第3話 「夢」
「ねえ父さん!僕強い!?才能ある!??」
「ああ!オリヴィエ、お前には凄い才能がある!このまま行けば究極階級も夢じゃないかもな!」
父さんはいつも僕を肯定してくれた。
本当はそんなの無理だって分かっていたはずなのに、否定することだけは一切しなかった。
「ほんと!?父さん!僕、大きくなったら究極能力者になる!!そしてフェル様の作ってくださった平和に貢献できる能力者になるよ!!」
「オリヴィエ、お前は本当に出来た子だ!お前ならきっとなれる!お前は父さんと母さんの自慢の息子だ!」
父さんと母さんの自慢の息子。
父さんが僕に毎日のように言っていた口癖だ。
「オリヴィエ、次だ!全力で来い!」
「はい!父さん!」
───アイシクルスペース…!!
「よーし!いい感じだ!次はもっと指先に力を貯めるイメージをしながらだ!やってみろ!」
「はい!」
───アイシクルスペース…!!!
何度やっても、どんなアドバイスを貰っても、何を手本にしても、全然上手くいかなかった。
本当は自分でも気づいていた。
でも、父さんはいつだって優しい顔で嘘をつく。
「よし!もっと良くなったぞ!!」
お互いがお互いにそれは嘘だと分かっていた。
それでも、必ず肯定してくれる父さんの言葉が苦しいくらいに優しくて、僕は求めてしまうんだ。
「やったあ!!父さん!僕、このままいけば究極能力者になれるかな!」
なれるはずがない。
究極階級は今、目の前にいる父さんですら辿り着けなかった能力者の極地だ。
並大抵の努力じゃ、もはや努力云々で辿り着ける場所ではない。分かっていたはずなんだ。
でも────────
「ああ、なれるさ!頑張る者の努力は、フェル様が必ず見てくれている。」
父さんはやっぱり平気な顔をして嘘をつく。
息子に希望を絶やしてほしくないから?夢を持たせたいから?
でも、後に現実を見るのは僕じゃないか。
「やったぁー!僕もっと頑張るよ!」
「ああ!フェル様!!我が息子に大いなる才を授けて頂きありがとうございます!!!ほら、オリヴィエも!」
父さんは手と手を合わせ、空に向かってそう言う。
何のために?
…分からない。
でも、この世界ではみんなそうしているから。
「あ、ありがとうございます!フェル様!」
いつも疑問に思っていた。
世界に平和が宿っているのなら、なぜ僕の才能はこんなにも父さんと違うのだろう。
知りたかった。でも、誰にも言えなかった。
「よーし!次、行くぞ!」
「はい!!」
言えばどうなるか分からない。
世界から追放されるかもしれない。
怖かった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
ある日の深夜。
僕が眠れずに布団に潜っていると、ドア越しに薄ら父さんと母さんの声が聞こえてきた。
「ねえあなた、少し話があるの。」
「どうした?セルヴィア。」
「オリヴィエのことなんだけど…。その、大丈夫なのかしら。」
「…?」
「ほら、最近は練習もしなくなって、学校の成績も…。私、もう…。」
10歳を過ぎて、ようやく現実と目標との乖離に気づいた僕は努力することをやめた。
努力しても報われないなら、元よりするだけ無駄だと思ったからだ。
学校に行くこともやめた。
長々と興味のない話を聞かされるだけの学校に、いく意味を見出せなくなったからだ。
「セルヴィア、子供を信じてやるのが親の役目だ。今は少し休憩したい時期なんだろうよ。」
父さんは相変わらずの理想主義者だ。
実際、母さんとは違い父さんは僕が学校に行かなくなってからも一切怒ることはしなかった。
「好きなタイミングでいい。」「自分のタイミングでいい。」
正直、僕のことなんて鼻から諦めていたのだろう。
本当に期待していたらきっと、親なら叱るだろうから。
「そうやって───────
あなたがいつも甘やかすから、あの子がこうなっちゃったんじゃないのっ!?!?!!!」
深夜だと言うのに、母さんは血眼になって叫び始めた。
『こうなっちゃった。』
それはきっと、僕という息子が失敗作に終わってしまったということの暗示だろう。
あの時の感情はあまり覚えていないが、何故か溢れ出す涙が止まらなかったことだけは覚えてる。
悔しかったわけじゃない、悲しかったわけでもない。
ただ心の底から、『申し訳ない。』と、そう思ったんだ。
「セルヴィア、オリヴィエはオリヴィエなりに頑張っているんだ。そういう言い方はあまり好ましくないぞ。」
豹変した母さんを前にしても、父さんはやっぱり冷静だった。
並べられる文字は全て偽りだ。
僕なりに頑張っている?
