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春過ぎて  作者: 菊郎
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運命の悪戯 後編

 店を出て武装した者たちの下へ近づいていくと、俺たちの接近に気づいたひとりが銃を向けてきた。それに倣い、ほかの者も銃口を向ける。戦闘服に身を包んでいるわけでもなく、見てくれは、ただの普段着を着た一般市民だ。誰もが敵意をむき出しにして、鋭い目でこちらを睨みつけている。少しすると、銃を下げ、戦闘服を着た三十代ほどの男が、奥から近寄って来た。頭髪は短くまとめられ、あごには髭をたくわえている。彼が俺の目の前まで来ると、後ろにいた者たちは銃を下ろした。

「お前が、ロイ・トルステンか?」

「ああ」

 学校の出席を取るときのように、俺は滑らかに返事をする。目の前の男は少し驚いていた。

「……なぜ、我々の邪魔をする?」

 ブルクでの一件がある以上、もはや言い訳はできない。

「それが俺の任務だからだ。与えられた任務の是非を問う兵士は、イーリス軍にはいない。国家に忠誠を誓っているからな」

 それを聞いた男は微笑しながら、燦然と輝く星々が敷き詰められた夜空を見上げた。目を細めているその様子は、何かを懐かしむようにも取れる。月明かりに照らされて、彼の左肩が映ると、俺は納得した――鷹のワッペンが付けられている。

「そうだな、その通りだ。だが、国のためを思って動くのが兵士ならば、お前の行動は矛盾している。現状を維持していれば、イーリスはガリムと同等の責任を負うことになるんだ。革命戦争の時、正義のために立ち上がったという事実を、あいつら(ガリム)に消されてもいいのか? あんなくそったれどもと同じ扱いになってもいいのか? 少なくとも、俺は耐えられん」

「戦争を起こすのではなく、起こった戦争に立ち向かうのが兵士の本懐だ。戦うのは俺たち(兵士)だが、戦争を始めるのも、終わらせるのも、政治家どもの仕事だ」

「……説得は無駄か?」

「お前にはお前の、俺には俺の守るべきものがある。どちらが正しくて、どちらが悪いというわけでもない。だからこそ、この論争は永遠に終わらないんだ」

 もちろん、国を戦争に導こうとする彼らの目論見は、絶対に糾弾されるべきだ。しかし、それは、彼らが、彼らなりに国を思ってのこと。善悪は関係ない。イーリスのためという考えは、俺も、目の前の男も同じだった。

「……残念だ」

 そう言うと、彼は右手をあげた。すると、それに呼応して、後ろにいた者たちが再び銃を構える――時を同じくして、周囲には突然煙が立ち込め始めていた。






 煙に驚く敵を尻目に、俺たちはルイーゼが乗って来た車両まで移動した。今、奴らとは十数メートルほどしか離れていないが、少しは時間を稼げるだろう。途中で何発かの銃声が聞こえたが、今は聞こえてこない。

「うまくいったみたいだ」

 同じく車両に隠れていたフィリップが、俺に話しかけきた。どうやら、さきほどの煙幕は、彼によるものらしい。

「フィリップ、トランクから“私の装備”を取ってきて」

「わかりました!」

 ルイーゼの指示を受け、フィリップは車の後方へ移動する。

「素性を話しているのか?」

 おそらく、革命戦争当時に彼女が使っていた武器を取らせに行かせたのだろう。

「まさか。異常な身体能力を持っていても、武器を持って普通に戦っていれば、一般的な戦闘員と対して変わらないわ」

 三十秒ほどで、トランクから装備を抱えたフィリップが戻って来た。長く、黒いアタッシュケースは、あの頃とまったく変わらない様子だった。

「……ふざけるな!」

 車内から怒号が飛び出したので、俺もルイ―ゼも驚いて声がしたほうを向いた。ドアを開けて外に出たブルーノの眉は、これ以上ないほどに寄っていた。

「どうしたの?」

「署に電話して増援を要請したんですが、今待機している警察官がほとんどいないから無理だと言われたんです。情報通りルーカスがいて、しかも反政府勢力とも交戦しているというのに、上の連中はなにを考えてるんだ!」

