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春過ぎて  作者: 菊郎
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信条告白

 ――なぜこんなことになった。

 俺たちはこの十年間、いずれ来る戦争に備えて英気を養っていた。なのに、結局戦争は今日まで起こらなかった。たったの一度もだ。なぜだ。少し前まで麻薬中毒の患者のように戦いに明け暮れていた世界が。

「ああ、神よ……」

 俺は教会の聖堂に向かい、目の前に立っている像の前に跪いて祈り始める。

「神よ……なぜですか? 我々人類は、戦うことをまるで自らが生まれ持った宿命のように繰り返す生物です。なのに、この十年。たったの一回も、戦争が起こりません。人は、罪を少しずつ克服しつつあるのでしょうか?」

 戦場で名を挙げて、いつかは英雄として大々的に表舞台に出てやろうとしたってのに、とんだ誤算だ。

「しかし、私はそうとは思えません。数千年に渡って続けてきた人類の所業が、これほどまでにあっけなく終わってしまうことなど、考えられないからです。光あるところに影があるように、磁石にはS極とN極があるように、平和と戦争をそれぞれ求める者は必ずいる」

 俺は目を開け、眼前の像をじっと見つめながら言葉を紡ぐ。

「私は、名を挙げたいがために人を殺すような、最低な人間です。しかし、当時絶体絶命だったイーリスを救うために自分の体を捧げたのも、まぎれもない事実。さまざまな理由があって、人は人を殺すのです。このような低俗な性でも、私の心はいつまでもイーリスとともにあります」

 俺は、横に置いてある、十年前にジェラルド博士が製作した銃を手に取って前に掲げる。ステンドガラスを通ってさまざまな色のついた光が、銃と剣を煌びやかに反射する。その様は、まるで聖剣のようだ。重機関銃の上面と下面に長い刃をつけたこの得物は、とにかく攻撃性を重視して作られた。銃身を切り詰めることなく、ただ重機関銃の上下両面に長い刃物を溶接しただけ。測ったことはないが、長さは百十センチメートルほどはあるだろう。得だけをしたいという俺の執念がこの銃を生んだ。

 この銃を見ていると、いつでもあの輝かしい日々が脳裏に蘇ってくる。



 全身を黒に染め、その姿とは不釣り合いなテンガロンハットを被り、戦場を駆け抜けたあの日々。あの男の指揮のもと、イーリスの勝利のためただひたすらに敵を殺し続けた。絶望的な状況に挫けた仲間を鼓舞し、ともに戦い、生き残った者と勝利の祝杯を交わし、散っていった者に鎮魂を捧げていた毎日が懐かしい。初陣はミディレルの戦いだった。途方もない数の歩兵と戦車が参加し、銃や砲弾が雨あられと吹きすさぶその様はさらなが地獄絵図。その最前線で、俺たちは力を振るった。あの時の≪五つ子≫(俺たち)は、まだ力の扱いに慣れておらず、何回冷や汗をかくような状況に陥ったことか。鮮明に覚えていたのは、俺が調子に乗って突っ込み過ぎたせいで、ガリムの歩兵どもに囲まれたときのことだ。≪五つ子≫は生命力や自然治癒力も強化されているが、流石に弾丸の雨を浴びたら無事では済まない。弾も残り少なくなり、飛び出したらすぐさま蜂の巣にされるような状況で死を覚悟したとき、どこからともなくロイが単身突っ込んできて、連中を全員蹴散らしてくれた。俺の元へ駆け寄ってきた時、彼の左腕には深い銃創が出来ていて、血が流れていた。ボロボロになった俺を見て、ロイは叱責した。独断先行した以上、当然だったが、その声色にはどこか安堵の色も混じっていて、不思議に思ったのを覚えている。重傷を負っても、己の安全を顧みず部下の救出に来てくれた彼に、俺は心の底から敬意を抱いていた。戦時中、周囲の人間には、俺たちのことはイーリス軍所属ということくらいしか分からなかったが、その活躍ぶりから、≪五つ子≫は謎多き英雄として周りから称えられていた。戦争が終わり、その正体も晒さぬまま一度俺たちは表舞台から去ったが、結局この様だ。

 長年自分の使命を果たせないことに焦りと不安を覚え、俺はガリムとの戦争を望む一派に声をかけた。おかげでその運動はかなりの規模になっているが、後悔はしていない。


 ほかの≪五つ子≫と同様、ロイ・トルステンとは同じ孤児院で幼少期を過ごした。孤児院に入ってから、自己中心的な性格のせいで周りの子供たちと馴染めなかった俺に、彼は手を差し伸べてくれた。とはいっても、当時お互い年端も行かぬガキだったから、分け隔てなく接するようにしているからとか、そんな大層な理由はなかっただろうが。それでも、彼は俺の最高の友達だ。真面目そうに見えてけっこうやんちゃな性格で、よく悪戯をしては怒られてたか。あの充実した日々のおかげで、俺も徐々に周りに心を開いていき、士官学校に入ってからも、リックを始め多くの友達を持つことができた。俺が進む道をロイが作ってくれた。本人は覚えているかわからないが、彼には今でも感謝してもしきれない。



