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春過ぎて  作者: 菊郎
19/75

大儀

 拳銃を強く握られたまま、俺とラーヴィは無言で睨みあう。幸いだったのは、銃が隠れたままだったおかげで、周りから見ればただ見つめあっているだけにしか見えなかったことだ。膠着した状態で暗殺しようとしたことが周囲に発覚すれば、ここからの撤収は困難になっていただろう。

「おい! お前さんたち、何見つめ合ってんだあ? もしかして、“そっち”なのか? がはは!」

 ウィリアムがからかうように言う。酔っぱらいの言葉など、真に受けない人が多いだろうが、こちらの意図とズレたことを言ってくれれば、周囲にバレる可能性も低くなるというものだ。

「まさか。知り合いに偶然会えたので、感慨深くでついつい見つめてしまっただけですよ」

 こちらの意図を汲んだのか、ラーヴィはウィリアムの問いに間髪入れずに嘘で返した。

「そうなのか! そりゃあよかったなあ……。友人は大切にするべきだぜ。酒は金を出しゃ買えるが、友人はそんな単純じゃねえ。ええと……ロイって言ったか。どっかで聞いてことあるような名前だが……、思い出せねえな。まあいい、お前さん、ラインハルトと飲んでいけよ! おっさんはひとりで慎ましやかに飲んでるから」

 この時点で作戦は失敗だ。セレーヌを連れ、ただちにホテルへ撤収しなくては。

「そうですね。そうさせてもらいます。マスター、二階は確か十九時以降に開放されるんですよね? ちょっとだけ使わせてもらってもいいですか?」

「まあ、旧友とってことならいいだろう。今回だけ特別だ」

「若人たち、良いひとときを!」

 何勝手なことを! そう思っていると、ラーヴィは顔を俺に近づけ耳打ちしてきた。

「作戦のことをバラされたくなかったら、素直に言うことを聞いてくれ、隊長。従ってくれれば、“お嬢さん”の身の安全も保障する」

「……わかった」

 どうやら、ラーヴィはバッカスのマスターや常連とかなり仲が良いようだ。俺が彼を殺そうとしたとわかれば、全身が俺を攻撃しようとするか、警察に連絡するだろう。強硬手段に出ても、事の後始末は博士に任せればいいが、ラーヴィがセレーヌのことを知っている以上、彼の仲間が彼女を人質にとる可能性もある。俺は渋々了承し、ラーヴィとともに二階へ進む。後ろを振り向くと、セレーヌが心配そうにこちらを見つめていた。俺はそっと人差し指を立て、店の入り口の方を指す。ホテルへ撤収していいという合図だ。





「こうして直に会うのは十年ぶりだな、隊長」

 二階の構造は、一階の間取りをそのまま持ってきた感じだった。カウンターの明かりだけをつけ、俺たちは席に座る。ラーヴィの顔を見ると、加齢のせいか、顔には多少しわが出ていたが、それでも、ほとんど十年前から変わっていない。

「隊長はやめてくれ。もうお前たちとの関係は、ただの知り合いなんだ」

「それもそうだ、俺たちの居場所が無くなったからな。だが、俺を含め、ほかの兄妹もみな、あんたを今でも隊長だと思ってる」

 そう切り出しつつ、ラーヴィは持ってきた酒瓶の中身を俺のグラスに注ぐ。そして自分のグラスにも注ぐと、グラスを持って乾杯を促してきた。

「今日の再会を祝して」

「……今日の再会を祝して」

 俺たちはグラスを打ち付け、酒を飲んだ。アルコールが高いのか、喉が少し痛く感じる。

「隊長、この十年、何をやってた? 確か、新聞記者になったってのは覚えてる」

 機密保持のため、<五つ子>同士の連絡は基本的に禁じられていた。直接会うにしても、上層部による綿密なスケジュール調整が入るため、非常に面倒くさい。上層部も、それは承知の上だったのだろう。けっきょく、お互いの話ができたのは、戦争終結からそれぞれの故郷に帰るまでの、ほんの数ヵ月だった。

