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なろうっぽい小説

滴り落ちる慈悲が枯れる

作者: 伽藍

大帝国の皇太子に愚かにも色気を出した男爵令嬢は、皇帝に一族ごと処断されることになった。一族のお役目が終わりを告げるお話。

「申し開きはあるか、アップルヤード男爵」


 権威を示すように荘厳な皇宮で、しかつめらしい顔をした皇帝がルイサ・アップルヤードの父にそう問うた。


 眼の前には皇帝夫妻とその第一子である皇太子に、皇太子の婚約者である公爵令嬢が並んでいる。


「恐れながら……」


 頭を下げたまま、低く掠れた声で父男爵が答える。


「恐れ多くも皇太子殿下に、我が愚娘が無理に迫ったという話は信じられません。何かの勘違いなのでは」


 父男爵の反論に、当の娘であるルイサは頭が痛くなる思いだった。


 ルイサは、アップルヤード男爵の令嬢だった。男爵家といっても代々皇宮の庭園の世話を任されているだけの家系なので、要するに単なる庭師の娘である。


 庭師の娘であっても男爵令嬢であることは事実なので、ルイサも大半の貴族が通う皇立学園に通っていた。問題は、そこで不運にも同学年である皇太子に眼をつけられたことだ。


 ルイサは男爵家の娘ではあるが、実弟が二人もいるし、植物の世話は好きだが庭師というのはとにかく体力仕事なので、男爵家の跡継ぎは実弟のどちらかに任せて自分は市井にでも降りて植物に関わる仕事でも探そうと思っていた。

 なので、貴族夫人の座を狙っていたり、官僚や皇宮メイドの仕事を狙っているような同学年の女性たちに比べて所作は些か粗雑だったし、それを気にしてもいなかった。学園という狭い社会の中で、限られた親しい友人たちと過ごす分には、それで何の問題もなかった。

 けれど、その貴族令嬢としては物慣れない所作が、令息たちの気を惹いたらしい。ルイサは様々な令息たちから声をかけられた。その中でも、皇太子に声をかけられたのには本当に困った。


 ルイサは学園を卒業したら貴族社会とは関わらないつもりだったし、まして皇家に関わるつもりなどさらさらなかった。皇太子に声をかけられたところで側妃になるつもりも、まして正妃になるつもりも全くなかったので、いい迷惑だったのだ。

 皇太子にはすでに公爵令嬢の婚約者がいたので、公爵令嬢の取り巻きからは酷い嫌がらせを受けた。それでも皇立学園の教育環境が良いのは事実だったので卒業まではと耐えていたら、いきなり皇宮に呼び出されたのだった。


 いわく、皇太子にはしたなくも取り入ろうとし、皇太子の婚約を乱そうとしたルイサ・アップルヤード男爵令嬢を貴族社会から永久に追放するものとする。


 下手に皇太子に瑕疵を作るよりも、男爵令嬢一人を切り捨てたほうが良いと考えたのだろう。処刑などにならなかっただけマシと考えて、ルイサはその処罰を受け入れようとした。

 待ったをかけたのが、ルイサの父であるアップルヤード男爵なのだった。


「わたしの処断に不服があるというのか。証言もあるというのに」

「娘は権力などには興味のない素朴な性格をしております。何かしら誤解があったのではないかと存じております」


 唇の端を引き締めた皇帝に言い返した父男爵に、ルイサは目眩がする思いだった。

 そもそもルイサは卒業したら貴族社会には関わらないつもりだったのだから、切り捨てられたところで何の問題もないのだ。ルイサが処罰を受けることで家門にも多少なりと影響が出るかも知れないが、皇帝に真っ向から言い返すよりはマシだったはず。


