第2話 「崩壊」
「っはぁ〜!間に合った!」
「オリヴィエはまだしも、サラまでこんなギリギリって珍しいね?」
「あはは、少し寄り道してたらこんな時間に…笑。」
サラはなぜ僕を横目に見ながら言う。
「あっはっは笑!絶対オリヴィエのせいでしょ!」
「マリア、大正解!」
これこそ女子同士の意思疎通【アイコンタクト】というもの、話さなくても心は通ずる。
そう、可能性は無限大なのである。
「ところで2人とも、今日は能力測定があるけど大丈夫?準備とかしてきた?」
「もっちろーん!今日は珍しくオリヴィエも朝から練習してたみたいだし、みんなでいい結果が出せるといいね!」
「…ん?能力…測定…?……え?」
そんなの聞いてない。
実技講義じゃなくて、能力測定?え?
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
では次!オリヴィエ・クローマン!!
. . .
─────今日、測定の日じゃん…!!!
まてまてまてまて、まてまてまてまてまて!
やばいやばいやばいかなりやばい!!
今まで能力測定の日はサラたちに僕の本気が"あれ"ってバレないように「適当に終わらせるわ〜」とかなんとか言って誤魔化してきたのに!!
…今日はサラに練習してたところしっかり見られてるじゃん!!!!!!
やばいやばいやばい、これはやばい、どうする!?
素直に「僕、実は本気でこれなんだよね笑」って告白して笑って誤魔化すか?
それとも「今日もやっぱり適当でいいや〜」って情けなすぎる大嘘をつくか?
どうする!!!!?!やばい!!!!
「オリヴィエ!早くしなさい!」
「…はっ!はい!」
───アイシクルスペース!!
クラスメイト全員が見守る中、僕は今出せる力の全てを指先に集中させてその能力を放った。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「…ん…。」
「あ、やっと目覚ました!オリヴィエ、聞こえる?」
「…マリア?」
「良かった!もー、本当にびっくりしたよ!オリヴィエったら能力測定の最中に体力切らしてその場に倒れ込むんだから!」
「そ、そんなことが…ご、ごめん。マリア。」
これまで「俺、まだ本気じゃないから。」という弱者特有のスタンスで面子をどうにか保っていた僕にとって、今回の事件はあまりにも惨めであった。
「ん?なにが?」
「なにがって、ほら、僕って実は本気の実力があれなんだ…。」
「うん、知ってたよ?」
自分の惨めさと自分自身に対する嫌悪感でどうにかなってしまいそうな僕に、マリアは優しくでもなく、怒りながらでもなく、ただ普通に返してくれた。
「…え?」
情けなくてどうしようもない僕の顔を見て、マリアは次に優しい笑みを浮かべる。
「だって私も一緒だからね!分かるよ!」
「一緒…?」
「うん、ほら私もオリヴィエもお父さんがギルド直属の優秀な能力者さんでしょ?で、私もオリヴィエも同じ初級能力者。世間からの目が痛くて仕方ないよね〜、別に直接何か言われるってわけじゃないけどさ、なんて言うか、勝手に期待されて勝手に失望されて。最悪のループ!みたいな?笑」
そう。彼女、マリア・テンラはサラと同じく僕の幼馴染かつ現クラスメイトの初期能力者。
能力は水泡属性の泡粒子弾【バブルショット】で、水から強固な泡を生成し、それに初速を乗せることで弾として撃つことが出来る。
父親のパージ・テンラさんは父さんと同じゴルゴンギルド所属の上級能力者で、父親同士の仲が良いためにマリアとは昔からよく一緒に出かけることも多かった。
「マリアにはバレてたか…笑。本当、情けないな。」
「そうかな?私は今日、自分が倒れるほどの力を込めて能力を発動させたオリヴィエを賞賛したいと思ったけどなぁ〜?」
そういう言い方をすれば確かに聞こえは良いかもしれない。でも、それは単に努力不足という4文字で片付けられる事実でもあるのだ。
あまりにも惨めな僕、救いようがないな…。
「そ、それで、僕、どうだった?」
「5度!」
「…え?」
「マイナス5度、周りの空気が下がってた!」
マリアもまた、父さんや母さんのように喜んだ表情でそれを伝えるが、僕は相変わらずどう反応するのが正解か分からない。
5度?それ能力じゃなくて良くない???