「新聞記者をやりながら、子供を育ててるよ。それと、交際中の女性もいる」

「女はいいとして――子供? ……ああ、“養子”か、すごいな。いったいどうして?」

「終戦後にとある孤児院に入って、集団から孤立していた子を引き取ったんだ。最初はえらく閉塞的な性格だったが、今では俺に軽口を叩けるぐらいまでに明るくなった」

「誰とでも仲良くなって打ち解けられるのは、お前の長所のひとつだよ」

「そっちはどうなんだ?」

 グラスの中身を口に持っていきながら、今度は俺がラーヴィに問う。ここでの主導権は、完全に彼が握っている。下手な気を起こして反感を買うくらいなら、解放されるまで付き合ったほうが得策だろう。

「俺は、土木建築の仕事をやってる。古い建造物が多いからか、ここ十年は案件にも困らず生きてこれた。我ながら感心したさ」

「よく人の下で働けたな。自己中心的なお前が」

「最初は無理だと思ったが、環境に恵まれてたんだ。周囲の人は、“退役軍人”の俺に優しく接してくれたよ。……本当、“この十年、長かった”」

「やはり、お前は――」

「ロイ。俺たちはやり直せる。計画に手を貸してくれ」





 予想はしていたが、実際にこうなると、自分でも動揺しているのが分かった。情報がラーヴィに知られているのはもちろんだが、何より、協力を要請されたのが大きい。はっきりと敵対してくれれば、お互いの過去を割り切れると言うのに。良い意味でも、悪い意味でも、部下から親しまれ過ぎていたかもしれない。

「……」

 黙りこくる俺に対し、ラーヴィは言葉を続けた。

「数年前に、お前たちが反政府勢力と呼ぶような連中と知り合ってな。それ以来、政府から定期的に送られてくる金の一部を彼らに寄付しつつ、訓練を施していた。もちろん、素性を知られるわけにはいかないから、彼らと接触するときだけは、サングラスだの、帽子だの身に着けていたが」

「そのくせ、テレビには出るのか?」

「……まあ、あれは心の焦りからやっちまったミスというか、若気の至りってやつだ。二十九歳なんて、まだまだガキだろう?」

 成熟した大人とまでは言わないが、明らかにガキではないだろう。

「……今回のことはどこまで知ってる?」

「おそらく、お前たちが知っていることは、俺も知っているよ。俺の情報網を舐めないでほしいね」

 はったりかもしれないが、ブルクでの一件もあって、彼の言い分には信ぴょう性があった。本当なら筒抜けだ。博士は始末したと言っていたが、やはりスパイはまだいるだろう。それも、この作戦の関係者である可能性が高い。

「言っておくが、この動乱は、単なるデモ活動ではない」

「何?」

「平和条約締結の日までに大規模なクーデターを起こし、政権の転覆を狙う。そして、この国をガリムとの戦争に導くのが、俺たちの目的さ」

 ――国のために戦う兵士が、国を転覆させようと画策している。この動乱に≪五つ子≫が関わっているなら事態は深刻だと考えていたが、想像以上だった。

「平和な時代ほど、俺たちに不似合いなものはない。そうだろう?」

「正気か?」

「この国の政府は腐っている。革命戦争が喧嘩両成敗の形で終わるなど、誰の目から見てもおかしい。ガリムの連中こそ悪だというのに。奴らは資源が欲しいがために、自分たちの軍拡が生んだ包囲網を、侵略だとかなんだの言って俺たちの国土に侵攻して、多くの国民を殺したんだぞ? もう一度俺たちは立ち上がり、奴らに俺たちと同じ気持ちを味合わせるべきだ。無論、そうすれば、奴らはまた『侵略された』とでも叫んで報復に出るだろう。戦争の時代の再来だ。だが、悲観することなどない。そうやって世界は周っている。何も変わらない。それに、イーリスは、戦車の数こそガリムに負けているが、質なら負けてないしな。そして何より、≪五つ子≫(俺たち)がいる。きっとパークス大陸に覇を唱えられるさ」

「馬鹿げたことを……。人々が築き上げた平和を崩すのか?」

「……馬鹿なのはお前だよ、ロイ。養子なんかとって、お相手の女性も加えて一般家庭の父親気取りか? 俺たちは兵器、戦うことを宿命付けられているというのに。しかも、今度は平和の使者として軍に舞い戻ったときた。ぽかぽか陽気のせいですっかり骨抜きにされたようだな」

