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春過ぎて  作者: 菊郎
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つかの間の休息


『ずいぶん派手に暴れたな』


 ブルクの街の公衆電話を使い、俺は博士にブルクに入る前に起きた一連の流れを報告した。戦車を無力化したことについてはかなり好印象だったようで、戦ったときの戦車の挙動や、装甲の堅さなどを根掘り葉掘り聞かれた。俺の報告を聞くに従って、明らかに彼の声はご機嫌になっていた。


『で、セレーヌは? “初めて”を経験できたのか?』


『いや、全員俺が始末した。彼女には博士との連絡を頼んでいたから、俺とイーリス軍(奴ら)の戦闘は一部しか知らない。まあ、死体を見たときは表情が青ざめていたし、触れたときは身体が固まっていたが』


『死体に触れた? ずいぶんと勇ましいことだ』


『俺が手を引っ張って強引に触れさせたんだよ』


 さきほど彼女に対して行った行動は良いことではない。だが、いつかは経験しなければならないことだ。そのタイミングは、早ければ早いほどいい。最初の目的地に入った段階で、ひとりしかいない協力者が未だ実戦を経験していないなど、できる限り避けたい事態だった。


『作戦に参加している人間を、いつまでも素人にしておくわけにはいかないだろ』


『ああ。彼女も“こちら”の人間になってもらわなければ。まあ、あの純粋で清廉潔白な性格には辛いだろうがな』


『つぎはこちらの質問に答えてもらう』


 聞く内容は、無論、今回戦った相手についてだ。イーリス正規軍の制服を着ていたのにも関わらず、相手はこちらの身分が自分たちと同じだと知った上で攻撃してきた。最悪の答えが頭をよぎる。


『今回の作戦、反政府勢力の人間に漏れているなんてことはないだろうな?』


『馬鹿を言うな。最高レベルの国家機密だぞ? 知っている人間はごくわずか、情報統制は徹底的に行っている。神様でもない限り知ることはできない。絶対にな』


 だが、それでは俺の身元を確認してから撃ってきたことの謎が解決していない。


『まあ、お前が攻撃された経緯を聞く限りでは、反政府勢力に、こちらと繋がっている輩がいる可能性は排除できないな。一応、こちらでも探っておく。お前たちはブルクで休んだ後、予定通りクルス州へ向かってくれ』


『わかった』


 俺は博士との連絡を終え、受話器を公衆電話に掛ける。そしてしばらく待つと、セレーヌが走りながらやってきた。どうやらホテルの部屋を取れたらしいので、そのままふたりで現地へ向かう。歴史的な景観が数多く残るイーリスでも、ブルクはとくにその傾向が顕著だった。到着して見上げたホテルは、外見は数百年前のままであり、ちょっとしたタイムスリップでもしている気分になる。

 ドアを開けて部屋に入ると、彼女の言った通り、それなりに豪華な内装となっていた。部屋を入ってすぐ右には洗面所やトイレ、浴槽がある。奥へ向かうと、ベッドがふたつが置かれており、最奥にはテーブルと椅子、やたらとでかいテレビが配置されている。各地のホテルでもよく見られる間取りだ。テレビは、最近普及しだしたばかりの最新機器で、白黒だが映像を通して人のやり取りなどを視聴できるという優れもの。専用の機材を使えば離れた場所の様子をリアルタイムで放送することもできるのだが、それは国内でも最大手の放送局“イーリス公営放送局”が独占していた。ほかの局の技術が追いついていないのがその大きな理由だ。そのため、大半のニュース番組は事前に調べた情報を発表するような体制を取っている。

 部屋にバックアップやその他の荷物を置いて、俺はセレーヌの部屋に向かう。今日はもうとくにすることがないので、彼女には今日一日ブルクを自由に見て回る時間を与えたかった。生き物を死を目の当たりにするというのは、精神的に堪える。さらに俺の咄嗟の判断で死体に触れさせてしまったのだから、ショックを受けているに違いない。せめてその償いのようなことがしたかったのだ。


「ロイさん? どうされましたか?」


「今日はもうとくにすることがないから、街を見て回ってきてもいいぞ?」


「本当ですか?」


「もちろん」


時間はまだ十四時頃。十月の寒さが西日のおかげで幾ばくか和らいでいたので、散策するには打ってつけだろう。


「では行きましょう!」


「……俺も?」


 正直言うと、朝の戦闘の疲れがまだ残っていた。ベッドで横になってくつろいでいたかったが、目を輝かせ、俺の反応を待つ彼女の期待を裏切れなかった。


「駄目ですか?」


「……わかった。行こう」




 その後、俺たちはホテルを出て、ブルクの街を見て回った。伝統的な建物が立ち並ぶ姿はとても情緒的で、ただ見ているだけでも満足だった。もちろん、それだけでは終わらず、並木の道を歩いたり、商店街を渡りながら食べ歩きをしたり、道中に大道芸人のショーを見たりもした。セレーヌは、貴族の令嬢らしく、食べ物を食べるときも、喜んでいるときも、終始おしとやかに振る舞っていた。リックと酌み交わしたあの夜で遊びは最後だと思っていたが、やはり息抜きは必要不可欠だと痛感する。どれだけ鍛えた人間でも、走り続けていればいつかは倒れてしまう。


