プロローグ「記憶」
「ふぁあ…下界の子供たちは今日も元気だなあ。」
今から約24億年前、悪魔との終末戦争により僕たちの幸せな世界は一瞬のうちに滅ぼされてしまった。
「次こそは世界が真の平和で満たされますように。」
僕たちの最後の願いは新世界を創造し、悪魔の力をも封印したことによって、結果的に終末戦争に終止符を打つことになったのさ。
これで悪魔の大半は滅びたんだけど、それでも三大魔王と呼ばれる魔王を完全に消滅することは不可能だった。力不足だよ。
え、じゃあそいつらはどこにいるのか？って？
危険なんじゃないか？って？
また襲われたらどうするんだ！？って！？！？
よくぞ聞いてくれた！！よくぞ聞いてくれました！
これが厄介でさあ、他世界に被害を及ぼすわけにもいかないから、今の新世界の地下奥深くに封印されているんだよ！！
そして僕もこの世界の創造神として、世界に命を宿してくれた生命を危機に晒すわけにはいかない…
とはいえ僕が下界に降りれば世界が傾きかねないし、子供たちに仕事してもらうしか打開策はないんだ。
でもここでひとつ問題が生まれた。それは───
素の人類があまりにも貧弱すぎる…！！！！
というか、あんな貧弱な身体じゃ魔王どころか動物にすら勝てないんじゃないか…？
僕は自分の子供たちながらそう思ってしまった。
だって弱すぎるんだもん。
そ こ で！
他の神様と違って子供想いの僕は世界がまた悪魔に滅ぼされないように、約24億年の間ずーーっと僕自身の異能を全ての人類に分けて与えているってわけだ。
これで人類が魔王に対抗できる術もできた！
素晴らしい！僕って天才かも！
ほらね？僕ほど愛情深い神様はいないだろ！？
おかげで最近は起き上がるのも一苦労だよ！
ま、天界には本も音楽もなーーんにもないから唯一することと言ったら下界を眺めるくらいで、正直に話すと特別起き上がる理由もないんだけどさ。
太陽の光で目覚めて、二度寝して、日が頂点に登った頃にまた起きて、三度寝して、日が沈み始める頃に起きて…
なんだ！？文句あるか！？
僕はこれでもこの世界を創った神様だからね！ニートじゃないからね！
下界の人類は一応みんな僕を信仰しているんだぞ！
あ、嘘じゃないからな！？！
───フェル、何を独りでぶつぶつ話している？
「うわっ！人の天界にいきなり入ってくるなよ！」
「年頃の男子中学生みたいな反応をするな。それにお前は人でもないし、そもそも人の天界とはなんだ…。」
彼はハデス。冥界、つまり死後の世界を支配している神様で、僕の世界で死した魂を管理している。
僕の創造した現世で命を絶った者の魂はハデスによって冥界で裁かれるんだ。
裁く際の基準は僕も詳しくは知らないけど、前に少し聞いたのはやっぱり現世でどれだけ貢献したか、罪を犯していないか。とかを基にしているらしい。
でもってハデスによって大罪と判断された魂は冥界のさらに奥深く、タルタロスという神が統べる地獄へと堕とされてしまうんだってさ。
あそこは神の中でも噂立ってて、一歩踏み入れるだけで存在を消される方がマシと思えるレベルの場所らしい…恐ろしい神もいるもんだよ。
まあ、大半の神は恐ろしいとも言えるけど…
「だから、その独りでぶつぶつ言うのをやめろ。気味が悪い。」
いや…
死者の世界を統治している"君"の方がよっぽど"気味"悪いよ...！
. . .