「……なら、私たちだけでやるしかないわね」

 彼女はアタッシュケースを開け、中から銃を取り出す。ルイーゼの手に握られているのは、70センチメートルほどの銃身を持った、セミオートマチック式の散弾銃。街灯の光を鈍く反射する銃身は、アタッシュケースよりも黒かった。彼女の散弾銃は、銃身の下部、トリガーの少し先にある穴から、内部の弾倉へ弾を込めるようになっており、革命戦争当時は、敵との距離などに応じて弾を切り替え、器用に戦っていた。ただ、一発ずつでは効率が悪いので、弾は、種類別や、混合など、特注の透明のチューブに数発ごとにまとめられていた。中にはレールとバネが仕込まれ、下部のボタンを強く押すとバネの力でレールに敷かれた弾が前方へ射出。一瞬で弾倉に複数の弾を込めることができる。チューブは装填場所付近の銃身につけられるように改造されており、弾切れの際の迅速な再装填を可能にしていた。だが――

「二丁持っていただろう。もう片方はどうした?」

 俺と同様に、ルイーゼは両手に銃を持って戦っていた。わざわざレールをつけていたのも、両手がふさがってしまうことによる、リロードの面倒くささを解消するためだった。

「家にあるわ。“壊れたときの予備”としてね」

「散弾銃を二丁持って戦う奴なんて聞いたことない。ルイーゼさんのような使い方が普通だろう」

 ブルーノは言い放つ。とう言うことは“正体”は明かしていない。

「確認できただけでも、敵は十四名ほどね。どうするの?」

「皆殺しだ。ひとりも生きて帰さない」

 ひとりでも逃せば、相手にこちらの情報が伝わってしまう。それに、反政府勢力の奴らも、俺たちも、命を懸けているのだ。デモに参加している人間のほとんどは、国家間の戦争を経験したことはないだろうが、彼らには彼らの戦場がある。そして、ここもまた、戦場だ。情けをかける余裕などないし、かけるつもりもない。

「ジョッシュ、トーマス、煙幕を突っ切って、宿屋から大回りして店の裏口へ向かって。そこで金髪の女性が避難誘導をしているから、手伝うこと」

 ルイーゼの指示が出ると、名前を呼ばれたふたりは迅速な動きでこの場を後にした。今俺の側にいるのは、フィリップ、ブルーノ、ルイーゼの三人だ。

「お前の同志たちだろう? 絶対に反対されると思ったが」

「今私が求めているのは、極悪人の首と、故郷の平和。そのためなら、犠牲は厭わない――さっきの流れを見ればわかると思うけど、私は、彼らに素性までは知られていないわ」

 俺が小さい声で訊ねると、ルイーゼも同様の口調で返してきた。つまり、秘密裏に協力しているということだろうか。

「それまた、どうし――」

「おふたりとも、どうするんですか?」

 装甲車が走る音が聞こえてきたことで、焦燥感に駆られたのか、フィリップが急ぐような口調で訊いてきた。俺は自身の立てた作戦を、三人に告げる。

「まずは、煙幕を焚き続けて、敵の動きを慎重にさせるんだ。装甲車がいる以上、正面からの戦闘は絶対に避けるべきだな。最初に取り巻きを全滅させる。その後に装甲車二輌を潰す。作戦だが、まずは瓶を数本、車の中から探してくれ。なかったらほかの入れ物でも構わない。そして――」






 三分後、戦いは、ルイーゼが放つショットシェルの発射音から始まった。弾の内部に込められた多数の微細な鉄球が、視界不良で周囲を警戒していた数人の敵の前で花火の如く炸裂し、腕を、胴体を、足を引き裂く。フィリップとブルーノは、いまごろルイーゼとともに、車に身を隠しながら戦っているだろう。かく言う俺は、最初の攻撃を確認して以来、敵に見つからないよう、発砲はせずに、車から作戦に“必要なもの”を集めていた。今のところ、装甲車の発砲音は聞こえない。煙幕が功を奏し、射手が誤射を怖れて撃ってこないのだ。

「視界が悪い、うかつに動くな。そして、民間人は絶対に撃つな! 俺たちはテロリストではない!」

「ブルーノさん! 右から二名来てる、応戦して!」

 こうしているあいだにも、戦う者たちの声が聞こえてくる――。装甲車に備えつけられているのは、銃ではなく砲だ。銃よりも大きい銃口を持つ兵器・機関砲。人はもちろん、家の壁や車体程度なら、いともたやすく貫通する。が、それも今はただの飾り。

