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記憶と新たなる未来

(あれ…?ここは…?)

 気が付くと咲は、古びた映画館の座席に座っている。

 薄暗い空間の中、隣を見ると座席にはタマが置いてあり、辺りを見回すがその他には誰一人いない。

 どこからか聞こえる、映写機の”カチカチカチ”という音と共に、真っ暗なスクリーンに白く大きな文字で、3…2…1とカウントダウンが始まる。

 それを咲は、ぼんやり見つめる。

 カウントダウン終了後、映ったのは、リビングで髪の長い少女がほっぺに、白いクリームをつけて嬉しそうに、クマのぬいぐるみを抱いて、椅子に座りピースしている映像。

 テーブルには皿に乗ったイチゴのケーキとフォーク。

 そのケーキには「お誕生日おめでとう」と白く書かれた、チョコレートが寄りかかっている。

「これは…私…!?」

 ほっぺに、白いクリームをつけているせいか、その姿が恥ずかしくて、顔が赤くなるのを一瞬両手で隠す。

 両手をどけスクリーンを見ると、昔の咲の映像が次々に映っている。

 その映像は、少し恥ずかしかったが、どこか胸が温かくなるのを感じる。

(そういえば…あの日以来、子供の頃はずっと一緒だったっけ…懐かしいな…)

 咲はいつも映像に映るタマを見て、そっと笑みを浮かべる。

 しばらくすると

「あれ…これは…」

 スクリーンに映ったのは、花が咲の部屋で、タマのお腹を縫っている映像。

 指には絆創膏が巻いてある。























 それは、初めてタマと出会った日のような夕方だった。


 ザリガニ釣りを終えた帰り道の草むらで、咲は石につまづいて転んだ。

 咲はすぐに起き上がると、泣きそうになったが、自分の腕の中を見ると、一瞬でその気持ちは吹き飛んでしまった。


「あれ…?」

 腕に抱えていたタマがいない。

「タマ!?」

 慌てて見回すと、すぐ近くの草の上に少し泥で汚れたタマが転がっている。

 その姿を見た瞬間、咲の目からは大粒の涙が溢れる。

 なぜなら、タマのお腹は破れ白いわたが出ていたからだ。


「う…う…うえ~ん!!」

 咲は大声で泣きながら、タマに近づくと抱いて、そのまま勢いよく走り出した。

 竹の釣り竿や、ザリガニの入ったバケツなど、頭からすっかり抜けてその場に置いたまま。

 途中で、新しく買って貰ったばかりの、ぴったりな大きさのサンダルが片方脱げてしまう勢いで、それすらも気にせず走っていた。








 家に帰ると玄関で、首にゴムで掛かっていた麦わら帽子を放り投げ、片方しか履いてないサンダルを脱ぎ捨てた。

 そして、台所へタマを抱いたまま走って、夕食の支度をしている花のエプロンに、涙と鼻水が混ざったぐしゃぐしゃな顔と泥で汚れた手で、泣きついた。

 廊下や台所など通ったところが、足跡で汚れるがそんなのもおかまいなしだった。

 それに、花は少し困った笑顔で

「ご飯食べたらね」

 と言った。

 咲は、今すぐにと駄々をこねたが、花は再び困った笑顔で

「ごめんね」

 と言った。


 それに咲は、ふてくされ、勢いよく台所を飛び出して自分の部屋に戻り、夕飯も食べずタマを抱いて畳にお尻をつけて、ずっと泣いていた。


 しばらくして、花が裁縫箱を持って咲の部屋へやってきた。

 

