第6話 「夢か現実か?」
「あら、おはようオリヴィエ。顔色悪いわよ?」
「お、おはよう母さん。少し寝不足で…あはは。」
言えなかった。
自分でも昨晩見たものが夢だったのか現実だったのかまだ分かっていない。
けど僕には確かに感覚があったし、現実世界にいながら脳に直接投影されているような感覚だった。
もしもあれが真実なら…。
いや、そんな神話みたいな話あるわけないか。
もう忘れよう。あれは夢だ。うん、夢だ…夢、夢。
「全く、いつまでもお祭り気分じゃダメよ?」
「うん、気をつけるよ。じゃ、行ってきます。」
「はーい、行ってらっしゃい。」
とは言ったものの…。
結局昨晩のことが気になって仕方なかった僕は、学校には行かず例の迷宮へ行ってみることにした。
「すみません、迷宮攻略を発注したいのですが。」
「はい、ではこちらに著名と希望ランクをお願いします。それと、身分を証明できるものを何かひとつ提示して下さい。」
自ら迷宮攻略を発注するのはいつぶりだろう。
各都市に置かれるギルドでは、未攻略の迷宮を案件として発注することができる。
未攻略迷宮を攻略すると報酬としてギルドから金銭を貰うことができるので、この世界において異能が強いというのはそれだけで生活には困らなくなる最強のアイデンティティといえる。
とはいえ僕のような初級階級だとソロで攻略できるのはせいぜい最低ランクのD級迷宮のみ。
当然難易度の低いD級は報酬も低く、子供たちの実践教育の場として先に取られてしまうことも多い。
故に迷宮攻略は14で未だ初級の僕にとってほとんど縁の無かった事案なのだ。
「はい、オリヴィエ・クローマンさんですね。確かに承りました。攻略希望の迷宮などございますか?特になければこちらでオリヴィエ様の階級に合わせた適正難易度の迷宮を発注致します。」
夢で見たあれが真実なら、僕如きが1人で潜っても何も情報を得られずにあの龍に殺されて終わるかもしれない。
それ以前に僕1人でB級の攻略は不可能だ。
即興パーティの編成依頼をするか…?
「すみません、ここのB級迷宮を発注したいです。それと、即興パーティの編成依頼って出来ますか?」
「申し訳ございません。ここは現在ギルドの管轄迷宮になっておりまして、一般の方には立ち入りを禁止させていただいております。また即興パーティ編成は別途で料金が発生致しますが、いかがなさいますか?」
立ち入り禁止…
つまりはギルドも上級階級を含めた5人の能力者がB級で全滅することには違和感を感じているのか?
────が、あれが夢か現実かを知るためにはここで食い下がるわけにはいかない。
「そこをなんとか、お願いします!」
「と、言われましても…。既に決まっている事ですので…」
──────僕が許可するよ。
奥から聞き覚えのある声がした。
「ぱ、パージさん…!ですがここは…。」
「問題ない。元よりその迷宮の担当は僕だからね。」
「ですが…一般者が入り込んだと知られれば責任を問われるのはパージさんになりかねませんよ…?」
「もちろん、重々承知の上だ。それともし君が上に詰められるようなことがあれば、遠慮なく僕の名前を出してもらって構わない。これは僕の独断だ。」
パージさんにそこまで言われた受付嬢さんは、「分かりました。」と一言だけ呟き、僕に許可を出してくれた。
今回こそパージさんに助けられた身だけど、何か嫌な上下関係を見てしまったのかもしれない。
「では、行こうか。オリヴィエくん。」
そう言うと、パージさんは先ギルドの扉を出て行った。
「あ、あの、ありがとうございました!」
「ああ。気にしなくていいよ。僕もちょうど気になっていたところだからね。」
気になっていた?
ということはやはり、ギルドも父さん達の死に違和感を感じていることには違いないみたいだ。
「ですが、大丈夫なんですか?その、責任とか色々言われてましたけど…。」
「オリヴィエくんが気にすることではないよ。」
パージさんはなんで身の危険を犯してまで僕に侵入許可を出してくれたんだ…?
