お久しぶりです
「そやねん。昨日帰って来たんや。また飲みに行こーや。近いうちに」
電話の相手は高校の友人
白川リクト
運送屋で働いている。数年前に結婚して、可愛い娘もいる。こうやって10年以上経っても友人と連絡が取れるというのは俺にとっては唯一の財産だった。
友人の帰還と言う事でリクトは電話したその日に近場の居酒屋を指定して呼び出した。大学生の時によくリクトと二人で飲み明かした思い入れのある居酒屋だった。この店の地鶏のモモ肉のタタキは絶品で、食べると帰って来た!と実感するものだった。
「ユウトー!久しぶりやなー!ちょっと痩せたんちゃうんか?東京に完敗してきよってー!!」
「完敗も何も勝負すらせんかったけどな。リクト嫁と娘は元気してんか?」
先出しの煮物と生ビールで早速お互いの近況報告が始まった。リクトには俺が会社を辞めて大阪に戻った経緯をすべて話した。地元ラブのリクトは無意味に東京を毛嫌いしており、俺の帰郷を心から歓迎していた。
「ユウト帰って来て正解やでホンマ!俺は嬉しいわ!東京行く言い出した時はホンマに泣きそうになったもん!マジで!」
「いや、まぁあん時は若かったんやで。東京行ったら何か変わる思ってたんや。流されるだけの自分が嫌で。でも何も変わらんかったし、見事に売れ残ってしもたわ」
酒は本当に正直になれる。相手がリクトっていうのもあるけど、今まで溜めてた何かを少しずつ溢れさせた。
「情けない思うわ。結局何も変わらんかった俺は。29歳にもなって、俺には何も無い。家族も、夢も、将来も」
普段でも明るくテンションが高いリクトは、今日だけは静かに俺の話を聞いてくれた。相槌も打たず、静かに頷き、空いたグラスにビールを注いでくれた。
「なんやリクト。テンション低いな。なんか悪いな。愚痴ばっかで」
「いや、ちゃうねん。それはかまへんねんよ。俺はお前の味方やし、大阪やったら何かの力になれるから。だからあんまり落ち込むなや?仕事探して、彼女作って、こっちで幸せになったらいいねん!」
「ありがとう」
望んで帰郷したつもりだったが、やはり俺も敗北感みたいなものがあった。周りの期待に応えられず、流されるだけの人生。大阪に帰ったのも母親の一言がきっかけだった。この帰郷すらも、自分の意志ではなく流されてきた結果だと思うと、何も変わらない自分が情けなくて仕方なかった。
「ありがとうリクト。今日は飲むわ!な!?」
「当たり前やんけー!嫁も今日は許してくれるやろ!とことんいこーやユウトー!」
リクトは笑いながら店員さんを呼び、俺の好きな地鶏のモモ肉のタタキを注文してくれた。
23時。リクトと別れた俺はフラフラになりながらもなんとか家のマンションまでたどり着いた。とことんまで行くつもりだったが、家庭を持つリクトに申し訳無く思い、俺はギブアップ宣言して解散した。
またいつでも飲みに行けるからな!
リクトのあの一言は、本当に嬉しかった。
そもそも俺はあんまりアルコールに強くない。今日は色々あったフラストレーションをぶっ飛ばすつもりでオーバーペースで飲んだ。リクトも無理している俺のペースを解っていた筈だが、あえて止めなかったのだろう。自宅がある7階まで到着した。家の廊下前には今日届いたのであろう東京からの荷物が入った段ボールが数個積んであった。
「何しに東京へ行ったんやろ……」
積み上げられた段ボールを見てまた情けなくなってきた。
東京で過ごした6年と5ヶ月は、何も残す事が出来なかった。今考えれば、長い様で短い時間だった。何も無い自分に押し寄せる、ひたすらの敗北感。
エレベーターが止まる音がした。やばい誰か来る。近所の人に泣き面を晒すのは流石に厳しい。しかもこの時期に帰郷する近所の息子だ。正直、姿すら見せたく無かった。酔った足が思ったより動かせず、フラフラのままドアとは反対側の廊下の手摺を掴んだ。
「あの、こんばんわ」
ドキッとした。
若い女の人の声だった。
思わず下を向いた。見られたくなかった。フラフラの酔っぱらいの泣き面。こんな無様な姿を。近所の息子の姿を。俺は恐る恐る声がした方に視線を向けた。
俺の視界に入ったのは、暗めの茶髪に軽くウェーブしたパーマを当てた、今時の女の子。綺麗に化粧した綺麗な顔。
そしてセーラー服。
