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春過ぎて  作者: 菊郎
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忠義 後編

「時代の礎となれ、隊長!」

 俺は一瞬で片を付けるため、足に力を込めて前方へ加速した。対戦車ライフルの先にある長い銃剣で、彼の心臓を貫くためだ。ラーヴィは素早く反応し、左腕に構えた重機関銃で俺に向けて発砲するが、俺は突き進みながらそれを銃剣や銃身で弾く。銃剣はともかく、銃身に弾を受けることはなるべく避けたかった。特注品であるこの銃の強度は信頼しているが、さすがに大口径の弾を連続で受けることなど想定していない。だが、車や窓際など、どこかに固定して撃つことを前提としている彼の得物は発射可能な弾の口径が大きく、その分威力も高い。一発でも当たれば一気に不利になってしまうので、防御を疎かにはできなかった。

 銃剣の範囲にラーヴィが入ったことを確認し、俺は右腕の対戦車ライフルで渾身の突きをお見舞いする。

しかし、彼の重機関銃についた刃で弾かれ、銃剣は顔を少しかすめた程度だった。俺は間髪入れずに左腕の銃を突き出す。ラーヴィは左腕を使っているため無防備になっており、これで終わる――はずだった。

 ラーヴィは右腕で懐から拳銃を取り出し、俺に向けて発砲してきた。拳銃と対戦車ライフルでは取り回しの違いは雲泥の差だ。弾が発射される寸前のところで回避して二階部分にあった通路の柱の後ろまで移動したものの、左の脇腹に鋭い痛みが走る。

「まさか、俺が拳銃を使うとは思ってなかっただろう!」

 ホルスターに拳銃を戻りながら、ラーヴィは俺の逃げた方向に向けて言い放つ。

「小さくてしょぼい銃なんて使うつもりはなかったんだがな。今みたいな緊急時には役立つもんだ。まあ、お前の真似なんだが!」

 脇腹から血が少し流れていたが、弾は運よくかすった程度で、大した傷ではない。

「お前はそんな程度じゃないはずだ。 <五つ子>をまとめ上げた力を見せてくれよ!」

「上等だ……!」

 俺は小さく呟き、煙幕手榴弾をラーヴィの近くに投げる。急速に広がる煙から逃れるべく、彼は聖堂の中央へ向けて走り出した。俺が二階から飛び降りつつ対戦車ライフルを構えると、ラーヴィも重機関銃を向けてきたが、俺は撃ち下ろし、奴は上に向けて撃つ形になる。こうなれば、撃つまでの速度は俺のほうが速い。走るラーヴィの行く先を見越して発砲する。吸い込まれるように、弾丸は彼の体の方へ向かっていく。ラーヴィは反応し回避行動をとるが、弾は彼の左手の薬指と小指を吹き飛ばした。

「くそっ……! 痛てぇじゃねえか!」

 再び格闘戦を挑もうとする俺に怯む様子もなく、ラーヴィは重機関銃を振るう。俺の対戦車ライフルと刃同士が交わり、火花を散らした。何度も斬ろうとしては互いに弾かれ、その都度体勢を立て直し、銃撃を交えながら斬り合う。その様は、まるで時代劇の殺陣(たて)でもしているかのようだった。ラーヴィの戦い方には、昔から型がない。自分を見てくれと、ひたすらに主張してくるかのような、必死の攻撃だ。

「面白いな……! ロヴァンス、こんな刺激は、ここ十年では味わえなかった! 雑兵どもを殺しまくる瞬間、戦車を鉄くずにして、それまで自信満々だった随伴歩兵どもが血相を変えて逃げ惑う姿を見ていた時に感じたのと同じ感覚が、いま戻ってきた! これだ……、いつ死ぬかもわからない、緊張感だ! 平和なんて退屈な日々はいらない、死と隣り合わせの毎日だけが俺を潤してくれる……、色を与えてくる! 俺たちは戦いに生きる者、まさに戦士だ!」

 鍔迫り合いの最中、ラーヴィが発した言葉に俺は返す。

「戦士だと? お前はそんな高尚なものじゃない。戦乱の世界を実現させたいがために、国家転覆を狙い、秩序を破壊しようとする、ただのテロリストに過ぎない!」

 左手に負った怪我の痛みのせいか、彼が少し力を緩めた。その隙を逃さず、俺は片方の得物でラーヴィの重機関銃を弾いた後、もう片方の対戦車ライフルを、グリップから手を放して銃身の前の方を強く握り、そのまま彼の太ももに向かって振り下ろす。ラーヴィは両手で持っていた重機関銃から左手を離し、残った三本の指で拳銃を取ろうとしたが、俺の方が速かった。

 彼の右の太ももに、銃剣が深々と突き刺さる。一瞬の間を置いて、血が湧き水のようにあふれ出した。だが、それでもラーヴィは怯まない。突き刺した方の対戦車ライフルの銃剣を右腕でへし折り、俺の腹を左足で思い切り蹴とばす。骨が軋む音が俺の頭を駆け巡った。