 これほどのチャンスはない。

 俺は目的のものを入れ物に詰めた後、飲食店の屋根まで跳んだ。上から、敵と味方の位置関係を把握するためだ。煙幕があるため、はっきりとはわからないが、発火炎の位置からして、ルイーゼたちと敵は、ここから二十メートルほど先、四台で縦一列に並んでいる車五つ分を挟んで交戦している。おそらく、人数差から考えて、発火炎の発生回数が少ないほうがルイーゼ側だ。俺は予定通り五分後に、持っていた手鏡を街灯に反射させ、ルイーゼに合図を送る。

 俺の合図を確認したルイーゼは、手榴弾を敵の上空に向かって投げた。爆風によって、反政府勢力側の煙幕が一気に晴れる。予想通り、発火炎の発生頻度の少ないほうがルイーゼたちだった。敵の多くは手榴弾の破片を受けて絶叫し、とある者――さきほどの戦闘服を身に着けていた男――は俺を見ていた。俺の考えにに気づいたのか、銃を構えているが、もう遅い。俺は敵に向け、目的のものが詰め込まれた五本の瓶を思い切り投げ、そして地上に降りた。

 空中を優雅に舞う五本の瓶は、敵が密集している場所の上空に到達した瞬間に炸裂した。もちろん、時限式などではない。ルイーゼが複数の散弾を当てたためだ。弾がめり込み、砕かれた隙間からは液体が漏れ、瓶に弾が当たった箇所から発した火花が液体に引火し、あらゆるものを焼き尽くそうとする炎となって一帯にまき散らされる。身を焼かれ、地に伏しながら力の限り咆哮する者の声を聞き、ルイーゼたちが銃撃を再開する様を横目で確認しながら、俺は敵の後方に待機していた装甲車に向かって突進した。

 二輌の装甲車までの距離は三十メートルほど。彼我のあいだの視界は良好であり、すでに両方が俺目掛けて走ってきている。轢き殺そうしているのは明らかだ。車輌が放つ砲弾を躱しながら、俺はもっとも距離が近い方へ接近する。小さめとはいえ、砲弾を高速で連射できるほど、うち(イーリス軍)の機関砲は発達していない。射撃間隔と砲台の回転する速度さえつかめれば、回避は容易だ。一輌目の装甲車の右側面へ近づき、駆動している六つの車輪のうち、右の三つに向けてマグナム弾を二発ずつ撃ち込む。右側のタイヤすべてがパンクしたことで、被弾した装甲車は制御を失い、宿屋の近くに植えられていた数本の木につぎつぎと激突した後、動きを止めた。入れ違う形で機を逃した二輌目の装甲車は、赤いマントに興奮して突っ込む闘牛の如く、こちらに方向転換し、猛烈な加速で接近してくる。俺は、もうひとつの集めていたドアを数枚重ねた特製の板を二組、紐を使い、腕の内側にしっかりと固定した。当てることを諦めたのか、向かってくる敵はもう機関砲を撃ってこない。走って来る装甲車の左右のタイヤに合うよう、俺は両腕を広げ待機する。激突する直前、俺は仰向けになって、自らの腕をタイヤの下敷きにした。大きな車輪をはめている分、車高は高く、俺の体はスムーズに車体の下をすり抜ける。俺は最後のタイヤが腕と重なり合った瞬間を見計らって、全身に思い切り力を入れ、上体を起こす。長い車体の後方を思い切り持ち上げられた装甲車は、半回転して仰向けになり、火花を散らしながら十メートルほど進んだ後、制止した。

 本当なら、一輌目と同様に、タイヤを撃って制御を奪いたかった。しかし、リボルバーへの迅速な再装填を可能とする、スピードローダーを不覚にも宿屋に置いてきてしまっていたのだ。装甲車は重いが、悪路の走破が目的であるため、その加速力はすさまじい。高速で迫る巨体に対して、いちいち一発ずつリボルバーへの装填を行っていては、間違いなく間に合わない。だからこそ、自らの身体を使うことに決めた、結果は――なんとか成功したようだ。