「戦争があるなら、当然平和もある――俺たちは、もう要らないんだよ」

「……お前の言う通り、平和と戦争は紙一重だ。だから、俺たちは平和に突き進もうとする世界を、元の状態に戻してやりたいだけ。――それのどこがおかしい! それに、ガリムとの戦争を再び望む声はお前が思っている以上に大きいんだ。ウィリアムが言っていただろう? 平和なムードのせいで、本音を言えない人々がいると。各地で起こっている反政府デモが、その証左だ。俺は、そんなイーリスの人々のため、信じた正義を執行する。それが≪五つ子≫の信条でもあるしな」

「それは、お前が自分が戦うための言い訳に、信条を利用しているに過ぎない。侵略目的で、しかも個人の事情で起こした戦争のどこに大儀があると?」

「世界にはな、ガス抜きが必要なんだ。綺麗事をいつまでも並べ、本心を隠していたままでは、いずれ爆発する。それは国民だろうが国家だろうが同じだ。仮に平和条約を結んだところで、両国に禍根がある以上、それは、いつか来る大規模な戦争への布石になるだろう。だったら、小刻みに小さな戦争を起こし、犠牲者を最小限に抑えたほうがいいに決まってるさ。革命戦争のような規模の戦いが何度も起こっていてはたまらないからな。そして、俺たちは水を得た魚の如く、人生を謳歌する」





「そんな暴挙を俺が見逃すと思うか?」

「――思ってる。お前は兄であり、俺たちの隊長だからな。当時の感覚を思い出せ。あれは今の生活では到底得られない。今のお前は権力の犬になり、ずいぶんと腑抜けになってしまったようだが、本能は中々変わらないもんだ」

 今の俺には、守るべき存在がいる。彼らの幸せを守るためなら、そして時代がそう望むなら、自身の命を賭けると、決心した。正義と悪を天秤にかけて主観を排除し、イーリスのための正義を貫く。

「俺たちは生まれるべくして生まれた存在。兵器はいつの時代も必要とされている。その流れを止めることは、過去への反逆だ。≪五つ子≫は決起し、この国の実権を握って、ガリムとやり合う。世界をあるべき姿に戻してみせる。それが、戦争を必要とする俺たちの、世界の正義だ。もう一度言う、俺たちのところへ戻ってきてくれ、隊長」

「俺は――」

「いま答えを出す必要はない。明日の正午、街の北にある教会に来てくれ。そこで答えを訊こう。一晩、じっくり考えてみてほしい。お前のと、“お嬢さん”の分は俺につけてある。自由に飲んでいってくれ」

 そう言って、ラーヴィは席を立って階段へ向かって歩いていく。俺たちは日陰者だ。この世に生きる大多数の人間とはそりが合わない。だが、兵器である以前に軍人であり、その行動はイーリスのためでなくてはならないのだ。例え、兵器としての役目を早々に終えることになろうとも、それが、祖国の、国民のためならば。




 一階へ降りると、ラーヴィはもう店内にはおらず、代わりにセレーヌが近づいてきた。ホテルに帰っていいと言ったのに、どうやら律儀に待っていたようだ。よく見ると、彼女が座っていた席の反対側でウィリアムがテーブルに突っ伏していた。どうやら酔い潰れているらしい。

「ロイさん、大丈夫でしたか?」

「撤収していいと言ったのに。わざわざ待っていなくて良かったんだぞ?」

「それはそうですが、あなたの身が心配で……」

 俺はセレーヌの身を案じて(ラーヴィ)の提案にのったというのに、逆に心配されるとは。

「……ありがとう。この通りピンピンしてるよ。そういえば、あそこにいる飲んだくれに何かされなかったか?」

「いえ、何も。私の咳を風邪と勘違いしたようで、蜂蜜酒をごちそうしていただきました。ウィリアムさんからは、ご自身のイーリス軍での現役時代の話をいっぱい聞かせてもらえましたし、とても楽しかったです」