「はぁ……はぁ……」

 数メートル後ろに吹き飛ばされ、俺は長椅子に激突する。蹴られた際に肺を圧迫されたせいか、一瞬息ができず、必死で空気を吸い込んだ。その度に胸がズキズキと痛む。おそらく一、二本ほどあばら骨が折れているのだろう。激突した長椅子の後ろに即座に隠れ、俺は周囲を(うかが)う。吹き飛ばされた場所は、本堂の扉の近く、最前列にあった長椅子付近のようだ。顔を少しだけ上に出して周囲を伺しても、ラーヴィの姿は見えない。俺と同じように長椅子のどれかに隠れているのか。右の太ももには深々と銃剣が刺さっている。二階へ跳躍するほどの筋力は使えないはずだ。



「安心したぜ……隊長! まだまだ腕は錆びついていないらしいな!」

 前方から、ラーヴィの声が聞こえる。大きく堂々とした口調だが、その中には焦燥の色が混じっていた。俺は長椅子から身を乗り出し、声の発せられた右の方向へ対戦車ライフルを連射する。弾が当たった長椅子はすべて木っ端微塵になったが、そこに彼はいなかった。

「――こっちだ!」

 さきほど撃った方向とは逆の左からラーヴィは身を乗り出して発砲する。不意の攻撃を受け、俺は弾丸をさばききれず、右肩に一発被弾した。肩の肉を思いっきり抉られ、骨が一部露出している。痛みを感じる暇もなく、俺は弾丸の雨を浴びせるラーヴィから逃れるために別の長椅子へと移動した。弾が当たった長椅子から出てきた煙とほこりのおかげか、お互い相手を見失い、再び状況は膠着状態に戻る。俺は対戦車ライフルの弾倉を交換するが、これが最後の一組だ。あとはリボルバー式の拳銃が頼みの綱となる。

「まんまと引っかかったな! 録音機だよ!」

「舐めた真似を……」

 まさか一般でも流通している機械を使ってくるとは思わなかった。元々、自分を立派に見せられるような、外見が美しい物だけを使うような奴だが、十年という年月は、人を変えるには十分のようだ。両手に構えた対戦車ライフルに力を込めるが、肩を抉られた衝撃のせいなのか、右腕に中々力が入らない。俺は仕方なく右手に持っていた、銃剣が折れたほうの得物を床に置き、代わりに、ホルスターから拳銃を取り出す。マグナム弾を使用している拳銃の反動は相当なものだが、この傷なら問題ない。対戦車ライフルの重量に比べたら、羽毛のようなものだ。

「見えたぞ、お前の肩が抉れる瞬間を! 痛覚が抑えられているとはいえ、重傷はお互いきつい――」

 俺はラーヴィが話し終えるのを待たず、閃光手榴弾を前方へ投げる。すると、案の定、彼は拳銃でそれを撃ち、こちらの方へ返してきた。その弾道を、俺はこの眼で確認する。俺は弾道を確認した右前方へ撃ちつつ、聖堂中央を走りながら、閃光手榴弾の影響を防ぐため、目を一瞬瞑った。眩い光は防いだが、代わりに三十年生きてきた中でも感じたことのない大きな音が耳に届き、目まいに吐き気、立ちくらみが俺を襲う。ラーヴィも真ん中へ歩きつつ撃ってきたが、彼も体がふらついていた。それでも、その眼光は確実に俺を捉え、拳銃を発砲してくる。

「こ――終――にし――! 兄―!」

 ラーヴィが何か叫んでいるが、よく聞こえない。俺たちは互いに撃ち合うが、視界が定まらず、一向に弾が当たらなかった。そう思っていると、ラーヴィの拳銃の弾が、俺の下腹部を貫く。その痛みが目覚まし代わりになったのか、平衡感覚がいくらかマシになった。俺は全身に力を込め、左手に持っていた対戦車ライフルをラーヴィに向けて思い切り投げつける。彼はとっさに片手で重機関銃を持ち、これを弾くが、俺は間髪入れず、リボルバーに再装填した六発を彼に撃ち込んだ。六発のうち三発は命中し、その中の一発は、銃剣が刺さったままの彼の太ももに当たる。彼に追い打ちをかけるため、崩れ落ちるラーヴィへさらに接近した。

「――! まだ……だ!」

 俺の接近に反応し彼は拳銃を俺の足に向けて発砲してきた。足の裏に痛みが走るものの、止まるわけにはいかない。そのままの勢いで、彼の胸を思いっきり蹴飛ばした。ちょうど何かの瓦礫があった場所へ飛ばされて激突すると、彼はひと際大きなうめき声をあげる。どうやら、瓦礫の中で尖っていたものが、身体に刺さったらしい。敗北を悟ったのか、それっきり、彼は動くのを辞めた。普通ならどう考えても助からない傷だが、≪五つ子≫(俺たち)は違う。拳銃のシリンダーに再度弾を装填し、俺は撃たれた左足を引きずりながら彼に歩み寄った。




