Episode 3
龍神ファミリーとの最初の戦闘の後、姫森ファミリー一同はリビングに集まっていた。
そこには普段は通信室に居る航と乃蒼の姿もあった。
乃蒼が口を開いた。
「あなた達の中に怪我人も無く、無事に終えて何よりだわ。
得体の知れないファミリーだと存じていたから、色々と心配だったのよ。」
「最後の…向こうのボスの挙動にはびっくりしたけど、何とかなったよね!」
鈴音がそう言うと、戦闘に参加していた8人は頷いた。
それを見て乃蒼はホッとしている様だった。
続けて彰仁が口を開く。
「最悪の場合は通信室の二人にも出て来てもらわなきゃいけない、って考えてたんだ。
航は死神の力を持ってるし、乃蒼はあらゆる属性の魔法を器用に操る賢者。
そんな最強と言っても良い力を知られると面倒だと思ったしよ…最善は尽くしたぜ。」
「僕らが最強ってね、はは…ボスの能力に比べれば大した事無いよ。ねぇ、乃蒼。」
「そうね…あの子が本気になったら、誰も勝てないんじゃないかしら。」
彰仁は無言で頷いていた。
「ところで彰仁、君は未来予知が出来るんだろ…?
龍神ファミリーが襲ってくる予兆とか無かったのかい?」
航が何処か気になる様な表情で尋ねた。
彰仁は溜息を付きつつ、答え始める。
「実はな…予知夢も見てねぇし、俺は香恋に言われるまで
敵襲がある事自体にちっとも気付かなかったぜ。」
すると、ソファに座っていた理央と香恋が同時に驚きの声をあげた。
真尋はまぁまぁ、と言いつつ話を続けた。
「ウチはそこが気になるんだよ。
どうして、いつも百発百中だった彰仁くんの夢が…夢自体が見られなくなってるのか、とね。」
「それが分かったら苦労しねぇよ…。」
彰仁はぶっきら棒に言った。
予知夢が見られたら、もっと良い行動が出来たはずだ。
何より、龍神ファミリーのボスという恰好の得物を逃がす事も無かった。
そう考えていた。
そして、彰仁がテーブルに座って新聞を読み始めた所で鈴音が口を開いた。
「私の病気と何か関係あるのかな…。そう言えば、龍神ファミリーだったよね?
敵襲を仕掛けてきた時、やけに具合が悪くて…。」
真尋が確かにそうだったね、と相槌を打ち、彰仁もそういえばそうだったと思い出していた。
そして理央が思いついたかの様に言う。
「って事は、そこのボスが何か怪しい力を使って君達の能力を妨害してるかもしれない。
…オレ、結構冴えてるかもよ?」
「何が冴えてる、だ。てめぇの適当な憶測なんざ誰が信用するか。」
何処かイラッと来たのか、彰仁はぞんざいな物言いを理央に向かってし始める。
理央はすかさず応戦していく。
「じゃあそう言うアッキーは何か目星付いてんの?付いてないよね?
自分の事棚に上げてオレの事ばっかり言うのずるくない?」
「理央てめぇふざけんなよ!俺の苦労も知らねぇで好き勝手やりやがって。
いいか、てめぇをクビにする事なんざ朝飯前なんだよ。それでもしねぇのはボスが…。」
彰仁と理央の言い争いが頂点に達して来た時、鈴音が凍り付いてる様な表情で二人を見た。
「二人とも…そこに座って。」
「あ?何で俺が…。」
「良いから。」
見たことも無いぐらいに凄みを感じる鈴音の姿に、流石の彰仁も有無を言わさない状況だった。
理央は怖いのか顔が青ざめている。
「理央くんが何処かちゃらんぽらんでイマイチ信用に欠けるのも分かるし、
あっちゃんが日々アンダーボスとしての激務を果たしている事も分かってるよ。
だけど…こんな時に喧嘩してどうするの?ファミリーの掟…覚えてるよね…?」
鈴音が畳みかける様に言うと、理央と彰仁…それぞれ違う反応をしていた。
「何だっけ…?」
「おい、そこは何でも良いから言えよ。例えば隠し事はしない…だろ?」
とぼけていた反応していた理央が閃いたかの様に言った。
「あ、そういうのか!髪のセットはかかっても1時間まで…。」
「それはお前のマイルールだろうが…!ふざけてる場合じゃねぇって。」
彰仁と理央が慌てて答えたりしていると、鈴音が呆れた表情で言った。
「私の話、聞いてた…?どう考えてもその答えが出て来る流れじゃないよね。
理央くんはまぁ良いとして…あっちゃん、何で知らないの?