素直に疑問である。
「オリヴィエ、動けそう?」
「え?ああ、うん。動けるよ。」
「ならサラ達も外で待ってるし、オリヴィエの調子も戻ったみたいだしもうそろそろ帰ろっか〜!」
「え!?外で待ってるの!?」
「え?うん!待っててくれてるよ〜!」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
僕たちが外に出ると、既に夕陽が沈みかけて空は綺麗な橙色に染まっていた。
「あ、やっときた。」
「お待たせ〜!オリヴィエの調子も戻ったみたいだし、帰ろっか!」
「オリヴィエ、次からは気をつけろよ?」
「ゼラス…ごめん。」
「謝ることじゃねえよ。気をつけろ。」
彼はゼラス・ホーリー。僕たちと幼馴染の中級能力者で、能力は空間属性の位置固定【ポジションフィックス】。
補助型の能力で、対象をその位置に固定させるというシンプルながら汎用性の高い能力である。
今はクラスが離れてしまったが、僕たちは幼馴染4人でこうしてほぼ毎日一緒に生活している。
「ま、まぁまぁ!結局無事だったわけだし、一件落着でいいんじゃない?ね!サラ!」
「そうね。とりあえず無事で何よりだわ。」
サラ、朝に比べて明らかに機嫌が悪いな…。
怒ってるのかなあ。
単に能力測定の結果が上手くいかなかったとかなら助かるんだけど…。
. . .
「ほんとそーだよ!!よかったよオリヴィエ!!」
マリア、めちゃくちゃ必死に場を和ませようとしてくれてるな。
僕が招いたことだ。僕がどうにかしなきゃ…!
「あ、あのさ!みんなは測定結果、どうだったの?」
「私は安定に初級のままだったよ!でも出力火力が少しだけ上がったから個人的には満足かな〜!」
「俺も変わらず中級のまま。同時固定人数が1人増えたくらいで他は特に変わらないな。」
能力というのは意外にもそう簡単には成長しないものなのだ。
「僕は下げられる温度が2度伸びたくらいかな?笑」
「オリヴィエお前、意識あったのか?」
「あー、いや!さっきマリアから聞いたんだ!」
サラが一切話に入ってこない。
うん、これは長年の仲と経験則からこの僕、オリヴィエ・クローマンが断言しよう。
彼女は確実に僕に怒っている…!!!
いや、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?やばいな…どうしよう…!
「えっと、サラはどうだったっけ?」
流石は空気読みの達人、コミュ力の権化。
マリアという人物が如何に有能かがわかる。
有能か無能かは能力だけでは決まらないのだ!
「私も特には変わりないよ。」
「ていうかさ─────。」
あ、何か嫌な予感がする。
やばい。時を戻せる能力が今1番欲しい。
「オリヴィエ、あなた先に私たちに何か言うことがあるんじゃないの?」
で、ですよねぇ…。
ただ、ここで逃げればまた同じことの繰り返し、幼馴染をこれからずっと裏切り続けることになる。
元あと言えば僕が嘘をつき続けてきたせいだ。
ちゃんと謝ろう。きっと許してくれる。
長年の経験則がそう言ってる。
「うん。ごめんなさい。」
「僕、ずっと自分が弱いってバレるのが怖くて、みんなに嘘付き続けてた。本当にごめんなさい。」
なんとなく、僕の心の中にあった黒くモヤモヤした悪い成分が取り除かれる感覚があった。
「はぁ。本当、そういうのやめなさいよね。」
さっきまでとは明らかに違う表情でサラは言う。
「私たちがそんな事で何か言うとでも思ったの?」
「…え?」
「まぁいいわ!重い空気は私も嫌だし、次からそういう隠し事はナシだからね!分かった!?」
サラはきっと、単に「嘘をついていた」という事よりも本音を吐けば笑われるから「自己防衛として嘘をついていた」という事に怒っていたのだろう。
勝手に期待されて、勝手に失望される。
これは確かに、僕やマリアなど多くの才に恵まれなかった能力者が経験してきた負のループだ。
でも、僕は知っていたはずだろ。
この4人の間にそんなものは元より存在しないと。
「それじゃ、また明日ね!」
「うん、また!」「また明日〜!」「また明日。」
こうして僕たちはお互いの気持ちを再確認し、それぞれの家路についた。
「ただいまー!」
「…おかえり。オリヴィエ。」
そう言えば今日は外食の日だ!
魚もいいけどやっぱり肉もいいなぁ。
父さん帰ってきたかな?
食べたいものが多すぎて困るなあ。
「母さん、父さんまだ帰ってきてないの?」
「…」
「母さん?」
母さんは大きく息を吸い、少し震えた声で言った。
───お父さんは、亡くなったわ。