「どうしました? なにか面白いものを見つけられたのですか?」


 歩き疲れたので、俺たちは噴水の広場があるベンチに座っていたが、気付くと俺は微笑むように笑っていた。どれだけ兵器として自分を律しても、結局は娯楽を求める。普通の人間と変わらず欲を出している自身の情けなさが、逆に嬉しかったからだ。だが、そんな恥ずかしい理由を話すわけにもいかず、俺はたまたま視界に入った、十メートルほど離れた別のベンチに座っている家族を見て嘘をつく。

「いや、あの家族がすごく幸せそうだなと思ってね」


 俺の言葉に反応して、セレーヌも同じ方向を向く。視線のさきにいるのは、父と母、そして子供の三人。子供は両親のあいだに座り、噴水や木、露店など、周りにあるさまざまな物を指さしては、元気な声で親に聞いていた。


「……ですね。子供もはしゃいでいて、両親の方も嬉しそうで、とても微笑ましいです。私たちが行おうとしていることは、彼らの日常を守るためなんですよね」


「明日何を食べようとか、どんな服を着ようとか、友達とどこに出かけようとか、そんな普通のことを、いつでも考えられるような日々を維持するのが俺たちの仕事だ。今回の件は、形式こそ特殊だが本質は変わらない」


 セレーヌと話していると、さきほど見ていた家族の中の子供が、父親からもらった小さめの揚げ物を頬張っていた。中身はわからないが、そこには殺された生き物の亡骸が入れられている。生き物が揚げ物の中に入っているということだけに焦点を当てれば、残酷な事実とも取れるだろう。しかし、いったいこの世界にいる人のうちどれほどの人間が、今日食べる魚や肉の気持ちを考えるだろうか。セレーヌだって、気にするような素振りは一度も見せていない。ゴミをゴミ箱に捨てられて怒る人間はいないように、豚や牛、魚などの生き物は、人に食べられて当たり前という考えが人々の根底にあるからなのだろう。それが生きるために必要な犠牲であるならばなおさらだ。人は対象を選んで好きに殺戮を行っている。この世に生きる者すべてに優劣をつけ、秤で重さを測り、命の価値を決定しているのだ。必要なら、同じ人間すら殺す。だからこそ、俺たちはこの作戦に従事することになった。俺やセレーヌは、時代にそぐわぬ存在。邪魔者を処分するのにおあつらえ向きの事態が起こったことで、支配者層の奴らによって招集され、“死刑宣告”を言い渡された。俺がイーリスの未来を守り、セレーヌはアデライード家の未来を守るための、必要な犠牲。


 どれだけ理不尽な内容でも、命令されればその通りに動く。それが軍人だ。どれだけぞんざいに扱われようが、イーリスの旗が天高くはためくためなら、いくらでも身体を酷使し、血を流そう。不要だと言われれば、甘んじて消え去ろう。それが祖国のため、愛する者たちのためになると言うならば。そう考えるべきなのだ、しかし――


 俺はセレーヌの顔を一目見る。不義の子だろうが、彼女にはこのさきまだまだ多くの可能性が待っているのだ。軍人としてだけでなく、一般人として、結婚して主婦になることだってできるし、パン屋とか八百屋を開いたっていい。セレーヌは、何色にも染まれる、真っ白なキャンパスなのだ。兵器として生きることを決め、どす黒い黒色に染まった俺とは違う。イーリスの未来を担う世代だというのに、このような裏方の仕事で人生を潰されるのは、あまりに惨い。俺はこの国のため、死ななければならない、だがせめて彼女は――。


「仕事のこと……ですか?」


「いや、今日の夕飯について考えていた。あのホテルではどういった料理が出てくるのかと思ってな」

「スパゲッティがおいしいらしいですよ。今から楽しみです!」


 その言葉を聞いてセレーヌは安堵したのか、優しい表情で答える。彼女とはまだ出会って二日目だが、これまでと比べて生き生きしているのが見て取れた。きっと、どこにでもいる普通の女性として一般的な日常を送ることが、彼女にとっての幸せなのだろう。つくづく、彼女は軍人に向いていない。


 日は傾いており、腕時計を見ると、時間は十八時を回っていた。明日に備え、俺たちは足早にホテルへと戻る。


「いただきます」


 食堂でセレーヌと談笑しながらの夕飯時、スパゲッティを作るために散っていった命に感謝し、俺は料理を口に運んだ。今日は早めに部屋に戻って寝たい。

 これから、親愛なる部下を殺すのだから。













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