 ルイサの隣を横目でちらりと見れば、聡明なはずの上の弟が『あーぁ』とでも言いたげな顔をしている。尊い方々の前でその表情はお止めなさい、と諫めることもできない。


「なんと、不敬な」


 皇帝は呆れかえった声音でそう言った。


「わたしに従う気がないというのであれば、まとめてわたしの前から去るが良い。アップルヤード男爵家を廃爵とし、皇都から追放とする。どこへなりと行くが良い」


 ルイサはぞっとした。それはアップルヤード男爵家のお役目が永遠に果たせなくなることを意味するからだ。


「恐れながら」


 動揺する子どもたちの横で、父男爵は怒りをこめた声で言い返した。


「それでは、代々皇宮の庭園を整えてきた我らのお役目を果たすことが叶わなくなります。神宝樹の世話はどうするおつもりですか」


 神宝樹とは、この国が建国されたときに神から贈られたという特別な樹のことだ。皇家の権威の象徴の一つであり、皇家と国家の安寧を守るとされている。

 アップルヤード男爵家は、庭園の世話以上に、代々この神宝樹を守り続けている一族なのだった。


「庭の世話など誰でもできる。樹の世話もな」


 すげなく皇帝は言った。


「いいえ、なりませぬ。神宝樹の世話は我ら以外にはできませぬ。神宝樹こそが、尊い御身をお守りする唯一の手立て。樹を枯らしてはなりませぬ」

「くどい!」


 恐れずに言い返す父男爵に、とうとう皇帝が一喝した。


「あの樹を神聖視するものもいるが、所詮は少しばかり大きいだけのただの樹にすぎん! このわたしの前でくだらぬことを申すな!」


 あぁ、とルイサは嘆息した。この国はもう、随分と前から根腐れを起こしていたのかも知れなかった。


「騎士たち、この愚か者を牢の中へ! 男爵には百叩きの刑を、それが終わったら一族まとめて国の外へ放り出せ!」

「そんな……」


 百叩きなど、死んでもおかしくはない刑だ。惨い処罰に反駁しようとする夫人を押しとどめて、父男爵は皇帝を睨み上げた。


「……家族に傷をつけぬと言うのであれば、お受け致しましょう」


***


 その後、先代の男爵夫妻を含む一族たちは、まとめて国から追い出されることになった。百叩きで半死半生になった父に、ルイサと上の弟が必死に治癒魔法をかける。まだ幼い下の弟は母にしがみついて震えている。


 なす術なく国から追い出された一族は、途方に暮れて先代の男爵を中心に集まった。


「この国から離れよう。遠く、遠くへ。可能な限り遠くへ」


 長年の庭仕事で厚ぼったくなった手を摩りながら、祖父は言った。よろよろと国から離れながら、ぼそりぼそりと話す。


「あの国はもう駄目だ。酷く荒れる。もはやあの国に我らが立てる義理はない」


 ルイサは息を詰めて、すでにかつてのものとなった故国を振り返った。


 帝国が建国されたのは、およそ三百年ほど前だ。帝国ができる前の土地には数多くの魔物が巣くっており、人びとは魔物の脅威に怯えながら細々と暮らしていた。

 そこで立ち上がったのが、いまの皇家の始祖となる一人の英雄だった。英雄は魔物たちを次々に駆逐し、街をつくり国を建てて人びとをまとめ上げた。

 神の一人が英雄の心持ちと行いに感嘆して、英雄には類い稀なる戦の才能が与えられた。英雄の末裔であるいまの皇家も、英雄と同じく非常に際立った戦の才能を持っている。


 というのが、現代の帝国に流布されている伝説だった。けれど事実は少しだけ違うことを、元男爵家は知っている。


 皇家が英雄の末裔であることは事実であり、皇家が類い稀なる戦の才能を受け継いでいるのも事実だ。けれど、英雄が力を得た理由は少しだけ違う。

 英雄は自らの身と血を呪い、呪いを受けるという代償の引き換えに奇跡のような強さを手に入れたのだ。そして現代まで、英雄の呪いは皇家に継がれている。


 それだけ当時の人びとは追い詰められていたのだろう。手段を選んでいられなかったのだろう。

 平和な世では呪いなどという手段は嫌われるが、それは安全な場所から眺めるだけだから言えることだ。


 英雄は非常な才能を得た代わりに、短命の宿命を背負った。人びとのために命を削る英雄を哀れんで、一人の神が神宝樹の種を授けたのだった。

 神宝樹は神の慈悲。慈愛。悪戯。傲慢。ただの気まぐれ。神にとっては取るに足らない、ささやかなひとしずく。

 そのひとしずくを大事に大事に啜るようにして、皇家は長らえていた。一年に一度、帝国を挙げて行われる儀式で皇家が神宝樹の果実を口にしなければ、皇家は短命の運命に引き戻されてあっという間に息絶えてしまうだろう。

