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# 第43話:同行者は最悪で、それでも頼もしかった



「案内役はグラムだ」


 地王にそう告げられた瞬間、謁見の間の空気はなんとも奇妙なことになった。

 グラム本人は、これ以上ないほどにあからさまに嫌そうな顔をして顔を顰めている。対するシアは「えっ、またすぐにお会いできるんですか!?」と、なぜか嬉しそうに目を輝かせていた。フィリアは「本当に大丈夫なのかな……」と心配そうに眉を下げ、エルダは「ふふ、これはまた面白くなりそうですわね」と優雅に楽しんでいる。


 ――まともな反応をしているのは俺だけだった。たぶん。


「グラムよ、お前が我が武将の中で最も地底の深部に通じている。それに……」


 地王がグラムをじっと見据えた。


「先ほどの負けの借りを、直に返す良い機会であろう」


「……陛下、それは」


「行け」


 有無を言わせぬ、完全なる絶対命令だった。

 グラムは深く深くため息をつくと、のっそりと俺の方を向き直って睨みつけてきた。その視線は、まるで肉を切り裂く刃物のように鋭い。


「はっきり言っておくぞ。俺はお前たち地上人を一切信用していない。道中、少しでも不審な動きを見せれば、その場で容赦なく全員の手首を撥ねるからな」


「分かりました」


「お前たちのような軟弱な地上人に、一体何ができるかも分かったものではない!」


「そうですね」


「絶対に俺の足を引っ張るなよ!」


「善処します」


 俺があまりにも淡々と普通に応じるものだから、グラムは逆に調子を狂わされたように困惑の表情を浮かべた。もっとこう、激しく怒鳴り返してくるのを期待していたのだろう。


「アルト様って、あんな風に真っ正面から煽られても、本当に少しも動じないのですね」


 シアが尊敬の念を隠しきれないといった様子で、俺の顔をキラキラとした目で見上げてくる。


「どうしてそんなに平然としていられるのですか?」


「庭師はな、いくら怒っても木が育たないのを知っているからだよ。感情をぶつけるだけ無駄さ」


「なるほど、深いです……!!」


「シア、あなた本当に今の意味が分かって言っていますの?」


 エルダが呆れ果てたように声をかける。


「なんとなくですけれど!!」


 胸を張って言い切るシアを見て、グラムはすでに頭が痛そうに額を押さえていた。

 ◇

 深部への出発は、翌朝と決まった。

 だがその夜、ちょっとした問題が持ち上がった。


「アルト様、あの……グラムさんが、夕方から私のことをめちゃくちゃ睨みつけてくるのですが……」


 夕食の時間。大広間で出された大皿料理をつついていると、シアが俺の隣にすり寄ってきて、そっと耳打ちしてきた。

 確かに、向かいの席に座るグラムは、先ほどから一言も喋らずにじっとシアの挙動を凝視している。ただ、そこにあるのは敵意というよりも、未知の未確認生物を観察する研究者のような目だった。


「あれはな、悔しくてたまらないんだと思うぞ」


「えっ、なんでですか!? 私、何か失礼なことをしてしまいましたか!?」


「一瞬で完全に負かされたからさ。どういう身のこなしであの速度を出したのか、今も頭の中で必死に分析している最中なんだよ」


「そ、そういうことですか……」


 シアは少しの間、人差し指を顎に当ててうーんと考えていたが、やがてぱっと顔を輝かせた。


「ということは……私、喜んでいいのですね!?」


「まあ、一端の戦士として認められた証拠だと思えば、そうだな」


「やったぁ……!!」


 シアが小声で「ぴょん!」と嬉しそうにその場で飛び跳ねた。


「グラムさんに認められちゃいました!!」


「そんなことで一喜一憂するな」


 向かいの席で、グラムが盛大にガックリと肩を落としてため息を吐き出した。フィリアがその様子にくすくすと可憐に笑い、エルダが「本当に品がありませんわね」と文句を言いつつも、優しげに口元を緩めていた。

 ◇

 各自の客間に戻り、旅の道具を整えていると、深夜になってまたしても例の隠し扉が静かに開いた。昨夜と全く同じように、漆黒の外套を深く被った人物が室内に滑り込んでくる。


