第4話 「天還式」
「オリヴィエ、ご飯できたわよ。」
あれから数日が経過し、母さんの情緒もかなり落ち着いてきたようだ。
「母さん、その、父さんって…。」
「オリヴィエ、いい?死は悲しむものじゃないわ。お父さんは天国に導かれる権利を得たのよ。これは素晴らしいことなの。」
確か少し前の講義でもそんな事を耳にしたなぁ。
『死後の魂は冥界神ハデス様によって裁かれ、善良と判断されたものの魂は天国へ、邪悪と判断されたものの魂は地獄へと導かれる。』
善良と邪悪ねぇ。
まあ、普通に考えれば当然父さんは善良な魂と判断されるだろうけど…。
じゃあ、邪悪な魂ってなんだ?
神の思想に反して処刑された反逆者とか?
死も幸福と平和の一部…か。
世界の誰しもがそんな平和を疑う事なく信じている。
そりゃあ僕だってそう信じたい。
例えそれが嘘だろうが本当だろうが、そう信じた方が僕たちにとって都合がいいからだ。
でも、やっぱり────
気持ちはいつだって正直だ。
周りに嘘つくことはできても、自分に嘘をつくことだけは決してできない。
悲しいんだ。
当たり前の毎日が、ある日を境に突然終わってしまう。悲しくないはずがないじゃないか。
思いたくなくても思ってしまう。
それもこれも、神様が僕たち人類に与えた感情というもののせいだ。
感情さえ無ければ、僕もみんなと同じように考えられたのかもしれない。
死を祝福することも平和の一環である。
それは一見、永遠の別れを幸福へと昇華させる美学であり平和そのものなのかもしれない。
それでも、今の僕には世界の思想が100%正しいとは思えなかった。心の感情がそう叫ぶから。
「オリヴィエ、お父さんの天還式のことだけど。」
「あ、うん…日にち決まったの?」
「ええ。4日後よ。しっかり準備しておきなさいね。お父さんの知り合いの能力者さん達もたくさん来るだろうから、くれぐれも恥ずかしい振る舞いはしないように。分かった?」
「うん、分かったよ。」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
結局、父さんほどの優秀な能力者が突然世界から消えたとしても、世界が大きく変わることはない。
人ひとりが及ぼす影響というものは所詮こんなものなのだろう。
「おはよー、オリヴィエ」
「おはよう、サラ。」
「オリヴィエ、お前のお父様もとうとう天界に導かれたらしいな。流石はギルド直属の能力者だ。」
「ゼラス…よく知ってるね。僕としても誇らしいよ。」
僕は息を吐くように嘘をついた。
ホーリー家は代々伝わる教会系の血統からか昔から聖書や神話などについて勉強する機会が多かったらしく、故に同年代の中でもゼラスは神様に対する信仰心が抜きん出て強いと感じる。
「ところでオリヴィエ、お父様の天還式はいつ開かれるんだ?」
彼には僕のような感情が一切ないのだろう。
とはいえ彼ともかなり長い付き合いで、それは今更知ったことじゃない。
ただ、いざ当事者になってみるとこの空気の読めなさには少しばかり嫌気が差す。
「…あ、明後日だよ。確かマリアも招待されてたよね。」
「うん!私はお父さんがオリヴィエのお父様と元々同じパーティだったから、それでね!」
「へぇ〜いいなあ。俺も参加してみたい。」
「天還式なんて中々馴染みもないもんね。オリヴィエもマリアも、目一杯楽しんできなよ?」
天還式、それは死した英雄の魂を天に送る儀式のこと。儀式自体は長々とした詠唱をひたすら聞かされるだけなので全く面白みはない。
みんなが言っているのはその後に行われる後夜祭のことだろう。
後夜祭では普段食べられないような料理や、普段見ることのできない見せ物などが沢山並ぶ。
しかも、その誰もが無料なのだ。
特に父さんの場合はギルドとの関係も深かったから、恐らくかなり大きな規模の後夜祭になることが予想できる。
「もっちろーん!ご飯は何が出るかな〜?楽しみ〜!」