 俺はその場に座り込んでドアを外し、両腕の状態を確認する。左腕に力が入らないことから推測するに、どうやら折れている。右腕にも痛みが走るが、感覚もあるし、力も込められる。

「!」

 ルイーゼたちのほうへ向かおうとした瞬間。裏返っていた装甲車の砲塔から弾が発射された。砲弾は俺のすぐ左を音速で駆け抜ける。砲塔は地面と車体に挟まれているため、旋回できないのが救いだった。今まで、それなりに修羅場を潜ってきたが――いまのは肝を冷やした。砲弾がもし頭部に当たっていたら、跡形もなく吹き飛んでいたに違いない。射手による最後の抵抗だったのか、最初の一発以来、もう撃ってこなかった。

 ルイーゼたちの下へ急行すると、敵はほぼ全滅していた。皮膚を焼かれ、真っ黒になった者、頭を撃ち抜かれ、後頭部が破裂している者、戦いの敗者となった者たちの体が、ブルーノとフィリップの手によって、次々と駐車場の空いている場所に運ばれてきている。

「ロイ。生き残りがいるわ」

 ルイーゼは近づいて来る俺に気づき、いち早く声をかけた。ルイーゼが銃口を突きつけるさきには、俺に話しかけてきた、戦闘服に身を包んだ男が、息も絶え絶えに、車にもたれかかるように座っていた。胴体のほとんどは炎に焼かれ、皮膚のあちこちがただれている。おそらく肺にも大量の炎を吸い込んでいるだろう。さらに、右の肺に、ふたつ、腹部に、ひとつ銃創がある。その凄惨な姿は、避けられぬ死を表現していた。 

 男は俺を視界に捉えると、顔をこちらへ向け、必死で腕を前に伸ばしてきた。こちらへ来いと訴えているようだ。要望通り俺は彼に歩み寄り、片膝をついて屈んだ。

「ア………ム……ル…ベ………」

 何か話そうとしている。

「何だ?」

「アンゼルム……、アンゼルム・キルンベルガ―! ……俺の……名前……」

「アンゼルム・キルンベルガー、それが、お前の名前なんだな」

 周囲の風音に消え入りそうな声で、目の前の男はアンゼルム・キルンベルガーと名乗った。俺の復唱を訊くと、アンゼルムは頷いた。

「第……六〇八機甲師団所属……アンゼルム・キルンベルガー中尉……。忘れ……ないで……頼む……俺のことを……覚えていて……くれ……!」

 アンゼルムは怖れていた。平和な世界になったことで、活躍の場を失った自分の将来を。かつて命を賭け、国のため、民のために戦った者たちは、いつしか過去の遺物となった。必要とされなくなることが、どれほど恐ろしいことかなのかは、俺も理解している。

 多くの人々から忘れ去られ、そして死に行く。ふたつの恐怖に心臓を掴まれているアンゼルムは、涙を止めどなく流しながら、残されたわずかな力をふり絞って、遺言を伝えた。ルイーゼは真剣な眼差しで、アンゼルムを見つめている。

「俺は、第五一八歩兵連隊指揮官のロイ・トルステン少佐だ。キルンベルガー中尉……俺たちは、中央公園でイーリスの国旗に誓ったな。この国と、そこに住まう民を守るために、命を賭けると」

「……ああ……」

 呼吸がかなり浅い。もう、長くない。

「さきほども言ったが、君は間違っていない。君は君なりの考えを持ち、イーリスを良い方向へ導こうとしたんだ。平和な世界となって、自ら軍を去っても、変わらず国家へ忠誠を尽くし続けたこと――その高潔な意志は、何よりも尊く、称賛に値する」

「少佐――」

 アンゼルムは、震える右手で敬礼をした。すかさず、俺も敬礼で応える。世界が移ろいでも変わらずに、国のために戦った男は、直後に息を引き取った。……俺とアンゼルムのあいだに、交友関係はない。言うなれば他人だ。傍から見れば、最後まで他人の最期を親切に看取るというのは不思議に取られるだろう。しかし、国のために生きている相手ならば、あいだにどれほどの親睦があるかなど関係ないのだ――戦友という名の下に、俺たちは何よりも固い絆で結ばれているのだから。




























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