「思ったより早く会えたな」


「……明日、いよいよ出発するのだな」


「ああ、そうだ」


 俺は相棒である剪定鋏に専用の油を塗りながら答えた。


「地王の命令で、グラムが案内役として付いてくることになった」


「知っている」


 外套の人物は少し言葉を切った。


「……グラムは、強いぞ。四天王の中でも間違いなく最速最強の男だ」


「さっきシアに一瞬で背後を取られていましたけど」


「……」


 長い長い、気まずい沈黙。


「……お前の連れは、本当に常識の外側にいるのだな」


「だろうな」


 俺は我が事のように誇らしくなって素直に頷いた。


「それで、今夜はどんな極上の情報を持ってきてくれたんだ?」


 外套の人物はすっと俺の正面に腰を下ろした。昨夜よりも、心なしか距離が少しだけ近いような気がする。


「根の根へと至る本当の道を、私は知っている。あのグラムが把握している以上に、遙かに詳しく、安全な隠し通路をな」


「それはありがたい。教えてもらえるのか?」


「ただし、条件がある」


「条件?言ってみろ」


「……私も、連れて行ってほしい」


 すると、シアが俺の袖をツンツンと引っ張ってきた。


「アルト様、アルト様。あの人、どうしても私たちに付いていきたいみたいですよ」


「聞こえているよ、シア」


「でも、どうして頑なに顔を隠したままなのでしょう。私、とっても気になります!」


 外套の人物がシアの方を向いた。何か言い返したそうに身を固くしたが、結局のところ、それを飲み込んで再び俺を見た。


「どうだ。悪くない提案のはずだが」


「断る理由はない。ただ……」


 俺は手元の鋏を丁寧に布で拭きながら、その奥の瞳を見つめた。


「向こうに無事に着いたら、本当のことをすべて話してもらえるか。お前の名前と、その正体を」


 外套の人物の肩が、わずかにピクリと揺れた。


「……根の根に辿り着いたその時には、すべてを話そう」


「約束だからな」


「ああ、約束だ」


 シアがぱっと元気に手を挙げた。


「では私、歓迎の握手をしに行ってもよろしいですか!」


「シア、まだ名前すら教えてもらっていない怪しい人だぞ」


「名前なんて分からなくても、同じ目的地を目指すならもう仲間です!!」


 外套の人物はシアの曇りのない瞳を見つめ、珍しく、ふっと小さく口の端を上げて笑ったような気がした。

 ◇

 翌朝。

 出発のために宿のロビーに集まった俺たちの前に、のっそりとグラムが現れた。

 そして俺の後ろに控える「外套の人物」の姿を認めた瞬間、グラムの目の色が一変した。


「……おい。地上人の庭師。そこの薄汚い外套を被った不審者は何だ。昨日、そんな奴の同行など聞いていないぞ」


 グラムの巨体から、凄まじい地鳴りのような威圧感が放たれ、腰の石剣の柄に手がかけられる。初対面の、それも全身を隠した怪しい人物を前にして、四天王としての防衛本能が働いたのだろう。

 対する外套の人物も、一歩も引かなかった。

 深く被ったフードの奥から、グラムを射殺さんばかりの鋭い眼光を放ち、いつでも対応できるよう、微かに重心を低くする。お互いがお互いを「油断ならない手練れ」だと瞬時に見抜いた、一触即発の空気が流れた。

 俺は慌てることなく、二人の間にひょいと割って入った。


「俺たちが個人的に雇った、もう一人の案内人ですよ。グラムさんが知らないような隠し通路にも詳しいので、頼りになるはずです」


「チッ……ただでさえ足手まといの地上人が多いというのに、さらに身元の知れん不審者まで増えるとはな。だが、お前が連れて行くと決めたのなら好きにしろ。もしそいつが不穏な動きを見せれば、真っ先に首を撥ねるだけだ」


 グラムは忌々しげに吐き捨てて剣から手を離したが、外套の人物からしばらくの間、執拗に視線を外さなかった。


「ふふ、ずいぶんと賑やかな道中になりそうですわね」


 エルダが肩をすくめてため息をつく。


「移動の間、くだらない小競り合いが起きなければ良いのですが」


「大丈夫です!! 私が責任を持って、全員を仲良しにさせてみせますから!!」


 シアが胸をドンと叩いて力強く宣言した。

 その場にいる全員の視線が、一斉にシアへと集まる。そして、全員が全く同じ顔をしていた。――『お前が一番揉め事を起こしそう』という顔だ。


「な、なんですか、その一斉の目は!!」


「いや、何でもないさ」


 俺は苦笑いしながら荷物を背負って立ち上がった。


「それじゃあ、行こうか」


 グラムが無言のまま、鋭い足取りで先頭を歩き始める。外套の人物がその斜め後ろに影のように続き、三人の美少女たちがごく自然に俺の周囲に集まって、いつもの並び順に収まった。

 地底の最深部へ。世界の根の根へ。

 クビになった庭師と、とんでもない面々を連れて。


「アルト様!! 携帯食料はちゃんと持ちましたか!」


 シアが何度も振り返りながら確認してくる。


「持ったよ」


「お水は!?」


「持った」


「お着替えは!?」


「……シア、世界の根元に潜るのに、着替えはそんなにいらないと思うぞ」


「そ、そうですよね!! 失礼いたしました!!」


 前を歩くグラムが「……本当にうるさい地上人どもだ」と忌々しげに呟く。

 だけど、きっとこれが俺たちのいつもの形だ。


(第43話 終)

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