舞台裏
「諸君、夜遅くにすまない。眠いのはわかるが、寝ないでくれよ」
イーリス軍施設の会議室に、私を含めた数人の男が集まっている。円卓の席についている男たちは、誰もが眉間に皺を寄せていた。無理もない、深夜一時に緊急招集などされたら、誰でも不機嫌になる。だが、そう悠長に構えていられるほど、事態は軽くないのだ。
「博士、ロイ・トルステン少佐からの報告では、ブルクで彼は反政府勢力と思しき部隊に襲撃を受け、さらに別の≪五つ子≫であるラーヴィには、ロイがクルスに入っていたことがバレていたらしいな」
「うむ。彼と私で話をしたが、スパイがいる可能性がある。それも、“私たち”の中にな」
そう言って、博士は会議に集まった者たちを順繰りに見ていった。
「つまり、上層部の中に裏切り者がいて、そいつが今回のラスト・コート作戦を妨害しているかもしれないということですね、首相?」
「その通りだ、アルバーン中将」
恰幅のいい男である、アルバーン中将に聞かれ、私は首を縦に振りながら答えた。作戦を知るメンバーたちに不信感を植え付けることが敵の目的のひとつなら、現在の私たちはまんまと術中にハマっていることになる。
「チームワークにおいて、不信感はもっとも嫌悪すべき感情だ。だが、放っておけば、さらに厄介なことになる」
「首相、お言葉ですが、私たちはイーリスに絶対的な忠誠を誓っている身です。そのような反逆行為に手を貸す理由など、あろうはずがございませぬ」
エルディー大佐の言う通り、このメンバーに限って裏切り者がいるなどとは思いたくない。会議室の照明が、彼のスキンヘッドを反射する。かなり威圧的な雰囲気をまとってはいるものの、本人は至って優しい。今年七十歳になるが、歳など微塵も感じさせぬ凛とした態度は、まさに軍人という出立だった。
「エルディー、現に今回の作戦が漏れているのだ。考えたくないが、裏切り者の可能性が浮上すれば、真っ先に疑われるのは、高レベルの権限を持っている我々だ」
メルクロフがかけた眼鏡の位置をずらしながら言った。
「国に命を捧げてこそ軍人だ。そこに背信などあろうはずがない。文民のお前にはわかりにくいかもしれんがな」
アルバーンからの軽口を受けて、メルクロフはむっとした。険悪な雰囲気にしないためか、博士は会話を進める。
「言っておくが、まだ可能性の話だ。この中に裏切り者がいるかもしれないし、もしかすると軍内部の、ほかの誰かかもしれない。それとも、まったく関係のない人間ということもあり得る」
相変わらず、博士は淡々と物事を伝える。それが時に人を傷つけもするが、このような報告の場では、はっきりと事実を話してくれたほうがありがたいし、内容を把握できれば対策も立てやすい。
「ロイ以外の<五つ子>が、個人的なコネクションなどを使い、情報を流しているというわけではないのか?」
アルバーンが博士に尋ねる。
「密偵たちからの情報によれば、それは確認されていない」
「<五つ子>の情報は、国民に漏れているのか?」
「そうだとしたら、今頃お祭り騒ぎだろう。理由はわからないが、調査では、反政府勢力には『ロイという名のイーリス軍人が、自分たちを妨害しにやって来る』というレベルの内容しか知らされていないようだ。まあ、ほかの<五つ子>にとっては意味のない事だがな」
「<五つ子>の情報を伏せる理由は、何なのだ?」
メルクロフが続けて問う。
「さあな。何か別の狙いがあるかもしれない。とはいえ、その意味のわからないこだわりのおかげで、私たちの首の皮がつながっているというのは、皮肉だな」
博士の言葉に、まったくだ、と私は思った。しかし、このような状態に安心するわけにはいかない。≪五つ子≫の情報を隠す理由がわからなければ、いつ開示されるかもわからない。タイムリミットが明確でないのは、精神的にきついものがある。
「まさか国家転覆の計画まで考えているとは……。反政府運動の真相もそうだが、<五つ子>がそんなことを立案していることのほうが驚きだ。あれだけ国に尽くした戦友だったというのに……」
残念そうな顔で、アルバーン中将が呟く。革命戦争は、≪五つ子≫無しでは勝てなかった。そんな英雄たちの一部が、反逆者として動乱に加担しているなど、悪夢でしかない。≪五つ子≫は戦いに生きる存在だが、彼らのためだけに戦争を起こすなどという暴挙に出られるはずがなかった。本能のままに戦争を仕掛けるなど、絶対にあってはならない。
「誰が、どうやって情報を盗んでいるのかわからない、その提供先も不明、流出させている存在も検討がつかない。加えて、<五つ子>の情報だけを伏せる理由も想像がつかん。これでは八方塞がりだ。イーリスの未来のため、何としても探し当てねばならない。英雄が時代の理不尽さによって、最悪の旅路を歩んでいるのだ、せめて、不安定要素は排除しなければ」
