第十七話:ゆきじょの隣で
第十七話
試験の日、豪雪はいつものようにぽけーっとしていた。
「おはよう豪雪」
「……陽太……おはよう……陽太、おはよう…いや、おは陽太……これっていけるくない?」
今年の流行語大賞はもらったとかいってるけど小学生の時、既にからかわれているから新鮮味はない。
「さ、朝ごはん食べようよ。氷柱さんはもう行っちゃったみたいだよ」
書き置きには『幸運を祈る』と書かれていた。氷柱さんは大丈夫なのだろう、もしくは豪雪の事を気遣ってくれたのかもしれないな。
布団から一向に出ようとしない豪雪に首をかしげていると豪雪はいうのだった。
「ヒーローは遅れた頃にやってくる」
「試験の遅刻は失格の対象だと思うけど?」
「…べ、別にあんたの為に遅刻してやったんじゃないんだからねっ」
「豪雪が遅刻しても僕は喜ばないよ。むしろ遅刻するような人は嫌だな」
豪雪が固まる。
「あと五分っ」
「今ので五分経ちました」
「延長戦スタートっ」
「こうして豪雪は時間を守らない雪女代表として末代まで罵られるのでした」
「……キスしてくれたら起きるかもよ?」
ちらっと悪戯っ子の表情でこっちを見る豪雪に笑顔で答える。
「起きたらするかもよ」
「え、マジでっ」
「はい、おはよう」
そのまま捕獲し、廊下に出る。どこにどんな罠があるのかようやくわかってきたため、寝ぼけていなければ引っかかる事もなくなった。
「これも成果かなぁ…」
「こんな短期間で場所とか覚えたの陽太が始めてだよ。忍者の素質があるのかも」
「それは嫌だなぁ」
ちょっと時代遅れ感がある。
「……現代風にサイバー忍者なんてどう?」
「ダサい」
「ハイパー忍者は?」
「却下」
「スーパー忍者」
忍者の姿で店員しろと?
試験当日とは思えぬいつも通りのやり取りに少しだけ頭を痛めつつ(当然ながら豪雪は痛めていない)、八時二十五分に家を出る。
「えーもう?まだ時間あるよ」
鳩時計を指差す。
「試験の時は三十分前についておかないと駄目だよ。ここからだと五分ぐらいかかるから今出るのがちょうどいいの」
朝の占いをちょうど見終えた時間帯。占い結果に微妙な顔をしていた。
「牡羊座六位だった」
「微妙だね」
「手をつないでくれたら運気上がるって言ってたっ」
これは本当だろう、何せ僕も見ていたから。しかし、女の子(24歳が女の子に入るかは不明だ)って本当に占いが好きだねぇ。
「わかった」
「えへへー」
本当に年上なのか信じられなくなる時がこういうとき。まるで子供のように笑う豪雪を直接見られない僕は汚れきった大人になったと言う事なんだろうなぁ。
八時三十分、既にそれなりの人数が公民館に集まっていた。どの雪女さんも綺麗である。
「むむっ」
「トイレ?」
「違うもん。今よからぬ事考えたでしょ?うわーきれいどころが集まってるーとかさ」
「考えてないよ」
くっ、鋭い…さすがストーカー。思えば将棋の癖からチェスの攻め方まで知っていたし、格闘ゲームの癖まで知っていた豪雪なら僕の心の一つや二つ、簡単に読めるのだろう。
「じゃあ何考えてたの?」
だが、しかし…しかしである。
「豪雪が無事に『雪女』になれればいいなって思ったんだよ」
「え、本当っ」
短い間とはいえ、僕も彼女と生活してきた。豪雪は自分の事を気にかけたり優しくされたりしたら物凄く弱いのである。
改めて雪女さんを見てみれば皆写真やお守りを握り締めたりしていた。やっぱりどこの試験もこんなものなのだろう。
開始十分前、試験官と思しき人間でいうと二十代前半の若い雪女さんが出てきた。まぁ、雪女って見た目こんな感じだから本当はどのくらいかわからないけどさ。