何のために私の傍に居るの…?答えてよ。」
真尋のこりゃまずいね…と呟く声が聞こえた。情緒が不安定になってきている証拠だと言う。
そんな中、彰仁はバツが悪そうな顔で言った。
「…すまねぇ、頭冷やしてくる。誰も付いてくんなよ。」
そう言って、屋上へと一人向かって行く。
鈴音は疲れたのか、その場でへたり込んでしまった。
「はぁ…仲間割れは絶対に駄目って、書かなきゃいけない程の事かな?」
「全くそんな事はないわ。同じ目標に向かう集団として…必要不可欠な事だもの。
彰仁はあんな言い方をしてるけど、きっと悔しかったのよ。
自分でも分からなかった事が…理央には分かっていた事が、ね。」
乃蒼はファミリーの年長者として自分なりに分析をしていた。
殉職や離脱などあり、姫森ファミリーの構成員は目まぐるしく変わっている。
鈴音がボスに就任した頃のメンバーと言うと、アンダーボスの彰仁以外は乃蒼と真尋しか居ない。
「ふーむ…彰仁くんもなかなか難しいモノだね。
彼は投薬するほどでもないが、根っからの気質と言うのか…。」
「不器用なのよ、本当に。」
「昔はもっと優しかったんだけどね…。」
ボスである自分とファミリーの重鎮の3人で話している中、彰仁は一人で屋上に居た。
「クソッ…あんな奴に俺の能力の事なんざ知られてたまるか…。
薬でどうにか出来るものじゃねぇし、どうしろってんだ…チクショウ。」
悪態を付きつつも、空を見上げていた。
風が吹いている。混沌とした景色の中で唯一の癒しと言えるものかもしれない。
「この力がまともに使えるんなら、こんなクソみたいな世界を終わらせられるんだけどな…。」
彰仁は何処か憂いを帯びた表情で、景色を眺めていた。
そんな中、扉が開く音がした。突然の音に振り返ると、そこには鈴音が居る。
溜息を付きつつ言った。
「冗談じゃねぇ…付いてくんなって言っただろ。」
「冷たい事言わないでよー。それに、ここは私の場所でもあるんだから。」
鈴音がそう言って微笑むと、彰仁はぶっきら棒に言った。
「お前、勘違いされるぞ。」
「別に良いもん、あっちゃんにならね?」
何処か悪戯っぽい笑みを浮かべている鈴音に対し、彰仁は怪訝な顔をして言った。
「そりゃどういう意味だ…?」
「教えないよー!簡単にバラしちゃったらつまらないでしょ?」
「はぁ…何なんだよ、お前…。」
彰仁が遠まわしにあっち行けと言ってるのに気付いた鈴音はからかうのをやめた。
そして、彰仁の瞳をじっと見つめて言った。
「ねぇ、どうして…スズって呼んでくれないの?」
まさかの言葉に彰仁は困惑していた。
「はぁ?何が言いたいんだよ。」
「無理して人前でもボスって呼んでる様に見えるんだもん。
私達、そんな赤の他人そのものみたいな関係だったっけ?」
「元を辿ればどいつもこいつもそうだろ、だから何が言いたい?」
自分の言いたい事をイマイチ解さない彰仁に痺れを切らしたのか、
鈴音は突然彰仁に向かって飛びついてきた。
彰仁はよろけそうになりつつも彼女を受け止めた。
「馬鹿、お前…屋上だぞ!?落ちたらどうすんだよ!」
「あなたとなら別に…。」
「良い訳ねぇだろ!そもそもさっきから変だぞお前、薬の副作用でも起きてんのかこれは…!
