第2楽章 反響のスケルツォ
長谷寺の山門をくぐると、空気がひんやりと変わった。
木々のざわめきが、遠くのセミの声を包み込む。鎌倉の夏は暑い。けれど、この寺の境内には、時間がゆっくり流れているような静けさがあった。
「ここ、涼しいな。洞窟あるって聞いたけど、ほんとにあるの?」
陽翔がリュックを背負い直しながら言うと、湊斗がスマホを見せてきた。
「あるある。『弁天窟』っていう洞窟。音がめっちゃ響くらしい。反響実験、やるしかないっしょ」
「また実験かよ。観光って言ったよね?」
「科学部の観光は、実験込みだろ」
「それ、誰の定義?」
「俺の。部長だし」
結菜が笑いながら割って入る。
「はいはい、男子3人、今日も元気ね。洞窟で叫ぶのはほどほどにね。観光客もいるんだから」
「じゃあ、俺が代表で叫ぶわ」
大翔が胸を張る。彼の声はでかい。部室でも、彼の発言はいつも一番に耳に届く。
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洞窟の中は、ひんやりとしていた。壁は湿っていて、足音が少しだけ響く。
空気が重なり、音が跳ねる準備をしているようだった。
「おーい!」
大翔の声が洞窟に響き渡る。数秒後、反響が返ってくる。
それは、彼の声が空間に溶けて、再び形を持って戻ってくるような感覚だった。
「おお、すげぇ!ちゃんと返ってきた!」
「それが反響ってやつだよ。音が壁にぶつかって、跳ね返ってくる。洞窟みたいな閉じた空間だと、音の波が何度も反射するから、こうなる」
湊斗が得意げに語る。
「じゃあ、音の高さって、どう決まるの?」
陽翔が尋ねる。
「周波数。音の波の振動数が高いと、音も高くなる。例えば、ピアノの高音は振動が速い。低音はゆっくり」
「へぇ。じゃあ、俺の声は…?」
「大翔は低めだな。振動数少なめ。筋肉と比例する説あるかも」
「それ、科学的根拠ある?」
「ない。今思いついた」
結菜がくすくす笑う。
「でも、音って面白いね。見えないのに、空間を感じさせる」
「それな。音って、空気の振動だから、空気がある場所じゃないと伝わらない。宇宙じゃ声は届かないってやつ」
「つまり、俺らの友情も空気があるから響くってことか」
「急にポエムかよ」
陽翔が笑いながらツッコむ。
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洞窟を出ると、陽射しがまぶしかった。境内のベンチに座って、4人は麦茶を飲んだ。
風が少し吹いて、音の余韻を連れていった。
「SNS、投稿しとく?」
湊斗がスマホを構える。
「#カマカガク #音の反響 #弁天窟 #友情は空気で響く」
「タグ、増えてない?」
「拡張性が大事なんだよ。科学は広がるから」
「それ、うまいこと言ったつもり?」
「つもりじゃなくて、言った」
結菜がスマホをのぞきこむ。
「写真、これがいいんじゃない?洞窟の入り口で、みんなで手を叩いてるやつ」
「それ、俺の顔が変なタイミングで写ってる」
「それが味でしょ。科学部らしさ」
「俺ら、味で勝負してたっけ?」
「うん。モテないけど、味はある」
「それ、褒めてる?」
「もちろん」
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投稿された写真には、すぐに「いいね」がついた。コメントもいくつか届く。
「洞窟で実験とか、楽しそう!」「科学部って意外とアクティブなんだね」「友情は空気で響くって、いい言葉」
湊斗がにやりと笑う。
「ほら、バズってる。科学って、伝え方次第なんだよ」
陽翔が少しだけ間を置いて言った。
「でも、俺は“感じる”方が好きかも。音の響きとか、空気の重さとか。伝えるのも大事だけど、まずは感じたい」
湊斗がスマホを閉じた。
「…それも科学だな。感じることが、最初の一歩かもしれない」
結菜が微笑んだ。
「Quatuor Scientifique、今日の音は、ちょっと跳ねてたね」