「あはは。そうだね。」
これが、平和の本質。死さえも幸福に昇華する。
確かに素晴らしい考え方だ。それは認める。
ただし、死後のことなど死した者にしか分からない。
本当に天国や地獄があるのか、そんなものは今を生きている僕たちなんかに分かるわけがないのだ。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
2日後、無事に父さんの天還式が開かれた。
「これはこれは。セルヴィアさん、それにオリヴィエくんも、ご無沙汰してます。」
「あら!パージさん!それにマリアちゃんも!此度はわざわざお越しくださってありがとうございます!」
この人はマリアのお父さんのパージ・テンラさん。
父さんとは昔から仲が良かったみたいで、過去には何度か同じパーティを組んだこともあったらしい。
パージさんも父さんと同じギルドの上級能力者で、とても優秀な能力者さんだ。
「オリヴィエ、今日は全力で楽しもうね!」
「え?ああ、うん。楽しもう。」
式にはおおよそ500人程度の能力者が集まった。
親戚の方々から父さんの同僚、先輩、後輩まで、凄い人数だ。
「か、母さん、凄いね、これ。」
「そうね。お父さんがそれだけ凄かったってことよ。」
母さんは少し自慢げにそう話す。
そりゃあ自分の旦那さんがこれだけ凄ければ誇りに思うのも無理はない。実際、僕もそう思う。
辺りを見渡していると、とんでもない人を見つけてしまった。
「あ、あの!」
気づいた時にはもう、声を掛けていた。
「あの、僕、息子のオリヴィエです!生前は父がお世話になりました!」
「おや、年齢の割に礼儀がしっかりしていて感心するね。これもオズマくんの教育の賜物かな?はは。」
高い身長に無駄なくついた筋肉、銀色に煌めく髪が風を伝わりその風格を作り上げる。
まさに強者の余裕といったところか、常に笑顔を絶やさず老若男女全ての市民に優しく接する。
これが都市の唯一点にして最強の地位。
ゴルゴンギルド長、クロム・バードウェイ様…!!
「あ、っと、はい!」
「ははは。私のことを知ってくれているのかい?」
知っているも何も、僕にとってこの方は命の恩人なのだ。クロム様が忘れたとしても、僕はあの日のことを絶対に忘れない。
「ももももちろんです…!クロム・バードウェイ様!」
「はっはっは、この場においては血縁である君の方が立場は上だ。様など付けなくて構わないよ。」
クロム・バードウェイ様。
現ゴルゴンギルドを統治する長であり最強、都市ゴルゴンで唯一の究極能力者でもある。
能力は閃光属性の断罪一振【ザ・ジャッジメント】で、自身の思想が「罪」と判断した者に対して通常威力の約10倍のクリティカルを与えることが出来る。
さらにクロム様の凄い点はその通常威力にあり、究極階級ゆえに素の威力の時点で他の上級能力者を上回るとも言われている。
僕が過去に父さんと迷宮に潜って迷子になってしまった際、僕を助けてくれたパーティのリーダーが当時のクロム様だったこともあり、僕にとっては返しても返しきれない恩のあるお方なのだ。
まぁ、クロム様は覚えてないみたいだけど…笑。
「あ、あの…父のことで色々聞きたくて…」
「うん、そうだね。少し場所を変えようか。」
クロム様は僕を気遣ってか、近くの喫茶店へと場所を移してくれた。
「あ、あの、父は、その、どんな能力者でしたか?」
「そうだね。君のお父さんは一言では表しきれないくらい、能力者としても、人としてもできた人間だったよ。」
そういうと、クロム様は僕に返事をする間も与えず昔話をし始めてくれた。
「特に私の印象に残っているのは、そうだね。とある新人能力者がA級迷宮にてパーティと逸れてしまい、パーティが先に帰還した時のことだ。彼は私に『俺が探しに行きます、行かせてください!』って、必死に頼み込んできたんだ。もちろん私は彼の安全面も考慮して『ダメだ。準備が整い次第、捜索隊を向かわせる。』と指示を出したんだがね、彼はそれでも食い下がらなかった。その必死さには僕も負けてね、彼の出動を許可したんだよ。そしたらその数時間後、彼は行方不明になった新人能力者と共にボロボロの状態で帰還してきたんだ。あれには感動したもんだよ。」
