シーンNo.2
■二月十三日 昼 ネオの家 リビング 〈シーンNO.2〉
冷蔵庫を閉めて、三人はキッチンの隣にあるリビングに移動する(【SE】歩く音)。
そこに敷かれているカーペットに座る(【SE】座る音)。
ネオ 「あー、つかれた。(背伸びをして)う―――んっと」
朱莉 「ネオ、なんか、じじくさい」
ネオ 「ほっといてよ!」
実緒 「ネオちゃんって、お菓子や料理を作ったりしないの?」
ネオ 「なかなかね。音楽や歌のことを考えるので精一杯だから」
朱莉 「ほんと、音楽バカね。今のうちに身につけないと、お嫁に行けないわよ」
ネオ 「いいもん、作らせてやるんだから。(自信満々に)絶対服従よ!」
実緒 「(苦笑いで)あははは」
朱莉 「(呆れ果てたたように)あのねえ。料理もそうなんだけど、これもいつになったら正してくれるのかしら」
ネオ 「何が」
朱莉 「(不満そうに)その服よ、ふく! なんなのよ、これは。なんで、アタシが指南したものを着ないのよ!」
実緒 「確かに、上下ジャージっていうのも」
朱莉 「(説教をしているように)そうよ! それが来てくれた友人に出迎える態度かって話しなのよ! アタシのように、清く、正しく、美しく! 身だしなみは女性の品格を表すってもんよ! みおっちを見なさい! 真っ白なふわふわのセーターに、ピンクのチェックスカート! そして、すべすべの白い肌と長い髪、こんな天使のみたいな子を……」
朱莉、実緒を抱きしめる(【SE】抱きしめる音)。
実緒 「(びっくりして)あ、あかりちゃん!?」
朱莉 「抱きしめる以外なにがあるってのよー。もう、かわいすぎっ!」
実緒 「あ、あかりちゃん、く、くるしい」
朱莉 「(実緒の声に耳を貸すこともなく、羨ましそうに)あー、みおっちのお母さん、アタシにもこんな服をデザインしてほしいなー」
実緒 「(大きな声で)あかりちゃん!」
朱莉 「(気づいたように)あ、ごめん」
朱莉、実緒から離れる(【SE】離れる音)。
ネオ 「まったく、服なんて別になんでもいいじゃない。外には出ないんだし」
朱莉 「(説教をしているように)外に出ない、じゃない! 少しは音楽以外にも目を向けなさいよっ! 音楽だって、ルックスは重要なのよ。家にいるからってそれじゃあダメダメよっ! プライベートでも、本番でもできないわ!」
ネオ 「う……。(小さな声)なによ、自分だって、ファッションバカのくせに」
朱莉 「(ムッとしたように)何か言った?」
ネオ 「(しれっと)いや、別に」
実緒 「(納得したように)でも、言い得て妙だよね。服装検査で」
ネオ 「み、実緒まで」
朱莉 「でしょー。さすがみおっち、よく分かってる。だからネオは毎回毎回、服装検査に引っかかるのよ。そして明日はね、その日なのよ!」
朱莉、急にその場で立ち上がる。
朱莉 「(説くように)いーいっ!? 明日のバレンタインデーはね、好きな人に自分のことを分かってほしい、いわば女の戦争なのよ!」
実緒 「せ、戦争って……」
ネオ 「あかりん、大げさ」
朱莉 「(熱く語るように)アタシはいたって大真面目よ! 一年に一度の大チャンスなのよ。ここで言いたいことが言えなくて何になるのよっ! これを逃したら、気持ちを伝えることなんて早々ないわっ! ここで言えない意志薄弱なヤツは、恋愛に挑戦する資格はな―――――いっ!」
ネオ 「(さっぱりわからない感じで)い、いし、はく、じゃくぅ?」
実緒 「意志が弱くて決断することができない人のことよ」
朱莉 「(熱い想いが込み上がっているように)ここで勝負しなくてどーすんのよ! いつ伝えるか? バレンタインデーでしょ! ってね――――っ!」
朱莉、熱い想いが爆発する(【SE】爆発音)。
ネオ 「(呆然としたように)あかりん、熱い。火傷しそうだよ」
実緒 「(苦笑して)あ、あかりちゃんはやっぱり、仲須くんに?」
朱莉 「(さらに熱く)そりゃそうでしょ! 明日は絶対に、ぜぇーったいに、いとしーいとしーそうちゃんに、アタシの愛のこもったチョコレートを渡すんだから! そして、そして、そのあとは、(明日のことを妄想して)……にゃっは~ん」
【SE】キラキラ音。
実緒 「(少し引き気味に)あははは……」
ネオ 「(ため息をつき、呆れたように)アンタと中須蒼士をくっつけたわたしが言うのもなんだけど、ほんと、もの好きだよね。あんな冷血男が、よく丸くなったもんだよ」
朱莉 「(不満そうに)ネオは見てないから分からないのよ。そうちゃんは、ああ見えてやさしいんだから」
ネオ 「そうかなあ? わたしには、いっつもふてぶてしいんだけど」
朱莉 「(きっぱりと)そうなの! だって、アタシ、彼のいいところを五〇個は言えるもん。今から訊きたい?」
