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シャッターチャンス

作者: 高嶺清麿

長いうえに乱文ですが、最後まで読んでください。

 線香臭い。でもこの匂いが僕の涙を誘う。そして、誘惑に負けた僕は涙を流す。酷い現実。みんな、みんな黒い服で身を纏い、建て前だけのご冥福をお祈りする。目当ては弁当と二次会のカラオケ。僕の前で流している涙も、どうせは目薬を点した時に出る液と同じだ。しょうがなく流されている。心の無い涙。

 君は今でも笑っている。

 とてもとても狭い黒い額縁の中で永遠に少しも動けないまま。でも、あの蓋を開けると、君は寝ている。それを見ると僕は嬉しくなるんだ…。君は僕の目の前にいる。二度と起きないけど僕の目の前で…。この花、綺麗だね。君が好きそうな花。あっ、君が微かに笑ったような気がする。このカメラで撮ってあげる…。

 僕がカメラを構え、写真を撮ろうとしたら、横から黒い腕が割り込む。

「撮影は禁止だよ」

 その言葉を聞くと、僕は涙が止まらなくなる。もう君を撮る事は出来ない…。最後に撮った君の笑顔は今はあの黒い額縁で笑っている。また、僕に笑ってくれないか…?



 僕の親父は有名なカメラマンだ。


 オーロラを撮ったり、影を使ってソリに乗ったサンタクロースが夜空を横切るような写真は世界を驚愕させた。親父は世界で一番の腕前の風景写真家だった。

 そんな親父が人物の写真を撮り始めた。

 何故かは知らない。

 おまけに風景の写真は絶賛だったが、人物の写真は誰も受け入れてくれなくなった。

親父は元気がなくなり、家に籠もり始めた。

そんな親父が初めて僕を撮った。

僕の楽しそうな笑顔だった。

親父はその写真をコンテストに応募し、優勝賞品が宅急便で送られてきた。

親父の写真が受け入れられた。

親父はすごい笑顔で僕の頭を撫でてくれた。

まるで僕が優勝を持ってきてくれたかのように撫でてくれた。

写真は撮ったのは親父なのに…。

 そして、親父は事故死した。

 親父の同級生がコンテストで優勝したからお祝いしようと言われ、タクシーで出向いてた時の事故だった。

 親父の死体はぎゅっとカメラを握っていた。同級生を撮りたかったのだろう。だが、その画は、まるで悲しむ僕たちを撮るかのように見えた。僕は親父の代わりに人を撮りたい。外見だけじゃなく内面まで撮りたい。僕はその願望からぎゅっと握っている親父のカメラを取り、カメラを構えた。今もそのカメラで撮っている。

 親父は語っていた。

親父は本物の自由の女神を写真で撮りたくて出向いたが道に迷い、たまたま通ってた不良っぽい若者にダメもとで道を聞いてみた。だが、その若者は英語が伝わらない親父のために地図を書き、どれがどの建物が分かるように絵で示してくれたようだ。人は外見じゃないと知った親父は内面まで撮りたいと望み、人物を取り始めたそうだ。そんな親父が好きだった。

 