僕が父さんの息子だから?下手したら今の地位を失うことにもなりかねないのに。
「それよりオリヴィエくんこそ、今の時間は本来学校にいるべきなんじゃ?笑」
「え!?あ、ま、まあ大丈夫です!!こう見えてサボりには慣れていますから!」
あまりにも鋭すぎるカウンター、予想外のベクトル。
パージさん、なかなかにやり手だな!!
「ははは笑、マリアからよく聞いているよ笑。」
聞いてるんかーーーい!!!!『こう見えて』とか言って普段は真面目感出した僕がシンプルに恥をかいただけじゃないか…!!
「僕も学生の頃は君のお父さんとよく学校をサボって遊んでいたものだよ。それが学生の醍醐味とも言えるよね。」
え?そうだったの?
じゃあもしかして僕のサボり癖って父さん譲り…?
でも2人とも上級階級のエリートなんだよな…。
「そ、そうなんですよ!!先生とか母さんにはいつも怒られますけど…。」
「ははは笑、そりゃあオリヴィエくんのことを心から心配してくれている証拠じゃないか!
あまり周りの人に心配をかけすぎるのもダメだよ。サボりは程々にやるからこそ意味を持つんだ。」
いや、僕にとってのサボりには単に怠けたいから以外の意味はないんだけど…。
「ついたよ。ここだね。」
どうやらもう例の迷宮に着いたらしい。
そこには一見なんの変哲もない、一般的によく見られる構造でできた迷宮への入り口があった。
「緊張しているのかい?」
「え、あっ、はい。まあ…。」
昨日の夢が頭を過ぎる。
人より何倍も大きな龍のような魔物に怯え、何も抵抗できずに噛みちぎられる父さん達の姿が。
あんなに勇敢で強かった父さんが腰を抜かし、ただ叫び助けを求めることしか出来なかった相手がこの先にいるかもしれない。
もしここにあれが本当にいるとしたら、いくらパージさんがいても恐らく僕たちは2度と地上へは戻れないだろう。
僕はその覚悟ができているが、パージさんはどうだ?
もしそんなことになればパージさんやギルドだけでなく、家族であるマリアにも被害が及ぶ。
それならばいっそ、ここで昨晩の事を話しておくべきなのではないか…?
「…オリヴィエくん?」
「あ、っはい!!!」
「本当に大丈夫かい?もしあれなら、僕だけで少し様子を見てこようか。」
「い、いえ!大丈夫です…!」
言えない。
なぜ言えないのか、自分でもわからない。
ただなんとなく、直感が言ってはいけないと忠告しているような気がする。
「そうか。何かあればすぐに引き返すから、遠慮なく言ってくれて構わないからね。」
そう言うとパージさんは迷宮へと足を進めて行った。
僕もその後を追ってついていく。
迷宮に入るとそこには涼しく薄暗い洞窟のような空間が広がっていた。
とは言ってもパージさんの反応を見る限り、他の迷宮と特に大きな違いはないみたいだ。
ただひとつだけ、奇妙な部分を挙げるとしたら───
「魔物が…いませんね。」
「…そうだね。」
そう、魔物が一切いないのだ。
本来魔物と呼ばれる迷宮に潜むモンスター達は、仮に殺されたとしても一定期間が経過すると自動的に蘇る能力を保持している。
仮に最後に足を踏み入れた父さんたちが魔物を殲滅していたとしても、既に蘇っていてもおかしくないくらいの期間は経過している。
ならばなぜ一定期間経過後に蘇る魔物をわざわざ殲滅する必要があるのか。と言う話だが、これに関しては小さい頃に父さんから聞いたことがある。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「ねえ父さん、なんで父さんたちはわざわざ魔物を倒しに行くの?またどうせ復活するならあまり意味がないと思うんだけど…。」
「はっはっはっ!オリヴィエは本当に勘が鋭いなぁ〜。父さん感心しちゃうよ。」
あー、出たよ感心しちゃうやつ。
もうそういうのいいから早く教えてくれないかなぁ。
僕は父さんの過剰発言にガン無視ストレートパンチを決め込んだ。
「よし、分かった分かった。まあそう焦るな!」
いや、全く焦ってない。
「いいか?オリヴィエ、まず大前提に迷宮ってのは昔に比べ格段に少なくなってきている。魔物が死ぬことはないのに、だ。何故だかわかるか?」
確かに、いざ言われてみればおかしな話だ。
魔物という本質が死ぬことはないのに、迷宮という箱だけが歴史と共に確実に減らされてきている。
なら魔物はどこへ行ったんだ?