「婆だ」
「誰ですか、今ばばあといったのはっ」
くわっと目を見開き雪女さんたちをねめつけるばば…試験官さん。
「ちょっと、豪雪っ…」
「ご、ごめん、ついつい言っちゃった」
「こら、そこっ、いちゃいちゃするな見せつけるなっ」
試験官って男遊びのしすぎで本気だった人に愛想尽かされたそうだよとか独学で試験突破した行き遅れ何だってなどというひそひそ話が聞こえてくる。
「とりあえず凄い人なんだね」
「そこの人間の男っ」
試験管の人差し指は僕を捉えており、周りも静まり返っていた。
「は、はいっ」
「…後で私の部屋に来る事を許可します。たっぷり可愛がってあげるわ」
可哀想に、これであの子も骨抜きねと周りが勝手に言う。
「行き遅れに渡すわけないでしょっ」
そして対抗する豪雪。
「行き遅れ…ですってぇ?」
豪雪さんすごーい等と周りから上がっていた。
「そして泥棒猫でもありますっ」
「そうだそうだっ」
「人の男盗るなーっ」
「ぐぬぬぬっ」
周りからの援護射撃で一気に剣呑な雰囲気に。騒ぎを止めたいけれど自分がどっち側の人間なのかは当然わきまえている。
「こ、これより試験を始めますっ。まずは筆記です。早く部屋に入りなさい」
何とか大人(年齢の概念があるかは不明)の態度を取って試験官が中に入る。他の雪女さん達と一緒に中に入り首をかしげる。
「僕って一緒に行っていいんだっけ?」
「待合室で待っててよ。すぐに出てくるから」
他の雪女さん達と部屋に入っていく豪雪に一抹の不安(あの子ハンカチとティッシュ持ったかしらと言う母親のそれに似た感情)を覚えながら祈っておくことにした。
「名前をちゃんと書きますようにっ…あと回答欄を一問ずつずらしたりしてませんようにっ…」
それからきっかり一時間後、豪雪は燃え尽きた状態で出てきた。
「……え、ちょ、ちょっと豪雪?」
「頭は飾り、ヘッドショットされるためにあるの…」
「豪雪―っ」
「なんてねっ♪本当はばっちりだったよ」
「よかったぁ…」
僕の姿を見て嬉しそうにしている。
「何、どうしたの?」
「え、だってそりゃあ気にかけてもらってるんだもん。っと、今度は実技かぁ…これから先は悪いけどついてきてよ」
「うん」
実技も公民館の中でやるのだろうか?首をかしげながら動いて行く集団について行く。
「狭いね?」
実技と聞くとどうしても暴れそうなイメージがある為、広い場所を想像していた。
「ここは分ける場所だから」
先ほどとはまた違う大人しそうな雪女の試験官が立っていた。
「ではこれより実技試験を行います。この先の好きな扉に進んでください。あ、一人ずつ順番に…ですよ」
その言葉が開始の合図になり一人一人三種類の扉に進んでいく。
「中で何があってるんだろ」
「左から自分の限界を出す暴力的な力の部屋で真ん中が繊細で綺麗な雪の結晶を作りだす部屋…最後は戦闘訓練だったかな」
「戦闘訓練って…」
一体何と闘うのだろう。
「それでどこに行くの?もしかして戦闘訓練?」
「陽太が怪我しちゃうからパスかな―…当然、力の部屋だよ。もう氷柱は真ん中の部屋に行ったからね」
三十分後、ようやく豪雪の番が回ってきた……というより、一番最後だった。
「さ、行くよ」
「うん」
さっきからずっと手をつないだままだ。理由を尋ねたら『こっちのほうが力を出しやすい』と言われた。
「豪雪さんですね?お願いします」
試験官に言われ豪雪はゆっくりと頷いた。部屋は広く、これなら暴れても大丈夫かなと思えた。
「最後、豪雪行きますっ」
途端、出鱈目な暴風が背後から前へと駆け抜けていく。
「うわっ」