 俺は銃を担いで、像の前を行ったり来たりしながら話し続ける。

「ガリムという宿敵は、我々イーリスから、多数の罪なき人間の命を奪いました。彼らが資源欲しさに一方的に仕掛けた戦争でありながら、来月には両国間で対等な平和条約が締結されるというのです!」

 自分で聞いていても、ふざけた話だとつくづく思う。

「このままでは、イーリスの数少ない良識ある者たちは納得しません。かくいう私もそのひとり。超人的な力を持つ≪五つ子≫のひとりとして、何より、ひとりのイーリス軍人として、このような事態を見過ごすわけにはいかない。だからこそ俺は、ガリムと再び戦い、奴らの顔を絶望に歪め、完膚なきまでに叩きのめしたい。貴様たちに正義などないと、罵ってやりたい! “隊長”を除いて、兄妹たちも納得してくれました。いずれ隊長とも話をするつもりです。彼ならきっとわかってくれる」

 俺息を吐き、もう一度大きく吸い込む。何としても、隊長の目を覚まさせてやらねば。

「そうそう、世に出回っている聖典によれば、神と呼ばれる“あなた”は篤い信仰心を持つ者の願いを叶えてくださるらしい。しかし、いくら祈っても、あなたは俺の願いを叶えてくれなかった。……そもそも、俺たちにそんなものは必要なかったんだ。なぜ、目に見えぬ存在に救いを乞わねばならない? 戦争は、人間の隣人なのだから、こないのならこちらから歩み寄ればいい。……地震が起こるのは地中深くにある地層が動くからだ。俺たちの住む星は球状であって平面ではない、一周すれば同じ場所へ戻って来れる。無知な者を(たぶら)かし、善良な人間を騙るエゴイストどもが利益を貪る時代はとうの昔に過ぎ去った」

 俺は言い終えると像の前で立ち止まり、銃を正面に向けた。

「――もうお前は要らない」

 俺は銃の引き金を引き、銃弾の雨を像に向けて降らせる。稲妻のような轟音が聖堂に響き、鉛玉が像の体中を貫き、そして発火炎が太陽の光の如く像を照らし出す。ベルトに装着された銃弾を使い果たした頃には、そこにはただの瓦礫しかなかった。

「こっちの姿のほうが役に立つな」

 この瓦礫は、街の壁の修復などに使える。今度近所に持っていこう。



「何があったの!」

教会の扉が空き、銃声を聞きつけたのであろう女性が、声をあげ、灰色のコートをなびかせながら俺の方に向かって走っててくる。俺の良き相棒である、ナターシャ。栗色をした長い髪と、妖艶な雰囲気をまとう身体は、美しいという単語で表現するにはもったいないほどの見た目だ。そして、切れ者を思わせるその細い目の視線は、他ならぬ俺に注がれている。

「害虫が像に止まってたから取り除いてあげただけだ」

「それにしてはずいぶんと激しかったのね」

 排莢の数と、像があった場所に広がる瓦礫を見てナターシャは呆れたような口調で話す。

「俺は現実主義者だ。像に使う石材があるなら、壁の補修で同じく石材を欲している人々にわけ与えたほうが有意義だろう? “こいつ”もきっとそう思ってるさ」

「みんなに配るのね? でも、これだけだと一軒か二軒が限界よ?」

「構わない。ないよりマシだ」

さて、俺はこんなことをしている場合ではない。

「これの運搬は今度機を見てやろう。俺は部屋に戻るよ。明日に備えて準備しないと」

「“お兄ちゃん”に会いに行くのね?」

 ロイがクルスに来たことは知っている。そこからの動向はわからないが、情報収集をしているなら、間違いなくバッカスに行き着くだろう。俺のことも当然探りを入れているだろうから、いつも通り土日に行けば会える可能性が高い。

「ああ、あの人には返しきれない恩がある。今こそ報いる時だ」

「でも、彼は政府の意を受けて来ているのでしょう? 説得に失敗すればきっと殺されるわ」

「かもな。でも、やってみなきゃわからない」

 正直、分は悪いと考えている。ロイはイーリス上層部と軍の支援を受けて例の作戦に加担しているという。ならば、本人が自らの意志で参加を決めたのだろう。彼は考えなしに行動するタイプではないし、確たる考えがあることは想像に難くない。

「それに、やっぱり“長男”がいないと締まらないしな。イーリスのためということをわかってくれれば、賛成してくれるさ」

 何より、俺たちは血に塗れているのだ。今更平和な世界に住めるほど、きれいな存在ではない。どんなに純白な白でも、たった一滴でも黒が混ざれば、どれだけごまかさそうとも、それは“限りなく白に近い灰色”となる。もう、後戻りはできないのだ。

 あいつ(ロイ)も、俺たちも。








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