 僕は普通の写真を撮っている。フリスビーをナイスキャッチした犬を撮ったり、桜の写真を撮ったりした。なんか知らないけど

「撮って撮って!」

と走って来る小学生も撮った。僕は世界中のどんなものでも芸術にする。そういう自信はあった。

「素晴らしいよ。君の写真」

 僕の目の前で写真を見ながらおっさんはニンマリ笑っている。僕は何回も頭を下げた。

「今度のも表紙にさせてもらうよ」

「はい、ありがとうございます」

 僕が頭を下げると、またおっさんはニンマリ笑った。

「君ぃ、アイドルと会いたくないか?」

「えっ、アイドル」

「会いたい?」

 撮れって言ってるんだろ?遠回しに。

「はい」

「君は知ってる?西野真希ちゃん」

「人気アイドルだよ。今賑わせてる」

「はぁ」

 そう言っておっさんは西野真希ちゃんの写真を見せる。麦わら帽子を被って、水色の水着で笑っている。テーマは

「夏」

だろ?ありきたりなんだよ。

「世界中のものを芸術にする。それが君のキャッチコピーだろ?」

「ええ、まあ」

「真希ちゃんも君に撮って欲しいと言っている」

「はぁ」

「頼むよ」

 おっさんは西野真希ちゃんが表紙の雑誌を僕に渡し、部屋を出た。めんどくせぇ。俺はこんなの興味ねぇんだよ。コンビニで捨てる事を決めた僕は部屋を出た。


 僕はベンチと道と草原しかない公園で写真を撮っている。僕はこれが撮りたいんだ。

「自由」

「自然」

を。自分好みのポーズをさせて、自分自身も興奮するようなカメラマンは嫌だ。僕が命じる指令は

「自由」

のみ。僕は木の葉が風に揺れているのを撮ると、後ろから声がした。

「あの…笠原実さんですよね」

「ええ、はい」

「あのカメラマン」

「まぁそうですね」

「マジ私超ファンなんですぅ!カメラ見せてくださぃ!うわぁ!これがお父様のカメラ?すごい!機能よさそー、ちょっとあの花撮っていい?マジかっこいいカメラぁ。あっ、もちろん実さんもね」

「あ、あのー」

 タメ語はよせ!

 こいつは何だ?女子高生か?そうっぽい格好してるし、ポケットにはストラップがはみ出てるし…あれ、ケータイのだよな。

「タメ語はよそぉよ」

「あっ、はーい」

 すんなりやめてくれた。

「私、写真見るの大好きなんです。なんか、心が和む写真が特に。リアルタイムを永遠に映してくれる。映画館みたいで、大好きなんです」

「それは嬉しいな」

「特に笠原さんのがいいんです」

「なんで?」

「自由って感じ。そこがすごい好きなんです」

 女子高生は一冊の雑誌を出した。旅行ガイドの写真。旅館を被写体にして紅葉を撮っている。まさしく秋の時僕が撮った写真だ。

「これが大好きなんです。自由な紅葉って感じで」

「ああ、ありがとう」

 しばらく沈黙が続いた。僕のお礼が沈黙を産んだのか?

