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# 第55話:聖光騎士と、守護の極光



 光が、止まらなかった。


 シアの胸から溢れ出した純白の輝きは、彼女の全身を柔らかく包み込み、石畳の床を伝い、薄暗い廊下の壁さえも白く染め上げていく。

 ガルドは完全に静止していた。腐りに侵された空洞の目であっても、空間を満たすほどの光の圧力は本能的に感知できるらしい。


「……これが」


 シアは自分の両手を見つめた。指先まで、温かい光が脈打つように走っている。

 不思議と、怖くはなかった。

 これまでの彼女の速さは、恐怖から来ていた。傷つけられる前に動く。殺される前に斬る。それは過酷な生い立ちから来る、生き延びるための反射だった。

 しかし今、胸の中心から湧き出しているこの力は、全く別の場所から来ている。


(守りたい。それだけだ)


 アルト様を守りたい。共に戦うみんなを守りたい。

 その純粋な祈りが、そのまま光の奔流となっているのだ。

 その時、脳の奥底に何かが響いた。

 無機質でありながら、どこか厳かな声だった。


『――個体名・シア。大切な者を守り抜くという絶対の誓約と、己の命を賭す覚悟を確認。条件を達成しました』

『【聖剣士】が、守護の覚醒【聖光騎士パラディン】へと進化します』


「……聖光、騎士」


 シアの口から、微かな吐息とともに言葉が漏れた。

 怖さはない。ただ、深く腑に落ちる感覚があった。

 これが、自分の歩む道のずっと先にあったもの。アルトが見つけてくれて、静かに水を注いでくれて、今ようやく形になった本当の力。


「……行きます、ガルドさん」


 シアは再び剣を構えた。その刀身は、かつての儚い蛍火ではなく、行く先を照らす太陽のように強く輝いている。

 ガルドが動いた。先ほどと同じ、息が詰まるほどに重い一撃。あらゆる速さを先読みしてきた老将の、経験と執念の結晶が迫る。

 だが、シアはもう躱さなかった。

 真っ直ぐに見据え、右膝を地につける。

 そして、純白の剣を石畳の床へと深く突き立てた。


「聖剣術・四の型――」


 刃が床に触れた瞬間、爆発的な光が炸裂した。

 床から同心円状に幾何学的な光の紋様が広がり、シアを中心とした守護の陣が、空間そのものに深く刻み込まれていく。


「――【守護方陣しゅごほうじん】!!」


 ガルドの重い一撃が、方陣に激突する。

 しかし、弾かれはしなかった。吸い込まれたのだ。

 老将の拳が持つ凄まじい力が、光の陣の中へと波紋のように静かに収められていく。シアは全身の骨が軋むほどの圧力を感じたが、決して倒れなかった。地に突き立てた剣と、彼女の揺るぎない意志が、すべてを受け止めていた。

 シアは地面に突き刺さった剣の柄を、両手でしっかりと握り直す。

 陣に広がった光が、逆流するように剣へと集まっていく。ガルドから吸い込んだ力と、シア自身の守護の意志が混ざり合い、刃の中で清らかに純化されていく。


 これを返す。

 悲しい宿命ごと、全部。


「ガルド様」


シアは静かに、祈るように言った。


「目を覚ましてください。そして――地王様のお側にいてあげてください」


 シアが立ち上がり、剣を地面から引き抜く。

 目を開けていられないほど眩い、純粋な聖なる輝き。廊下の果てまで白く塗り潰すようなその光が、シアの刃に極限まで凝縮されていた。


「聖剣術・五の型――」



 シアが、その輝きを高く掲げる。


「――【極光聖吼斬きょっこうせいこうざん】!!」


 光が解放された。

 圧倒的な量の聖光が、剣先から前方へと炸裂する。壁を、天井を、暗い廊下の先までを染め上げる光の奔流。それは決して対象を焼き尽くす暴力ではなく、ただそこに巣食う腐りの瘴気だけを、清らかな光で押し流していくものだった。

 地を揺らすような轟音が響く。

 やがて光が収まった後、廊下の中心にはガルドが静かに膝をついていた。

 その老いた体を蝕んでいた腐りの瘴気は、嘘のように薄れている。完全ではないものの、虚ろだったその瞳の奥には、確かな理性の光が戻っていた。


「……姫様」


 ひどく掠れた声だった。自分の発した声に驚いたように、ガルドは震える自らの両手を見つめた。


「……私は、一体何を……」


「ガルドさん」


 シアが膝をついた老将の前にしゃがみ込み、その顔を覗き込む。


「地王様が、玉座の間で待っています。今、アルト様が助けに向かっています。……だから、もう少しだけ、ここで待っていてください」


 ガルドの瞳が、眼前の少女をしっかりと映し出した。


「……地上の、娘か。お前が私を……強いのだな」


「はい」


 シアは誇らしげに、ふわりと微笑んだ。


「私の主人が、とてもいい庭師なので」


 シアは立ち上がった。胸の奥が、温かく満たされている。


(咲きました。アルト様、ちゃんと咲きましたよ)


「ガルドさん、少しだけ休んでいてくださいね」


 シアは廊下の奥へと、一目散に駆け出した。

 全身が光の余韻で包まれ、驚くほど体が軽い。足取りが、これまで出してきたどんな速度よりも速い。

 ただ、守りたい人の元へ――アルトが向かった玉座の間へと、彼女は一直線に翔け抜けていった。


(第55話 終)

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