真尋に報告しなきゃならねぇ…。」
様子がどこかおかしいと感じている彰仁と、
あくまでも素面で振る舞っている鈴音の間にすれ違いが起きていた。
「私をそうやって病人扱いする…あっちゃんは分かってないなぁ。
本当は遠慮なく関わりたいのに、アンダーボスと言う責務があるからその事に囚われている。
昔みたいに戻りたいのに、出来ないってね。」
「お前が望むなら、捨て駒のようにしてもいいぜ。ボスってのはそういうもんだろ?
俺の個人的な感情を、日々の任務に挟むわけにはいかねぇんだ。」
彰仁は皮肉めいた言い回しで、鈴音の言い分から逃れようとしている。
「個人的な感情って何?それって、私関係ある?」
鈴音がそう切り込むと、彰仁はいつものポーカーフェイスで言った。
「どうだろうな。少なくとも、今話す事じゃねぇ。」
そう言って屋上から自室に戻ろうとすると、鈴音がいつもより低いトーンで言った。
「私はいつまで生きて居られるかな…。」
背筋が凍りそうになった。
いつもは天真爛漫な彼女から、こんなゾッとするような言葉が出て来るなんて。
誰が想像できるんだろうか。
彰仁はその時は思うことがありつつも、触れない事にした。
今は何も考えたくないのだ。正直言って、情けない。
日頃から病気と闘いつつも、みんなの為に明るく勇敢な姿を見せてくれる鈴音に対し
自分は能力がまともに使えずに苛立ちを覚えているばかりだったからだ。
考えるだけで頭が痛くなってくる、そうだ…そんな時は仕事だ。
彰仁は書類に目を通し始め、記録をし始めた。
精を出している時に、扉を叩く音がした。
「誰だ…用があるなら入れ。」
彰仁がそう言うと、理央が扉を開けて入って来た。
どこか気まずそうな様子で立っている。
「俺は暇じゃねぇんだよ、何もないなら出てってくれねぇか?」
彰仁が呆れつつも言うと、理央は口を開きだした。
「あのさ…さっきは、言いすぎちゃったなと思って…悪かったよ。」
「それで?お前はそれだけ言いに来たのか?」
「うん、これで良い。オレは満足したよ…邪魔して悪かったね、それじゃ。」
そう言って、部屋を出ようとした。
すると彰仁が口を開く。
「ちょっと待て、俺には謝る時間もロクに与えてくれねぇのか?」
「別にー?そうそう、ボスが凄い心配しててさ…屋上に向かって行ったんだけど、何か話した?」
「結局そうじゃねぇか…俺も悪かったよ。
そう言えば『私はいつまで生きて居られるかな』とか言ってたぜ。
一体どういう意図で俺にそう言ったのか、分からん。」
彰仁がそう言うと、理央が何処か気になる様子で言った。
「ボスって、ああ見えて結構達観してるんだよね。いつ死んでも良い様にっていうか。
オレはあんまり難しい事考えないタイプだけど、
アッキーにそう言ったんだったら…幼馴染なりに何か、あるんじゃない?」
「俺からしたらくだらねぇ事でも、アイツにとっては大事な事なのか…?」
「まぁ、そうだと思う。後悔したくないなら、早めに言った方が良いよ!
それじゃ、オレは風呂でも入って寝るとするか…またね。」
そう言って理央は部屋から出て行った。
彰仁は何処か疲れた様な様子で書類を片付け、タオルで体を拭き始めた。
風呂はもう、明日で良い…そう思い、眠りについた。