まさかの女子高生だった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あー大丈夫」
女子高生。
完全に意表を突かれたユウトは思わず硬直してしまった。都落ちしてきた自分に落ち込み、酔っ払ってフラフラになってる事も忘れるぐらい。そのセーラー服には完全に意表を突かれた。
「あの、藤川さんの息子さん……ですか?」
「え?うん。え、おとんとおかん知ってるん?」
キョトンとした表情の俺を見て、女子高生は笑った。
「隣の片岡です。覚えてますか?」
隣の片岡。右隣の部屋の片岡さんだ。そういえば大学生の時だったか、片岡さんのどこに小学生のお嬢さんがいたな。たまにマンションの前で会って、お菓子あげたりしてたな。うん。小学生の。小学生。
「え!カナちゃん!?うそ!?」
「そうです。お久しぶりですユウトさん」
ユウトはそのままヘナヘナと腰が抜けた。それはそうだ。6年5ヶ月。約7年だ。あの小学生のお嬢さんだった隣のカナちゃんは、ものの見事に成長し、今時の女子高生になっていたのだ。
「めちゃおっきくなったなぁ。そーか、カナちゃんかぁ。ビックリしたわ。俺、正月は帰って来てたけど、片岡さん留守やったもんな。全然会わんかったしな。ほんま7年ぶりかー」
「うち正月は父の実家帰りますからね。ユウトさんはあんまり変わってませんね」
「お世辞やめてやー。俺もう30手前やでー」
「うそ。見えませんよ。大学生の時のままです。若いですよまだ」
大学生の時のまま。カナちゃんは悪意無くお世辞で誉めてくれたのだが、地味にグサリと響く言葉だった。大学卒業から東京に行っても何も変えられず帰ってきた俺には。まさに俺殺し。
それにしても人間の成長とは恐ろしいものだ。こないだまで黄色い帽子に赤いランドセル背負った、リアルちび●子ちゃんみたいな女の子が、こんなにも美人な女性に成長するなんて。女子高生をこんな目で見るのもアレだが、体つきもしっかり女性になっていた。セーラー服を着ていても理解出来る、健康的でスタイルの良いボディラインだった。
「ユウトさん、いきなりマンションで姿見なくなったから、どうしたんやろーって思ってたんです。」
「ああ、大学卒業してから就職して東京行ってたんや。ほんでその仕事辞めて昨日から大阪に帰ってきてん」
その時、ユウトはカナの表情が少し変わったのが解った。東京という単語に反応した様に見えた。だが、その違和感をユウトはこの時はあまり意識をする事は無かった。
「まぁ、またしばらくマンションで会うけどヨロシク頼むわー ほな、おやすみカナちゃん」
驚きで酔いが覚めたのか、おぼつかなかった足元は自分の思い通りに動かせた。ユウトはカナちゃんに手を振り、そのままフラフラの自宅のドアに消えていった。 カナも手を振るユウトに会釈し、消えるユウトを見送った後、自分の家のドアに向かった。真っ赤な目をしていたユウトに気付いてはいたが、酔ったら目が赤くなる人なんやな、と思うに留まった。
「東京って厳しいとこなんやなぁ……。先輩大丈夫かなー」
自宅に戻ったカナは、寝静まった暗いリビングをそのままスルーし、自分の部屋に戻った。制服を脱ぎ、スエットに着替えたカナは、洗う洗濯物と新しい下着を持ってバスルームに直行した。
「今日は昨日の数字もう一回復習しとこう。あーまた3時になりそうやなぁ」
洗面所の鏡に写った疲れきった自分の顔を見て、深い溜め息をついたカナは、脱いだ衣服を洗濯機に突っ込み、フラフラと風呂場に入った。
「お帰りユウト。リクト君元気やった?」
リビングでユウトの母親がテレビを観ていた。母親も7年前の事を考えれば老け込んでしまったものだ。
「さっき片岡さんとこのカナちゃんに会って腰抜けたわ」
「そや、あんたカナちゃんに全然会って無かったもんな。あの子美人さんなったやろー?」
「そんな事よりも7年っていう時間の流れにヒイたわ。そら7年経てばあの子もあんなけ成長するわなみたいな」
「そらそやろ。あんた間違ってもカナちゃんに手出したらアカンで!」
「おかん、それはホンマに勘弁してくれ」
ユウトはフラフラと自室に消えた。酔いが復活したのか、ベッドに倒れ込んだまま動けなくなり、眠気と疲れで次第に意識も無くなってしまっていた。




