第1話 「幸せ」
───ダイヤモンドノヴァ…!!
宝石のように輝く氷の礫が、まるで銀河のように美しく、そして煌びやかに宙を舞い放たれる。
「さ、オリヴィエ。次はお前の番だ。」
「は、はい!」
───アイシクルスペース!!
っと、格好良さげに言ったはいいものの…
「あは…あはは…。」
そう。周囲の温度が2度下がるだけという、なんともパッとしない能力なのである。
え?弱すぎない!?!僕って一応父さんの子だよね!?もしかして母さんって…まさか父さんとは別の…!?
当然、こんな現実を受け入れられない時期が僕にもありました。
今はというと、もう慣れました。
というより、諦めました!
「オリヴィエ!!能力というものはとにかく日々の訓練を怠らないことでいつか必ずその真価を開花させるものだ。初めから完璧な人間などいないからな!」
上級階級であり才能に恵まれた父が初級止まりの僕にできる慰めなんてせいぜいこんなものだ。
訓練、継続、努力、目標─────。
いいよなあ、才能に恵まれた人間は。
僕だって小さい頃は夢なんて無限にありましたよ?
年齢を重ねるにつれて分かり始めるんですよ。
現実の壁ってもんがね。
別に分かりたくもないのに、勝手にあっちから「これ以上は通しませーんw」って煽ってくるんですわ。
「オリヴィエ!!」
「あっ、すみません!次、お願いします!」
親にはまだ夢を諦めたとか目標が無くなったとか、そういうネガティブな話はしていない。
気まずいとか申し訳ないとか、そういうのじゃない。
単に面倒な激励をされそうだからである。
故に親の前では昔から「夢を追いかける真っ直ぐな少年」を演じている。
「その意気だ!来い!!」
心の中では分かっている。何度やっても同じなのだ。
───アイシクルスペース!!!
「オリヴィエ!凄いぞ!」
す、すごい…!?まさか…ついに努力が…!!!
心の中では無理と分かっていても、そんな淡い期待を簡単に寄せてしまう僕。
「ああ!これは快挙だ!今回は周囲の温度が3度も下がった!フェル様がお前の努力を見ていてくれた証拠だな!」
. . .
ん…?
さ、3度?
それは果たして喜んでいいのか?いや、でも父さんは褒めてくれているし…。いや、でも、えぇ?
「よぉし、オリヴィエ!今日はここまでだ!明日はマイナス4度を目指して頑張ろうな!努力は確実に毎日一歩ずつ、愚直に取り組むことでいつか必ず花が咲く!以上!家に帰ってメシを食うぞ!」
「は、はあ…。」
僕の名前はオリヴィエ・クローマン。
ここ、都市ゴルゴンに住む14歳の初級能力者だ。
能力は氷雪属性の氷河一帯【アイシクルスペース】。
理論上は自分の周囲の温度を急激に低下させる事で氷河空間を作り出す能力だが、初級の僕が使ってもせいぜい周りの温度が少し下がる程度にしかならないのである。
いわゆる落ちこぼれってやつ。
14にもなって階級が初級のままなことも勿論問題だけど、これにさらに拍車をかけているのが父さんの存在である。
僕の父オズマ・クローマンはゴルゴンギルド所属の上級能力者で、能力は氷雪属性の氷礫銀河【ダイヤモンドノヴァ】。
無数の氷の礫を生成して、それらを自在に操る。
それぞれの氷の礫がまるでダイヤモンドのように激しく輝き、それぞれが集るとまるで銀河のように美しく煌めくことから名付けられたと言われている。
そして見た目の美しさだけに限らず、火力も範囲も汎用性も、折り紙付きの操作精度と共に爆発的な能力値を誇っているのだ。
いわゆるエリート能力者というもの。
そんな父の実の息子がこれ。?
うむ、なんとも苦しい現実である。
「あら、おかえりなさい。あなた、オリヴィエ。」
「セルヴィア!聞いてくれ!今日オリヴィエが────」
父さんは謎に自慢げな口調で僕との練習の成果について母さんに話し始めた。
「オリヴィエ、凄いじゃない。やっぱりあなたもやれば出来る子なのよ。」
我が母よ、それ本気で言っているのか?
