる。ここから最寄りのホテルに泊まっていて、あと二日は滞在する予定だ。また来るよ」

「私はベントと言います。ぜひまたいらしてくださいね」

 マスターと握手を交わし、俺は店を後にする。

 計画通りに進めば、奴らとの接触は二日以内だ。



 あらかじめ予約していた最寄りのホテルの部屋は、カスラ最大の街にふさわしい内装だった。テレビにラジオなど、設備も充実しており、俺はベッドで寝がえりをうったり、雑誌を読みふけったりしながら、作戦行動中と言う名の怠惰な一時を過ごす。ホテルに宿泊し始めてから、チェックアウトするまでの三日間は、夕方以降になると、ベントのいる酒場に向かった。白髪を後ろへ流し、精悍な顔をした彼の口から発せられる話の数々に、俺は、ピアノの演奏に招かれた客のように、一心に耳を傾けていた。温厚な表情が絶えなかったベント。革命戦争を生き抜いた戦士と過ごす時間は、俺の心の何よりの癒しとなる。戦場にいたか、銃を撃ったか、敵兵を殺したか、そんなことは関係ない。あの時間を共有している相手と、こうしてコミュニケーションを取れることこそが、重要なのだ。

 三日目の朝。俺はチェックアウトのために荷物をまとめていた。不意に部屋の扉をノックしてきたので、ドアを開けると、ホテルのボーイが立っていて、俺にチェックアウトの時間が近いことを告げる。彼にチップを渡し、ホテルの出口へ向かう。

 エントランスに向かい、出口を見ると、付近に設置された椅子に、外出する客をひとりずつ丹念に見る男が座っていた。黒色のスーツに身を包んだ彼は、明らかに誰かを待っているようだった。俺は彼の視界に入らない場所に移動し、鞄から雑誌を取り出して読むふりをしながら、動向をうかがう。かれこれ十五分ほど経ったが、待ち人が来る様子はなかった。

 俺は雑誌を鞄にしまい、受付で手続きを済ませると、出口へ向かって歩く。さきほどまで席に座っていた男は、俺を視界に捉えるやいなや、黙って立ち上がり、こちらに近づいてきた。俺の容姿を知っているということは、ベントの酒場で飲んだ際、店内にいた者なのだろう。

「友人の話を聞いて会いに来た」

 男はただそう告げた。中々にうまい言い方だと、心の中で関心する。その言いぶりなら、彼の友人が俺のことを話し、興味が湧いて会いに来たと言えるし、俺が話した“友人”のことを知って、会いに来たとも取れる。

「……友達を誘うためか」

「ボスは“戦友”をなにより敬愛しているんでね」

 反政府勢力の指導者は、今のところ不明だ。つまり、ボスという単語は、犯罪組織の方である可能性が高い。我ながら運が良い。

「公衆電話で、彼に連絡してくる」

 そう言い放ち、俺は公衆電話が置かれている場所まで戻る。怪しまれないためか、男はこちらに付いてこず、さきほどまで座っていた椅子に、再び腰を掛けた。

 俺は硬貨を入れ、連絡を取った。適当に話をしたが、もちろん偽装だ。連絡を終え、男の下へ再び戻り、嘘の集合場所を告げる。

「ベントの店の裏路地に、十時に来てほしいそうだ。念のため、俺にも立ち会ってほしいと」

「あんたもか……まあいい。言っておくが、今回の一件、外部に漏らすんじゃねえぞ。もし漏らしたら、あんたには相応の対応を取らせてもらう。まあ、バラされてもとくに支障はないが、体裁としてな」

「肝に銘じておく」

 俺と男は、そのままベントの店へと向かう。横並びになることはなく、彼は人ひとり分ほどの隙間を開けて、後ろから付いてきていた。俺が妙な真似をしないか、警戒しているのだろう。脇には拳銃が収められたホルスターでも引っ提げているかもしれない。

 十分ほど歩き続けると、ベントの店の裏路地が見えてきた。

「あそこだな?」

「ああ」

 俺は曲がり角を曲がった瞬間、逆方向を向いて中腰になった。遅れて歩いていた男が目の前に来た瞬間、思い切り突進する。不意打ちを受けた男は、口から大量の空気を一気に吐き出し、うっと声をあげ、俺と同時に地に倒れる。俺はそのまま彼の身体をうつ伏せにさせ、首の頸動脈の流れだけを遮断できるように注意しながら、背後から腕を伸ばして絞めあげる。

 うつ伏せになった男は、銃を取り出そうと、右脇あたりに必死に腕を伸ばそうとするが、俺は右腕を(すね)で思い切り押し当て、動きを封じる。少しのあいだ抵抗を続けた男は、徐々にその力を弱め、やがて気絶した。

 さあ。ここからが本番だ。

 
















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