<五つ子>の情報を開示しないということは、知られると困るということ、それに該当する者は、ここにいる者たちくらいなのだが、今話し合っても収穫はないだろう。もっと情報がほしい。
「ラスト・コート作戦は中止することなく進めて問題ないかと思います。こちらから確かめることができぬのなら、餌を使い、相手が出てくる時を窺うというのも有効ですから」
エルディーの言う通りだ。情報収集はしつつ、ロイたちにはこれまで通り作戦を遂行してもらい、その都度、流出した情報の内容なども調べ、詳細を判別する。この議題の後、私たちはついでに、イーリスの政策などについて三十分ほど議論を交わした。
「諸君、わざわざ集まってくれてありがとう。会議はお開きだ」
会議が終わると、アルバーン、エルディー、メルクロフは速やかに会議室を出た。残っているのは、私と博士だけだ。
「ウェント。まだ、報告していないことがある」
「何だ?」
「スパイ候補は、上層部以外にひとりいる――セレーヌ・アデライードだ」
「作戦に同行した、アデライード家の令嬢か……続けてくれ」
「ラスト・コート作戦の失敗は、すなわち戦争の時代の再来を意味する。それを喜ぶのは、反政府勢力、そして、この国が共和政に移行することとなった革命で、市民と対立していた貴族勢力だ。詳細は資料が見つかっていないから不明だが、現在軍との関係が深く、そして規模の大きい貴族と言えば、アデライード家、ブリジット家、グロート家の三つ」
「仮にアデライード家がクロだとすれば、セレーヌが今回の作戦に推薦されたのも頷けるな」
だが、彼女は新米だったはずだ。そんな頼りない存在を、わざわざスパイに選ぶだろうか?
「一応、頭の隅に留めておいてくれ。まあ、もしそうなったら、当主の家にお邪魔して事情を訊くとしよう。ここから近いことだしな」
そう言って、博士は会議室を出た。私は席についたまま、紙コップに入った水を一気に飲み干す。今回の作戦は嫌なことばかりだ。スパイの存在や、動乱の件もそうだが、何より、友人がこの最悪な作戦を、今も遂行しているかと思うと、罪悪感で胸が締め上げられそうになる。今回の作戦の立案にあたって、私たちは議論にかなりの時間を費やした。しかし、≪五つ子≫の情報をガリム上層部が握っている以上、我が国の立場を守るためには、条件をのむしかない。人体実験を行っていたことが明るみに出れば、国の世論はもちろん、諸外国に対する印象も最悪だ。……だが、それでも、良し悪しで計れるほど、友情は単純ではない。
ロイとは士官学校で出会って以来、頻繁に連絡を取り合うほどに親交の深い間柄になっていた。革命戦争以前も、パークス大陸では数多くの戦争が行われており、祖国の安全保障上の危機感を感じて、十二年間勤めていた当時の会社を辞め、イーリス軍の門を叩いた。妻には強く反対されたが、国のため、そして、愛する家族のためだと根気よく説得して、ようやく首を縦に振ってくれたのを鮮明に覚えている。肝心の士官学校では、入学時点で三十三歳だった私に、友人はほとんどできなかったが、ロイやリックは別だった。大半の人間が外見の良さなどの第一印象で相手を評価した気になっているのに対し、彼らは内面を見てきた。はたから見れば、十歳以上も年の差がある友人と親しくしているのは珍しかったかもしれない。だが、私を受け入れてくれた彼らがいれば、周りの反応などどうでもよかった。
革命戦争が終わり、<五つ子>が消えた後、“なぜか”ロイも軍を退役した。当時は彼が<五つ子>のリーダーだったとは露程も知らず、親友や≪五つ子≫が一線から退いたということで、リックや私を含め、ともに退役を選んだ者は少なくなかった。事の真相を知ったのは、私が軍属だったころの知り合いによって政治的手腕の能力を見出され、政界入りしてから三年ほど経った時。元軍人だったことや、ロイと友人であることを聞きつけたジェラルド博士がこっそり教えてくれたのだ。あの時は、機密を教えてくれた博士に感謝の気持ちでいっぱいだったが、よく考えれば、余計な情報を知ったという理由で、極秘裏に消されてもおかしくない。博士は私に機密を話したことは極秘だと言っていたが、秘密を共有することで、私の行動に制限をかけ、都合のいいリーダーを作りたかったという考えもあるかもしれない。
何はともあれ、この国のため、リーダーとなって舵取りを任されているのは、大変光栄なことだ。
ロイの作戦がスムーズにいくようにサポートするのは、彼にすべての責任を押し付けた、情けない私たちのせめてもの償いでもある。せめて、ロイが作戦を完遂する前に、一度でもいいから話をしたい。この国を背負う首相として、そして、彼の友人として。




