第3楽章 静かなモデラート
高徳院の参道は、陽射しに満ちていた。
空は真っ青で、雲は遠くに流れている。セミの声が、空気を震わせていた。
「この暑さ、やばいな」
陽翔が額の汗をぬぐいながら言った。
「でも、科学的には意味がある暑さだぞ」
湊斗が笑う。
「金属って、熱で膨張するんだよ。分子が振動して、ちょっとずつ広がる。だから、大仏も夏はほんの少しだけ太ってる」
「マジで?見た目じゃわかんないけど」
「見えないけど、確かに変化してる。それが科学の面白さ」
結菜が大仏を見上げた。
「人の気持ちみたいだね。季節で揺れる。見えないけど、変わってる」
湊斗が少し黙ってから言った。
「…俺さ、最近ちょっと迷ってた」
「何を?」
「科学って、“伝える”ことばっかり考えてた。SNSでバズらせるとか、面白く見せるとか。でも、陽翔みたいに“感じる”ことを忘れてた気がする」
陽翔がうなずいた。
「感じることも、伝えることも。どっちも揺れるから、面白いんじゃね?」
「それ、名言かも」
「俺、名言製造機だから」
「それはちょっと盛りすぎ」
結菜が笑った。
---
ベンチに座って、湊斗がスマホを構える。
「投稿、いくぞ。『夏にふくらむ大仏の背中。科学部、高徳院にて』」
「タグは?」
「#カマカガク #熱膨張 #銅の背中 #科学の四重奏」
「それ、ちょっとエモすぎない?」
「旅の中盤は、静かに揺れていいんだよ」
結菜がスマホをのぞきこむ。
「写真、これがいいんじゃない?大仏の背中を見上げてるみんなの後ろ姿」
「俺の首、変な角度になってる」
「それが味でしょ。科学部らしさ」
「俺ら、味で勝負してたっけ?」
「うん。モテないけど、味はある」
「それ、褒めてる?」
「もちろん」
---
投稿された写真には、すぐに「いいね」がついた。コメントもいくつか届く。
「大仏って膨らむの!?」「科学部、視点が面白い」「背中って、なんかエモい」
湊斗がスマホを見ながら言った。
「科学って、伝え方次第で、誰かの見え方を変えられる」
陽翔が少しだけ間を置いて言った。
「でも、俺は“感じる”方が好きかも。熱とか、空気とか、変化とか。伝えるのも大事だけど、まずは感じたい」
湊斗がスマホを閉じた。
「…それも科学だな。感じることが、最初の一歩かもしれない」
結菜が微笑んだ。
「Quatuor Scientifique、今日の音は、静かな転調だったね」