「あっ!!」

 ドアのノックと共に、今まで泣いていた咲の顔が、嘘のように晴れていく。

 花はドアを開けて入ってくると、何も言わず、咲の目の前まで来てそっと畳に正座して

「タマが治ったら、ちゃんとご飯食べるのよ」

 と見つめ優しく微笑んで、エプロンのポケットからハンカチを取り出して渡す。

「うん!!」

 咲は元気よく返事をし、ハンカチを花から受け取り、涙と鼻水でぐしゃぐしゃなになっている顔を拭くと、笑顔で抱いているタマを渡す。

 花はタマを受け取ると、仰向けにして膝の上に置く。

 それから、花はエプロンのポケットから、今度は眼鏡を取り出し掛けると、裁縫箱から針と白い糸を取り出す。

花は震える右手の指で、糸の先をつまみ、左手の指でつまんでいる、針の穴に糸を通し始める。

 しかし、針の穴に糸が通らない。

「お母さんまだ~?」

 咲は、持っていたハンカチを折って、遊びながら退屈そうに言ってくる。

「もう少しだから、待っててね」

 花は真剣な眼差しで、針の穴と格闘する。


「ふう」

 花は汗で、少し濡れた額を手で拭きながら、軽く息を吐く。

「さあ、始めるわよ」

「うん!!」

 と咲はまた、元気よく返事をすると、ハンカチを折って遊ぶのをやめる。

 花も真剣な眼差しに戻り、再び震える右手の指で、今度は針をつまみ、ゆっくりとタマのお腹に刺す。

 それに、咲は胸にチクリとした痛みを感じる。

「…っ!!」

 その痛みに、一瞬目をつぶって歯を食いしばり、持っていたハンカチを強く握る。

「痛そう…」

 と思っていたことが声に出る

「そうよね…でもこうしないと治らないの。だから咲もタマのこと応援してあげて」

 先程と同じように花は優しく微笑む。

「…うん」

 と咲は少し元気なくうなづく。

 長さの違う曲がった縫い目、不安定な縫い目の間隔。

 針を刺す度に、感じるチクリとした胸の痛み。

 それらに、咲の顔はどんどん曇っていく。

 そして、気がつくと咲は背筋を伸ばし正座している。

 さっきまで少し乾いていたハンカチも、握りしめている手の汗のせいで、また少し湿っている。

「…っ!!」

 針の先が、タマを押さえていた左手の指に少し刺さり、花の顔が一瞬だけ辛そうになる。

 それと同時に、指の先からほんの少し血が出る。

 それに、咲の曇った顔は、限界を迎え

「うわあ~ん!!」

 とまた大声で、泣き出す。

 花は、血の付いた指を口に入れて、舐めるとエプロンのポケットから、絆創膏を取り出し指に貼り

「大丈夫」

 とウインクして絆創膏を巻いた指を見せる。

 それでも咲は泣きやまない。

 花はいつものように、少し困った顔で笑うと、咲の泣き声に耐えながら、再び真剣な眼差しでタマを縫い始めた。


「ふう」

 花は再び、汗で少し濡れた額を手で拭きながら、軽く息を吐く。

「終わったわよ」

 咲の方を見ると、畳に体を預け気持ちよさそうに寝ている。

「あら、あら…あんなに泣いたからきっと疲れたのね…」

 花は咲の顔を、愛おしそうに見つめると、タマを隣に寝かせる。

 そして、部屋を出てどこからかタオルケットを持ってくると、そっと二人にかけた。








(そういえば、そうだったな…)

「あの日ほど泣いて、わがまま言った日はなかったな…お母さんも怒らないで、不器用なのに頑張ってくれてさ…」

 咲は、隣のタマのお腹の大きな縫い目を見る。

 チクリとした懐かしい胸の痛みを、苦笑いでごまかす。

 それから、再びスクリーンを見ると二人は、無言で映像を見続けた。

 スクリーンに白く大きなFinという文字が出るまで。












 気が付くと、目の前が真っ暗だった。


 徐々に視界が、ぼやけて見え始め、そこは…


 辺りを見回すと、床に沢山の荷物の入った段ボールが置かれている。

「あれ…夢…?」

 ”ピロリロリン~!!”

 ポケットの中で、突然スマホが鳴りだし、取り出すと、着信画面を見て、野原花と書いてあるのを確認すると、電話に出る。

「もしもし、お母さん」

「咲、元気?」

「元気って、昨日まで一緒にいたでしょ」

「別にいいじゃない」

 電話越しに、花のクスッという笑い声が聞こえる。

「…」

「咲?」

「ごめん、今考え事してて…」

「考え事?」

「実はさっきね、ゆ…」

 段ボールの中のタマと目が合う。

「…」

「どうしたの?」

「…何でもない。私の勘違いだったみたい…」

 咲は、タマを見つめながら、そっと笑みを浮かべる。

「そうなの、ならいいけど…困ったことがあったら、いつでも相談しなさいよ。考え込んじゃうのは、咲の悪い癖なんだからね」

「はい、はい」

「そういえば、贈り物はもう届いた?」

「うん」

「よかった。新社会人になるから、一人暮らしになるでしょ。そしたらきっと、寂しくなると思って、昨日こっそり送っておいたのよ」

「ありがとう。けど、私もう子供じゃないんだよ」

 咲はクスッと笑う。

「何言ってるのよ。私から見たら、まだまだ子供なんだから」

「も~!!」

 咲は、少し不満そうに頬っぺたを膨らます。

「けど、よく覚えてたね」

「咲の相棒だもん。あんなに咲が大切にしてた物、私が忘れるわけないでしょ」

「…は…忘れて…のに…」

 咲の顔が、一瞬だけ曇り小さな声で呟く。

「え?」

「なんでもない…さすが、私のお母さんだなと思って」

 咲は、再びクスッと笑う。

「何よ、今更」

「そろそろ片づけしないと、終わらないから切るね」

「わかったわ」

 咲は、電話を切る。

 そして、スマホをポケットにしまい

「さ~てと」

 床に座ったまま大きく伸びをする。

「…」

 咲は、タマをしばらく無言で見つめ、段ボールから取り出し、目線まで持ち上げ

「今日から、またよろしくね!!」

 と微笑んだ。


 これから始まる、未来に再び心躍らせながら。



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