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春過ぎて  作者: 菊郎
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求めるものは




 ミディレルの作戦で俺に叱咤されて以来、ラーヴィの動きは明らかに変わった。具体的に言うなら、チームワークを意識している。武器で弾くことはできても、<五つ子>は戦車や装甲車のように身体で弾丸を防ぐことはできない。身体能力が飛躍的に高さ、傷の治癒力の優秀さを除けば、一般的な兵士と大差ないのだ。

「今回の作戦、MVPはお前だな」

 ラスペン州の最北端。国境付近に設置された前線基地から少し離れた<五つ子>専用の天幕の前で、俺とラーヴィは酒を酌み交わしていた。満月が煌々と辺りを照らす中、木製の椅子に腰を掛けた俺たちは勝利の美酒に酔う。

「隊長の指示あってこそだ」

 戦車、自動小銃の普及、そして<五つ子>の登場。さまざまな要因が重なり、イーリス軍の士気は右肩上がりだ。戦力で拮抗しているのなら、あとは作戦と士気が物を言う。

 ガリム軍の陣地の積雪量が少ないことを利用し、午前中の日差しで雪が溶け、地面がぬかるみ始めたところを複数の方角から急襲するという大将の作戦は完ぺきだった。ガリム側の戦車は分散して停車しており、地面の影響で満足に動けないせいか、自軍への支援・救援もろくに機能していなかった。イーリス(俺たち)によってあっけなく各個撃破されていく姿は、少し前までは想像もできない。ルヴィアにヴィクス、デイヴを欠いた状態での作戦には少々不安が募っていたが、杞憂だったようだ。どうにかうまくことが運んだ。あと一息。もう少しで、戦線を国境まで押し戻せる。

 ジョッキを握る手に雪が落ちてきた。息も白くなる寒さだが、前で燃え盛るたき火と、飲んでいる酒のおかげか妙に身体が温かい。右手を持ち上げ、残りを一気に飲み干す。

「最初はさ、この戦争が終わった後、実名を公表してやろうと企んでたんだ」

 一足先に一杯目を飲み終えたラーヴィはそう話しつつ、自身の右にあらかじめ持ってきていた二杯目のジョッキを握った。

「でも、謎のヒーローってのも悪くねえな」

 彼を見やると、ラーヴィは照れ隠しのように酒をあおった。

「映画とか漫画に出てくるヒーローが、人目を避けたりマスクをつける理由がわかったんじゃないか?」

 正体がわからないからこそ生じる魅力というのは大きい。身元が割れた場合、本人の知名度は上がるかもしれないが、英雄としての影響力はなくなってしまう。<五つ子>は、知る人ぞ知る謎多き存在でいい。

「ああ。そもそも兵士(俺たち)は裏方の人間だしな。威張るような姿勢はかっこ悪い」

「そいつは朗報だ。機密漏洩を事前に防げてよかった。おかげで大将に大目玉食らわずに済む」

「言っとけ」

 彼は悪態をつくと、残った酒を飲み干した。

「……俺たちの決断は、間違ってないよな?」

 溶けたチーズに浸けた厚切りのパンを食べながら、ラーヴィはつぶやいた。チーズが思った以上に熱く、俺は口で冷ましながら、

「<五つ子>になったことか?」

「ああ」

「もし<五つ子>がいなければ、ここまでイーリスの士気が上がり、ガリムの士気を下げられることもなかっただろう」

 イーリス各紙も、こぞって俺たちの存在について言及していた。とは言っても、現地の兵士から訊いた内容があまりに荒唐無稽だという理由で、戦場とは対照的に国民の反応はあまりよろしくないようだ。真偽のほどは、彼ら自身の目で確認するのがいちばんだが。

「みんなにはバレないようにしてたが、ミディレルに向かうとき、かなり緊張してたんだ。お前を激励したのは、もう後戻りはできないんだと、自分を説得するためでもあった」

 オレンジ色に燃え盛る火が、彼の横顔を鮮明に照らし出す。パンを握りしめながら、険しい顔つきでたき火を眺めていた。

「ミディレルでの戦いのとき、自軍が砲撃支援を行う前だったか。後退していた敵戦車の砲撃が、対戦車装備を持っていた味方四人を吹き飛ばしたんだ。一〇五ミリ砲を生身の人間が食らったらどうなるかなんて馬鹿でもわかる。あいつらは一瞬で肉と骨の欠片になってた。撤退しながら笑ってやがった周囲のガリム兵の顔は忘れられねえ」

 彼が話しているのは、アルバーン大佐と俺がやり取りをしているあいだの出来事だろう。

「仲間を殺した戦車は、砲撃で吹き飛ばせたか?」

「ああ。砲塔が爆発と同時に、ビックリ箱みたいにきれいに垂直に飛んでいった。火に包まれながら出てきた連中は、地面に倒れてそのままだ」

 沈黙が俺たちのあいだに流れる。薪が火によって弾ける音が寒空に響く。

「……どうして、単独行動をとった?」

 ラーヴィが独断専行をしたおかげで、俺も危険に晒された。あのときは訊きそびれたが、今ならいい機会だ。

「砲撃で吹き飛んだ仲間のひとりが、そのとき生きていたんだ。“上”だけの状態でな」

 俺は顔をしかめた。上半身だけとなったら、どれほどの痛みが走るのだろうか。徐々に暗くなっていく視界、遠のく意識に、どれほどの恐怖を感じるのだろう。死後のことは誰だって気になるが、死んだ本人から話を訊くことはできない。

「周囲に集まった味方がそいつの左手を握って、必死に励ましていた。右手にはペンダントみたいなのをつかんでたな。きっと家族か恋人の贈り物だろうな……最期には笑顔で死んでいった」

 俺はラーヴィの言葉に、黙って耳を傾けていた。

「そいつの表情を遠くから見てたらさ、ガリムの連中の顔を思い出して、底知れぬ怒りが湧いて来たんだ。気が付いたら、拠点を目指して逃げる敵部隊を追っかけてたよ。そりゃあ、戦場で戦う以上、殺しもすれば、殺されもする。そんなの当然だ」

 彼は息を吐き、もう一度吸い込む。

「けど、仲間が目の前で殺されて、平気でいられるか? 平常心を保つのは大事だけどよ、そこで完ぺきに耐えたら、俺にとってとてつもなく大切な人が死んだときも、すんなり受け入れるようになっちまう気がするんだ」

「数字だけで判断する人間にはなりたくない、か」

 俺の言葉を待っていたかのように、ラーヴィは満面の笑みを浮かべた。

「だから、また暴走するかもしれない。それを抑えるのが、隊長であるお前の仕事だ」

 彼が俺の肩を思い切り叩く。あまりに力強かったせいか、思わず咳き込んだ。落ちそうになったパンを握り直す。

「とんでもない悪ガキだが、自覚があるだけマシか。……この戦争の終わりも近い。このままチームワークを大事に、最後までやり遂げるぞ」

「ああ。連中(ガリム)に目にもの見せてやろうぜ」 

 互いに拳を突き出す。腕時計を見ると、針は二十三時を指していた。

「そろそろお開きにしよう」

 俺はパンを口に詰め込み、空のジョッキを手に取って立ち上がる。おう、と返事をしたラーヴィが火を消したことを確認し、ともに天幕へと戻った。














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