そもそも迷宮攻略の攻略の定義はなんなのだろう。
「はーい、タイムアーップ!」
うるさい。めんどくさい。ツッコむのもだるい。
「正解は、分からない。だ!」
…いや、分からないんかい…!
あ、あまりにもまさかすぎてツッコんでしまった。
「分からないんかーい!ってなっただろ!?なったよな!?」
しっかし本当にうるさいなぁ…。まあ、なったけど。
「いいから、それで?」
「お、おう。それでだな、じゃあ何を持って迷宮攻略と呼ぶのか、だ。それは至って簡単、迷宮ごとに必ず存在する最下層の主を倒す。それだけだ。」
「ふーん。でもそれで何か変わるの?」
「確かに魔物は完全には消えない、死なない。が、明確にひとつだけ変わるのは、その迷宮そのものが消滅する。ということだな。」
迷宮主を倒せば迷宮は消滅する。
消滅してしまえば復活もクソもないってことか。
「つまるところ、迷宮に関しては長い歴史を通して研究者たちも完全には解明できていないが、この調子で消滅させていけばいずれ全ての迷宮が消滅し終わりが来るだろう。という仮定の上で今の体制は成り立っているわけだな。」
「なるほどねぇ。でもさ、24億年も経ってまだ終わらないんでしょ?本当にその仮説合ってるの?」
「それは俺にも分からんが、減っているのは確かだ。仮に増え続けているにしても、こちらの攻略効率をあげればいずれ0に収束するだろう?」
父さんの言うことは正しかったのかもしれない。
ただ24億年経ってもまだ終わらないとなると、元々あった迷宮の数ってほぼ無限に等しくなる気が…。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「あの、パージさん、パージさんはこうやって普段から迷宮攻略に貢献してますけど、どうせ自己蘇生する魔物たちをわざわざ倒す理由ってなんなんですか?」
「お、いきなりだね笑。もちろん仕事だから、というのはあるけれどそれだと解答として面白くないか…。まあ、1番は迷宮を放置しておくと魔物が地上へと進出する可能性があるから、かな。」
度々問題になっているやつだ。
迷宮を放置し続けると、最悪の場合地上へと魔物が進出してしまい被害を及ぼしてしまうというもの。
「なるほど…。なら極論、こういう魔物のいない迷宮はあっても特段問題はないって感じですか?」
後になって気づいたが、迷宮攻略を仕事にしている人に対して自分でもとても失礼な事を聞いてしまったと思う。
「ははは笑、それは極論も極論だね。そもそも魔物のいない迷宮なんてものは存在しないんだ。迷宮主を討伐すれば迷宮は必ず消滅する。他がいなくても、この迷宮にも必ず迷宮主だけは滞在しているはずだよ。」
ギルド、というよりやはりその認識は世界全体においても一般的なものなのだろう。
とすればこの迷宮に魔物がいないのは単に魔物の自己蘇生速度が遅いだけ、ということになる。
────オリヴィエくん、下がって。
「…えっ?」
────アビス・ランページ…!
ギャァァァァァァァァ!!!!ッッ!!!!!!