僕の身体はあっさりと吹き飛ばされそうになり、豪雪に引き寄せられる。瞬時に名前通りの豪雪は止んでしまい、部屋には何も残っていなかった。
「豪雪さん」
「はい」
「これが戦闘訓練なら一発でアウトです」
「……」
悔しそうに唇をかむ豪雪の代わりに僕が尋ねる。
「じゃあ豪雪は駄目なんですか?」
「いいえ、合格です。この部屋は力の部屋ですから…どうぞ、最後の部屋に行ってください」
「ちなみに豪雪はどの線なんでしょう?」
「トップです」
それだけ言って試験官は部屋を出ていった。
「豪雪すごいね」
「ごめん、ちょっと陽太の事まで考えてなかった」
「気にしないでよ」
「いや、でも…下手したらあそこの壁にたたきつけられてたかもしんない」
珍しくしょげている豪雪を元気づける為しっかりと手を握りしめる。
「何言ってるの。そうならない様にちゃんと手を握ってくれてたでしょ?朝の占いが当たってるじゃん」
「……でもっ」
「はいはい、次が最後なんだからこれが終わったら散々好きなようにさせてもらうよ」
豪雪の手を引き、最後の部屋に入る。
真っ暗な部屋で、冷たい豪雪の手がより近づき腕を絡められる。
「最後って何だっけ?」
「最後は…精神を試すんだっけ…」
「精神ねぇ」
この状態で一日待てとかそういったものだろうか…考えていると部屋の電気が付けられる。
「では最後の問題です」
「月子ちゃん…」
「月子…」
「試験官にちゃん付け禁止。今の私は試験管…お兄ちゃんの妹ではございません…」
部屋に居たのは学校の椅子に座っている月子だった。
「えー、では最後の部屋へようこそ。豪雪さん、貴方はパートナーと良き関係を築いているとありますが本当ですか?」
「……」
「豪雪?」
隣を見やるとものすっごく汗をかいている豪雪がいた。
「ほ、本当ですっ」
直立不動でそう答えた。いつも顔は白いが今はいつにもまして体調が悪く見えた。
「ほぉ、本当ですか?ではお尋ねしますが毎日愛を深めあっている、朝のキスは当然、いてらっしゃいのキスまでしてますと言うのも本当ですね?」
「ほほほほほほほ、本当ですともっ」
「ではここでキスをしてもらいますか」
「き、きすですかっ…」
豪雪があからさまに動揺した状態で月子の事を見ている。身内だから見逃してくれ…目で訴えている。
「残念ながら今の私は試験官月子です。しかも、厳しいですよ」
「うう…」
あっさり却下されて豪雪はもう終わったと言う表情をしている。
「豪雪」
「…ごめん、陽太…あたし『雪女』には……」
―――――――
夏休みが終わり、二学期が始まる。
「じゃ、行って来るよ」
「あ、待って陽太…行ってきますのキス…んっ」
額にされて悪い気はしない。しかもスーツ姿だからずっとこうしていても飽きないだろうな。
「別にこっちにしてくれてもいいのに」
自分の唇を指差して豪雪を見ると照れていた。
「いや、えーっと…されるよりしてほしい」
「…はいはい、じゃあ行ってきます」
最近できた習慣を終えて僕は家を出る。豪雪は晴れて『雪女』となり羽津支部の雪女になった。冬場は雪を降らせる仕事をするらしい。といっても、本気を出すと大変な事になる為自然に任せるそうだ。氷柱さんは時折帰ってくるぐらいで未だに母親を探しているらしい。月子は姑役で豪雪の鬼教官となっている。
そしてもう一つ、豪雪には仕事がある。
校門前までやってくると背後から豪雪の声が聞こえてきた。
「陽太―っ」
「え、もう来たの?」
「悪い虫がつかない様にっ、あたしの恋人だってみんなに見せつけるのっ」
僕の通っている学校に教師として潜入し、いい男子生徒を見つけると言う仕事だった。ただまぁ、この仕事は今のところ僕ばっかり見ていて捗っていないと思う。