ネオ 「(遠慮気味に)い、いや、遠慮しとく」
朱莉 「そう? 言いたいのになあー」
実緒 「(感心したように)よく見てるね」
朱莉 「とーぜんよ。五〇個言えなくて、好きと言えるもんですか」
ネオ 「アンタの仲須への愛がすごいことはよく分かったわよ。で、話は変わるけど、実緒、アンタは誰に渡すの?」
実緒 「(驚いたように)えっ!?」
ネオ 「数がやけに多かったから、気になるんだけど」
朱莉 「そういえばそうね。……はっ、まさか!」
ネオ 「今度は何?」
朱莉 「(絶句したように)可愛い顔をしたその裏で、実はたくさんの愛人が!」
実緒 「(朱莉のセリフの最後にかぶせるように)ち、違うよ―――――っ!」
ネオ 「(絶句したように)うそ。実緒、今までネコかぶってたの!?」
実緒 「(必死に)ち――が――う! 少しは落ち着いてよ。(少し間を置いて)えっとね、部員のみんなに渡すの」
ネオ 「部員って、美術部の?」
実緒 「うん。日頃のお礼と感謝の気持ちを込めて、ちょっと」
朱莉 「はあー、さすがみおっち。真面目だねえ」
ネオ 「じゃあ、アイツにも渡すの?」
朱莉 「あいつって?」
ネオ 「向井よ、向井亮介。前に実緒に嫌がらせした、やなヤツよ。今は改心しているけど。(実緒に向かって)で、どうなの?」
実緒 「もちろん、渡すよ。日頃、お世話になりっぱなしだから」
朱莉 「ほっほお、お世話になりっぱなしですか。ねえ、ネオ?」
ネオ 「(冗談を言っているように)ええ、仲直りして、まさかここまでの関係になっていたなんて」
実緒 「(ネオのセリフの最後にかぶせるように、必死に)ちがうよ!」
朱莉 「ほっほう、全力で否定ですか。ますます、あ・や・し・い」
実緒 「(少しヤケになったように)ほ、ほんとだもん! 向井君だって、『勘違いしないでよね。ぼくが竹下さんと付き合うのは、あくまで美術だけだからね!』って言われたもん!」
ネオ 「でも、そう言いつつ、裏でどう思っているんですかねえ、あかりさん」
朱莉 「ふふふ。きっと一人で打ち上げ花火のように、ドーンと何度も飛び上がって、皮肉なキャラが崩壊して……」
実緒 「(朱莉のセリフの最後にかぶせるように)二人とも! 向井君を変な方向へ持っていくのはやめて! はい、この話はもうおしまい! 次はネオちゃんよ!」
ネオ 「(ドキッとしたように)えっ、わたしも!?」
朱莉 「当たり前でしょ!」
実緒 「まさかネオちゃん、自分だけ逃げようなんてことはしないよね?」
ネオ 「(苦々しく)そ、それは……」
朱莉 「ずるっこはなしだよ、ネオ! だいたい、料理が苦手な人が、アタシたちを呼んでまでチョコレートを作る? それなら、デパートで買えばいいじゃない!」
ネオ 「べ、別にいいじゃない、そんなこと。作ってみたいときだって、わたしにはあるんだから」
朱莉 「(怪しそうに)あるんだから?」
ネオ 「(突っぱねるように)そうよ。女の子っぽいことをしたいことだって」
実緒 「なかなかしないって言ったのに?」
ネオ 「う」
朱莉 「観念しなさいよ、ネオ。みっちゃんから聞いたわ。最近、ひとりで帰るって」
ネオ 「それがどうしたってのよ。わたしにも、ひとりで帰る事情だってあるわよ」
朱莉 「(怪訝そうに)ふーん」
ネオ 「(間をひと呼吸おいて)そ、そんな顔したって、な、なにも出てこないんだから!」
朱莉 「ほら、それ。何かが起こると、すぐによそよそしい行動を取るんだから。ネオ、単刀直入に聞くけど……彼氏、できたの?」
実緒 「えっ?」
ネオ 「ば、バカね。そんなの、いるわけないじゃない」
朱莉 「そっか。だったら、まさか、まさかとは思うんだけど、同じクラスなんだよね、あいつと」
ネオ 「アイツって……まあ、そうだけど。それが?」
朱莉 「あいつへの恋心が、また芽生えたんじゃないの?」
実緒 ((心の声)あ……)
ネオ 「(心底呆れたように)はあっ? それこそ的外れよ! あんな弱虫アホ優太なんか。冗談じゃないわ。(言われたことに不服を感じながら)わたしはね、家族と、同好会の男どもに渡すだけよ。それだけなんだから、いいでしょ、もう! フンだ!」
ネオ、その場から立ち去る(【SE】歩く音)。
朱莉 「あー、また始まった。いつも怒るこうなんだから。分かったよネオ。アタシが悪かった。ていうか、ここはネオの家よー」
朱莉、ネオを追いかける(【SE】走っていく音)。
実緒 「あ、あははは……」
実緒 ((心の声)やっぱり、そうなのかな)
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