何匹もの水龍が魔物の胴体を貫き、瞬きをする間に倒してしまった。
「た、助かりました…。」
なんだ、普通に魔物いるじゃん。
「というより魔物、いましたね。単に蘇生速度が他より遅かっただけでしたか…。」
「…いや、不可解だ。」
「え?」
「本来さっきの魔物はB級には出現しないD級魔物のはずなんだ。」
魔物には迷宮ごとに現れる階級がある。
僕も詳しくは知らないけど、パージさん曰くさっきの魔物はB級には出現しないとのことだった。
ん?てことは僕、D級の魔物に足をすくまされてたのか?え、なんか凄くダサい人みたいになるじゃん。やめてよね。
「とりあえず、もう少し奥に進んでみようか。」
パージさんの顔つきは明らかに変わり始めた。
父さん達を全滅に追いやったあの龍、あれが本物だとすれば、あれは明らかにA級のトップクラス、下手すれば最高階級のS級に該当するかもしれない。
そして今さっき現れた魔物がD級迷宮の魔物だとすると…この迷宮の本当の階級はなんだ?
「あの、パージさん。この迷宮は本当にB級なんですかね…?」
「いいや。僕の経験則で言えば今のでB級の線は消えたはずだ。少なくともC級以下ではあると思う。」
「その、過去にこういった事例は?」
「…ある。」
「あるんですか!?」
「けれど、そういう場合は大抵ギルド側の迷宮ランク推定ミスとして直ちに訂正がかかるはずなんだ。」
「それに─────」
「ここは君のお父さん達が亡くなった迷宮だ。仮に推定ミスがあったとしても、彼らがS級迷宮以外で全滅するなんてよっぽどでない限りあり得ない。それは例え相性やコンディションに問題があったとしても、だよ。」
確かに、仮にギルド側がこの迷宮を本来のランクと誤って推定ランクをつけた場合、今さっき出現した低ランク帯の魔物たちが出現した事に対する矛盾は晴れる。けれど、父さん達が亡くなったという事に対する不信感はより強くなってしまう。
「パージさん、同じ迷宮内に例えばA級とD級の魔物が同時に現れることはあるのでしょうか…?」
昨晩の夢の内容がますます気になった僕は、濁しながら情報を聞き出してみることにした。
「あり得ない。というより、僕自身がそのような事態に遭遇した経験がない。というのが正しいかな。」
「で、ですよね…。」
父さんと同じ歴ギルドで働いているベテランの能力者が言うことだ。信憑性に関しては申し分ないだろう。
「迷宮階級と魔物階級には古代より伝わる性質があってね、端的に言えば『その迷宮階級と同等もしくは1階級下の階級に収まらない魔物は、その迷宮には出現しない』というものなんだ。」
パージさんの言っているのは恐らくこういうことだ。
例えば今回のように推定ランクB級で考えた場合、今回の迷宮に本来出現できる魔物は迷宮と同等のB級階級、もしくは1段階下のC級階級の魔物のみ。
つまりはA級やD級が出現した時点で、その迷宮は既にB級ではないということになる。
「つまり今のD級魔物はB級には基本的に出現しないから、あれが観測できた時点で既にこの迷宮がB級でないことは確かということになるね。」
言っていることは理解できた。
けど、じゃあ夢で見たあれは…?
ここがCもしくはDなら、父さんたちは何故…?
情報を得るために来たのに、返ってますます謎が深まってしまった。
「この扉の先が最後だ。」
気づけば既に迷宮の最奥まで到達していた。
ここまで現れた魔物は1匹のみ。それもパージさんによればD級の魔物だ。
「オリヴィエくん、準備はいいかな?」
「は、はい…!」
また足がすくみ始めた。
もしあの夢が真実なら、この先にいるのはあの龍かもしれない。
あれが真実であってほしいという希望と、あってほしくないという恐怖が僕の中で大きな葛藤を招く。
怖い。怖い、もしいたらどうする。
「それでは、行くよ。」
怖い、怖い、足が固まって動かない。怖い。
キィィィィィィン…
「…パージさん、これって…。」
「…ああ。」