僕は何も頑張ってなんかいない。ただ甘えているだけだ。
家族の幸せに、親の優しさに。そして、世界の平和に。
「じゃああなたは…っ!!!あなたは今のあの子を見てどう思ってるのよ!!!!!あなたがあの子に無謀な夢ばかり見せて、肯定ばかりするせいで!!!!!あの子は…あの子は夢と現実が乖離し続けて…っ!!!!!いつだって、言う方は簡単で!無責任で!!!そんなの…っ…!そんなのって…!!!!!」
母さんの言っていることに何ひとつ間違いはなかった。
どんなに頑張ろうと、才に恵まれた者に恵まれなかった者の気持ちは分からない。
表面上は分かり合えても、心の底から分かり合えることは絶対にない。
例えそれが親子であっても。だ。
「…夢は、無謀だから、現実と乖離しているからこそ夢なんだ。俺はそう思う。」
父さんは理想主義者だ。
本物の絶望を知らない。
報われない努力を知らないんだ。
「そうじゃないの…っ!!!!!!!夢は、叶えたいと思えるから夢なのよ…!!才能に恵まれたあなたには縁の無かった話かもしれない…。でも、才能に恵まれなかった者ほど憧れは強く映ってしまうの…っ…。私が…っ…私がそうだったから…!あの子には…私と同じ思いは……」
母さんは僕のことを考えて、毎日僕を叱っていた。
僕を最優先に想っていたからこそ、僕に夢を見させることを拒んだんだ。
「セルヴィア、それは違う。」
「…なにが…っ!!!あなたには…あなたには分からない…!!分かるわけ…っ…ないのよ…!!!!私はあなた達に憧れて…何度も、何度も何度も…っ…!!何度も何度も何度も何度も何度も…っ!!!!!」
母さんはとても苦しそうだった。
夢を絶たれた人間とはこんなにも辛い思いを永遠に背負うことになるのか。
なら、やっぱり夢なんて早めに諦めて正解だった。
「君の言うそれは、1人の大人として、1人の能力者としての立場で言うから説得力が湧くんだ。
でも、俺たちはあの子にとっての何だ?ただの大人か?ただの能力者か?違うだろ。」
「…っ…」
「例え大人が、ギルドが、世界があの子を見下して、馬鹿にして、見捨てたとしても、あの子が夢を見続ける限り、あの子がいつか叶えたいと願った夢を支えてやる。
それが、あの子にとっての唯一の親としての使命じゃないのか?」
「…で、でも…っ…!…そんなの…っ…」
「叶えたくてもすぐには叶わないから『夢』なんだ。
目標や目的なんて安い言葉とは明確に違う。現実と乖離しているからこそ、誰しも平等に見られる理想を『夢』と呼ぶんだと、俺は思う。」
「それじゃあ…っ…あの子が…っ!!」
「セルヴィア、子供は夢を見て成長する生き物だ。それは君も俺も辿ってきた道じゃないか。」
母さんは膝から崩れ落ちて、ただ一点を見つめていた。
「でも…私の夢は…叶わなかった……。」
「それでも今はオリヴィエという子供がいて、家庭があって、今の人生に君は未練があるのか?」
「……。」
「……ないわ。ないわよ…あるわけ…っ…ない。」
「世界は必ず平和に収束する。例えその夢が叶わなかったとしても、フェル様は必ず別の形で我々に幸せと平和を捧げてくださる。
それなら子供の時くらい、現実とは大きく乖離したでっかい夢を見てもいいじゃないか。」
世界は必ず平和へと収束する。
夢を絶たれた母さんが今を未練なく生きている。
それなら確かにそれは真実なのかもしれない。
ならば、夢を見続け生きるも、夢を諦め生きるも己の自由なのかもしれない。
───アイシクル…スペース…!!
アイシクルスペース!アイシクルスペース!!アイシクルスペース!アイシクルスペース!!アイシクルスペース!!!アイシクルスペース!アイシクルスペースアイシクルスペースアイシクルスペース!!!!
「っはぁ、はぁ…。」
僕はなんて惨めな人間なんだ。
一度諦めた夢を、こうも簡単にまた追いかけ始める。
はぁ、自分の心の緩さには本当、嫌気が差す。
───ほら、飲め。
いつもの声がした。
いつも僕に笑顔で嘘をつく、理想主義者の声だ。
「疲れを取らなきゃ出来るもんも出来なくなる。それがコンディションってもんだ。飲め。」
「えっ、父さん、寝たんじゃ…。」
「幼き者の努力の声が聞こえてきた。眠気も吹き飛ぶくらい力強い声がな!はっはっは!」
母さんとあれだけ重い話をした後にこんなに腹から笑えるなんて…やっぱりこの人は普通じゃない。
「オリヴィエ、父さんにもな、絶対に叶えたい夢があるんだ。」
「夢…?」
「ああ、夢だ。」
地位も名誉も才も、人脈も家族も何もかも持っているこの人にいまさら他に何が必要だと言うのだ。
くだらない夢を言ったらバカにして笑ってやる。
僕は心に決めた。
──オリヴィエ、お前と極上に美味い酒を交わすことだ!!!
…っ…ぷ…
「俺はそれが出来れば立場も名誉も捨ててやる!」
…ほんっと…この人って…
「あっはっはっはっはっwwww父さんwwバカ言うもほどほどにしなよwww」
「なぁに!?言っとくが俺は本気だぞ!?」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
父さんは大嘘つきの理想主義者だ。
それでいて誰よりも救いようのないバカで、誰よりも常識が通用しない。
けれど、確かに誰よりも優しくて、確かに誰よりも強かった。
僕は怠惰で、努力も勉強も何もかも苦手だ。
今だってこうして怠けた毎日を過ごしている。
それでも、そんな僕が微かに夢を見続けていられるのは間違いなく父さん、あなたのおかげだった。
「なんで…、なんでだよ…。」
僕、まだ夢叶え終わってないよ。
夢の叶え方もまだ、教わってないよ。
それにあんただって…結局…、…っ…偉そうなことばっか言って…っ…夢、叶えられてないじゃないかよ…。