シーンNo.10
■二月十四日 夜 岩国総合高校 運動場 テニスコート前〈シーンNO.10〉
全速力で走る朱莉、そして彼女に引っ張られる仲須(【SE】走る音)。
仲須 「うわわあああああっ!」
朱莉 「あ、いたっ!」
急に足を止める朱莉(【SE】急ブレーキ音)。
仲須 「わあっ!」
仲須、朱莉が急に止まったため、転んでしまう(【SE】こける音)。
朱莉 「やっぱりここにいたわね」
仲須 「いててて……。あ、あれ、麻倉? なんでテニスコートに?」
朱莉 「そうちゃん!」
朱莉、仲須の手を引っ張る(【SE】引っ張る音)。
仲須 「うおっ! (引っ張られて、物陰に隠れた後)な、なんで、物陰に隠れなきゃあいけないんだよ」
朱莉 「いいから! 今に分かるわよ」
仲須 「俺、こういうの、好きじゃないんだが」
朱莉 「(笑顔だけど、少し怒りを込めて)何か言った?」
仲須 「(慄くように)う……」
朱莉と仲須、だまってネオを観察する。
ネオ、運動場にある、人気のないテニスコートを見る。
ネオ 「部活、終わっているみたいね」
優太 「(遠くにある部室の前にいるので、小さく聞こえる)おつかれー」
ネオ 「あ」
優太、ネオのいる方向へと歩く(【SE】歩く音)。
優太 「(ネオがいるのを意外そうに)おっ」
ネオ 「よ、よう」
優太 「おう。なんで、ネッチーがここにいるんだよ」
ネオ 「むっ、その呼び方、気に入らないんだけど」
優太 「別にいいじゃないか。かわいいし」
ネオ 「かわいくもないわよ! わたしのどこがねちっこいんだか。ほんと、失礼しちゃうわ」
優太 「悪かったな。それよりも、何か、用でもあるのか?」
ネオ 「(照れくさそうに)べ、べつに。なくは、ない、けど」
優太 「どっちなんだよ。それは、俺にってことか?」
ネオ 「(照れくさそうに)ま、まあ、そうかな?」
優太 「(ネオの曖昧な態度に呆れつつ)わーったよ。じゃあ、立ち話もなんだから、テニスコートのベンチにでも座って話さねぇか」
ネオ 「ええっ!?」
優太 「何か問題でもあんのかよ」
ネオ 「べ、べつに、何も。……う、うん。いいよ」
優太 「(不思議そうに)変なヤツだなあ」
優太とネオ、テニスコートの中に入る(【SE】歩く音)。
そして二人は、ベンチに座る(【SE】ベンチに座る音)。
ネオ ((心の声)こ、これじゃあ、で、デート、じゃない……それなのに、何なのよコイツ。平然として。ドキドキしているわたしがバカじゃないのよ)
優太 「(痛そうに)あー、いてててて……」
ネオ 「また腰が痛いの?」
優太 「そんなとこだ。テニスに腰痛はつきものだからな。(痛そうに)いたたたた……」
ネオ 「(ため息をついて)しょうがないわねぇ」
ネオ、カバンから何かを取り出す(【SE】取り出す音)。
ネオ 「はい、湿布薬」
優太 「ああ、すまん。……って、なんでそんなものを持ってんだよ!?」
ネオ 「アンタがいつまでもだらしないからでしょ。いざという時のために持ってんの」
優太 「母親面しやがって」
ネオ 「幼馴染みとして当然よ。小さいころからアンタを見てきたんだし。いじめられているときも、迷子になったときも、全部わたしが」
優太 「それは昔のことだろ。俺はもう、子供じゃねーよ!」
ネオ 「だったら、なんでわたしを大会に呼んだのよ?」
優太 「う……。そ、それはだな……」
ネオ 「大変だったなあー。夏のアマチュアロックフェスの直前だったのに。なんでそんなときに、アンタのテニスの試合をわざわざ見ないといけなかったのかなあ?」
優太 「そりゃあ、おまえ、俺はいつまでもおまえに護られるヤツじゃないってとこ、見せたかったわけで」
ネオ 「(意地悪そうに)その結果、ベスト8だったけどねえ」
優太 「わ、悪かったなあ、優勝できなくて」
ネオ 「そうよ。わたしとの約束を破るんだから。まだまだ、わたしがいないとダメってことね」
優太 「そんなわけ……いや、そうかもな」
ネオ 「何よ、開き直って」
優太 「だってさ、小学校の頃、おまえを見返してやりたくてテニスをやり始めて、大会にでるたびに、負けそうになると応援に来てくれるおまえの声を聞いて、それがきっかけで勝った試合がたくさんあるから。それに、中学でのあの事件で俺は挫折して、高校まで引きずっていたけど、おまえの励ましがなかったら、ここでテニスをすることはなかった、と思う」
ネオ 「そ、そう」
優太 「だからおまえに、優勝してやるから来い、と言ったのかもな。昔のように、おまえが後ろにいないと、しっくりこないというか」
ネオ 「優太……」