粗暴な性格なのかと思ったが、意外にも紳士だったようだ。セレーヌが世話になったようだし、とりあえず礼だけでもしておこうと、俺は彼と反対側の席に座る。

「ウィリアムさん」

肩をゆらしながら声をかけると、彼はしきりにまばたきをしながら俺の顔を覗き込む。

「おお、ロイ……だったか。旧友との飲みはどうだった?」

「楽しかったよ。機会を譲ってくれてありがとう。それと、セレーヌの話し相手になってくれたことも」

「お前の連れだったのか……そうとは知らず、すまなかったなあ! とても魅力的だったもんで、ついつい近づいてしまった」

 そう言われると、横に座っていたセレーヌは顔を俯かせた。ウィリアムは元軍人のようだが、俺はその後の生活が気になっており、彼に質問を投げかける。

「あなたは退役軍人だと言っていたけど、今は何の仕事を?」

「……父がやっている飲食店を手伝ってる。最初は不本意だったんだが、働いていくにつれて楽しくなってきてな。今では感謝してるよ」

「なぜ軍を辞めたんだ?」

「上官に楯突いたせいで、二年前に強制的に退役させられたんだ。昨今の平和な流れのせいで、イーリスでは軍縮が本格的に始まっている。俺はそれなりの地位にあったから金に関しては気にしていなかったが、部下は別だ。イーリスが部隊の削減をすると発表したとき、俺の部隊が含まれていたんだ。志を持って入隊してきた若者たちを、用済みだといって切り捨てるなんてことは、俺にはできなかった」

 気付けば、彼の目は真剣そのものだった。さきほどの酔った口調も聞こえない。きっとこれが彼の本来の姿なのだろう。

「だからよ、俺は、部下をほかの部隊に移させるか、ダメなら再就職先を斡旋しろと、当時の上官に言ってやったんだ。そしたら、そいつは何て返してきたと思う? 『馬鹿言うな。若い奴は元気があるから、勝手に職を見つけるだろう』だとよ! 革命戦争以降、イーリス軍は新入隊員に関してはあまり良い思いを抱いていなかった……。それを知っていたから、俺もうっ憤が溜まってたんだろうな。気付いたら、あの憎たらしい二重あごに俺の鉄拳がきれいに決まっていた。んで、つぎの日にはクビだ。堂々と胸を張って、基地の正門をくぐってやったよ」

「あなたの部隊の隊員はどうなった?」

「全員うちで働いてる。祖父の代のときに成功したもんだから、規模だけは大きくてなあ。働き手が増えて、親父も大喜びさ」

 国を守りたいという兵士たちが、自分たちが理想とする平和の余波で退役を余儀なくされているというのは、なんともやるせないことだ。きっとラーヴィたちがクーデターを画策しているのは、ウィリアムと同じような思いを抱いているというのもあるのだろう。

「昨今起こっている動乱は、その軍縮や、ガリムへの弱腰な対応がおもな原因になっているはずだ。あなたは加わらないのか?」

「あんな馬鹿げたことするわけないだろう。機械ができたから整備士は生まれて、楽器があるから演奏家はいて、戦争があるから兵士はいる。職の器が無くなったら、消えるのはしょうがないことだ。それに、生き方なんて、いくらでもあるだろ?」

 飲んだくれている姿では説得力はないが、その言葉には力がある。

「……良い話を聞かせてくれてありがとう。そろそろお暇するよ」

「おお、そうか……。そうだ、その内、そっちのお嬢ちゃんも連れて、うちの店に来てくれよ! 安くするぜ」

 そう言って、ウイリアムはメモに住所を書き、俺に手渡した。

「そうだな。また立ち寄る機会があれば、絶対行くよ」

 俺は立ち上がり、店の出口に向かって歩き出す。

「ウィリアムさん、ありがとうございました」

「いいってことよ。ふたりで幸せにな」

「……え? いや、そういうのでは――」

「照れるなよ! ほらほら、人も増えてるし、出るなら早く行ったほうがいい」

 出口へ向かおうとすると、さきほどよりも人がかなり増えているのがわかった。どうやらそろそろ客入りが激しくなる時間帯らしい。

「セレーヌ、行くぞ」

「は、はい」

 まだウィリアムと話していた彼女に声をかけ、俺たちは席のあいだを縫うように移動し、店外へ出た。























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