 神の慈悲を失っても、英雄の呪いは終わらない。それほど強力な呪いだったのだ。


「英雄の血筋が途絶えるぞ」


 厳かに、まるで神託のように、先代は言った。


 現世では育つことが難しい神宝樹の守り手を担ったのが、三百年前に精霊の祝福を受けていた愛し子の一族だった。それが、アップルヤード男爵家の始祖だ。

 もともと、アップルヤードは神宝樹の守り手として公爵を賜っていた。記録では、少なくとも六代前までは公爵家であったらしい。

 けれど、始まりが精霊の愛し子である家門は、どうにも貴族社会とは相性が悪かったらしい。いつの間にか爵位を一つ落とし二つ落とし、男爵家となり、ついには国を追い出されるに至った。


 すでに帝国にアップルヤード男爵家は存在しない。神宝樹の守り手はいなくなった。

 遠からず、神宝樹は枯れるだろう。神宝樹が枯れれば、皇族の命も枯れる。


 この数代で、帝国は拡大を続けてきた。皇家の血統に由来する圧倒的な武力で周辺国を次々と打ち負かし、無理やり吸収し続けてきたのだ。

 皇家が何ごともなく続いていたとしても、こんな無理を続けていればいずれどこかで破綻していただろう。ましてそれが、絶対的な権力と実力を誇っていた皇族の一定以上の年代が一人残らず死んでしまうなどという事態になれば。


 きっと、大陸全土を巻き込むような酷い戦争が起きる。何代にも渡って恨み辛みを生み出し続けた、帝国の罪を血で贖うように。


「権力と武力に溺れた皇家を生き長らえさせたのはわたしたちだ。我らも罪を負う一人。天の国には渡れまい」


 ルイサの思考を読んだように、老翁が言った。ぞっとして、ルイサは息を飲んだ。皇帝に処断されたときよりも、祖父の断じる掠れた声が何倍も恐ろしかった。


「もっと早くに見切りをつけて、国から離れるべきだったのだ。皇家にはとうの昔から、我らの声など届かなくなっていた」


 色々なものを諦めるように、老翁は言った。どうにか呼吸をしているだけといった風情の、自分の次男に背負われている男爵であった長男に眼を向けながら。


「神の慈悲のうえであぐらをかけばどうなるかなど、最初から眼に見えていたのだから」






 数年後、帝国から遠く遠く離れた、大陸さえも違う小さな国でささやかな花屋を営んでいたルイサは、ふと誰かが落としたのだろう新聞の一面に眼を留めた。

 記事にはとある大帝国の皇族が次々に亡くなっていること、それに伴って皇位継承争いが激化していること、繁栄を極めていたはずの市井が荒れ始めていることなどが書かれている。ルイサはそっと息を詰めて、ほんの数秒だけ眼を伏せて、新聞を道ばたのゴミ箱に投げ込んだ。

マジでとことん本気で腹の底から貴族に向いていなかった庭師の一族のお話でした。仮に当代で男爵家が生き延びていたとしてもたぶん何十年か後にはまた同じようなことが起こっていた気がするのでいずれにせよ行き着く先は変わらなかったと思います。

ここ二連続でテンプレっぽい小説を上げちゃったので『っぽくないもの!』と思って書きました。本当はもっとポップなお話にしたかったのですけれど、一族がいなけりゃ皇家はたぶんとっくに途絶えてる→皇家による侵略戦争も起こらなかったはず、って考えると一族の罪から眼を逸らしちゃいけないよなーって思ったのでちょっと暗めのお話になりました。天の国に渡れるかはそれこそ神さまだけが知るでしょう。


【追記20251111】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3532388/

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― 新着の感想 ―
帝国なんだか王国なんだか混ぜこぜになっていますが…どちらかに統一された方がよろしいかと そして公爵とは王家の傍系なので元は公爵家だった、というのも無理があります
正しく、真面目で、頑固な一族だったのでしょう。 このような人達が軽視されていけば国の行末もわかろうというものです。 爵位が下がっていったのも、戦争に反対したからでしょうか? 一族が、貴族でなくなり見知…
むしろこういう家を公爵家にしちゃった辺り、 英雄とその回りの家も政治センスはなかったんだろうなぁ······ 法衣の男爵~伯爵家位にしてその上で庭園の管理を家職にしてやれば丸く収まったろうに
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