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森に住みし者

「今日の百物語は盛り上がったな」

「いいですねー。私のクラスでもやってみたいです」

「実際は20ちょいぐらいしか怪談しなかったけどな。自主参加の行事としては多いほうじゃね?」

「百物語の最後は現実で怪現象が起こるのが形式美だが何もなかったのは残念だった」

「……お前に全部持っていかれて魑魅魍魎が出てくる隙もなかったよ」

「さすが部長さん!妖怪の役目を奪ってしまう、そこにシビれるあこ」

「ちょっと待った!それは二人組で言わないと!」

「長浜のつっこみが冴えてない……。やはりまだ万全じゃないな」


 部長はチラリと床を見た。そこにはまだ涙で湿って変色している木目があった。




「そういえば結局、自前の怪談してたなお前」

「うん?ああ、あれはばあちゃんから聞いた話なんだ」

「どんな話なんですか?興味ありますっ」

「本職のオカルト部を目の前に話すもんでもないよ」

「そうか?実際にあったことなんだろ?それだけでも十分聞く価値がある」

「えっ!先輩、怪現象に巻き込まれたんですか?」

「違う違う。ばあちゃんから聞いた話って言っただろ。まあ実際はばあちゃんのばあちゃんが体験した出来事なんだけどな―――」







 その日は山奥まで山菜を取りに行っていました。春先ということもありたくさん茂っていて夢中で摘んでいるといつの間にか日が沈んでいました。


「大変だ。急いで帰らないと」


 山菜の入っているかごを背負い直して慌てて家路に着きました。しかし、普段は入らない奥のほうまで来ていたようで帰り道がわからず迷子になってしまったのです。

 どんどん心細くなってきて泣きそうになりました。さらに不安を煽るように獣の声が聞こえてきました。フゥーフゥーという鳴き声が近づいて、いまにも飛びかかろうとする気配に私は生きる望みを断たれたように感じました。しかし、獣が私を襲うことはありませんでした。


 助けが現れたのです。

 その人は見慣れない恰好をしており片手に提灯を掲げていました。


「大丈夫だ。あいつらは明かりに慣れていない。さあ急いで」


 そう言うとその人は私の手を握って走り出しました。

 しばらくそのまま森の中を走ると一軒の家が見えてきました。その人の家だそうで夜は危険なので朝まで泊めてもらえることになりました。遠慮しない気持ちがなかったと言えば嘘になりますがさっきまでの恐怖があっさりそれを押し流しました。

 家は一般的な木造で出来ていて住人の性格か隅々まできれいに掃除されていました。囲炉裏の暖かさにようやく安心しているとここまで連れてきてくれた恩人は何故この山にいたのか尋ねてきました。山菜を取りに来たこと、道に迷ったことを話した後、流れで私の村のことも話しました。恩人はこの山でひとりで暮らしていて、村のことは珍しいらしく興味深そうに耳を澄ましていました。


 話がひと段落して私は恩人が用意してくれた白湯を飲んでいました。恩人は客用の布団を出すからと部屋の隅を漁っていました。そのとき、ふと疑問に思っていたことが口を突いて出てしまいました。


「どうしてこんな山奥にひとりで住んでいるんですか?」


 恩人は布団を探す手を一旦止め考えるそぶりをした後、


「多分、忘れられないからだね。……いや、忘れられたくないのかもしれない。

 昔はこの近くに集落があってとても賑やかだったんだ。ここの森を切り出して生計を立てていて、集落は小さかったけどみんな生き生きしていたなぁ。あのころは楽しくて仕方なかった。

私も若かったからいつまでもそれが続くと思っていたよ」


そう言って寂しそうに笑ったのでした。




次の日、私は恩人に連れられて森の出口まで来ていました。ここまで来れば私ひとりでも家に帰ることができます。


「さあここまで来れば危険はないよ」

「ありがとうございます。あ、あの」

「ん?」

「また来てもいいですか?今回のお礼もしたいし……」

「……あ、ああ。いいよ。大歓迎だ!」


 昨日、寂しそうな顔していたのを思い出して少しでもそれをどうにかしたいと気づいたら言っていた一言でしたが、恩人はとても嬉しそうにしてくれました。



 しかし、私と恩人が会うことは二度とありませんでした。



 数えきれないほどあの森に行きましたが恩人どころか一晩泊まったあの家さえ見つかることはありませんでした。村の人たちにも協力をお願いしましたが痕跡さえ見つかりません。


「もしかしたら山の神様だったのかもしれないね、あなたが会ったのは。」


 村の年長者はそう言いました。彼女はあの森近くにあった集落の出でしたから何か思うところがあったのかもしれません。

 考えてみれば思い当たることもありました。

 何故、恩人は森深いところにひとりで住んでいたのか。

 どうして、人のいなくなった集落を懐かしんでいるのにその場所にいないのか。

 なによりあれだけ印象深い出来事だったのに恩人の顔がはっきり思い出せず男か女かもわかりませんでした。


 私は村の年長者から話を聞いてからもあの森に通いました。そして、森に向かって村や私の近況を報告するのです。

 きっとそれが恩人の、あの優しくて人が大好きな神様の望んでいることだから。








「この話の注目するポイントは時々女口調になる長浜がオカマっぽく見えることだ」

「ひどっ!!わざわざ話せみたいな雰囲気作っといてその言いぐさ!!価値があんのは話の内容じゃねーのか!?」

「面白かったですよ、先輩。ひきこまれちゃいましたよ。語りがお上手でしたね!」

「そ、そうか?」

「案外お前がその森に行ったらひょっこり出てくるかもしれないな」

「神様がそんな軽い感じで現れても困るわっ!」

「なんとこんなところにあいつの孫が、では名前を返してもらおうか」

「夏の友達帳ですね!」

「待て!幽霊なんか見たことない!」

「あっ。もうこんな時間。今日はもう帰ります。部長さん、また明日!」


 灰森は帰り支度をして慌ただしく帰っていった。急に寂しくなった部室に残る男子二人。


「灰森さんいい子だなぁ。そういやオカルト部に部員が入ってたなんて聞いてないぞ」

「言ってないからな。そもそも新入部員は入っていない」

「はぁ?」


「灰森は部員じゃない。ただ部室に来ているだけだ」


「……あ、ああ~彼女か!そうだよな曲がりなりにも高校生だもんな」

「違うが」

「……じゃあ友達か!家が近所で子供のころから仲が良いとか」

「灰森とは最近知り合ったが」

「……じゃ、じゃあ灰森さんはなんでここに?」

「知らん」


 ナニソレコワイ。

 長浜にとって今日一番恐怖を感じた瞬間であった。


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