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春過ぎて  作者: 菊郎
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今を生きる

挿絵(By みてみん)

『ガリムとの平和条約締結を二ヵ月後に控え、ウェント首相は記者会見を開きました。同会見では、我が国イーリス、そして長年敵対関係にあったガリムが平和条約を結べる運びとなったことは、戦争を繰り返し行ってきた人類史上の中でも、大きな成果であると強調――』


 ラジオから声が流れてくる――戦争なんてくそったれだ。九割の人間がそう思う。それでも、朝は起きて、昼は学校や職場に向かい、夜は寝るように、当然のごとく繰り返されてきた人類の悪癖は“十年前”まで続いていた。その中でも“革命戦争”は特別だった。


『今後も軍縮の流れを加速していくと告げました。また、パークス大陸の諸国間で十年前に起きた革命戦争において、戦いの犠牲となった約二千万人の戦死者たちを悼む慰霊祭の開催を、今年のみ例外で平和条約締結と同じ日に行うと発表。関係者や遺族たちからはこの計らいに賛同の声が相次いでいます――』


 天に召された者たちの屍の数はまるで山、彼らの流した血はさながら湖だった。目の前に映る地獄に戦慄し、人類はこれまでにないほどの後悔と自責の念に囚われた。同族殺しの愚かさにようやく気付いた人々の努力により、パークス大陸では、本当に、小さな紛争もなにもなく、ただただ平和な時間が過ぎ去っていった。絵に描いたような、理想の世界。いったい理想主義者以外の誰が、このような事態を想定していただろう。


 『また、現在国内で起こっている、反政府デモを中心とした動乱についても言及。このような争いが国内で頻発していることに強い懸念を覚えているが、平和な解決ができるよう努めるとも。各地で応戦している警察、および駐屯している軍と連携をしながら対策を行っていくとのことです――』


 かつてはペンより武器を握っている時間のほうが長かった俺が一般的な生活を送っていることは、ほかでもない自分自身が一番驚いている。本当に、人生とはなにが起きるかわからない。


『続報が入り次第、またお伝えします。続いては、先日行われたサッカーの国際大会について――』


それにしても、ずいぶんと出世したもんだ。俺は片手で読んでいた本のページをめくる。


「ロイ」


 シオンが、俺を心配そうな声で呼んだ。黒く長い髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。


「どうした?」


「手、震えてるよ?」

 

 そう言われて自身の左手を見ると、確かに小刻みに震えていた。麻薬が切れた中毒患者のように。


「朝は血糖値が下がったりするだろう? きっとそのせいだ。身体がエネルギーを求めているに違いない。さっそく、君が作ってくれた料理をさっそく食べて腹ごしらえをしよう」


「調子いいんだから」


 少々呆れた様子で彼女が答える。


「レアールがまだ起きてこないの。悪いんだけど、起こしてきてくれない?」


「わかった」


 俺はテーブルを離れて二階へと上がり、レアールの部屋を目指す。彼の部屋のドアの前に着くやいなや、すかさずノックをする。それも勢いよく。


「まだ寝てんのか! 寝坊助が!」


 ドアを破らんばかりの勢いでノックをしたおかげか、部屋の中で人が動く音が聞こえる。


「声だけでいいだろ! んなでかい音出されたら心臓に悪い!」


「まったく、十六にもなって親に起こされる間抜けがいるか? 時間になっても来ないお前が悪い」


「あと五分で行く!」


「シオンが朝飯つくって待ってんだ。急げよ!」


「わかってる!」


 レアールの返事を聞き、再び1階の居間へ戻る。


「昨日は部活で遅くなってさ。寝る時間も遅かったんだ」


 あくびをしながらそう話すレアールが席に着く。


「陸上部の短距離だったよな? 調子はどうだ?」


「まあまあかな」


「素っ気ない返事だな」


「でも、この前ようやく百メートルを十二秒台で走れたんだ」


「レアールくらいの歳なら速いほうなんじゃないの?」


「中の上くらいだよ。速い奴なら十一秒台とかもいるし」


「部活もいいが、もっとしっかり遊べよ。働くようになったら、自分の時間はあまり取りにくくなるからな」


「しつこい。それ昨日も聞いたよ」


「それぐらい重要なんだって」


「ふたりとも、早く食べちゃってね」


 三人で取る朝食。ここから俺の一日が始まる。もうひとつの日常。

 朝食を済ませて仕事へと向かう直前、俺はシオンに尋ねる。


「そういえば、レアールの成績はどうなんだ?」


 あいつは荒っぽい性格だから、いささか心配だ。


「真ん中くらいね。でも、実戦形式の成績がおおむね良好って、先生が褒めていたわ」


「感覚で覚えるタイプだったか」


「どこかの誰かさんに似てね」


「……いつもレアールの面倒見てくれてありがとう。本当に助かってる」


 今の仕事が軌道に乗ってずいぶん経つが、代償として自分の時間が失われがちだった。レアールを孤児院から引き取ったばかりのころはたっぷりと可愛がってやったものだが。


「時間大丈夫?」


 シオンに言われ腕時計を確認する。時間を見てみると、もう悠長に話をしている余裕はなかった。


「そろそろ行くよ」


「あっ、ちょっと待って」


そう言うと、シオンは背伸びしたかと思うと、俺のスーツをいじる。どうやら少し崩れていたようだ。

「ありがとう。これで胸を張って行けるな」


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 バイクに跨ってエンジンをふかす。たくましい排気音とともに、猛烈な勢いで家が小さくなっていった。


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