優太 「(本心を言って、照れくさくなって)か、勘違いすんなよ。あくまでもパワーなんだよ、パワー。おまえがいたら、力が湧くんだよ。それだけだかんな」
ネオ 「あ、ああ……そういうこと」
優太 「なんだよ、残念そうな顔をして」
ネオ 「(期待した言葉が出なかったので、根に持つように)べっつにー。あんたがわたしを道具として見てないことがよ―――く分かりました! フンだ」
優太 「(わけがわからない感じで)な、なんで、根に持つんだよ」
ネオ 「(小声で)そんな風に言われたら、ドキドキするじゃない。平気で恥ずかしいことを言っちゃって」
優太 「それよりも、何の用なんだよ?」
ネオ 「(声を裏返して)へっ!?」
優太 「だから、俺に何の用だよ?」
ネオ 「あ、ああ、そうね。そうだよね。……コホン」
ネオ、一呼吸置く。
ネオ ((心の声)勇気を出すのよ、ネオ。勇気を出して、伝えるのよ)
ネオ、鞄の中からチョコを取り出す(【SE】取り出す音)。
ネオ 「(顔を真っ赤にして勢いよく)はい、あげる!」
優太 「(不思議そうに)お、おお……」
優太、ネオのチョコレートを受け取る(【SE】受け取る音)。
ネオ 「(少しの沈黙の後)な、何か言いなさいよ」
優太 「い、いや、今日、俺の誕生日でもないのに、なんでプレゼントを?」
ネオ 「(期待を裏切られて甲高く)はあっ!? アンタ、今日、何日だと思ってんのよ!?」
優太 「今日? 二月十四日だよな?」
ネオ 「だから?」
優太 「だからって……あ、ああっ!」
ネオ 「(ため息をつき、心底呆れた感じで)……返す言葉がないわ」
優太 「ご、ごめん。(慌てふためくように)で、こ、これ、を、お、俺、に?」
ネオ 「それ以外にだれがいるってのよ。ほんと、テニスバカなんだから」
優太 「そ、そっか。お、俺に、か……」
二人の間に、しばしの沈黙。
優太 「(必死に)な、なあっ! この後、どうすればいいんだ!?」
ネオ 「はっ?」
優太 「(しどろもどろに)こ、こんなこと、は、初めてだからさ、ど、どうしたらいいのか」
ネオ 「そんなん、た、食べたらいいじゃん、食べたら!」
優太 「そ、そっか。そ、それは、今、すぐに?」
ネオ 「そうよ! わたしの手作りなのよ! 特別なのよ! すぐに訊きたいわよ!」
優太 「(心底驚いて)て、てづくりぃ!?」
ネオ 「(不快そうに)なんでアンタもそんな反応なのよ」
優太 「だって、おまえが料理するとこ、想像できるか? ほら、この間の家庭科んとき、包丁の切り方がわからんとか、火加減を間違えて火事に起こしかけたり、爆弾魔みたく、色々と散々だったじゃないか」
ネオ 「人聞きの悪い事を言わないでよっ! あれはね……そう、覚えてなかっただけなの! 料理すんのが久しぶり過ぎて、使い方を忘れていただけなの! 普段のわたしなら、どんな料理でも、芸術的に仕上げてやるんだから! プロにだって勝てるわ!」
優太 「(呆れたように)言い訳の発想が中二病だぞ」
ネオ 「(恥ずかしそうに)うるさ―――いっ! わたしだってやるときはやるんだからっ!(照れくさそうに)……友達に教えてもらって、一生懸命作ったのよ。あんたの頑張っている姿が本物じゃなかったら、こんなこと、絶対、しないわよ」
優太 「ネオ……」
優太、だまってネオの気持ちが入ったチョコレートの箱を見る。
優太 「(優しく)ありがとな」
ネオ 「ふんだ。あくまでも、幼馴染として、だからね!」
優太 「分かってるよ。じゃあ、開けてもいいか?」
ネオ 「どうぞ」
優太、包装紙を開き、箱を開ける(【SE】包装紙を開く音→箱を開ける音)
それを物陰から見ている朱莉と仲須が見守る。
朱莉 「(興奮しながら)おおっ、とうとう開けるわねっ!」
仲須 「舞永さん、ほどほどに」
朱莉 「大丈夫!」
実緒 「あれ? あかりちゃんに仲須くん?」
仲須 「(実緒が後ろにいることに気づかず、驚いて)た、竹下さん!? や、やあ」
実緒 「何をしているの?」
朱莉 「みおっち!」
実緒 「きゃあっ!」
朱莉、実緒の手を強引に引っ張る(【SE】引っ張られる音)。
朱莉 「今、いいところなんだから!」
実緒 「(わけがわらない感じで)な、何が?」
朱莉 「あれよ!」
実緒 「あ、ネオちゃん。え? もしかして」
朱莉 「ふふふ、最後まできっちり見届けてやるんだから! もちろん、みおっちもつき合ってくれるよね。一緒に作った仲じゃない」
実緒 「あ、あかりちゃん、笑顔が怖い」
仲須 「……はぁ」
三人は再び、物陰からネオと優太を見守る。
その二人は、心臓をバクバクさせている(【SE】心臓をバクバクさせる音)
ネオ ((心の声)よろこんで、くれるかな?)
