オレンジ色の空と始まり
「今日から一人暮らしだ~」
ベランダから景色を眺めながら、「野原咲」は大きく伸びをする。
外には満開の桜が咲いていて、花びらがひらひらとゆっくり落ちていく。
咲はそれに心踊らせ、目を閉じてゆっくり深呼吸する。
どこからか、聞こえる子供たちの笑い声。
子供の頃からずっと長かった髪を、短く切ったせいで暖かな風が首の後ろに伝わり、ほんの少しくすぐったい。
そのくすぐったさに少しだけ寂しくなる。
目をゆっくり開け、満開の桜に背を向けて、そっと窓を開く。
部屋に戻ると、床に置かれた荷物の入った沢山の段ボールが、咲を待っていた。
「さて、やりますか」
咲は、床に座り込むと段ボールを開け始める。
”ピンポ~ン!!”
玄関のインターフォンが鳴る。
「誰だろう?」
玄関へ向かい開けると、配達員の男性が段ボールを持って立っている。
「お届け物です。伝票にサインお願いします」
「はい」
咲は配達員からボールペンを受け取ると、伝票にサインする。
「ありがとうございます」
配達員は咲から伝票を受け取ると、引換に段ボールを渡し、帽子を取り頭を下げ去っていく。
それを確認してから、咲は玄関を閉めると、荷物に貼ってある宛先を確認する。
送り主には「野原花」と書いてある。
「お母さんからだ!?」
すぐに部屋に戻ると、再び床に座り込み段ボールを開ける。
中から出てきたのは、薄黒く汚れたくたくたなクマのぬいぐるみ。
お腹には大きな縫い目がある。
「これって確か…」
頭の中に懐かしい記憶が蘇った。
晴れ渡る空に、セミの鳴き声の聞こえる田んぼ道。
麦わら帽子を被った、髪の長い少女が、鼻歌を歌いながら歩いている。
少女の名前は「野原咲」。
この村に一人しかいない子供だった。
その村は自然豊かだったが、何もなく不便な村だった。
だから、子供は大人になるとどんどん村を出ていき、咲が生まれた頃には、子供は一人もおらず、人口も気がつくと、50人ほどになっていた。
「あっ!!チョウチョだ!!」
咲は目の前に飛んでいる蝶を見つけると、嬉しそうに、少し大きい母親のお古のサンダルを、”カパカパ”させながら、追いかける。
友達がいない咲にとって自然は友達代わりだった。
魚に虫、草や木。
それらは、家を出てほんの少し歩けばすぐ会えた。
だから、この村で友達がいないことは咲にとって、決して寂しいことではなかった。
しかし、母親の花はそれを心配していた。
そこで花は、ある日咲に友達を連れてきた。
その日は、真夏の夕方でいつものように、セミの鳴き声が聞こえていた。
窓に映るオレンジ色の空に浮かぶ夕陽に照らされ、咲は自分の部屋の畳にお尻をつけ、絵本を読んでいた。
”コンコンコン”
「咲、入るわよ」
花が部屋のドアをノックして入ってくる。
「あっ!!お母さん!!」
咲は読んでいる絵本を畳に置くと、花に駆け寄りエプロンの腰の部分をぎゅっと掴む。
そして、下から花の顔を嬉しそうに見上げる。
「今日はね、咲にお友達を連れてきたの」
「え!?だれ!?誰!?」
「じゃ~ん!!」
花は両手を後ろにして隠していた、クマのぬいぐるみを前に出して見せる。
「わあ~!!クマさんだ!!」
咲はぬいぐるみを受け取り
「ありがとう!!お母さん!!大事にするね!!」
と興奮して畳を飛び跳ね長い髪を揺らす。
「どういたしまして」
花は笑顔で返す。
「ねえ、このクマさんに名前つけてもいい?」
「もちろん。いいわよ」
「じゃあ、このクマさんの名前は、今日から「タマ」ね!!」
「それじゃあネコみたいじゃない」
花はクスッと笑う。
それに、咲はぬいぐるみを片腕に抱え腰に両手を当て
「お母さん知らないの!?クマさんってね、タマ乗りが大好きなんだって、絵本に描いてあったんだよ!!」
少し不満そうにほっぺを膨らます。
「そうなのね。それじゃあ「タマ」にしましょうか」
「うん!!よろしくね「タマ」!!」
咲はタマを目線まで持ち上げ微笑んだ。
これから始まる、未来に心踊らせながら。
それが咲とタマの初めての出会いだった。