「でもあなたが好きな自由じゃない」

「えっ?」

 それ矛盾じゃあ。

「あなたはとりあえず適当に見つけて撮っている」

 そういえばそうだ。俺はとりあえずあああれ綺麗っぽいと思ったら撮っていた。でもそれを何故知っていたのか。

「あっ、ごめんね。急に変な事言って…」

 タメ口は直んないんだね。

「じゃ、じゃね。また、会えたらいいな」

 ドキッ。何大胆な事言ってるんだろう。カメラがブレるだろ。

 女子高生は消えていくように走り去った。気付いたらフィルムが無くなっていた。


 翌日、またおっさんに呼ばれた。用件はわかっている。西野真希についてだ。

「答えはもう出たかい」

 このような空気はほんと嫌いだ。なんか二人っきりってのが大嫌いだ。しかもこんな気持ち悪い奴といっしょだと尚更空気が汚れる。

 僕は俯きがちで応える。

「もうちょっと待って下さい」

「まだかなぁ。撮影は来週なんだよ」

 断りもせずに予定入れてんじゃねえよ。

「真希ちゃんも君しかいないって言ってるんだ」

 昨日も聞いたよ。

「どっちなんだ。するの、しないの」

 予定入れてんだからもう断れねぇだろ。


「お願いしまぁす。マジ楽しみにしてたんです!」

「はあ、そりゃどうも」

 僕に会えたのがそんなに嬉しいのか、本物の西野真希ははしゃいでいた。気持ち悪い見物客が『可愛い』と呟いていた。

「じゃあ撮るね」

 僕は仕方が無くカメラを構えた。

 ビーチボールではしゃぐ西野真希を撮り、砂浜で寝そべっている西野真希を撮った。西野真希はブレないように固まっている。セクシーを表現するために固まっている。

「はい、お疲れ様」

 一通り写真を撮り終えて、僕は言った。すると、照明さんも、スタジオの管理人も、西野真希のマネージャーも『お疲れぇ』と言って、打ち上げへと向かう。

「笠原くんも来いよ」

 西野真希のマネージャーに誘われたが、僕は酒は飲めないと嘘を付き、家路へと向かう。

 つまらなかった撮影の後の打ち上げは尚更つまらない筈だ。

 夜遅くまで撮影はやっていた。もう二時間ぐらい経てば日の出が見れそうだ。

 さかりがついた猫の鳴き声にビビって、思わず首にかけたカメラを落として、落下直後にフラッシュをした。変なものを撮ってしまった。だが、これも夜の自由としてはいいものだと思う。


 昨日の西野真希の写真が完成したとおっさんから電話が来て、仕方なく向かった。

「こりゃあいい」

 おっさんは気味悪い笑顔で写真を見つめた。これで彼女は生活をしてると思うと、すごく寂しくなる。

「真希ちゃんも満足してるよ。『実さんにしてよかった』と言っていた」

 あの女に実さんと言って欲しくない。

「よかったじゃないか。これで君もアイドルの友達が出来るじゃないか」

 いらねぇよ。



「それよくわかるよ」

 サーティワンアイスクリームのカフェコーナーで、女子高生は僕の前に座って六段のアイスクリームを食べている。

 なぜこんな状況になったのかというと、僕がカメラ屋に修理を頼んだ帰りに、新しいカメラを買おうと都内を歩いていたら、腕を思いっきり捕まれて、靴を思いっきり踏まれた。『いてぇなあ』と思って振り向くと、あの女子高生がニタニタ笑ってこう言った。『みぃつけた』と。

 かんけりかよ。かんけりって事は僕の靴は缶か?革製だよ…。

 女子高生は『暑いなぁ』って近くのサーティワンアイスクリームの自動ドアの前に立って、自動ドアが開いたが中には入らず、自動ドアが閉めようとしたが、また開く。その間、彼女は僕を見て、『いい?』と何回も言っていた。根気負けした。

 これはアンバランスだろぉと思っているが、見事に安定している六段のアイスクリーム。これを完成させるためにどれだけの苦悩と犠牲を用いたかわかる。

「お前、カメラマンじゃねぇじゃん」

「あっ、私の名前は香奈。よろしくね」

 話噛み合ってねぇ。

「いや、そうじゃなくて…」

「私モデルになりたくてさぁ」

「話聞け」

「なのに、なんでこんなに差があるのかな」

 僕は言葉を失った。六段のアイスクリームも、居場所を失い溶け始め、ぐちゃぐちゃになった。一方香奈も涙を流してぐしゃぐしゃになった。

 香奈には二つ年上の姉がいる。姉もモデルを目指していた。姉は身内や近所から可愛い可愛いと誉められていて、香奈はそんな姉がいるから目立つ事が少なかった。クラスの男子も姉を紹介してとうるさかった。香奈は思った。なんで同じ親から生まれたのにこんなに差があるんだと…。

 香奈はこういって全てを語った。泣きながら…。

 僕は別に香奈が不細工だとは思っていない。普通に可愛い。可愛い香奈が目立たないなんて姉はどのぐらい可愛いんだ?と思うぐらいだ。

 しかも僕は泣いている香奈より笑顔の香奈の方が可愛いし、こっちも笑顔になる。そんなモデルは少ない。

「なあ、香奈」

「何?」

「写真、撮っていい?」


 なんかサーティワンで撮るのはちょっとぎこちないから僕たちは公園に移動した。

 香奈と僕は白いベンチに座った。

「マジうちを撮るの?」

 香奈が聞いてきたので僕は頷いた。

「じゃあ服とかコーディネートしてくれるの?ブランドの服とか着てさー」

「いや、普通の格好でいいよ」

「えっ?何で?」

 香奈は不思議そうな顔でこっちを見た。僕はその顔もいいなと思ってシャッターを押した。

「自由を撮りたいから」

「ほんと変なカメラマン」

「お前も変なモデルだよ」

「なんで」

「自由でいる時が、一番キレイだから」

「あんたと自由の写真。好きだよ」

「オレも、あんたが好きかも」

 気付いたら二人は付き合うようになった。

 ほんとに気付かずに心の中の全てを香奈に言ってやった。とても気持ちよくて、どんな結果でもまたもう一枚香奈を撮る気分だった。

 ケータイが鳴った。香奈からだと香奈の写真がケータイのディスプレイに映る。最近のデジカメはミニSDに写真を入れるとケータイでも見れるんだとよ。だからそれ専用にデジカメを買った。まあほとんどオヤジの形見のカメラだけど。