───フェル、面白くない。5点。
「いや、別に狙って言ったわけじゃないですから！！ってか、心の声が漏れてる…！？」
「あなたも"一応"神様なんだから、いい加減それなりの身構えってもんを維持できるようにしなさいね。」
「ぐ、ぐうの音も出ない…」
彼女はカオス様。人類が現世に生を宿す前の世界、というよりそれよりずっとずっと大昔にこの世の概念そのものを創造した神様だ。
つまりは時間の始まりも、空間の始まりも、僕たち神の始まりも全ては彼女が起点になっている。
それゆえに特に新参者の僕には神としての立場がどうたらこうたら言ってくる。いわゆる先輩ヅラってやつ。
正直…怒られるのは嫌いだ。
僕は（"一応"）神様なのになぜ怒られなきゃいけないんだよ！！
あと"一応"ってなんだ！！"一応"って！！！
僕はれっきとした神様だろ！！！
「ところでフェル、異能の分配に問題は？」
「問題なし！僕の愛しき子供たちが迷宮の攻略を始めて約24億年、みんな本当に強くなったよ！」
迷宮とは俗に言う魔王が封印されている地下環境のことで、封印した当初は悪魔による魔物の量産によって地下が溢れかえるんじゃないかってくらい大量にあった迷宮も今やかなり攻略され減らされてきた。
これは僕と僕の子供たちが同じ願いを背負って生きてきた証でもある。我ながら誇らしいよ！
「ところでハデスとカオス様は今日は何の用で？」
「俺は下界で死した人間の魂を回収しに来ただけだ。お前には全く持って用はない。」
「ぐぬぬぬぬ…。勝手に入ってきておいてなんなんだその態度は…！！！！」
「まぁまぁ。いいじゃない。せっかくこうして集まったことだし、少しお茶会でもしましょう？」
カオス様はそんな事を呑気に言うが、勝手に入ってきてお茶会とは果たしてどういうことなのか。
この方々に倫理観という概念はないのかな？
いや、神に倫理を求めること自体が愚かなのか？
「カオス様、それはちょっと…また別の機会に？」
「ふふ。いい？フェル。こういう退屈な生活は結局、楽しんだもの勝ちなの。
これはあなたの数億、数兆、数京？分からないけれど、あなたよりこの生活をずっと長く送っている私からのアドバイスよ。」
「そ、そうですか…。」
僕はお茶会で楽しめるほど綺麗な思想の持ち主じゃないですからね！！カオス様は偉そうに言うけどね！！
「フェル、言っておくけれどあなたの心情のすべて、私には見えているのよ？」
あっ…。
ま、まぁでも！？無理もないですよね…！！汗
僕が新世界を創造したのが今から約24億年前、そして旧世界が創造されたのが約70億年前、冥界が創造されたのを宇宙誕生と同じ約162億年前と仮定するなら、カオス様はそれよりもうんと前、いや無限より先…？から存在していたのですから。
でも、はっきり言って頭おかしいんじゃないか？とも思います。
こんなに何もないところで僕の何倍も長く、それも1人で過ごしていたと思うと流石の僕も肝が冷えます。
「フェル、殺されたいのかしら？」
「あ、いや！！すみません！！！」
「全く。それで近況報告もかねて、どう？ハデス。」
「俺が拒否したってあんたは無理やりそうしてくるだろ？構わんよ。」
「ふふ。よく分かってるじゃない。じゃあ早速、私から話すわね。」
半強制的、いや完全なる強制的に、しかも僕の天界で勝手に開かれた近況報告会は全く終わる気配を見せず…。
───じゃあ、最後はフェルね。
やっと僕の番が来た。
2人の話はいつも難しくてよく分からないから聞いていても面白くないんだよなぁ。
「フェル、あなた自身の異能はまだ足りているの？」
「僕はまだまだ大丈夫ですよ！」
「そう。でもあまり無理はしちゃだめよ。」
「ところでフェル、我々神々の規約を破った能力者はあれから観測できたか？」
「え？いや、まだ未観測だけど…。」
「そうか。」
「ふふ。ハデス、あなたまさかだと思うけど人類相手に怯えているの？」
「いいや、俺は彼らに期待をしているだけだ。」
「ふふ。それは失礼したわ。」
近況報告会が終わるまでに、ざっと4回ほど太陽が昇り降りしただろう…。
とはいえ僕たちには当然、疲れや睡眠欲、食欲という概念も存在していない。
つまり極端な話、ただ退屈というだけで数億年これを続けていようが何も問題はないというわけだ。
じゃあ、なぜわざわざ睡眠を取るのかって？
簡単な話。単純に退屈だからである。虚しい。
「それじゃ、フェル。お邪魔したわ。それとくれぐれも異能の付与には最大の注意を払うように。」
「はいはい！言われなくても分かってますよ！」
やっといなくなったぁぁ！！
さっきやり取りを見てもらえば分かるように、神という類はその絶大な異能の力と全ての権限を得た代償に下界の言葉で言う「人間性」、いわば天界で言う「神様性」に漏れなく全員欠陥がある。
そんな中で子供たちを最優先に考えて行動する僕という存在がいかに素晴らしいか、これで分かってくれたかな？わかってくれたよね？
「にしても暇だなあ…」
下界を見守り続けてはや24億年、子供たちは確かに少しずつ少しずつ成長し続け、世界も同時に少しずつ少しずつ成長し続けてきた。
もう少しだ。もう100年以内には生まれるはず。
あの時、僕は決めたんだ。
君と創った旧世界の意思は僕が必ず受け継ぎ、例えこれから先千年、何万年、何億年かかったとしても必ず絶やさず守り続けるって。
もう、2度と後悔はしない。
君がまたああして笑い合える日々を、僕は全てを賭けてでも取り戻す。
だから、どうかその時は許してくれよ。
僕と僕の子供たちが織りなす、史上最高の真の平和の瞬間を。
