第5話 異世界令嬢、働くって大変ですわ!
◆ 初めての仕事、異世界令嬢奮闘中!
翌朝。
メルフィーナは、カフェ・ルミエールの制服を着て、鏡の前に立っていた。
「うーん……シンプルすぎますわね」
貴族のドレスとはまるで違う、シンプルな白いブラウスにベージュのエプロン。
スカートも動きやすい膝丈で、装飾の類はほとんどない。
「これで本当に仕事ができるのかしら……?」
鏡越しに映る自分の姿を見つめながら、メルは少し不安を感じていた。
生まれてからずっと、働いたことなんて一度もない。
食事は給仕が運び、屋敷の掃除は使用人がするのが当たり前。
「貴族が働く……そんなこと、今まで考えたこともありませんでしたわ」
けれど、もう逃げられない。
(この世界で生きていくためには、働くしかありませんわ……!)
気を引き締め、彼女はカフェのフロアへと向かった。
◆ 「ごきげんよう、お客様!」!?
「おい、メル。お客さんが来たぞ。注文を取りに行ってくれ」
響の言葉に、メルは優雅に頷いた。
そして、メモ帳を手に取り、客席へと向かう。
「ごきげんよう、お客様」
上品にスカートの裾をつまみ、にっこり微笑むメル。
……店内が静まり返った。
「えっ……?」
「こ、このお店って、そういう……?」
戸惑う客たち。響が頭を抱える。
「おい、メル。普通に『いらっしゃいませ』でいいから……!」
「まあ、そうですの? それでは……」
「いらっしゃいませ、ごきげんよう!」
「結局つけるんかい!!」
響のツッコミが炸裂する中、メルのカフェ仕事が本格的に始まった。
◆ メル、働くって大変ですわ……!
「お待たせしましたわ!」
メルは、見よう見まねで注文の品を運ぼうとした。
しかし、トレーを持つ手つきがぎこちない。
(こういうのは、バランスが大事ですわね……)
慎重に足を進めるものの、トレーはグラグラと不安定に揺れる。
「わっ……危ない!」
響が咄嗟に支え、なんとかトレーを安定させた。
「おい、トレーの下に指を添えろって言ったろ!?」
「ふむ……これはまるで剣の扱いのようですわね!」
「いや、違うから!! 料理運ぶだけだから!!」
響はため息をついたが、メルの真剣な顔に呆れながらも、ちゃんと指導を続けるのだった。
そんな中——。
「ガシャーン!!!」
突然、店内に響き渡る破裂音。
店の片隅で、新人アルバイトの少女 が青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「ご、ごめんなさいっ……!」
彼女の足元には、落として割れてしまった皿の破片が散らばっている。
周囲のお客が「大丈夫?」と心配そうに視線を向ける中、少女の顔はみるみる青くなっていった。
(どうしよう……怒られる……!)
震える手。声も出せずに、ただ立ち尽くす少女。
すると——。
メルフィーナが、優雅に歩み寄る。
「まあ、大変でしたわね」
そう言って、しゃがみ込み、何事もなかったかのように破片を片付け始めた。
「大丈夫ですわ。こんなことで世界が終わるわけではございませんもの」
メルの微笑みと落ち着いた態度に、少女の肩の力がふっと抜けた。
「でも、わたし……!」
「失敗するのは当たり前のことですわ」
メルは、まるで舞踏会でダンスを誘うかのように、手を差し伸べた。
「大切なのは、その後の振る舞いですのよ」
その言葉に、少女の顔がぱっと明るくなった。
◆ 響の心の声
(……こいつ、失敗ばっかりなのに、こういう時は変に堂々としてるんだよな……)
メルが持っていたのは 貴族としての「気品」。
動揺せず、どんな状況でも冷静に対処する——それは、舞踏会でも、社交の場でも磨かれてきた能力だった。
響はそんな彼女を横目で見ながら、ちょっとだけ感心する。
「まあ、貴族の立ち回りってやつか……」
そして——。
「ほら、大丈夫だから、一緒に片付けようぜ」
響の言葉に、少女は「はいっ!」と元気に返事をした。
◆ 仕事終わりのひと息
夕方。
「……働くって、思っていた以上に大変ですわ……」
メルは、ふぅ、と息をつきながら椅子に腰掛けた。
「最初からうまくできる人なんていないさ」
響が冷たい水を差し出す。
「今日一日、よく頑張ったじゃないか」
メルは水を飲みながら、カフェの空間を眺める。
(私は……ここで、ちゃんとやっていけるかしら?)
初めての仕事は、戸惑いと驚きの連続だった。
でも、誰かの役に立てたと実感したとき——胸の奥がふわりと温かくなった。
(少しずつ、できることを増やしていけば……いつか、この世界でも自分の居場所を見つけられるかしら?)
こうして、異世界令嬢メルフィーナのカフェ奮闘記は、本格的に幕を開けたのだった
→次回:「異世界令嬢、スイーツに衝撃を受ける!」
初仕事を終えたメルフィーナ。
しかし、彼女にはまだ知らない「異世界の味」があった!
次回、「日本のスイーツ」 初体験!?
貴族の舌を唸らせる、究極の一品とは——!?