 最近、香奈は僕がカメラを向けると嫌がる。自分の顔が嫌いとかいいながらカメラを向けるとポーズを取る矛盾な香奈も好きだからちょっと悲しくなった。

 今の香奈はカメラを向けると、頭を抱えながら伏せて『やめて』と何度も呟く。まるで何かにおびえているようだ。

「どうしたの…香奈…」

「大丈夫…大丈夫だから…もぅ私を撮らないで…」

 香奈はハァハァしながらこう言った。

 どうしたんだよ…香奈…。お前はモデルになりたいんじゃないんかよ…?モデル志望のお前がカメラを嫌いになったら意味ねぇじゃんかよ…。

 僕は真相を詳しく聞きたくて、香奈の家を訪ねた。幸い、香奈以外誰もいなかったから助かった。

 初めて来る香奈の部屋は普通の女子高生の部屋。本棚には少女漫画がずらりと並んでいて、中には映画化した漫画もあって、ジャニーズのポスターも貼ってあった。僕と香奈のツーショット写真も写真立ての中にある。

 僕と香奈は無言だったが、言葉を聞かなくてもわかる。いつもの香奈じゃない。いつもの香奈の目じゃない。いつもの香奈の元気がない。絶対何かあるはず…。

「ほんとに何があったか言って」

「…」

 香奈は黙っていた。その無言の中には『何も聞かないで』という香奈の言葉があったのかもしれない。この無言の中で言葉を見つけたのは僕が僕の予想の範囲を超えて、香奈を好きになったおかげかもしれない。僕は香奈を愛する限度を思いっきり超えたんだ…。


「…なんで、泣いてるの?」

「えっ?」

 気が付くと、僕の目から一筋の涙が頬を伝っていた。ああ、本当だ。なんで出てるんだろ。不思議。でもな、でもこの涙。すげーしょっぱいんだぜ。

「なんで出てるんだろ?たぶん、香奈が苦しいと思ってるからかも」

「えっ?」

「香奈が苦しいと思うと、なんでかな…。俺まで泣く程苦しくなるんだ」

「…」

 香奈は何も言わずに僕とキスをした。でも普通のキス。唇と唇が重なるだけのキス。

「ははは、バカじゃん。実、あんた私を好きになりすぎ」

「ほんとのことじゃん」

「いいよ。本当の事教えるよ」

 香奈はハハと笑いながらどこかを漁ると、一枚の写真を持ってきた。香奈と僕のツーショット写真。フラッシュが眩しくて僕が目をつぶってしまった失敗写真。『この時の実が可愛いかったあ』と笑っていた。問題は香奈の方。香奈の頭を、白いモヤが囲んでいる。

「これ…」

「あれからずっと頭が痛いんだ」

「それが原因で…」

「ぅ…ん」

 香奈はいきなりグラッとして倒れた。

「香奈!香奈!」

 香奈は揺すっても起きないから僕は救急車を呼んだ。


 病院に着いてから30分後、香奈の両親が来た。土日を使って、二人っきりの旅行をしていたらしい。

 僕を見るなり『誰だ?』と聞いて来たから僕は香奈さんが道で倒れたのを見つけ、通報した通行人の役を演じて、見事成功したらしく、父親に握手をされ、何度もお礼を言われた。こんな娘想いだったら彼氏って言ってたら面倒くさい事になってたな。

 治療が終わると、両親と僕を医者が呼んだ。僕は必要なのか?