僕は喜んでいいのか?3度だぞ?
能力名、冷風機械【エアコンディショナー】に変えようかな?
あ、いやでも、ただ逆に慰める為にわざと言ってくれているとしたら…
. . .
それもそれで悲しいかもしれない!
八方塞がりじゃないか!
「ところであなた。明日の迷宮攻略はいつものメンバーで挑む予定なの?」
「ん?ああ。普段のパーティで挑む予定だよ。それがどうかしたか?」
「いえ、普段のパーティで行くなら良いのよ。ほら、最近は即興パーティっていうのが流行り出してるでしょう?お互いをよく知らない同士で組むのって、私はあまり賛成できないのよね。」
「ははは、なるほどな。俺も何度か経験したことがあるが、案外悪いものでもないぞ?普段と違う能力者と組むことで自分の知らなかった一面を発見することにも繋がるんだ。」
「それはそうかもしれないけれど…まあとにかく、固定にしても即興にしても、迷宮が危険なことには変わりないから気をつけてね。」
父さんは明日の朝イチからギルドの指示で迷宮の攻略に出かけるというが、これは特段珍しいことではない。
迷宮の発生は自然の摂理であり、必ず起きること。
放置しておくと地上にまで被害が加わるということ。
これらを加味すれば妥当っちゃ妥当である。
僕のような初級能力者であればC級すら攻略出来るか怪しいが、母さんのような中級能力者であればB級が適正クラスとなり、父さんのような上級能力者ともなればA級の攻略に呼び出されることも少なくはない。
「父さん、明日の迷宮のランクは?」
「ん?明日はB級だな。お前も来るか?オリヴィエ」
「ちょっとあなた!」
「ははは、冗談だよ笑」
「うっ…おっふ…。」
「オリヴィエ!大丈夫か!?すぐに水を!」
あ、いや、違います。
地味に傷つくタイプの冗談を急に打ち込まれ、クリティカルに食らっているだけです。
ご心配おかけしました。
「あ、それと明日はもしかすると早く帰れるかもしれないから、その時はどこか外に食べにでも行くか!」
「あらあら、じゃあ明日の晩はとーっても楽しみにしておくわね!」
父さんが上級に昇格してからというもの、迷宮攻略以外にもギルドから要請を受けることが多くなり、必然的に家族で一緒に過ごす時間も格段に減っていた。
僕にとっても久々の外食は楽しみだ。
明日くらいは頑張るかぁ。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「それじゃあ、行ってくるよ。」
「うん、気をつけてね。」
「行ってらっしゃい。」
っと、僕も学校に行く準備をしなきゃ。
確か今日は実技の講義もあるし、久々に少し肩慣らしでもしよーっと。
僕は"とても"珍しいことに、自ら練習を行うことにした。
───アイシクルスペース!!
. . .
相変わらず少し周囲が涼しくなる程度の能力だ。
もはやエアコンディショナーというより扇風機械【エレクティックファン】の方がいいかな?
っていうか地味に名前かっこいいな…エレクティックファン…いいかもしれない。
───だが…!
───アイシクルスペース…!!
. . .
と、カッコよさげに決めてみるも当然変わりはなく。
「あ!オリヴィエじゃん!何してるの?」
「げ…っ!!サラ…!」
「なっ!なによ!その虫を見るみたいな反応は!」
「い、いやぁ…なんていうか、サラは今日も朝から元気だなあって!」
「ん。文句ある??」
拳に溜まるビリビリとした何か…。ちょ、あれ…。
「ななな、ないですないです!」
彼女はサラ・エルメス。
僕とはかなり付き合いの長い幼馴染であり、今のクラスメイトでもある。
彼女のハツラツとした態度には場を明るくする影響力がある一方で、こんな感じで頭を悩まされることも少なくはない。
「で、何してたのよ?」
「今日ほら、実技の講義があるでしょ?だから一応肩慣らしを〜と思ってさ。」
「肩慣らし?オリヴィエが?…いやいや、ないない。」
悲しきかな。
これが14歳で初級という僕に対する世間の目なのだ。
「っていうかもう行かないと遅刻するよ?」
「うぇ…!?もうそんな時間…!?」
僕たちそのまま急ぎ足で学校へと向かった。