「背信者への……罰ってとこか……」

 ラーヴィは瓦礫を見てそう言った。

「やっぱ……強いな、隊長は。だから戦いたくなかったんだよ」

「それはお互い様だ」

「……俺たちはどこで間違えた? 俺は……ただ、自分の役目を果たしたいがために、祖国を思って、動いていただけなのに……。どうしてなんだよ、どう……して!」

「酒場でも言っただろう。≪俺たち≫(五つ子)は、もう必要とされてないんだ」

「……」

 彼は沈黙する。死の間際、どういったことを考えているのか、俺にはわからない。

「ロイ、俺は、お前の役に立てたか? 革命戦争の時、自己本位で身勝手なことばっかしてよ……、怒られても軽いノリで返してたからさ……」

「≪五つ子≫に、不要なやつなんていなかった。誰一人として。血は繋がっていないが、俺たちは家族なんだからな。それに、お前の傍若無人ぶりは、自分を戒める、いい反面教師として機能してくれたよ」

「……そりゃよかった」

 彼は穏やかに笑いながら、そう言い放った。

「お前に殺されるなら、悪くない。……権力の犬としてご主人様の期待にそえられるよう、せいぜい頑張るんだな」

「ああ、頑張るさ」

「それと、ナターシャという女性が、ここに来るかもしれない。そしたら、彼女に、生きてほしいと伝えてくれ」

「わかった、約束は果たす」

「……ありがとう」

 戦いの終わりを告げる銃声が本堂に響き渡る。彼は眉間を貫かれ、息を引き取った。俺は亡骸を刺さっていた瓦礫から引っ張り、床に横たわらせる。長い、長い静寂が辺りを包んでいた。





 戦友に黙祷を捧げた後、負傷した箇所に応急処置を施していると、本堂への扉が勢いよく開け放たれた。栗色で長髪の女性が鬼のような形相で歩いてくる。セレーヌが後ろから続いて入ってきた。

「入ってはダメと言ってるでしょう! ここは危険で――」

「よくも、よくも! 私の大切な人を……!」

 彼女は叫び、懐から取り出した拳銃を構える。その銃口はほかでもない俺に向けられていた。

「……君は?」

「ナターシャ、ナターシャ・ヘルツフェルトだ!」

 ラーヴィが言っていた女性だ。そして、ヘルツフェルトという姓、それを聞いて、俺はひとつの答えが浮かんだ。そう、彼女は――。

「ラーヴィの妻か?」

「そうよ、ラインハルト・ヘルツフェルトは、私の夫。彼のクーデターに賛同し、一緒に暮らす傍ら、行動の手助けをしていたの。――夫はもう、決起の行く末を見届けられないけどね……!」

 ナターシャは、俺の背後にある彼の死体を見て言った。彼女の頬からは涙が流れており、悲しみに歪んだ表情は、これ以上にないほど悲痛だった。きっとラーヴィは彼女に今日の事を伝えていたのだろう。それで、結果を確かめるべくここまで来たと。

「ラーヴィは最後まで立派な男だった――」

「――ラインハルトよ。その忌々しい名前で呼ばないで」

 ラーヴィという名は、≪五つ子≫として兵器に生まれ変わって以降に博士から与えられた名前だった。ほかの≪五つ子≫である、ルヴィアも、ヴィクスも、デイヴも、みな本名ではない。五つ子ということで、それぞれ数字のVを入れた名前になっている。ロヴァンスは俺の第二の名前で、ロイが本名だ。

「そうだな、それが彼の本当の名前だからな。……ただ、“それはやめたほうがいい”」

 彼女はずっと俺に銃口を向けていた。

「どうして? 自分が満身創痍だから、命乞いでもしようというの?」

「たとえ深手を負っていても、君のような一般人を無力化するのは容易い。それに――手負いの獣は危険だぞ」

「ここで死ぬ気はないってことね?」

「任務を遂行するまでは」

 出血の影響か、身体が少しふらついていた。被弾した箇所も痛みが続いている。可能な限り早く軍の施設へ向かい、治療を受けなくてはいけない。

「家族とも言うべき間柄の人間を殺して、なんでそんなに平然としていられるの? ラインハルトは、お前のことを信じていたのに!」

「下された任務に忠実であるのが兵士だ。国に忠誠を誓っている以上、そこに私情は挟めない。ラインハルト自身もわかっていたはずだ」

「――そうだとしても!」

「セレーヌ、悪いが、軍の施設まで行って車を手配するように伝えてくれ。俺は教会で待つ」

「え? わっ、わかりました」

 そう言って、セレーヌは外へと向かった。

「生きてほしい、それが、ラインハルトが君に向けた遺言だ」

「!」

 夫の遺言を聞いて、彼女は動揺していた。

「もし君が俺を撃つというのなら、君を返り討ちにする。何もしないというのなら、俺も何もしない。そもそも、俺の目的は≪五つ子≫の殺害だ。本人以外の犠牲は、なるべく出したくない」

「私は――」

 俺はそのまま本堂の外へ向かう。ナターシャは俺とすれ違うと銃を下ろし、ラーヴィの下へ歩み寄った。廊下へ出ると、俺は大きな扉を閉ざす。慟哭の声は、聞こえなくなった。





















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