 診察室に入るなり、医者に倒れた時の状況を聞かれ、焦った僕の視界に入ったのは頭のレントゲンだったから僕は頭を抱えてたと伝えた。

「やはりそうか」

 医者はそう言ってレントゲンを見つめた。

「香奈は一体…」

 母親も心配そうに医者を見つめる。

「これを見てください」

 僕と両親が見せられたのは頭のレントゲン写真。何枚も頭の中を撮ってある。

「脳の中に丸いビー玉みたいな円がありますよね」

 医者がそこを指差したので見てみると、確かにくっきり見える。

「まさか…」

「腫瘍です。しかも、娘さんの場合進行中で徐々に大きくなります」

「そんな…」

「取り除けるんですよね?」

「取り除く事は出来ますが、後遺症が残ります。おまけに、どこかの器官に転移する場合もあります」

「そんな…」

 僕は絶望する香奈の両親を見たくなくて、診察室を出た。泣きたい…すごーく泣きたい。

 僕を見るなり『誰だ?』と聞いて来たから僕は香奈さんが道で倒れたのを見つけ、通報した通行人の役を演じて、見事成功したらしく、父親に握手をされ、何度もお礼を言われた。こんな娘想いだったら彼氏って言ってたら面倒くさい事になってたな。

 治療が終わると、両親と僕を医者が呼んだ。僕は必要なのか?

 診察室に入るなり、医者に倒れた時の状況を聞かれ、焦った僕の視界に入ったのは頭のレントゲンだったから僕は頭を抱えてたと伝えた。

「やはりそうか」

 医者はそう言ってレントゲンを見つめた。

「香奈は一体…」

 母親も心配そうに医者を見つめる。

「これを見てください」

 僕と両親が見せられたのは頭のレントゲン写真。何枚も頭の中を撮ってある。

「脳の中に丸いビー玉みたいな円がありますよね」

 医者がそこを指差したので見てみると、確かにくっきり見える。

「まさか…」

「腫瘍です。しかも、娘さんの場合進行中で徐々に大きくなります」

「そんな…」

「取り除けるんですよね?」

「取り除く事は出来ますが、後遺症が残ります。おまけに、どこかの器官に転移する場合もあります」

「そんな…」

 僕は絶望する香奈の両親を見たくなくて、診察室を出た。泣きたい…すごーく泣きたい。

 

 知り合いの霊能力者に聞いた所、白いモヤは守護霊のメッセージらしくて、頭に気をつけろというメッセージらしい。守護霊は、僕よりも香奈を守りたいって想ってるんだよな。だって守護の霊だもんな。

 空はいつもより青くて、公園の木はいつもより緑で、空の雲はいつもより白いんだよ…。特に今日は…。そんな日に香奈を撮りたいのに、香奈は、病院のベットでねている。

 香奈は医者に検査入院と言われて安心したのか、いつもの明るさで家族と接していた。それを見て、家族は香奈がいない所で泣いていた。

  僕はそれを見ると、とても胸が痛むんだ…。この胸の痛みはどんな医者が治してくれるんだろう。

 僕は香奈の見舞いに行った。香奈は外をずっと見ていた。ゆっくりと流れる雲を見ていた。

「実」

「ん、なに?」

 僕は香奈の見舞いに毎日行っている。辛くて香奈に会いにくい両親が、頼むからと何回も頭を下げていた。僕が承諾すると、涙目で感謝をしていた。

 それから毎日欠かさず見舞いに来ている僕は、香奈に呼ばれた。

「あの雲撮って」

「いいよ」

 僕はさっとカメラを出して、シャッターを押した。

「すごいね、実は。なんでも早く撮れるんだもん」

「そう?長くカメラに触れているとそうなるよ」

「また、外に出る事が出来たら、私も撮ってね」

「外?」

 そっか。外か。


「なんとか外出許可いただけないでしょうか?」

 香奈の担当医は困り果てた顔をしていた。何考えてるんだこいつ?と思ってもいい。バカだろって思ってもいい。ただ、僕は香奈を撮りたいんだ。

「君が一番分かってるんだろ?あの子の病気は…」

「分かってます。だけど、香奈は死ぬまであのベッドで過ごすのですか?死ぬ事を知ってても知らなくてもずっと最後まで寝てる人生なんて思い出もない。それに、香奈は自由が好きなんです。ゆっくりとマイペースに流れている雲が好きなんです。好きな時に吹く風も好きなんです。そして、そんな香奈が俺は大好きなんです」