優太 ((心の声)ど、どんな、チョコ、なんだろう?(少しの沈黙の後)よ、よし!)
優太、チョコレートの箱を開ける(【SE】箱を開ける音)。
優太 「お」
ネオ 「ど、どう? わたしのチョコは」
優太 「おお……」
ネオ 「こ、声も出ないくらい、すごいものでしょ!」
優太 「お、おまえ」
ネオ 「ん?」
優太 「(大声で)俺とゼッコーする気かあ――――っ!?」
ネオ 「(驚いて)えええ――――――っ!?」
ネオ、びっくりして立ち上がる(【SE】立ち上がる音)。
優太 「なんなんだよ、これはっ!」
優太も立ち上がる(【SE】立ち上がる音)。
ネオ 「バカなことを言ってんじゃあ……って、うっそぉっ!? な、なんで、どうして……。(大声で)どうして真っ二つになってんのよ――――――っ!」
ネオ、ショックのあまり、崩れ落ちる(【SE】地に膝をつく音)。
ネオ 「(泣きそうな感じで)ああっ、せ、せっかく作ったチョコレートが。これじゃあ、失恋バレンタインだよ。やっぱり、自転車を倒したときに。(根に持つように)ナル男のやつ……」
優太 「(お気の毒そうに)あ、あー、その、なんだ」
朱莉 「(少し離れたところにいるので、少し小さく)あはははは、あはははははははっ! あーはっはっはっはっはっ!!」
ネオ 「(心底驚いて)あ、あかりん!?」
朱莉 「あー、おっかっしー、お腹が、お腹が……!」
実緒 「あかりちゃん! 抑えて!」
ネオ 「(心底驚いて)実緒っ!?」
実緒 「あ、ネ、ネオちゃん。これは、その……」
仲須 「コホン。その、なんだ」
ネオ 「(心底驚いて)仲須っ!?」
仲須 「こんな日もあるさ、うん」
実緒 「ネオちゃん。あ、あのね」
ネオ 「……み、見てたんだ、一部始終。わたしの恥ずかしいところ全部、ぜんぶ……」
朱莉 「違うって! 見届けようと、ちゃんと見届けようと思ったんだよ! だけど、だけど、まさかあんなオチが、オチが待っていたなんて、うふふふがふが……」
実緒 「(朱莉の口を手で押さえて)我慢して!」
ネオ 「うわああああああああああっ!」
ネオ、逃げるように去っていく(【SE】走る音)。
朱莉 「ネオ!」
実緒 「ネオちゃん!」
朱莉と実緒、ネオを追いかける(【SE】走る音)。
仲須 「(動揺して)え、えええっ?」
朱莉 「(離れた場所にいるので、少し小さく)そうちゃん!」
仲須 「お、おう!」
仲須もネオを追いかける(【SE】走る音)。
優太は立ったまま。
優太 「(長い沈黙の後、呆然として)……嵐のように過ぎ去ったなあ。(半分に割れたチョコレートを見て)んー」
優太、ポキッとチョコを割る(【SE】チョコを割る音)。
そして、食べてみる(【SE】食べる音)。
優太 「お、うまい。大会前に作ってもらおっかな」
moonlight特別編―恋する瞳はツンツンツン!?― 了