「父さんが…。そんなことを…。」
知られざる父さんの偉業に、僕は父さんの真の強さを再確認させられる。
「ああ。その上で『報酬金は必要ありません。』なんて生意気言うもんだからね、私は彼を叱ってやったよ。『受け取らなきゃこちらの顔が立たないだろ』ってね。はは笑。」
クロム様は僕なんかの為に貴重な時間を惜しまなく使い、父さんの話を沢山聞かせてくれた。
僕もまた、時間を忘れ、話を聞くことに没頭していた。
そして再確認する。
「────僕も、父さんみたいな英雄になりたい。」
こんなにも弱い自分のあんなにも小さな成長の一つ一つを大切に、大切に認めてくれた父さん。
あの励ましも何もかも嘘だった。
でもその嘘があったからこそ、僕は少しずつでも成長できたんだ。
新人能力者を助けに行った話も、助けた上で報酬は要らないと言った話も、全て能力階級が優秀なだけではできない行動だ。
どれもこれも、父さんという人間が人として完成していたからこそ出来たこと。
人の強さは階級だけでは決まらない。
「父さん、僕は自分に出来る最大限のことをして生きます。」
僕は1人そう呟き、天に手を合わせた。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
無事に式が終わり、後夜祭が始まった。
「にしてもオリヴィエくん、見ない間に大きくなったね。感心しちゃうよ笑」
「いやいや、パージさんところのマリアちゃんだってこんなに美人さんになっちゃって!最初誰だか分からなかったわよ?」
「あはは笑!ありがとうございます!」
マリアは嬉しそうに笑う。
まるで太陽だ。あ、水泡属性だけど。
「それと、生前の旦那と仲良くしてくださって、本当にありがとうございました。」
「いえいえ、それはこちらのセリフですよ。」
「あの人、友達の話になるといつもパージさんのことばかりで…笑。あんな性格ですから、色々振り回されたと思います笑。本当、お疲れ様でした。」
「僕も彼といる時は子供に返ったような気分になれて、気が楽でしたよ。だからこそまさか彼がB級で命を落とすなんて、最初に聞いた時はかなり驚きました。僕なんかよりよっぽど優秀な能力者でしたから。」
やはり父さんはB級迷宮で命を落としたようだ。
A級を1人で攻略した経験もある父さんが、パーティといて全滅した。なんとなく違和感はある。
「あの、パージさん。父さんって確かにいつものパーティでその迷宮に挑んだんですか?」
気になった僕は、咄嗟に聞いてしまった。
「ちょ、オリヴィエ!何を聞くのよ!当たり前じゃない!」
母さんがすかさずツッコむ。
僕も自分でやらかしたと思った。が、ものは試してみるものだ。パージさんは素直に答えてくれた。
「うん。彼は確かに普段の固定パーティで推定レベルB級の迷宮に潜って行ったよ。今晩は息子と妻と久々に外に食べに行くんだ〜なんて嬉しそうに話しながら、ね。」
「父さん……。てことは、やっぱり父さんは能力相性の不一致で…?」
「恐らく、ね。彼は氷雪属性で、パーティメンバーも旋風、氷雪、治癒と、全体的にいわゆる火炎系に脆い属性が多かったんだ。とは言っても、彼らはそれを押し切れるくらいにはレベルの高いパーティだったから、コンディションにも問題があったのかもしれないね。」
「コンディション…ですか…。」
いつも父さんが僕に言っていたことだ。
『疲れた時は構わず休め。』
『コンディションが悪いまま無理をすると思わぬ大怪我をする。』
自分の息子に散々指導しておいて、最期がそれだったとすると、なんという皮肉だろうか。
父さん、僕も楽しみだったよ。久しぶりの外食。