「…」

「香奈が死ぬ前に、香奈の笑顔を見せてください」

「…」

 医者はずっと黙ったままだった。


 


「ほら、香奈、海だぞ」

「わぁ、綺麗」

 以前、香奈はこう言っていた。

「海、みたいなぁ」

 僕は香奈のこの言葉は心の奥底から出ていると信じたから、海に行く事に決めた。

 なんとか医者から外出許可が出た。だが、条件として香奈の両親を連れていくという事で医者も納得した。

「実、海って光るんだね」

 香奈が指を指してる方向には、日光で反射して眩しい海だった。

「そうだよ。太陽の光が反射してるんだよ」

「撮ってよ」

「逆光で白くなるよ」

「やだ」

「そんなんでよく写真を語れたなあ」

「べぇだ」


 香奈はいつもと変わらず元気でおしとやかだ。でもその間にも癌は成長しているんだな…。

「実…どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 そうだ。悲しい顔をしていれば、香奈は心配する。香奈を元気にするには…。

「香奈、写真を撮ろう」

「えっ?」

「ほら、光る海をバックに」

「白くなるんでしょ」

「そうなん?」

「さっき自分で言ったんじゃん」

 香奈は笑った。

 シャッターチャンスだ。

 僕はシャッターを押した。


 一週間後、香奈は危篤状態になった。抗ガン剤も投与したが、香奈の免疫力がもう衰弱したため、あんまり効果は無かったそうだ。

 僕が病院に着いた時、香奈はまだ生きていた。だけど、話すのもやっとくらいだった。

「み…の…る?」

「香奈…」

「どう…したの」

「香奈、ごめんな。癌があるって事言わなくて…言えなくて…ごめんな」

 言わなかった方がよかったのかもしれない。最初はそんな気持ちだった。でもそうだったら香奈はなんで死ぬのか知らぬまま死んでいた。それは香奈にとっても家族にとっても辛い事。だったら言った方が…香奈も幸せなのかなって。

「み…のる」

「んっ?」

「教えてくれて、ありがとう」

 ありがとう…。なんで死ぬのにありがとうなんだよ。

「なんでだよ…死ぬんだよ。なのに…なんでありがとうなの」

「…なんとなく…だよ」

「死ぬ前なのにバカだな」

「バカで…けっこうだ…よ」

「へっ」

「バ…カ」

 ピー。

 病室で静かに響いた。


 香奈の葬儀が終わり、1ヶ月後。

 僕は香奈に線香をあげに来た。西野と 書いてある表札が飾ってある門をくぐり、インターホンを押すと、出てきたのは香奈の姉であり、世間のアイドルとなった西野真希だった。

「久しぶり」

「そうですね」


 西野真希は、僕が撮影を担当した写真集が100万部売れて、バラエティーやドラマに引っ張りだこのアイドルとなった。


「あなたが香奈の恋人なんて」

「びっくりしたろ?」

「予想通りでした」

「そう?」

 僕は線香を三本つけ、ゆっくり置いた。

 手をあわせる。香奈…君は僕だけのモデルになったんだよ。

「私のカメラマンだと思ったあなたは、香奈のカメラマンでもあったんですね」

「まあな」

「あなたは、やっぱり最高のカメラマンです」

「ありがとう」

「香奈も額縁の中で笑っています」

 僕と西野真希は額縁を見つめた。

 逆光で白くなるはずの写真は綺麗に海を写していた。そして、香奈の楽しそうな笑顔も綺麗に写していた。

 親父が残してくれた、小さな奇跡なのかもしれない。


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[一言] なんだか切ないね。でもとっても暖かくていいストーリーです。最高だよ
[一言] よんでて、涙が出た…
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